第51話 黒豚王子は皇帝と交渉する
※前書きです。
忘れてる方が多いと思うので、ここまでのあらすじをざっと簡単に↓
ファイナルクエスト作中において、魔王軍の四魔将ベルゼブブの謀略により、“灰色の帝国”ダストリアと、“義の国”エルネイドの間で戦争が起きる。そしてその戦争により、ダストリアは滅ぼされてしまう。
ブラットは両国の誤解を解いて戦争をとめるため、そして行方不明の弟アルベルト捜索のため、ダストリアの皇女キャロルと、エルネイドの王女リデルと共に、ダストリアの皇帝カスケードに謁見するのだが……。
以下、本編です。
──────────────────
(ここが……ダストリアの皇都か)
機能性に優れたその灰色の都市を、愛竜の背から見下ろすブラット。
時は一刻を争う。
ダストリアの皇女キャロル、エルネイドの王女リデルとともにギルガルドに騎乗し、ブラットは皇都へと飛んできたところだった。
ダストリアの皇都インペリアルゲートは、人の活気にあふれていた。
「――“イーグルアイ”」
視力強化呪文で町の細部を眺める。
蛮族やダークエルフのほかに、魔物に近い異形の亜人も町を闊歩している。獣人ならばともかく、ピシュテルではまず見ない光景だ。
デルトラ半島には多様な種族がいる。この光景が普通なのだろう。異種族がこうも当たり前のように関わり合っているのは不思議だった。
民はまだ日常を送っているようだが――
(……空気がぴりついているな)
一方で上空から見ているだけでも、どこかそわそわしているのが伝わってくる。
活気はあるが、空元気に見えるのだ。
この皇都に火種が飛ぶのはまだ先の話だろうが、現在もエルネイドとの小競り合いが各地で起こっているのだからしかたあるまい。
実際このまま行けば、エルネイドとダストリアの決戦は避けられない。
(説得できればいいが……)
ファイナルクエスト本編では、すでにエルネイドとの戦でダストリアは滅びていて、カスケードが亡くなったあとだった。
だからカスケードの人となりはわからないのだが、やるしかないだろう。
皇城にたどりつくとすぐに、カスケードとの謁見の場が緊急で設けられた。
城内はエルネイドとの小競り合いの処理に追われて余裕がなさそうだったが、こちらのメンバーがメンバーだったからだろう。
「……」
ブラットは謁見の間に入る。
そしてついに、“七英雄”のひとり、ダストリアの“
威風堂々、という言葉が似合う男だった。
ファイナルクエストのおかげで元からその精悍な顔を見知っていたブラットでさえ、その威圧感に気圧されるほどの風格がある。
数多の戦場を駆け抜け、難敵と剣を交え、そして打ち倒してきた英雄王としての自信。それが立ち居振る舞いや表情から感じられた。
(強い、な)
おそらく今のブラットよりも強い。
ゲーム知識や装備を加味するとわからないだろうが、レベルとステータスで言えば、間違いなく現状カスケードのほうが上だ。
“七英雄”であのグラッセと同格と考えれば、それもそのはずだろう。
ぱっと見は筋骨隆々というほどではないのだが、よく見るとその肉体が鋼のように鍛えあげられているのがわかる。
漆黒の重装鎧を身につけ、その上に深紅の外套をまとっている。腰には魔法力の感じられる長剣、脇には長大な槍を立てかけていた。
カスケードはゆっくりとブラット、キャロル、リデルの三人を順に睥睨し――
「キャロル……なぜ帰ってきた?」
威厳のある重声で口火を切った。
キャロルはカスケードの言葉にわずかに苛立ったように眉をひそめる。
「……父上、ご無沙汰しております。御言葉ですが母と弟が暗殺され、祖国が危機に瀕しているこの状況で、他国でじっとしていられるわけがありません。ジャスパーが嘘をついたのは父上の御指示なのですか?」
「嘘……と申しますと?」
カスケードの傍らの壮年の男、宮廷魔術師のジャスパーが眉をひそめる。
「とぼけるな、母上たちの安否を確認したときのことを忘れたとは言わせんぞ」
皇妃と皇子の危機についてブラットがキャロルに初めて話したとき、キャロルはダストリアのこの宮廷魔術師に確認をとった。
しかしジャスパーは二人の死を知りながら、二人が無事だと嘘をついたのだ。
おかげでブラットは嘘つきと糾弾され、今回の件への対応も遅れてしまった。
「ああ、そうでした。そのようなこともありましたね。あれについては……」
ジャスパーは今思いだしたとでもいうような反応でキャロルの神経を逆撫でするが、カスケードがすぐに言葉を継いだ。
「吾輩が命じた。吾輩の指示だ」
カスケードは悪びれる様子も言い訳することもなく、淡々とそう言った。
