第33話 黒豚王子は宿敵と対面する
――“悪役キャラ”。
それは物語で主人公と敵対し、憎まれ役となるキャラクター。
そのバリエーションは多岐にわたるが、某戦闘力53万の宇宙人のように桁外れの戦闘力を誇ったり、『あれ、きみが主人公だっけ?』という主人公顔負けの美形だったり、あるいは御涙頂戴の事情を抱えていたり――さまざまな要素があいまって、主人公以上に人気が出ることもある重要な存在だ。
『ファイナルクエスト』においても悪役キャラは非常に大事にあつかわれており、作中でかなり意識して掘りさげられている。
“四魔将”のリオネッタも、そんな悪役キャラのひとりだ。
『ファイナルクエスト』作中において、リオネッタは強力な幻惑魔法を使い、ブラットを初めとした各地の要人をあやつり、数々の悲劇を生みだした。その行動を考えると、確かに極悪人と言えよう。
だが彼女が魔王軍に加担するのには、実は理由があったのだ。
簡潔に言えば、妹のためである。
リオネッタの妹はいま、複雑な経緯もあって強力な呪いをかけられ、永遠の眠りについている仮死状態にあるのだ。
リオネッタはその呪いを解けるのが魔王だけだと知り、覚醒後に呪いを解いてもらうという契約で魔王軍に協力しているのだ。
実は妹をむしばむその呪いが、ベルゼブブがリオネッタを利用するために意図的に仕組んだものであることも知らずに。
当然ブラットもそういったリオネッタの背景は把握している。
だからこそ、直接対決では分が悪いと思いつつも、ワーウルフロードを追跡してリオネッタに接触をすることを選んだのだ。
宿敵リオネッタと交渉を試みるために。
(……ここにやつがいるのか?)
怒りに身をまかせて駆けだしたワーウルフロード――ウルを隠密スキル“ステルス”で尾行しながら、ブラットは眉をひそめた。
たどりついたのは、王宮だった。
ふだんならば多くの宮廷貴族や使用人の姿があるそのブラットの住まいは、剣舞祭当日ということもあって閑散としている。
ウルはそんな王宮の敷地を疾風のように駆け、大きく跳躍。翼が生えているかのような軽やかさで、王宮の母屋に跳びのった。
ブラットも気づかれぬ距離を維持しながら屋上にあがると、
(……いた)
予想通り、そこに宿敵の姿を見つける。
ただでさえ高い丘のうえにある王宮――そのもっとも高い母屋から、リオネッタは城下町にそびえる闘技場を見下ろしていた。
ここから闘技場までは距離がある。ふつうならば観戦などできるはずもないが、
呪文で強化できる視力は、術者の魔力量に比例する。たとえば“
(……試合中か)
ブラットも自身に視力強化をほどこして闘技場に目を向けると、いまちょうどキャロルの試合の真っ最中のようだった。
恐ろしい破壊力の剣術だ。
キャロルは美しく華奢な体からは想像もできぬ剛剣で、まるで暴走列車かのように選手たちを次々と場外に弾きとばしている。
(……さすがだな)
『ファイナルクエスト』作中とは異なって、魔王軍にくわわって闇の力を得ていない現状では脅威というほどではないが、それでも常人から頭ひとつ抜けた強さだ。予選は問題なく突破するだろう。
そんなことを考えながらリオネッタに視線を戻したときだった。
「あら……生きていたの?」
リオネッタはウルに気づき、大仰におどろいた表情をつくる。
「……お聞きしたいことがあります」
ウルは険しい顔でその場に立て膝をつき、
「リオネッタさまが兄者に“
ウルに直球の問いを投げられてしばし黙りこんだあと、リオネッタは「なんだそんなこと」と面倒くさそうに息をつく。
「……そうよ?」
そして悪びれることなく、そう言った。
ウルの肩がびくっと震える。
「なにか……作戦の一環だったのですか? ブラット・フォン・ピシュテルや“七英雄”を消すための布石だったとか?」
兄は犬死ではなかったのだ。兄の死には意味があったのだ。そう思いたがっているように、ウルは切実な表情で訊ねる。
