第15話 とある英雄たちの会合



 サイクロプスと猫人族ケットシーの運命を賭けた激闘が始まった、ちょうどその頃――



「……」



 その闘いの様子を、はるか遠方の地から覗きている者たちがいた。


 そこは世界のどこかにある会議室。


 室内は薄暗く、内装は確認できない。確認できるのは中央に円卓があって、それを幾人か――十に満たない少数――で囲んでいるということのみだった。


 そして円卓には、スカイマウンテンでまさに戦闘中の猫人族とサイクロプスの姿がホログラムとして立体的に映しだされていた。


 そんなホログラムをながめるひとり、の声がおもむろに言った。



「……グラッセよ。おぬしがいきなりスカイマウンテンの最深部を見せろと言うから映してやったものの、こんなものを我らに見せてどうするつもりじゃ?」



 しかしその向かいに腰かけている当人――“魔神殺しデモンスレイヤー”グラッセ・シュトレーゼマンはその問いにはこたえず、というか一切反応することすらなく、いつもの軽薄な笑みをうかべてホログラムに見入っていた。


 端的に言えば、ガン無視だった。



「……ナチュラルに無視すなっ!」



 少年がドンッと卓を叩いて声を荒げるが、それでもグラッセは無反応。


 なにを隠そうこのグラッセという男、熱中すると途端にまわりが見えなくなってしまうタイプの人間なのだった。


「だぁかぁら……わしを無視するなああああああああああああああああ!!!」

「マリンちゃん、まあまあ〜♡」


 苛立って激しく地団駄を踏む少年を、おっとりとした女の声がとめる。


「グラッセちゃんってば、昔からそういうとこあるじゃな~い?」

「セリエ……そ、それもそうじゃな。昔からこやつは人の話を聞かん。わしのほうがは年長じゃし、大人にならねばな。あとわしの名はマーリンじゃ」

「それにマリンちゃんってわたしたちのなかでも、昔からちっちゃくて目立たないとこあるし~? もうちょっと自己主張したら気づいてくれるんじゃな~い?」


 好きでちびなわけじゃないわい! と少年は不機嫌そうに突っこむ。


「そもそもわしが目立たぬのは背丈のせいでなく、“魔神殺しデモンスレイヤー”だの“救世の聖母セインテス”だのおぬしらが大層な肩書きで目立ちすぎなだけじゃ! わしはこれでも、魔法都市エンディミオンでは弟子どもからはちゃんと崇拝されとる! あとマリンじゃなくて、マーリン!」

「え〜マリンちゃんのがかわいいのに〜♡」


 そうなのだ。

 このように子供じみたじゃれあいをしている二人だが、しかし世間では“救世の聖母セインテス”やら“大賢人ワイズマン”やらと崇められる存在であり、各々がグラッセと同じように魔王を打倒した“七英雄”のひとりなのだった


 彼ら二人だけではない。


 沈黙をつらぬく残りの面々も、“七英雄”と呼ばれる諸国で一目も二目も置かれる存在なのである。なかには一国の王となったものもあり、一声で大国そのものを動かすことすら可能なものも少なくない。


 この“円卓会議”は“七英雄”のひとりが発起人となり、魔王打倒後にちりぢりになった“七英雄”が定期的に集う会合なのだった。



「きみたち、さすがにうるさいなっ☆」



 黙っていたグラッセが、そこで口を開く。


 その声音はわずかに苛立っていた。どうやらあまりにセリエとマーリンが騒がしく、ホログラムの映像に集中できなかったらしい。


「……いや、おぬしのせいじゃから! わしらがうるさいのぜんぶ、おぬしが無視したのが発端じゃから! 被害者ぶるのやめい!」

「……」

「だから、そこでまた無視すなっ!」

「ああ、ごめんねマーリン☆ きみが小さすぎて気づかなかった☆」


 いかにも悪気がなさそうに悪気しかないことをのたまうグラッセ。


 なにをおお! とマーリンがいまにもグラッセに殴りかかりそうになったところで、セリエが再度「まあまあ~♡」と割って入る。


 セリエはマーリンをなだめながら、


「それでグラッセちゃん、なんでわたしたちにこれを? 魔王の配下と人族との争いなんて、どこでも起きていることでしょ~? わざわざこの“円卓会議”で見せたということは……この戦いにはなにかあるの?」

