第12話 黒豚王子はレベルをあげる
無駄のない効率的なレベリング。
レベルシステムのあるキャラクター育成ゲームの攻略において、それはプレイヤーがなによりも最優先に考えるべき事柄である。
そして無駄のない効率的なレベリングで重要なのが、レベリングに適した敵モンスターを見つけだすことである。
レベルをあげるためには当然、戦闘で経験値を得る必要がある。
しかし倒したときに得られる経験値は、モンスターの種族によって大きく異なる。
だから討伐難易度や取得経験値を天秤にかけ、もっとも効率よくレベリングできる敵モンスターというのをプレイヤーたちは日夜さがしもとめているわけである。
『ファイナルクエスト』においても、幾万ものプレイヤーがそれをさがしもとめた結果、もっとも経験値が“うまい”モンスターというものが発見されていた。
そのとあるモンスターは討伐こそ激烈的な難しさがあるものの、なんと通常のモンスターの100倍以上もの膨大すぎる経験値が設定されていたのだ。
そして、それこそが――
「……いた」
いまブラットの眼前に出現した黄金色の蛇型のモンスターであった。
――オリハルコンスネーク。
それがこのモンスターの名称だ。
鎌首をもたげてこちらを威嚇するその体高は、人の胸ぐらいはあろう。たとえるなら黄金色のキングコブラという見た目だろうか。
レベルは25――なのだが、このオリハルコンスネークというモンスターの討伐難易度はレベルだけでは測れない。
このモンスター、とにかく硬いのだ。
その名のとおり、体表が世界で最高硬度を持つとも言われる魔法鉱物オリハルコンで覆われているため、基本的に物理攻撃も魔法攻撃もほとんど無効化してしまう。
ダメージを与えられないというわけではないのだが、一度の攻撃で100ある体力の1を削るのがやっとというぐらいに鉄壁の耐久力を誇っており、専門家や冒険者のあいだでは“
万一倒せる可能性があるとすればハイレベルな物理攻撃力を有したうえでクリティカルヒットをねらうほかないのだが、やつらは蛇としての素速さも合わせもっているため、そもそも攻撃を当てることすら難しい。クリティカルヒットを出すというのは至難の技。奇跡を期待するほかなかった。
そんな理由もあって、ブラットがこのスカイマウンテンに訪れる前に聞きこみ調査をしたところ、このモンスターを討伐したことのある人間はほぼ皆無だった。
唯一グラッセだけは『う~ん、そういえば硬い蛇いたな~☆ 倒したけどっ☆』と言っていたが、あれは人類最強クラスの化物であり、さらにはオリハルコンスネークを討伐可能なエクストラスキルを有する人物のため、例外中の例外だろう。
とにもかくにもオリハルコンスネークという眼前のモンスターは、この世界の常識では間違いなくブラット程度の強さで倒せるモンスターではないわけだ。
だがブラットはこの世界の理からは外れたイレギュラーな存在であり、このモンスターを倒す方法を――スキルを知っていた。
そしてそのスキルをグラッセから伝授してもらい、すでに体得もしている。
いまのブラットならば倒せる、のだ。
(チャンスは一回だな)
とはいえ、失敗の可能性は十二分にある。
オリハルコンスネークは臆病な性格だ。
その圧倒的な防御力のおかげでほぼ天敵がいないにもかかわらず、他の生物の接近に気づくとそれだけで逃走をはかってしまう。
実際、眼前のオリハルコンスネークもすでにブラットの接近に気づき、こちらを警戒している。敏捷さを考えると初撃でしとめられなければ逃げられてしまうだろう。
だからおそらく、チャンスは一度きり。
「……」
ブラットは敵を刺激しないようにそっと剣に手をかけ、居合いの構えをとる。
そして全身から魔力を噴出させ、これから発動させるスキルをイメージする。
この世界における魔法やスキルというものの発動には、イメージが非常に重要だ。
自分の発動させたい魔法やスキルを具体的にイメージできればできるほど、魔法やスキルはより大きな効果を発揮してくれる。
「――“ペネトレイトスラッシュ”!!!」
直後。ブラットはスキルを発動させた。
スキルアシストの効果が発動し、ブラットの剣が常人には視認できぬ超高速で閃き、オリハルコンスネークへと襲いかかる。
通常ならばオリハルコンの装甲に間違いなく弾きかえされてしまう斬撃は、しかしそのままオリハルコンスネークの体へとみるみるうちに食いこんでいく。
そしてそのまま――スパッ! と鮮やかな切断面を見せ、鉄壁の防御力を持つ胴がきれいにまっぷたつに分断された。
まっぷたつに分断されたオリハルコンスネークは陸に打ちあげられた魚のごとく幾度か跳ねるように動いたあと、やがてぴくりとも動かなくなる。息絶えたようだ。
(やった!)