だが――
「……別に。強いて言えば、貴方たちの強さがちょうどよかったの。貴方たちの相手をする力を持つものが、あの王子と“
「つまり、兄者はまだ見ぬ敵をあぶりだす撒き餌だったと? その程度のことのために命を落としたと……そう言うのですね?」
ウルは静かに――静かに訊ねる。
噛みしめるように絞りだしたその声は、かすかに震えていた。
「……ご明察。獣のくせに案外と賢いじゃない? でも貴方の兄は本当に無能だったわね。あの王子にたったの一太刀で頭を落とされてしまうんですもの。おかげで敵の実力を測ることもできなかったわ。まあ死にざまが無様だったから、憐れな
リオネッタが愉しげにくすりと笑った、その瞬間だった。
「き――貴様アアアアアッッッ!!!」
響きわたる人狼の憤怒の咆哮。
ウルの体から膨大な魔力があふれ、その影響で大気が震えた。
「――」
直後。ウルはその獣人の膂力を最大限に活かし、予備動作ほぼゼロで弾丸のように跳びだしてリオネッタに襲いかかる。
しかし鋭利な鉤爪がリオネッタを捉えたと思ったそのとき、リオネッタの姿は幻のように影となってかき消えた。
「あら、いきなり襲いかかってくるなんてひどいじゃない?」
リオネッタの艷めく唇からそんな言葉がつむがれたときには、合計で十人に分身したリオネッタがウルを完全に包囲していた。
――“
影による多数の分身をつくりだす第七位階の幻惑魔法の一種だ。
『ファイナルクエスト』の作中戦闘において、リオネッタの攻撃にはいくつかパターンがある。そのなかにこの影分身から展開する攻撃パターンがあったはず。何度も攻略したのでよく覚えている。
「貴様が言うなアアアッ!!!」
ウルはふたたび咆哮をあげると同時にリオネッタの分身に襲いかかり、次から次へとその鋭い鉤爪で蹴散らしていく
分身は一撃で影となってかき消え、その数は次第に減っていく。しかし半分ほどにまで数を減らしたそのときだった。
残った分身たちがそれぞれ中空に短剣のような形の無数の影の刃を生みだし、その切っ先をウルへとまっすぐ向け――
「――“シャドウダガー・レイン”」
直後。合計で100を超える影の刃が、一斉にウルへと放たれる。
ウルはすぐに気づいて回避行動に移るものの、刃の数があまりに多く対処しきれない。いくつかの刃がウルの体をとらえた。
「ぐっ、ぁあぁあああっ……!!!」
とどろく悲鳴。
ウルは刃につらぬかれた全身から鮮血を流し、がくっと膝を折る。
だがそれでもどうにかそこで踏みとどまり、顔をあげた。
「こ、この程度で終わり……か。四魔将も大したことはないな。むかし兄者とケンカして殴られたときのほうがよっぽど効いたぞ」
血まみれで強がるウルの言葉を聞き、ブラットは目を細めた。
(……いや、終わりじゃない)
今回の攻撃パターンの場合、リオネッタの攻撃はまだ一手残っているはず。分身で対象を取りかこみ、全方位から第七位階魔法“ダークダガー・レイン”を放ち、そしてそのあとに背後からの追撃の一手が。
その追撃こそが、この攻撃パターンにおける
次の瞬間、リオネッタの肩にのっていた少女の
その刹那――
(……なるようになれ)
ついにブラットは陰から跳びだした。
そしてウルと人形のあいだに割ってはいり、突きだされた剣を間一髪のところでそらし、そのまま跳ねあげた。
ウルとリオネッタはブラットの姿を見て、同時に目を見開く。
「……なぜおまえがここに!?」
「あら、おどろいたわ。意外なお客さまね。ターゲットがみずからのこのこ現れるなんて、なかなかめずらしいことよ?」
二人がそれぞれ言葉をこぼした瞬間にリオネッタは分身を消してひとりになり、人形はリオネッタの肩へと戻った。
やはりリオネッタのねらいはブラットで間違いなさそうだ。
