第8話 黒豚王子は弟と決着する


「くっ、なぜだ……なぜ当たらない!?」


 最初こそ余裕の様子でブラットを煽っていたアルベルトだったが、攻撃が一度も当たらないことで苛立ちと焦りを隠せぬ様子だった。


 それもそうだろう。

 これまでアルベルトはその圧倒的な天賦の才で目の前の敵を一瞬でねじふせてきただろうし、それをまともに防がれたこと自体ほぼなかったはず。それをあろうことかずっと見下してきた兄に完封されているのだから。


 だがブラットはそんなアルベルトの様子に気をとられることなく、ただアルベルトの攻撃をさばきつづけることに集中していた。


(やっぱり……


 圧倒的ステータス差があるにもかかわらず、ブラットがアルベルトの攻撃をさばきつづけられているのには、実はからくりがあった。


『ファイナルクエスト』の戦闘における物理攻撃はキャラによってコンボの数とパターンが決まっており、アルベルトにも当然のごとくそれが決まっている。ゲームを周回プレイしたブラットは、アルベルトのコンボがすべて頭に入っていた。


 そして目の前のアルベルトもそのコンボにしたがって攻撃を放ってきていたため、次にどんな攻撃が来るかブラットはあらかじめ完璧にわかっていたというわけだ。


 いかにステータスに差があれど、どこにどのような軌道で攻撃が来るかわかっていれば、前世で『ファイナルクエスト』プレイ中に養ったブラットのテクニックをもってすれば攻撃を受けながすのは容易だった。


(Bパターン……左からの横薙ぎの一撃、右下からの斬りあげ、縦の振りおろし、ターンして再度袈裟がけの大ぶりの振りおろし)


 直後。ブラットが予想したのとまったく同じ動きで、アルベルトはふたたび攻撃をしかけてくる。ブラットはそれを冷静に紙一重で受けながしていった。


 そのあまりの的確さに見物するグラッセや使用人たちが、小さな歓声をあげる。


 いや――約一名、ロジエだけは「ブラットさますごいデース♡♡♡」と跳ねながら全力で歓声をあげているが、それは例外として。


「ハア、ハア……」


 だが、ブラットの体力はそろそろ限界に近づいていた。

 苛烈な攻撃を受けながすにはそれだけ体力も使う。必要最小限の動きで済ませてはきたが、これ以上の戦闘継続は困難だった。


(しかたない、


 ブラットは試合開始当初からアルベルトの攻撃を受けながしつつも、どうにかこちらから一撃をくわえられるチャンスはないかとをうかがっていた。


 そして戦いのなかで、すでにそのを発見していた。


 一方で隙を見つけたとはいっても、アルベルトのステータスはブラットのはるか上。もし隙をねらって攻撃しても、チャンスをものにできなければその瞬間に強烈なカウンターをもらい、逆にブラットの敗北が決定する。


 だからこれまでのらりくらりと攻撃をしのいでいたのだが、体力が切れかけている今もはやそのワンチャンスに賭けるしかなかった。


 ブラットがそう決意したところで――


「いい加減……しぶといんだよッ!」


 アルベルトが気合いの声とともにふたたび攻撃をしかけてくる。


(Dパターンだ……左上からの袈裟がけの斬撃、体をひねってふたたび右上から、そのまま左下からの斬りあげ、大きく回転して上段からの振りおろし)


 斬撃はやはりすべてパターン通り。

 ブラットはこれまでと同じくそれらを冷静にさばいていく。


 そして最後の上段からの斬撃を後方へのステップで避け――



(……!)



