第6話 黒豚王子は弟と遭遇する
アルベルト・フォン・ピシュテル。
ピシュテル王国の第二王子であり、ブラットの双子の弟である。
父である国王カストラルの銀髪に褐色の肌を受けつぐ兄とは異なり、アルベルトは母の金髪に白皙の肌を受けついでおり、高慢で嫌われものの兄とは対照的な人柄のよさもあいまって、絵に描いたような王子として平民貴族問わず人気だった。
そしてアルベルトのハイスペックさは見た目や人柄にとどまらず、学業・剣術・魔法ふくめてそのすべてでブラットを上回っていた。
この国の王位継承権は、王の実子ならば長子も次子も同等。
そのため前述の評判もあって周囲はアルベルトが王になると思っていたし、不仲のブラットですらもそうなるだろうと確信していた。
しかし、物語には挫折がつきもの。
『ファイナルクエスト』作中ではブラットが闇堕ちし、闇の力で王位を手にしたため、アルベルトは国外へと一時追放されることになる。ただしその後、冒険者として身分を隠して暮らしたのち、勇者の仲間となってピシュテル王国に帰還。勇者とともに見事にブラットを討ちとり、王位を奪還する。
とにもかくにもアルベルトはそんなドラマチックでイケメンで王子なキャラクターなため、特に女性ファンに人気が高いキャラだった。
だが一方で、前世の黒川勇人はこのアルベルトが苦手だった。
嫉妬というのもあるのだろうが、アルベルトは男からするとあざとすぎるのだ。あまりにぶりっこな女が同性に嫌われるのと同様に、あまりにあざといアルベルトは男の黒川勇人にはどこか受けいれがたいものだった。
作中では最後までそういう描写はないし単なる偏見ではあるのだが、腹黒さを隠しているような――そんな気がしてならなかったのだ。
もちろん不遇な暮らしを強いられた彼には同情するが、やはり苦手なものは苦手というのが黒川勇人のアルベルトへの印象だった。
だがそんな偏見まみれの印象は、アルベルトの兄であるブラットに転生し、実際に彼と接してみて正しかったのだと知る。
*
「グラッセさん、早朝から稽古ご苦労さまです」
中庭で稽古していたブラットとグラッセのもとに近づいてきたかと思うと、アルベルトは輝くような王子スマイルでそう労った。
アルベルトの姿を見た侍女たちが、キャーと静かに黄色い声をあげるのが耳に入る。アルベルトは侍女にアイドル並みの人気があるのだ。
(……うわ、ファイクエで見た顔だ)
一方でブラットはその王子スマイルのまぶしさに目を細め、前世のゲーム画面で見たアルベルトの王子スマイルを思いだし、どこかなつかしさを覚えていた。
しかしすぐに我にかえり、アルベルトに声をかける。
「アルベルト、いったいなんの用……」
「にしてもグラッセさん、ひどいじゃないですか。おれが稽古をつけてほしいと言ったときは断ったのに、兄上なんかに毎日稽古をつけてるなんて」
用向きを訊ねようとしたブラットの言葉をさえぎるばかりか、その存在を完全に無視し、アルベルトはグラッセに話しかける。
単にタイミングが噛みあわなかっただけのように見えるが、そのブラットへの棘のある言葉といい、これはおそらくわざとだろう。
なにしろブラットとアルベルトは不仲だ。
幼少期にはふつうに二人で遊んだ記憶もあるのだが、なにがきっかけかいつからかアルベルトはブラットに冷たい態度をとるようになり、いまでは互いに顔を合わせればいがみあう犬猿の仲になってしまっていた。
どうしてこうまで関係がこじれたのかは自分でも定かではないが、そもそもアルベルトは怠惰で醜いブラットのことが気にいらなかった様子で、そんな嫌悪感がブラットにも伝わってからさらに仲が険悪になった気がする。
とにかく顔を合わせるだけで場の空気が悪くなるので、周囲はもはや二人を会わせること自体を避けるようになっていて、今日こうして顔を見るのもいつか学院でちらと見たとき以来だったはずだ。
「いやあ、ぼくも最初は断ったんだけどね。でもブラットくんおもしろそうだったから、やってみてもいいかなって思っちゃったんだ~☆」
「おれより、兄上との稽古のほうがおもしろそうだったと?」
軽薄な微笑で答えるグラッセに、アルベルトは相変わらずの王子スマイルを浮かべながらも、どこか引っかかった様子で食ってかかる。
アルベルトはブラットをすべてにおいて見下しているので、たとえしょせん稽古の相手としてであっても、ブラットが自分よりも優れている部分があると言われたのが気に食わないのだろう。
「うん、きみはつまらない」
だがグラッセは一切の遠慮なく、そう即答した。
グラッセは悪い人間ではないものの、建前やお世辞みたいなものをほとんど言わない歯に衣着せぬところがあり、その言葉も思ったことを素直に言っただけなのだろうが、場の空気はその一瞬で完全に凍りついてしまった。
ブラットは特になにも言わずにあちゃと肩をすくめ、アルベルトの侍女はどうしたものかと顔を見合わせてあたふたしている。