「ブラット殿下……初めましてと言ったほうがいいかしら? わたくしは遠くから見ていたからそういう気はしないのだけれど」
「俺も初めて会った気はしないな」
ブラットはちらとリオネッタの肩の人形を見やり、肩をすくめた。
リオネッタとは周回プレイするたびに戦ってきた。なにより容姿と背景をふくめて自身が好きなキャラだったというのもある。
前世では好きなキャラ。今世では宿敵。そんななんとも言えぬ関係のリオネッタと初対面し、ブラットはしばし彼女を見つめた。
「……にしても、魔王軍内で仲間割れとはいただけないな。いまの攻撃はあきらかに殺めようと放った一撃だったろう?」
ブラットが飄々と訊ねると、リオネッタはどこかいぶかしげな表情で目を細めながらも、やれやれと肩をすくめる。
「勘違いしないでほしいのだけれど、牙を剥いてきたのはこの獣よ。殺されても文句は言えないはず。そもそも仲間割れを起こしても、敵である貴方には関係ない。むしろ得しかないはずだけれど?」
「そうだ、ブラット・フォン・ピシュテル……おまえには関係のないことだ。オラがこのクソ女を殺るまで引っこんでいろ」
傷だらけのウルが強がるように言うが、ブラットは首を振る。
「いまのおまえでは残念ながらリオネッタには敵わないよ」
淡々と、事実を告げる。
ウルとリオネッタは、文字通りにレベルが違いすぎる。この『ファイナルクエスト』に酷似した世界ではレベルの差はそのまま実力差となる。ブラットのように特別な知識があるならば別だが、基本レベル通りの戦闘結果にしかなるまい。
ウルは反論したげだったが、結局は苦々しげにうつむいた。
ブラットが助太刀してくれていなければ、自分があのまま殺されていたことも彼自身ちゃんと理解しているのだろう。
「あらあら? その獣ではわたくしには敵わないと言ったけれど……あなたならわたくしを倒せる、ということかしら?」
「どうだろうな、きわどいところだ」
ブラットが余裕の微笑でそう切りかえすと、リオネッタは不服そうに目を細め、しかしすぐに不敵に笑った。
「なら……試してみましょうか?」
リオネッタの声音は静かだったが、その全身からはそれだけで人を殺せそうな禍々しい魔力が湯気のように立ちのぼっていた。
そんな魔力を受けながらも、しかしブラットは一切動じない。
「……いや、今回は遠慮しておこう。それよりも、話があるんだ。きみが妹についてベルゼブブとかわした契約のことでな」
単刀直入にそう切りだす。
するとリオネッタは、ハッとした顔で慌ててブラットを見やる。
「なんの……話かしら?」
さぐるようにそう訊ねてくる。
「きみの妹はいま強力な呪いにより、永遠の眠りについている。だから魔王覚醒に協力する代わりに、魔王覚醒の暁には魔王の力でおまえの妹の呪いを解く。ベルゼブブとそう契約しているはずだ」
ブラットがはっきりと核心にまで触れると、リオネッタは目をぎょっと見開き、だがすぐに落ちついた声音でこたえる。
「……仮にそういう契約があったとして、それでなにを話すというのかしら? 貴方が妹を助けてくれるとでも言うのかしら?」
「ああ、そのとおりだ」
ブラットは即座に断言した。
「俺がきみの妹を助ける。だからもう魔王軍への加担はやめろ」
『フォイナルクエスト』をとことんやりこみ、サブクエストをふくめてコンプリートしたブラットだからこそ断言できた。
だがあまりに唐突な話だったためだろう。
リオネッタはふたたび驚愕の表情を浮かべるが、すぐに首を振る。
それからなにかすべてを諦めたようなもの寂しげな微笑を浮かべ、とたんに体から禍々しい魔力を一気にあふれさせる。
「!?」
直後。リオネッタの足元から猛烈な勢いで伸びてきた無数の影の手が、ブラットの全身をからめとって拘束した。
「……助ける、ですって? 適当を言わないでもらえるかしら? わたくしはそうやってできもしないことを無責任に言う偽善者が狂おしいほど嫌いなの。せっかく貴方のためにショーを用意したのに、間違っていま殺してしまいそうだわ」
