第11話 黒豚王子は迷宮に到着する



(……うお、すげえ!)


 ブラットは眼前の光景に感嘆の息をつく。


 ピシュテル王国から竜に騎乗して北上すること丸一日、ブラットは目的地のスカイマウンテンの姿をついに視界にとらえていた。


 通称“天空の山脈”と呼ばれるそのダンジョンは、エベレストを模してデザインされたこともあり、天まで届きそうな堂々たる威容を誇っている。ひさびさの長時間の空の旅で酔いに苦しめられていたブラットだが、空からのスカイマウンテンの稜線はまさに絶景で、気づけば酔いも吹っとんでいた。


 ブラットはしばしその景色を楽しんだあと、ほどなくして氷竜ギルガルドに命じ、山のふもとへと高度を下げていく。



「とうちゃーく!」



 そして大きな洞窟の前にギルガルドを着地させ、その背から跳びおりる。


 目の前のぱっくりと口を開けたこの洞窟こそが、スカイマウンテン内部のダンジョンへと続く唯一の入口だった。


『ファイナルクエスト』作中では、このスカイマウンテンは攻略レベル22程度であり、が出現することから中盤以降に狩場として利用されることが多く、プレイヤーには馴染み深いダンジョンである。


 ブラットも幾度も利用していたし、だからここを狩場に選んだというのもあった。


「……そのへんで待っててくれよな」


 ブラットが声をかけると、ギルガルドはぐるると喉を鳴らした。


 入口とその奥に広がる空間を見るに、ダンジョン内はギルガルドには窮屈だ。素直に外で待っていてもらい、帰るときに竜笛で呼びだすほうが賢いだろう。


 やがてギルガルドは蒼鱗に覆われた立派な双翼をはためかせ、空へと舞いあがった。王宮にいるときは王都周辺しか飛んでいないので、まだまだ運動不足のはず。いい機会だから思う存分に飛びまわってもらおう。


 ブラットは愛竜を見送ると、いよいよダンジョンの一階層へと足を踏みいれ――



(おお、ファイクエと同じだ)



 そして、迷宮内部のその光景に感動する。


『ファイナルクエスト』に登場するダンジョンの一階層はおおむね人の手が入って整備されており、まるで神殿の内部かのような荘厳な石造りになっているのだが、このスカイマウンテンもそれにならっているようだ。


 この一階層にはモンスターは一切出現せず、セーブポイントとなる“忘我の石像”が設置され、プレイヤーが一休みできるオアシスの役割を担っている。


 実際モンスターの姿はなく、中央には見慣れた石像もあった。


(セーブは……そりゃできないか)


 石像に触れてはみるものの、さすがにゲームのようにセーブはできないようだ。


 しかし石像の置かれた泉の水をすくいあげて飲むと、力がみなぎるのを感じた。


 泉の水にはゲームと同じように、体力・魔力の回復効果があるようだ。


 モンスターが出現するダンジョンには、得てして高濃度の魔力が集まっている。そのため、そこに湧く水にも膨大な魔力がふくまれており、飲めば回復効果が得られるのだと学院の授業でも聞いた覚えがある。そういうロジックなのだろう。


(さて、こっからだ)


 前世で見慣れたダンジョンの光景をながめ、気合いを入れなおす。


 剣舞祭まではおよそ一ヶ月。それまでにしっかりと学院の猛者たちを打ちたおし、優勝できるほどの強さを手にいれねばならない。


(でもどれぐらい強くなりゃいいんだろ)


 まず優勝候補として浮かんでくるのは、実弟のアルベルトだろう。


 アルベルトは『ファイナルクエスト』作中でも剣舞祭での優勝経験があるという設定が明かされていたはずだ。


(だけどあいつが優勝したのってだったよな……)


 となると――アルベルト14歳で迎える今年は、アルベルトでなくが優勝するということだ。アルベルトは今年も出場するはずなので、その誰かは自動的にアルベルトよりも強いということになる。


 ブラットはその誰かに勝てるほどに強くならねばならないわけだが――


(……まあやることは変わらねえか)