だがそこは人柄がいいと評判の王子アルベルトだ。
いかに苛立つことがあったとしても、そう簡単には顔に出さない。得意の王子スマイルできれいな白い歯を見せ、笑いとばした。
「ハハハ、それはショックだなあ! 兄上よりはおれのほうが剣術に関しては上だと思っていましたが、自身の力を過信していたのかもしれません」
「剣術に関しては……いや、すべての能力において、現時点ではきみのほうが数段上だね~☆ それは間違いない。だけどきみはすでに完成されているし、ぼくが稽古をつけるまでもなく勝手に強くなるだろうから」
「現時点では? いずれは……そうではないと?」
「うん、そうではない。だからやっぱり、ブラットくんのほうがおもしろそう。正直、圧倒的にね。それだけのことさ~☆」
せっかく空気を戻そうとしたアルベルトだったが、このグラッセという男は空気を読む気がまるでない。むしろアルベルトを煽るのを楽しむようにつらつらとそんなことを述べるものだから、ブラットはやれやれと呆れるしかない。
アルベルトは顔をしかめ、ふたたび微妙な空気が場に流れた。
「それはともかく我が弟よ、いったいなんの用なんだ?」
これ以上面倒くさい空気になるのもアレなので、ブラットは口をはさむ。
これでも前世では陰キャぼっちでありつつも場の空気を読む力に長けており、職場ではディレクター業務をこなしていたのだ。場をとりなすスキルには自信があった。
「ああ……兄上いたのか、気づかなかったよ。そんなにもでかい図体をしているのに、魔力があまりにも少なくて希薄なせいかな」
アルベルトは嘲笑まじりに鼻をならし、ちらとブラットに目を向ける。
さいきんは同じ場にいても互いにいないものとして無視するというのが二人の暗黙の了解になっていたので「なに話しかけてんだコラ」という様子だ。
「別にこれといった用はないんだけど、あのグラッセさんがあろうことか兄上に稽古をつけていると聞いたものだから気になってね」
「そんなに稽古がしたいのなら……一緒にするか?」
ブラットはふとそんな提案をしてみる。
死亡エンドのことを考えると、アルベルトとは間違いなく仲直りしておいたほうがいい。そのきっかけをここでつくれないかと思ったのだ。
「ハハハ、おもしろい冗談だね! 兄上にはなんの才能もないと思っていたが、まさかユーモアの才能があったとは。いや、単になにも考えていないバカなだけか。でなければ、おれが兄上なんかと一緒に稽古をするわけがないとわかるだろうに」
しかし、アルベルトは小馬鹿にしたように嘲笑する。
(まあしかたないよな)
こちらには仲直りする理由があるが、あちらにはない。ついこの前までいがみあっていたのに、急に歩みよるなんてできるわけもあるまい。
しかしいつかは仲直りせねば、とブラットが考えていると――
「……でもま、いいよ。稽古しようじゃないか」
「え?」
アルベルトは急にそう言い、ニヤリと不敵な微笑を浮かべた。
「まあ稽古とは言っても、試合形式でだけどね。兄上はグラッセさんに稽古をつけてもらっているんだ。こちらが胸を借りることになるだろうけど」
「し……試合形式?」
思わぬ提案に焦るブラット。
アルベルトの『ファイナルクエスト』における初期レベルは35。それはグラッセのような異質な存在をのぞけば、人類としては相当上位の強さだ。
あくまでも4年後の実力ではあるが、すでにそれに近い力は持っているはず。レベル15程度のブラットがかなう相手ではない。
仲直りのきっかけをつくりたいのは山々だが、正直まともにやりあってもぼこぼこにされるだけなので、試合形式はさすがに気が進まなかった。
「試合形式はさすがに……」
「それはおもしろそうだね、ぜひ見てみたいなあ~☆」
しかし断ろうとしたところで、気まぐれなグラッセがそんなことを言いだす。
「ほら、師であるグラッセさんもこう言っている。決まりだね」
ブラットの答えを待つことなく、アルベルトは微笑とともに剣をかまえる。
さっさとブラットをぼこぼこにしたくてたまらないようだ。
「え、あ、いやでも……」
「アルベルトくんに勝ったらあのスキル教えてあげようかな~☆」
いまだ尻込みするブラットだが、グラッセのそんな言葉を聞くと、迷うように口をぱくぱくさせたあと頭を激しくかきむしる。
(うわあああ、スキル教えてもらいてええええ!)
スキルはなんとしても教えてもらいたい。
いや、教えてもらわねばならない。
もちろん、勝てる可能性はかぎりなく低い。
だが、ゼロではない。となれば、チャンスをみすみすふいにはできまい。そもそもこの戦いからはもはや逃げられそうもないし、観念しよう。
「……わかった、わかりましたよ」
ブラットは渋々ながら剣に手をかけた。
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