「なぜ……あのような嘘を?」
キャロルはわずかに語気を強めた。
「……おまえに情報が漏れれば、こうしておまえが帰ってくるとわかっていたからだ。これからダストリアは戦場になる。吾輩に万一があったとき、世継ぎが必要だ。カールが亡くなった今、この国はおまえまでも失うわけにはいかないのだ。絶対にな」
「だとしても……!」
キャロルはさらに言いつのろうとする。
カスケードの意図を頭で理解はできても、心が納得できなかったのだろう。
「生産性のない話はやめろ。必要なのは過去の話でなく、常に未来の話。なんのために戻ってきたのか、なぜ吾輩に謁見を求めたのかと訊いている。仇敵のエルネイドの王女にくわえ……ピシュテルの王子を連れて」
視線がリデル、そしてブラットへと移る。
ブラットは機会がめぐってきたと思い、カスケードの前に歩みでる。
「お初にお目にかかります。ピシュテル王国の第一王子、ブラット・フォン・ピシュテルと申します。突然の訪問をお許しください」
名乗ると、謁見の間がざわついた。
『あの“魔将崩し”の王子なのか!?』
『……想像以上に若い。まだ少年ではないか』
『しかし立ち居振る舞いには一切隙がないぞ。間違いない。本物だろう』
リデルも知っていたのでそうだとは思ったが、すでにピシュテルでの一件はこのダストリアにも知れ渡っていたようだ。
だがカスケードはそこには特に反応することもなく、淡々と話を続ける。
「ピシュテルの王子よ。ピシュテルにはキャロルを留めておくように頼んだはずだが、これはいったいどういうわけだ?」
「今回のことは王たる父の意に背き、わたしが独断で為したことです。父はキャロルさまをフォールフラットに留めておくつもりでした。しかしわたしがキャロルさまをさらい、そしてここまで連れてきたのです」
「父上……わたしが頼んだのです。父上に伝えねばならないことがあって」
「伝えねばならないこと、だと?」
キャロルの言葉をブラットが継ぐ。
「はい、どうかエルネイドとの戦をやめていただきたい。今回の一件……皇妃と皇子の暗殺は、ベルゼブブの謀略だったのです」
「どういうことだ?」
カスケードはその凛々しい眉をひそめる。
ブラットは簡潔に説明する。
ベルゼブブは魔王復活の魔力を集めるため、ダストリアとエルネイドの両国をどうにかして争わせて大規模な戦を起こしたかった。
そこでベルゼブブはダストリアの皇后と皇子を暗殺。責任をエルネイドになすりつけることで、両国を仲違いさせたのだということを。
カスケードは黙ってブラッドの話を聞き終えると、しかし淡々と訊ねる。
「証拠は? ピシュテルの王子よ、貴殿はなぜそのようなことを知っている? ベルゼブブのそのような暗躍をなぜ知り得た?」
もっともな質問だった。
そして、ブラットがもっとも回答に窮するだろう質問でもあった。
「わたしは大陸中に情報網を持っているのですが、これは信頼できる情報筋からの情報です。また、ピシュテルが魔将リオネッタに襲撃された件はご存知かと思いますが、リオネッタからも同様のことを聞きました」
ブラットは用意していた回答をする。
しかしカスケードは納得しない。
「まず魔将は信用足り得ないので除外だ。信頼できる情報筋とは? 少なくともそこを明かしてもらわねば、情報の真偽を判断できまい。そもそもピシュテルとは同盟関係だが、貴殿は父王の意に背いている。貴殿を信用していいかも怪しいものだ」
淡々とそう告げる。
カスケードが大雑把な性格なら乗りきれると思ったが、この感じだと無理そうだ。情報の信頼性を確かめたいというのは当然だろう。
(なるほど、こうなるか……)
ブラットはふむとうなる。
情報筋なんてものは元々なく、前世の知識から得た情報だ。ブラットがここで前世のことを説明しても、信じてもらえるわけもない。
そこでキャロルが口添えする。
「情報の明確な証拠は……用意できておりません。しかし少なくとも、わたしはこのブラットが信用に足る人物だと思っております。そしてここにエルネイドの王女であるリデルがいることも、エルネイドがそんな不義を犯していないことの証拠になるかと」
「リデル姫……か」
カスケードはリデルに厳しい視線を向ける。
視線だけで人を殺めてしまえそうなその視線に、リデルは一瞬たじろいだ。
だがそこは一国の王女だ。
ブラットに握ってもらったその手に握り拳をつくり、頼りなげだった
「陛下、エルネイドはそのような騙し討ちをする国では決してありません。もちろん暗殺にも一切関与してないなの。ベルゼブブの謀略かは定かではありませんが、それだけは陛下にお伝えしたかったなの。どうかこのような不毛な戦は、もうやめにしませんか?」
