第1章 前世の記憶
第1話 黒豚王子は記憶を取りもどす
――記憶がよみがえったのは、たしかブラットが14の頃だった。
「ブ……ブラットさま! しっかりとなさってくださいデス!」
地面に無様に倒れたブラットに、侍女が慌てて声をかけてくる。
王立ウィンデスタール魔法学院、中庭。
第二位階の火球の呪文をペアで撃ちあうという実習授業の最中、ブラットが相手の生徒の火球に吹きとばされ、頭を激しく打ちつけてしまったのだ。
(くっ、なんたる屈辱……)
頭の打ちどころが悪かったらしく、意識が朦朧としていた。
しかしブラットが青ざめた教師や侍女によって慌ただしく運ばれていくなか、授業に参加する周囲の生徒たちはそんなブラットを心配するどころか嘲笑していた。
『ぷぷぷっ……黒豚ざまぁ』
『いつも威張ってるくせに火球もまともに使えねえのかよ、だっさ』
『てかこれじゃ焼豚じゃん……クソマズそうだけど! ぷぷぷ!』
生徒たちの言う黒豚というのは、まぎれもなくブラットのことだ。
ブラットは丸々と肥えた豚のような巨漢で、ダークエルフのような褐色の浅黒い肌と銀髪をしていることもあり、ついたあだ名がこの“黒豚”なのだった。
この蔑称は周囲に暴虐無人に振るまうブラット自身に原因があったのだが、薄れゆく意識のなかで生徒たちの陰口が耳に届くと――
(許さんぞ、この愚民どもが……! あとで俺に火球を放った低脳とともに、この俺に歯向かったことを必ず後悔させてやる……!)
ブラットはこりもせずに内心で周囲への恨みつらみをつのらせる。
まるでいじめられっ子の負け犬の遠吠え。
だが面倒なことに、ブラットはただの負け犬では終わらなかった。
ブラットは実はこれでこの国の第一王子。陰口を叩いたものたちを実際に罰する権力があるのだ。これまでに実際に何人も厳しく罰してきたし、だからこそこうまで周囲から嫌われているのであった。
いま陰口を叩いているものたちもブラットが意識を失っていると思って好き勝手言っているようだが、もし聞かれていると知れば顔を青ざめさせるだろう。
(さてさて、あやつらにはあとでどのような罰を与えてやろうか……)
ニチャアと粘着質な微笑をうかべながら考えるブラットだが――
(ぐっ、な……なんだこれは!?)
ふいにすさまじい頭痛がブラットを襲った。
「ブラットさま!? 大丈夫デスか!?」
担架のうえで豚のような身をよじって激痛にうめくと、侍女からすぐに心配する声が飛んでくるが、もはやブラットはそれどころではない。頭のなかに膨大な情報が洪水のように流れこんできて、頭が割れそうだった。
流れこんできたのは、記憶だった。
ここではないどこか――いや、日本という国のひとりの冴えない男の記憶だ。
彼女いない歴イコール年齢で友人皆無のぼっちで仕事以外では家を出ずにゲームばかりしている引きこもりのどうしようもないアラサーオタクリーマンの――
「てかそれ俺だ。これ俺の記憶じゃん!?」
これまで王族として育てられたブラットには似つかわしくはない言葉が発せられた直後、ブラットの意識はぷつんと途切れた。
*
黒川勇人。
それがこのピシュテル王国の第一王子であり、周囲から“黒豚”と呼ばれるブラット・フォン・ピシュテルの前世の名だった。
……いや、もはや前世はどうでもよかろう。
いまの自分にはすでにブラットとして生きた14年もの記憶があり、これからもブラットとして生きていくしかないのだから。
それに前世の自分は無類のゲーム中毒者で、震度7の地震が起こってなお自室でゲームを続け、「地震でけえ……でもゲームやめられないんだけど~!」と逃げ遅れて命を落とした大馬鹿者。そんなろくでなしのことを考えてもしかたない。
……とは言いつつも。
そのゲーム中毒という性質が功を奏したか、あるいは災いしたか。
黒川勇人が転生したこの世界――つまりはブラット・フォン・ピシュテルの生きるこの世界――は自身が何周もプレイしたロールプレイングゲーム『ファイナルクエスト』と非常に酷似した世界であった。
『ファイナルクエスト』は“勇者が魔王を討伐する”という使い古されたテンプレを極限まで磨きあげた王道のなかの王道ゲームだ。
そんな古きよきゲームの世界に転生する。
オタクにとってはまさに夢のようなことである。ゲーマーで異世界転生ものの作品に傾倒していた自分にとっても、それは願ったりかなったり――なはずだった。
「嘘だろ、なんで……なんでだよ」
自身の姿を鏡であらためて確認し、ブラットは心の底から絶望する。
思いだしてしまったのだ。
前世の記憶と共に『
「……なんでよりにもよって、俺が悪役キャラなんだよおおおッ!!!」
黒川勇人が転生した“黒豚王子”ことブラット・フォン・ピシュテルは、作中で死亡エンドが確定している悪役キャラなのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。