第7話 黒豚王子は弟と試合をする
「それじゃ試合を始めようか~☆」
グラッセはブラットとアルベルトのあいだに立ち、いつもの軽薄な笑みとともにどこか間の抜けた口調で言った。
「……あっ☆ すぐには決着がつかないかもしれないから、一応は朝課の鐘が鳴るまでが制限時間ね! それで決着がつかなかったら引きわけで~☆」
「制限時間など不要ですよ、一瞬で終わりますから」
アルベルトは断言し、自信満々に剣をかまえる。
「うん、そうかもしれないしそうでないかもしれない。まあ危なそうだったらぼくがとめるから、お互い手加減なしで相手を殺す気でやるように☆」
もしとめられなかったらメンゴ☆ とグラッセは本気か冗談かわからないとんでもないことのたまうものだから冷や汗がとまらない。
(いや、とめてくれなかったら俺死ぬんですが……)
ブラットは剣をかまえながら顔を強張らせる。
レベル制というのは一見して実力がわかるというメリットがある一方で、そのぶんはっきりと力の差を表す残酷な指標だ。レベルが5も違えばあきらかな力の差が生まれるし、10も違えばもはや大人と子供ぐらいの力の差がある。
ブラットの現在のレベルは推定15。
アルベルトのレベルは4年後で35だったから、現在は推定25くらい。つまりは二人のあいだには、大人と子供ほどの力の差があるはず。
アルベルトは完全にこちらを殺す気で来ると思うので、となるともしもグラッセがとめに入ってくれなければ、当然ブラットは死ぬことになる。
「ブラットさまがんばってくださいデ~ス♡」
死にたくないから逃げようかなと弱気なことを思っていると、いつのまにか見物に来ていた専属侍女ロジエの声が耳に届いた。
そのかわいらしい声を聞き、気を持ちなおす。
なにしろ前世は彼女のかの字もなかった喪男である。かわいい女の子にこのように応援されれば、否応なしにやる気が出る。
(弱気になっててもしょうがねえか)
負けると決まったわけではない。
圧倒的なステータス差はあるが、勝負というのは力の高低だけで決まるわけではない。特にこういった対人戦は相手に最小限のダメージを与えられる力さえあれば、テクニック次第でいくらでも挽回できる可能性がある。
要はこちらがダメージを与え、そして相手からはダメージを受けなければいいのだ。そうすれば理論上はいつかは勝てる。
(ま、理論上は……だけど)
とにかく現在のアルベルトが4年後の彼よりも少しでも弱いことを祈るしかない。そんなふうにブラットが腹をくくった――その、直後。
「……はじめっ☆」
間のぬけたグラッセの合図により、圧倒的ステータスの差のあるブラットとアルベルトの兄弟対決の火蓋が切られた。
「……!」
さきに動いたのはブラットだった。
対人戦の開始直後というのはだいたい互いに見合って様子を見るところから始まるため、意外と問答無用で突っこんでいくとふいを打てたりする。そんな浅はかな知識をふと思いだし、先制攻撃をしかけようとしたのだ。
しかし――
(……はっや!?)
ブラットが剣を振りかぶるその前に、すでにアルベルトの剣が横薙ぎにこちらへとせまっていた。
あまりに敏捷ステータスに差があるため、ブラットがさきに動いたというのに攻撃をくわえるまでに先攻後攻が入れかわってしまったようだ。
(いや、重すぎねッ!?)
しかも速いだけではない。
どうにかそれをいなすことには成功したものの、想像の何割増しかでアルベルトの攻撃は重かった。あまりの衝撃に腕がしびれる。
しかも攻撃はそれで終わらない。
アルベルトの追撃がすぐにブラットに襲いかかる。アルベルトはまるで親の仇を相手にしているかのように、執拗に連続で剣撃を放ってくる。
(これッ……あきらかに25超えてるだろ!)
現世でこれまで出会ってきた人間と、前世の記憶にあるキャラクターのレベルを照らしあわせることで、他人のレベルをある程度推しはかることができるブラットだが、あきらかに目の前のアルベルトの強さはレベル25を超えている。
たぶんレベル30近くはあるだろう。
つまりいまのアルベルトはすでに4年後のゲーム登場時のアルベルトと大差ない強さを持っていることになるが、これはどういうことだ?