リオネッタが殺気をにじませると、影の手による絞めつけが急激に強まる。
その力はこれまでに感じたことのないほどに強く、おそらくブラットでなければ骨が粉々に砕け、内臓が破裂していただろう。
(そりゃ信じられるわけもないよな)
リオネッタは妹を救うために過去にあらゆる方法を試し、すべてに失敗した。その結果、魔王の力にすがっているのだ。
いきなり助けると言われても、信じられるはずがあるまい。
「疑うのは当然だ。俺でも疑う。だが王子として言葉には責任を持っているつもりだ。まず話だけでも聞いてはくれないか?」
リオネッタは口の端にくすりと妖艶な微笑を刻んだかと思うと、そのままアハハハハと大きく声をあげて高笑いしはじめる。
そしてふいにぴたりとその笑みをやめ、真顔でこちらを見やる。
「……無知って罪ね。お子さまの貴方にはわからないかもしれないけれど、世のなかにはできることとできないことがあるの」
冷めた表情で肩をすくめ、
「そもそも他人のことよりも、貴方はこの国の民や自分の大切な人のことを心配したほうがいいと思うのだけれど?」
「……国民や大切な人の心配、だと?」
眉をひそめるブラットを見て、リオネッタは愉しげに笑う。
「ええそう。さっきも言ったけれど、今日は貴方のために楽しい楽しいショーを用意しておいたの。この国全体がきれいなきれいな紅に染まる……そんな素敵なショーをね。せっかくのお祭りですもの、このあとはぜひショーを楽しんでちょうだい?」
そう言い終えるや、リオネッタは影の手による拘束をゆるめた。
そして自身の影にゆっくりと沈んでいく。
王宮に残っていた数少ない人間が騒ぎに気づきはじめているようなので、援軍を警戒して逃走しようということだろう。
「そうね、貴方がもしもすべてを守りきれたのなら、そのときは貴方の戯言に耳を貸してあげてもいいわ。無理でしょうけどね」
「待て! まだ話は終わって――」
最後まで言葉をつむぎきる前に、リオネッタは完全に影に沈んだ。
✳︎
(やっぱりそう簡単にはいかないか)
リオネッタが立ち去ったあと、ブラットは大きく息をついた。
勢いで対面したためにほとんど対策をしてこなかったことを考えれば、生きているだけ運がいいというものかもしれない。
(しかし……なにをたくらんでいる?)
リオネッタの言葉が真実なら、今日ブラットの大切な人が危険にさらされる。とすれば、それはどうにかして避けたい。
(考えられるのは……)
『ファイナルクエスト』のリオネッタの行動パターンを思いかえす。
すると彼女のたくらみとして、ありえそうなものがいくつか頭に浮かんできた。そのなかで可能性の高いものに当たりをつける。
(……手札は豪華だが対策には少しピースが足りない、か?)
思案していると、ふと視界に血まみれで立ちあがるウルの姿が目に入る。よろよろとしながらも歩きだそうとしていた。
とりあえず生きているようだが、かなりダメージを負っている様子だ。
ブラットは慌てて声をあげた。
「……またリオネッタのところに行くつもりならやめておけ。いまのおまえでは何度やってもリオネッタには勝てないよ」
「ならばどうしろと? オラは尻尾を巻いて逃げるつもりはない!」
憎しみに満ちた視線を真正面から受け、ウルのリオネッタへの憎悪と覚悟をまざまざと感じとり、ブラットは黙りこんだ。
だがそのときふと思いつき――
「なら……俺に協力しないか?」
一言、そう言った。
「協力……だと?」
きょとんとウルは首をかしげる。
「ああ、そうだ。うまくいけば、リオネッタに一泡ふかせられる」
ブラットはニヤリと笑った。
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