まっすぐにカスケードに訴えるリデルに、キャロルが口添えする。
「リデルは周囲の反対を押しきり、危険を承知でこのダストリアの地を訪れたのです。エルネイドが暗殺に関与しているのなら、わざわざ敵地に飛びこんでこのような交渉をするわけがない。つまりエルネイドは関与していない。戦はやめるべきです」
リデルとキャロル、両国の姫君がまっすぐにカスケードに訴えた。
実際、それは有力な証拠だった。
エルネイドが暗殺を行ったというなら、わざわざ王女が危険をおかして停戦の交渉に来るのは、あまりに不自然なことだからだ。
カスケードは無言で二人を見つめる。
静寂。
謁見の間の全員が、カスケードの次なる言葉を固唾をのんで待った。
だがしばしあって――
「断る」
一言、カスケードはそう告げた。
キャロルは目を見開く。
「なぜです!? 両国が戦をやめたいというのに、なぜ続ける必要があるのです!?」
「そもそもリデル姫の発言は、エルネイドの総意ではない。リデル姫のこの行動は独断でエルネイドのものたちは反対していたのだろう?」
「それは……そうですが、賛同してくれるものも大勢おりましたし」
「そう、反対するものもいた。それが事実だ。もしも仮に吾輩がこの交渉を受けたとしよう。歩み寄ったとしよう。そこでもしもエルネイドの裏切りにあえば、戦況は一気に傾く。我々ダストリアは致命傷を負うだろう。そんなリスクを負えると思うか?」
カスケードの言葉はもっともだった。
現在、両国が疑心暗鬼になっている。両国が戦をやめたいと願って歩み寄っても、敵国がいつ裏切るのかという恐怖は常につきまとう。
そして裏切った側が圧倒的に有利な状況になる、というおまけつきだ。
この状況で和平を結ぶのは難しい。
「きっかけは……もしかしたら、ピシュテルの王子の言うようにベルゼブブの謀略なのかもしれぬ。憎しみは偽りだったかもしれぬ」
カスケードは淡々と述べる。
「ならば……!」
「しかしそこからの戦いで血を流したのは、まぎれもなく両国の民なのだ。エルネイドの民がダストリアの民を殺め、ダストリアの民がエルネイドの民を殺めた。偽りの憎しみは、いつしか本物の憎しみへと変わった。きっかけがなんであろうとな」
ブラットは目を細め、無礼を承知で言う。
「だから戦はやめないとおっしゃるのですか? きっかけがそもそも魔物の謀略であっても? それはあまりに愚かです」
「ああ、愚かだな。しかし人間とは本来そういうものだよ。お前たちの理想は甘美だ。だが全員がその理想を共有し、一丸となれるわけではない。生きるとは戦いだ。半端に甘さを見せれば、喰われるのはこちら。少なくとも、こちらからエルネイドに歩み寄ることはない」
それが結論だ、とカスケードは考えを変える気はないと強調する。
その言葉には皇帝としての強固な意志が感じられて、ブラットも、他の面々も、反論の言葉をすぐには紡げなかった。
そんなときだ。
これ以上なく慌てた様子で、一人の騎士が謁見の間へと駆けこんでくる。
「ハアハア……畏れながら申しあげます!」
謁見中だからと近衛騎士が止めに入るが、カスケードが話すように促した。
そして騎士が告げた一言が――
「城塞都市アドラスが……急襲を受けて陥落。エルネイドの手に落ちました」
一縷の望みを完全に打ち砕き、カスケードの結論を決定的なものとした。
アドラスはダストリアの主要都市で、重要な防衛拠点のひとつだった。
これまでの小競り合いとは違う。
簡単に落とせるような都市ではないので、エルネイドが本気で戦力を投じてきたという証、ダストリアへの宣戦布告だった。
「話は終わりだ。貴殿たちには悪いが、もはや戦はとめられん」
カスケードは一言リデルの拘束を命じると、外套をなびかせて身を翻す。
そして歩きだした皇帝を、もはや呼びとめられるものはこの場にいなかった。
戦はもはや避けようがない。
いや、すでに始まってしまったのだ。
そのことをキャロルも、リデルも、その場のすべての人々が理解し、絶望した。
ただひとり――
(……とめてやろうじゃないか)
困難なクエストを提示されるほどに燃える元廃ゲーマー、ピシュテルの王子ことブラット・フォン・ピシュテルその人をのぞいて。
不可能ではない。
前世を思いだした当初とは違うのだ。
動かせる手札はそろいつつあり、ブラットも強くなった。そしてこの地にはさらにブラットを強くしてくれる狩場すらもあるのだから。
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