 アルベルトを倒すほどの人物。

 それがどこの誰なのか、どれぐらい強いのか、心当たりはまるでないけれど、ブラットがすることはなんら変わらない。


 ただただ、強くなる。

 それだけだ。


 まあアルベルトよりも強くならねばならないのは現状で間違いないので、ひとまずの目標はアルベルトに定めておけばよかろう。


 アルベルトのレベルは30前後。それにプレイヤースキルぬきで安定して勝てるぐらいのレベルには達しておきたいところだ。


(レベルと言えば……)


 ブラットは背負い袋から、銀縁の丸メガネのようなものを取りだす。


 これは通称、“レベルスカウター”。

 ブラットの提案のもと、ピシュテル王国の宮廷魔術師が開発した魔道具だ。


 その名のとおり、これを通して他者を見るとそのものの強さをレベルとして表示できるという代物である。もちろんゲームのように必ずしも正確なレベルがわかるわけではないが、大まかな指標となるのは間違いない。


 ブラットはレベルスカウターをかけ、ふと泉に映った自身の姿を見る。


 すると自身のそばに、古代魔術語で21という数字が淡く赤い光となって浮かんでいるのが見えた。これが現在のブラットの暫定レベルというわけだ。


(突貫工事なのによくできてるな)


 開発した宮廷魔術師はものすごい変な女なのだが、魔道具発明家としてはまぎれもなく天才だ。彼女に改良してもらっているので、いずれは正確さを増し、より詳しいステータスも数値化できるようになるだろう。


 ちなみにブラットの適当な提案から生まれたこのレベルスカウターだが、魔術師界隈では大きな話題になっていて『世紀の発明だ!』との声もあるらしい。


 たしかに強さの指標がなかったこの世界では革新的な発明なのかもしれない。


 すでに件の宮廷魔術師とブラットの名のもとに魔術師連盟に特許を出願しているらしく、もしこのレベルスカウターが普及すればブラットにも莫大な権利料が入るということだ。王子ということもあって金には執着していないが、もらえるものはもらうスタンスなのでありがたく頂戴するつもりだった。


(とにかく目標はレベル40だな)


 一ヶ月でレベルを20あげる。

 それを現状の目標に定める。


 この世界の常識で言えば一ヶ月でそれほど強くなるのはまず不可能なことなのだが、まあどうにかするしかあるまい。


 そして、ブラットはいざモンスターの出現する二階層へと足を踏みいれた。



(うわ、さっそくおでましかよ……)



 直後。剣を装備した二足歩行のトカゲ型のモンスターと対面する。


 リザードマンだ。

 討伐レベルは21。単調な物理攻撃が基本の戦いやすいモンスターだが、その牙には麻痺毒があるために油断ならない相手だ。しかも出現したのは3体だった。


 グラッセとの稽古で最低限のレベルまでは引きあげてきたものの、あくまでもそれは最低限だ。パーティーを組んでいればそれほど苦でない相手なのだろうが、ブラットひとりではさすがに苦戦が予想された。


 だがブラットはリザードマンを見ると、不敵な微笑を浮かべた。


 リザードマンたちは「おうてめえ……俺たちとやりあう気か」とでも言いたげな凶悪な唸り声をあげ、ブラットを威嚇してくる。


「ふっ、雑魚が……おまえらごときこのピシュテル王国が第一王子ブラット・フォン・ピシュテルの相手にならないんだよ」


 威勢よくモンスターを挑発するブラット。

 そして緊迫の空気のなか、ついに戦いが始まるのかと思いきや――



「――だから!」



 次の瞬間。

 ブラットはくるりと身をひるがえした。


 リザードマンに背を向けると、そのままなりふりかまわずに逃げだす。


 あきらかに戦う気満々に見えた男の全力逃走には、さすがのリザードマンたちですらあっけにとられているように見えた。


(逃げるが勝ちってな~!)


 敵の姿が見えなくなったところで立ちどまり、ブラットは息をととのえる。


 リザードマンはブラットの目当てのモンスターではない。やつらを狩ったところでレベリングの効率はよくないのだ。


 簡潔に言えば、経験値がまずい。

 だから、無理に戦う理由がないのだ。


 ターゲットが出現するのは5階層以降。それまではできるかぎり体力をつかわず、のらりくらりとやりすごすつもりだった。



 そんなこんなで――

 ブラットはモンスターが出現するたびに逃げに逃げ、を発見したのはダンジョンに入って半日後のことであった。

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