(いや、そうか……レベルが高いからか)
ふと、自分の考えの穴に思い至る。
4年もあれば強くなるはず――そんなのは前世の常識であって、このレベル制の『ファイナルクエスト』の世界では必ずしも適用されない。
レベルアップには経験値が必要だ。
そしてレベルがあがればあがるほど、レベルアップに必要な経験値量は増える。アルベルトのレベルは平均的な人間のそれとは一線を画すほどの高さのため、そのぶんレベルアップには大量の経験値が必要になる。
そんな大量の経験値を得られるほどの強敵なんてそうはいない。30レベル前後となると、ゲームではそれこそちょっとした竜種のモンスターと戦っている頃だ。旅にでも出なければ、そういったモンスターと出会うことはまずない。レベルが4年経ってもぜんぜんあがっていなかったとしても不思議ではあるまい。
(現実となるとモンスターを狩るにしても命がかかってるわけだし、効率いいレベリングのやりかたなんて知るよしもないからな。その点、俺はそこらへんを熟知しているわけだし、圧倒的にアドバンテージがあるわけだ)
これから順調に最強への道を駆けあがりたいところである。
とはいえ、まずは目の前の戦いだ。
(なんにしろ、我が弟ながら14歳でこの強さとは末恐ろしい)
自身が操作しているので忘れがちだが、ゲームの主要キャラというのはなんだかんだ国や世界を救うような英雄だ。これぐらい桁外れの才能を持っていて当然なのだろうが、現実として出会ってみると信じられない強さだ。
まさに、天才。
そうとしか言いようがない。
「ほらほら、兄上も攻撃をしかけてきたらどうなんだい!? 防戦一方じゃないか! グラッセさんに師事してもその程度なのかい?」
そんなことをのんきに考えているあいだにも、アルベルトは余裕の哄笑とともにその類まれな剣技でブラットを攻めたててくる。
(こいつ……しかけたくてもしかけられないのわかって煽ってやがるな)
ブラットは歯噛みしながらも、針に糸を通すような正確さでアルベルトの攻撃を淡々とさばいていく。
攻撃は最大の防御という言葉があるが、アルベルトの攻撃はまさにそれだった。その苛烈な攻撃のせいで、ブラットがしかける隙が一切ない。もしも下手にしかけようものなら、逆にカウンターを食らってその時点で敗北が決定する状況なのだ。
アルベルトが疲弊するまで待つことができれば、あるいはこちらがしかける隙が生まれるのかもしれないが、それも無理だろう。ほかのすべてのステータスと同様、ブラットの体力はアルベルトよりもやはり数段劣る。アルベルトの体力が尽きる頃には、ブラットの体力はとっくに尽きているはずだ。
(あれ、これ勝ち目なくね……?)
怒涛の連続攻撃をどうにかこうにか受けながしながら、ブラットは丸々と太った顔面をブサイクに引きつらせて苦笑する。
……いや、元よりブサイクなのだが。
*
「やば……アルベルトさますごすぎやん!?」
アルベルトの常人離れした剣技を見て、ロジエとともに見物に来ていた侍女のリイナが感嘆の声をあげた。
「ほんまイケメン。とにかく顔がいいし、こりゃ推せるわ。ていうか、これって勝負になっとるん? もうアルベルトさまの勝ち確やん」
「そ、そんなことないデス! まだこれからデスよ!」
ロジエは慌てて主を擁護するが、その言葉は自信なさげであった。戦いが圧倒的にアルベルト優勢で進んでいるのは誰の目にも明白だったからだ。
「そんなことあるやろ。ブラットさまはアルベルトさまの剣を受けながすのでやっとで、自分から仕掛けられてすらないやん。防戦一方ってやつ。どうあがいても負け決定ちゃうん? さっさと降参せんとケガするで」
「そうでも……ないかもよ☆」
リイナの言葉に口をはさんだのは、グラッセだった。
二人の侍女のあいだに生えてきたかのように、グラッセはにょきっと姿を現す。
「あ、え、グラッセさま……!?」
その奇妙な登場のしかたにおどろいたというのもあり、いきなり大陸最強クラスの英雄に話しかけられたというのもあり、あわてふためくリイナ。
「そうでもないって……どういうことデス?」
一方でロジエが取りみだすことなくその言葉の真意を訊ねる。ロジエにとってはなによりも主のことが一番大事なのだった。
グラッセはブラットとアルベルトの攻防を見るようにと視線でうながし、
「確かにあの二人には、大人と子供みたいな圧倒的な力の差がある。それこそ一瞬で勝負がついて当然ぐらいの信じられない差がね☆ だけどいまだに勝負はついていない。こんなのふつうじゃ絶対にありえないことなんだよね~☆」
「それって、ただブラットさまの運がいいだけやないんですか……?」
平静を取りもどしたリイナが首をかしげる。
「何度も運だけで避けられるほど、アルベルトくんの攻撃は甘くないよ☆ とにかくブラットくんにはこのぼくですら得体のしれないなにかがある。だからこの勝負、最後の最後までわからないと思うんだ~☆」
英雄“
ブラットに向けられたいつものその軽薄な笑顔には、しかしどこか最高の好敵手に出会った戦士かのような猛獣のごとき瞳が爛々と輝いていた。
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