ブラットは思わずガッツポーズをする。
――“ペネトレイトスラッシュ”。
これこそがグラッセに伝授してもらったエクストラスキルの正体だった。
どんなに硬いものであっても、その防御力を貫通してダメージを与えられる剣術スキルだ。まさにオリハルコンスネークを狩るために存在するがごときスキルだった。
(ん……これは!?)
ふと気づくと、オリハルコンスネークの死骸から淡い光が出て、それがブラットの体へとどっと流れこんできた。
オリハルコンスネークの経験値だろう。
やがてブラットの体が淡い光を放ち、自身の根源的ななにか――魂みたいなもの――が一段階上へと昇華した感覚を覚える。
オリハルコンスネークの膨大な経験値を得て、レベルがあがったのだ。
(……たった一体倒しただけなのにな)
正直、信じられなかった。
いや、レベルアップに必要な経験値とオリハルコンスネークの経験値を考えれば、レベルアップはごく自然のことなのだ。
けれどグラッセと毎日毎日必死に稽古をしてようやく1あげていたレベルが、たった一体のモンスターを討伐しただけであがるなんて、いざ実際に目の当たりにするとそう簡単に信じられることではない。
しかし、レベルシステムというものは元来そういうものなのだろう。
その経験値を得るためにした努力や苦労という過程は一切関係なく、手に入れた経験値に応じてレベルがあがる。そしてレベルに応じて強くなる。それだけなのだ。
まあブラットは前世の知識で討伐方法を知っていたから討伐できたものの、知らなければこのオリハルコンスネークというモンスターは一生かかっても倒せなかっただろう。そう考えてみると、この膨大な経験値も納得の結果なのかもしれない。
(忘れずにドロップも回収っと……)
ブラットはオリハルコンスネークの装甲部分のオリハルコンをきれいに剥ぎとり、それを背負い袋へと回収する。
オリハルコンは世界でもごく一部の迷宮でしかとれない貴重な鉱物だ。『ファイナルクエスト』作中では終盤の装備の生成につかわれることもあり、法外な高値で売買される。この世界でも同様の価値があり、売れば相当の額になるのは間違いない。
オリハルコンスネークはこのように膨大な経験値とともに、討伐者に莫大な富までももたらしてくれる――二重の意味で“うまい”モンスターなのだった。
(この調子で経験値もお金もがっぽがっぽ稼いでいきますかあ!)
ゲーマーというのはレベルアップやアイテムの獲得にとてつもない快感を覚える生きものであり、ブラットはすでにものすごくテンションがあがっていた。
長時間の迷宮探索でつかれていたはずだが、それも吹っとんでしまったぐらいだ。
しかし次なるターゲットをさがしに行こうとした――そのときだった。
『――よし、気を引きしめていくにゃ!』
前方から威勢のいい少女の声が耳に届く。
声のほうを見ると、5名ほどの武装したパーティーの姿があった。
(単なる冒険者じゃ……なさそうだな)
よく見ると、パーティーの全員が三角の獣耳と尻尾を生やしている。
その露出の多い独特な軽装鎧も合わせて考えると、
思いたって彼女たちにレベルスカウターを使用すると、レベルは15〜20程度。
この世界が現実であり、モンスターとの戦闘が現実の死に直結することを考えると、この迷宮の探索にはギリギリのラインだ。
(おかしいな、猫人族は保守的で進んで危険をおかすような種族ではないはずだが、こんなところまでなにしに来たんだ……?)
ブラットがゆっくりと近づいていくと、さきほどの声の主であるリーダーらしき少女がいぶかしげにこちらに顔を向けた。
少女は小柄で線の細い体つきをしているうえ、愛らしさのなかにどこか生意気な雰囲気のある猫人族らしい顔をしていて――
「って、あれ……ミーナ!?」
ブラットは少女の顔をまじまじと確認し、やがて驚愕に目を見開いた。
少女の顔に見覚えがあったのだ。
いや、見覚えがあるなんていうレベルじゃない。それはへたをすれば家族や友人以上に幾度となく見てきた顔だった。
そしてさらに言えば、彼女に関する記憶があるのはブラットとして生きた14年の記憶のなかでなく、黒川勇人として生きた前世の記憶のなかであった。
(腰の独特の二振りの曲刀……間違いない)
彼女は双剣士ミーナ・リーベルト。
『ファイナルクエスト』作中で仲間に加わる勇者パーティーのひとりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。