第13話 黒豚王子は勇者の仲間に会う



 勇者という存在には、信頼できる“仲間”というものが付きものである。


 仲間とともに力を合わせ、あるときは反目しあいながらも、最終的には絆を深め、ともに魔王といった巨悪を撃つというのが古きよきRPGの王道パターン。


『ファイナルクエスト』においても、当然のことながら勇者には仲間が存在する。


 合計で7人の仲間キャラクター。それがストーリー進行によって入れかわり、勇者ふくめた4人パーティーを構成するのだ。


 その7人の仲間のひとりがブラットの弟アルベルトであり、眼前の猫人族ケットシーの双剣士ミーナ・リーベルトなのだった。



「なんでおまえ、にゃーの名を……?」



 どこかで会ったかにゃ? とミーナは警戒した様子でブラットを睨めつけてくる。


 初対面の男にいきなり名を呼ばれれば、警戒するのも当然だろう。しかも彼女からすれば、ブラットは|こんな僻地のダンジョンにひとりでいるような変人だ。


「あ、いや、それは……」


 ブラットは慌ててなにか言おうとするものの、言葉が続かない。


 前世の話や『ファイナルクエスト』というゲームのことを伝えたところで信じてもらえるわけもないし、しかしそうなると彼女の名をブラットがなぜ知っているかということを説明できなかった。


「……貴族みたいな成りだが、どっかの金持ちのぼんぼんかにゃ?」


 ブラットが口ごもっていると、ミーナがいぶかしげに訊ねてくる。


 ブラットはどうにかごまかさねばと思い、リーマン時代に身につけたを緊急発動させる。

 

「あ、えっと、そうなのだ……俺の名はブラット……フォールン。実はピシュテル王国で子爵の位を陛下から賜っている」


 よくある名前のブラットはそのままに偽名を騙るが、ミーナは「やっぱりそうだったか」と特に疑う素振りもなくうなずいた。


 装いが貴族そのものだったためだろう。


「しかし、なんで貴族のぼんぼんがにゃーの名を知ってるにゃ?」

「ああ、いきなりおどろかせてしまってすまなかった。以前、俺の父が外交でそちらの猫人族ケットシーの集落に訪れたのだが、それに俺も同行していてな。そのときに貴方のことを目にし、あまりにかわいらしい娘だったから名を覚えていたのだ。いつか会えたらと思っていたが、このような場所で会えるとは光栄だ」


 ブラットは口からでまかせをすらすらと述べ、オーバーリアクションな外国人的なノリでミーナの手をとり、口づけを落とした。


 あきらかに取ってつけたような話だが、前世でつちかったトークスキルとブラットの王子としての立ち居振るまいのおかげでそれっぽく見えているはずだ。


 これでごまかせていたらいいのだがとブラットがミーナに目を向けると――



!? にゃーが!?」



 ミーナは頬を真っ赤にそめていた。


 猫人族には“女は強くあれ”という教えが根付いていて、男に高圧的な態度をとる我の強い女が多い。一方でそんな態度のせいで男が寄りつかないために男への免疫はあまりなく、ほめてやるとわりとちょろいという設定があったことを思いだす。


『ファイナルクエスト』作中でミーナが勇者に褒められてぽんこつになるエピソードもあったが、想像以上にちょろいようだ。


 まあブラットが痩せてきて美形の顔がようやく力を発揮しはじめたということや、作中よりもミーナが幼くてさらに男に免疫がなかったということもプラスに働いたのだろう。


「そ……そういうことなら、覚えていてもおかしくにゃいか。なるほど、にゃーが……かわいすぎたか。わかる、それにゃ」

「そういうことだ。相変わらず……いや、以前よりも大人になって、さらに美しくなったようだな。思わず見惚れてしまったよ」


 それでも猫人族の女として威厳を保とうとするミーナだが、ブラットがさらにほめると照れくささがもはや隠しきれなくなったようで、「ううっ……」と顔をぼふっと真赤にして涙目でこちらを睨んでくる。


 ブラットはやりすぎたかと反省し、話題を変えることにした。


「それで、貴方たちはここには探索に? 猫人族が迷宮にいるとは珍しいが」

「コホンコホンッ、探索……と言えば、探索だにゃ。目的は調だが」


 気を取りなおして答えるミーナに、ブラットは「下調べ?」と首をかしげる。


「にゃーたちは一月後に大規模な討伐隊レイドを組んで、このスカイマウンテンの攻略を……そしてを考えている。そのための下調べだにゃ」


 言われ、なるほどと合点がいく。


 サイクロプスは『ファイナルクエスト』作中でボスとして登場するこのスカイマウンテンの最深部に棲まう巨人型モンスターだ。


 作中では近隣の猫人族の集落を力で脅し、度々生贄を要求するという悪事を働いていた。最終的にはこのミーナとともに勇者が討伐することになるのだが、討伐はあくまでもいまから4年後の話。現在はまだふつうに悪事を働いているのだろう。


「なるほどな、サイクロプスの悪事については俺もうわさは聞いているが……討伐に踏みだすほどなのか。大変だな」

「ん? よく知ってるにゃ? サイクロプスはここに棲みついたばかりで、悪事についても外には漏れていないはずだが……?」


 突っこまれ、冷や汗をかくブラット。


 まだサイクロプスについてはあまり公になっていないらしい。揚げ足をとられるので、下手なことは言わぬほうがよさそうだ。

 