「んっ? 別にきみたちに見せたいわけじゃないよ☆ ☆」


 なに食わぬ顔でそんなことをのたまうグラッセに、一同は唖然とさせられる。


 だがグラッセという男がそういう男だということを思いだし、やがてやれやれといった調子でみな同時に息をついた。


「そんなことだと思ったわい。それならもう消すぞ。時間はかぎられておる。まだ話しあわねばならぬことがいくらでもあるのじゃ!」

「あ、待って☆ 観ても損はないと思うよ」


 マーリンが呆れかえってホログラムをさっさと消そうとすると、しかしグラッセは飄々とした調子でそれをとめる。


「……なにがどう損はないのじゃ? 戦いの勝敗は火を見るよりあきらかじゃし、わしにはかの死霊使いのように人族が死にゆくさまを楽しむような趣向はないぞ」

「ハハハ、ぼくにもそんな趣向はないよ☆」


 じゃあなぜと訊ねんとするマーリンだが、



「ここにはんだっ☆」



 それをさえぎってグラッセはそう続けた。


 ブラット? とマーリンはいぶかしげに眉をひそめ、ほかの面々も心当たりがないらしく、その多くが首をかしげていた。


「……ああ、おぬしが弟子にしたとかいうピシュテルの王子か。そういえば、なぜ弟子など取った? おぬしは弟子どころか人付き合いのすべてを忌避していたような男じゃろう? それがなぜいまさら弟子を?」

「……」


 訊ねるマーリンだが、またグラッセはお得意の無視を決めこむ。

 

「……無視無視無視! 都合が悪かったり面倒だったりすると、いつもおぬしは無視じゃ! まあ……その愛弟子とやらを自慢したかったということでいいのか?」

「……」


 ふたたび当然のごとく無視されたものの、マーリンはもはや突っこむのも面倒だという調子でため息をつきながら、


「だがその弟子がこのスカイマウンテンに居合わせたところで、あのデカブツには手も足も出まい。見たところ、あのサイクロプスは力だけの馬鹿でもなさそうじゃ。おぬしの弟子と王子アルベルトとの戦いは観戦したが、あの程度では即死じゃろう。センスがいいのは認めるが、基礎能力が低すぎる」


 マーリンの見立ては、実際に正しかった。


 アルベルトと戦ったときのブラットでは、サイクロプスには間違いなく歯が立たないだろう。戦い方を工夫しようが、そもそも能力が違いすぎる。蟻がどれだけ工夫しようとも、竜には敵うまい。それと同じだ。



「でもそれってだよね☆」



 しかしグラッセは変わらず軽薄な微笑をうかべ、そんなことをのたまう。


 いまならば――

 そのようなニュアンスが、グラッセの言葉の端々からは感じられた。


「……そうじゃ一月前の話じゃ。でも、じゃからどうした? 人間ごとき矮小な存在が、一月ではなにも変わりゃせんよ。わしでもあれとやりあえるレベルに達したのは、300歳ぐらいじゃろう。一月であのバケモノとやりあえるぐらいに成長できるとすれば、それこそ本物のバケモノじゃろうて」


 マーリンが鼻で笑うと、ほかの面々も同意するようにくすりと笑みをこぼす。


 当たり前だ。

 たったの一月でそれほどに強くなれる人間など、この世に存在するわけがない。少なくとも、いままで彼らが見てきた人間のなかにはいなかった。人間最強と呼ぶにふさわしい存在である彼ら自身のなかにも、だ。


 だがグラッセはただひとり――



「そうなんだよね、彼はなんだ☆」



 ほかの面々とは違った意味合いで、くつくつと笑みをこぼすのだった。


 それから「まあ見ててごらんよ☆」と少し得意げに言い、眉をひそめる英雄たちの目を強引にホログラムへと向けさせるのだった。


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