 直後。勢いよく地面を蹴り、アルベルトへと横薙ぎの斬撃を放つ。


 現状でのブラットの最高の一撃だった。


 アルベルトは瞬時にそれに気づいたものの、すぐには動けない。


 コンボ後には必ずが発生する。ブラットはそこをねらったからだ。


「……!?」


 しかしブラットの攻撃が届く寸前、アルベルトはその人並み外れた敏捷ステータスをいかんなく発揮し、なんと硬直をぎりぎりで解いて剣を動かしはじめた。


 ブラットの攻撃が届くのがさきか、アルベルトが攻撃を防ぐのがさきか、本当に紙一重のぎりぎりの勝負に持ちこまれてしまう。


 そして――



(あ……



 勝ったのは、アルベルトだった。


 すんでのところでブラットの剣は弾かれ、アルベルトには届かない。


 ブラットのねらいは完璧すぎるほどに完璧だった。けれどアルベルトとの尋常でないステータス差のため、ぎりぎりで引っくりかえされてしまった。


 おそらくブラットのレベルがひとつかふたつ上だったのなら結果は違ったはずだが、現状ではアルベルトに軍配があがったようだ。


(やべ、死ぬ……!)


 ブラットは大きく後方にのけぞるように体勢をくずし、これまで見せなかった大きな隙を見せてしまう。その隙をアルベルトは見逃さない。


「フハハハハッ! 兄上、終わりだッ!」


 勝ちを確信して、哄笑とともに剣を振りおろすアルベルト。


 体勢をくずしたブラットにはその斬撃を避けるすべはなく、ついにアルベルトの剣がブラットをとらえ――だが、その寸前だった。



 ――



 朝課の鐘の音が、王宮に響きわたる。


 そしてそう思ったときには、ブラットの眼前には師匠グラッセの姿があって、アルベルトの剣の切っ先をなんと受けとめていた。



「うん、終わりだねっ☆ 試合終了☆」



 グラッセのそんないつもの軽薄な声で、命の奪いあいかのように張りつめていた場の空気が嘘のようにゆるむ。


(助かった……)


 ブラットはホッと胸をなでおろし、その場に尻もちをついた。


 とめてくれるとは思っていたものの、さすがに死ぬかと思った。グラッセという男はまったく読めないので、万一もあったろうし。


「グラッセさん、試合の結果は……!?」


 アルベルトが食いぎみに訊ねる。

 確かに朝課の鐘の音とともにとめられ、試合の勝敗があやふやだった。


 ブラットはさすがに自分の負けだろうと思っていたのだが――



「引きわけだね、鐘のほうが早かったし☆」



 グラッセはそう即答した。


 決着よりも試合終了の鐘の音のほうが早かったという判断らしい。アルベルトには申し訳ないが、負け確だったブラットからすると正直ラッキーであった。


「え、待ってください……最後の攻撃が通っていれば、あきらかにおれの勝ちだったはずだ! これで兄上なんかと引きわけなんて納得できない!」

「通っていれば……アルベルトくんの勝ちだったね。でも。だから引きわけだ。ルールはルールだからっ☆」

「ぐっ……」


 アルベルトは悔しげに歯をくいしばり、なにか反論したげに口を開いたものの、やがてあきらめたようにうなだれた。


「さてブラットくん、きみは本当に末恐ろしい子だねっ☆」


 それからグラッセは尻もちをつくブラットに歩みより、手を差しのべた。ブラットは素直に手を借り、よっこらせと体を起こす。


「え、あ……はい、ありがとうございます」


 よくわからないがとりあえず褒められたことはわかり、礼を言う。


「きみは最後の最後にだけ勝負をしかけたね……それはなぜだい?」

「ああ、それは――」


 体力がなかったのでやけくそでした、とブラットが続けようとすると、しかしその前にグラッセが手でブラットを制した。


「いや――言わなくていい、わかってるよっ☆ きみは試合のなかでアルベルトくんの致命的な隙をとっくに見抜いていた。一方でアルベルトくんとの力量差から、もしも一度でチャンスをものにできなければ、逆に敗北のきっかけをつくることにも気づいていた。だから最後の最後に一度だけ、勝負をしかけたのだろう? もしも隙をつくことに失敗して反撃されたとしても、試合終了の鐘の音がこうして自身を助け、勝負を引きわけにしてくれることを知っていたから」