「……我が王国の密偵の力をなめてもらっちゃこまる。すでにそちらの事情はおおむね把握している。俺はそのこともふくめ、ここに調査に来たのだからな」

「調査って、たったひとりでかにゃ?」


 堂々と嘘の理由を披露するものの、ミーナは疑わしげな視線を向けてくる。


 たしかにこのような若い貴族がひとりで護衛もつけずに迷宮の調査なんて、ふつうに考えて不自然だ。まあブラットは一国の王子でありながらそのようなことをしているわけだが、それは例外としてやはりおかしい。


「ああ、ひとりだ。俺はこれでも腕が立つ。人数がいればいいというわけでもない」


 みずから墓穴を掘っている気がしつつも、ブラットはさらに嘘を重ねる。


 そして突っこまれないように「それより」とすぐに言葉を続ける。


「現在、貴方たちの集落とサイクロプスは具体的にどういう状況下にあるのだ?」

「おまえがどこまで知っているかはわからないが、やつはにゃーたちにを要求してるにゃ。生贄を捧げなければ、集落を滅ぼすと脅してにゃ。だからにゃーたちは渋々やつの言うとおりにしていたのだが、最近は生贄の数を増やせと……やつの要求はさらにエスカレートしているにゃ」


 ミーナは悔しげに歯を食いしばった。


「このままやつの言いなりになっていたら、いずれ集落は滅ぶにゃ。そうなるぐらいなら戦力が充実しているいまのうちに決戦を挑んだほうがいい。そういうわけで今回の下調べもふくめ、いま討伐の準備をしてるにゃ」


 強い決意を秘めたミーナの瞳を見て、しかしブラットは冷静に考える。


『ファイナルクエスト』の史実では、サイクロプスが討伐されるのは勇者がここにくる4年後だ。そしてその勇者が動きだすのは、早くともいまから3年後のこと。


 つまりミーナたちが一月後に予定している討伐は、


 作中のミーナ自身の話でも、過去に大規模な討伐隊で挑んだものの壊滅させられたという話があった。討伐隊というのはそれのことだろう。おそらくは討伐隊の多くが死に、ひどい被害をこうむることになる。


(だが……とめても聞かなそうだよな)


 元々保守的な種族の猫人族が危険をおかそうというのだ。すでに追いつめられ、その上での苦渋の討伐隊派遣なのだろうから。


 しかしたとえ聞きいれられないとしても、彼女たちの身が危険に晒されるのを知りながら黙ってはいられなかった。


「気持ちはわかるが……討伐はやめておいたほうがいい。サイクロプスは強大だ。大人数で挑んでも返り討ちにあうだけだろう」


 ブラットが忠告すると、ミーナはこれまでにない険しい顔でこちらを睨んだ。


「……部外者になにがわかる!? これまで何人も仲間が喰われたし、やつを放っておけばこれからも喰われるにゃ。それを指をくわえて見てろと!?」

「そういうわけではないが……冷静に考えてくれ。サイクロプスは恐ろしく強く、人知を超えたバケモノじみた力を持っていると聞く。挑んだところで勝ち目はないばかりか、さらに犠牲者が増えるだけだ」


 ブラットは諭すように言う。


「だとしても……もう集落で決まったことだにゃ。猫人族は平和を愛するが腰抜けじゃない。このままじわじわと弱らされていくのなら、討死するにゃ」


 ミーナがやはり強い覚悟を秘めた瞳で言うと、その仲間たちもうなずいた。もはやサイクロプスに挑むのは決定事項のようだ。


 ブラットが説得は難しそうだと判断して口ごもると、ミーナは話が終わったと思ったのか、こちらにくるりと背を向けた。


「……まあ、とにかくそういうことにゃ。おまえあまり強そうには見えないから、せいぜいサイクロプスやその配下に見つからないように気をつけるんだにゃ」


 ミーナは肩をすくめて言いのこし、仲間たちとともに歩きだしてしまう。


 ブラットは引きとめる言葉も思いつかず、彼女たちをそのまま見送った。



(史実をそう簡単に変えるなっていう……神様からのお達しなのかもな)



 胸にわだかまりのようなものが残っているのを感じながら、ブラットは息をつく。


 ただでさえ、ブラットは自分の命のために史実を変えようとしているのだ。


 余計な部分まで変えてしまえば、世界がどう変容するのかはもはや検討もつかない。史実で幸福だった人間を不幸にしてしまうことも十分にありうる。できるかぎりそれは避けねばならないとは思っていたが。


(どうしたもんかな)


 そもそもサイクロプスは強い。


『ファイナルクエスト』ではサイクロプスとの戦闘はレベル25程度で乗りきれるのだが、実はサイクロプスをその戦闘で倒しきれるわけではない。戦闘後にサイクロプスは第二形態になり、勇者たちを追いつめる。そこで颯爽と現れて勇者を助け、とどめを刺してくれるのがブラットの師事する“魔神殺しデモンスレイヤー”の英雄グラッセなのだ。


 グラッセは肩書きに興味がなかったため、“巨人殺しジャイアントスレイヤー”の名誉は勇者のものになって、勇者が大陸中に名をとどろかすきっかけにもなったのだが、グラッセがいなければそもそも勇者は敗北していただろう。


 だから実質的なサイクロプスの強さは25以上であり、レベル20に満たないミーナたちが束になっても当然のごとく倒しきれまい。そして、たとえいまのブラットがそこに力を貸したところでその結果は変わるまい。


(しかし、討伐は一月後と言っていたか)


 第二形態の強さは不明瞭だが、それを加味しても4人のフルパーティーでレベル30前後あれば討伐は不可能ではないだろう。



……40以上かな)



 そんなことをぼやきながら――


 ブラットはいまはなによりもレベリングをすることが最善と判断し、次なるターゲットオリハルコンスネークを求めて迷宮を歩きだした。

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