「ああ、そう……って、え!? はい!?」


 途中まではそのとおりだが、よくわからない話が追加されていた。


 当惑するブラットの肩をグラッセはドンと叩き、ハハハと愉しげに笑った。


「とぼけなくてもいいよ~☆ アルベルトくんとは圧倒的な力量差があったにもかかわらず、きみにとって。勝つか引きわけるかの二択だったというわけだ! 残念ながら引きわけに終わったけど、それでもアンビリーバボー……この力量差でお見事としか言いようがないっ☆」


 グラッセが拍手をしはじめ、ロジエも「さすがです、ブラットさま!」とうさぎのようにぴょんぴょん跳ねてよろこびはじめる。


 アルベルトですら「まさかそこまで考えていたのか……くそっ!」と歯を食いしばり、死ぬほど悔しそうにしていた。


(すごい勘違いされてるんですが……)


 ブラットは単にやけくそで勝負を仕掛けただけだったのだが、みな深読みして完全に勘違いしているらしい。


(まあいいふうに勘違いされるぶんには問題ないか)


 ブラットが無理やりそう納得したところで、アルベルトがこちらに背を向けてそそくさと立ちさろうとしているのが見えた。


「おい、アルベルト待ってくれよ!」


 試合が望んだ結果にならずにさっさと立ちさりたくなる気持ちは大いにわかったが、ブラットはあえてそれを呼びとめた。


「……ちっ、なんだよ? 確かに今回は兄上のずる賢い手に一泡吹かされたことは認めるが……おれは負けたわけじゃない! あんまり調子に乗らないでくれ!」


 アルベルトはブラットに煽られるとでも思ったのか、一気にまくしたてるように言った。ブラットはそんな弟に苦笑しつつ、


「いや……力とか速さに関しては完全に負けてたし、引きわけたぐらいで調子には乗れないだろ。ただ、我が弟ながらアルベルトはすごいなってあらためて思ったから、それを言いたくてな。隙がなさすぎて全然攻撃をしかけられなかった。またおまえがよかったらだけど、稽古の相手をしてくれよ」


 前世からのコミュ力のなさが響いてぎこちなくなってしまったのは否めないが、ブラットはできるかぎり笑顔でそう声をかけた。


 しかしアルベルトは「……ちっちっちっ!」と見事な三連舌打ちだけを残し、さっさと中庭から去っていってしまった。


(……やれやれ、ツンツンな弟だ)


 しかし初日はこんなものだろう。

 いずれはどうにか仲直りし、死亡エンドの確率を少しでもさげたいところだ。

 

「あっ、そういえばグラッセさん……スキルは!?」


 アルベルトに勝ったらエクストラスキルを教えてもらうという約束があったことを思いだし、グラッセに視線を向ける。


 勝てはしなかったが、引きわけにまでは持ちこんだ。どうにかこうにか奇跡的に教えてくれたりしないかなと思ったのだ。


「う~ん、どうしようかな☆ 勝ったらって約束だけど、いいものを見せてもらったのは確かだし……じゃ、教えちゃおっかなっ☆」

「え、本当ですか!?」


 食えないグラッセのことだから絶対に教えてくれないだろうと思っていたのだが、予想外の答えに驚きを隠せない。


 だがグラッセはこくりとうなずき、あらためてブラットにスキルを伝授することを首肯した。本当に教えてくれるようだ。



「よっしゃあああああああッ!!!」



 ブラットはガッツポーズとともに跳ねる。


 稽古と試合のつかれも一瞬で吹っとんだ。


 まるでサッカーで決勝点を決めたかのようなよろこびかたではあったものの、いまだ黒豚王子のデブス具合は健在でさらには汗だくのため、アイドル声優のライブで興奮する限界デブオタクにしか見えないのはご愛嬌。


 なんにしろ、またひとつ死亡エンド回避へと前進したブラットなのだった。

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