第30話 黒豚王子は正体を見破る


 剣舞祭バトルトーナメントには、午後から行われるトーナメント形式の本戦の前段階として、本戦出場のためのが存在する。


 会場が闘技場一ヶ所ということもあり、200名の出場者全員でトーナメントをすると、到底一日では終わらないからである。


 予選のルールは単純。

 試合形式は一度に10人前後が参加するバトルロイヤルで、まずアリーナの正方形の舞台に出場者10人前後が一挙に放りこまれる。


 そして各々で自由に闘い、舞台から落ちるか戦闘不能と見なされれば失格。最後まで舞台に立っていたひとりが本戦のトーナメントへと進むことができる。つまり本戦はこの各試合で勝ちのこった最強の16名による頂上決戦になるというわけである。


 そして予選は開会式直後にさっそく始められ、ブラットは幸か不幸か初戦からアリーナの舞台に立つこととなったのだった。




『――さあ、選手たちの入場デス!!!』


 控え室で待機していたブラットは、司会の声に聞き覚えがあるなとは思いつつも、いやいやさすがにそんなはずがないだろうと自分に言い聞かせながら、出場者である11名の生徒とともにアリーナに入場した。


 だが観声に迎えられながら解説者用ブースをおそるおそる確認すると、司会をしているのが案の定の人物で頭を抱えさせられる。



(……なぜおまえが司会をしている!!!)



 司会をしていたのは、なんとブラットの専属侍女ロジエだった。


 基本的にブラットにくっついていたがる彼女が「剣舞祭の日は忙しいのでシフトから外してほしいデス」などと事前に言うから、なにか変なものでも食ったのかと心配していたのだが、どうやらこのトーナメントで司会をするためだったらしい。


 ロジエは黒豚時代のブラットが選んだだけあって愛嬌があるし、なんだかんだ侍女としても優秀だ。ここ最近ブラットの手足となって働いていることもあり、この国のあちこちに太いパイプをつくりつつあるので、司会はそのあたりのツテだろうか。


(……そしてなんだその服装は)


 しかも司会をしているだけならまだしも、いつもの侍女服姿でなく、バニーガール風の衣装を着用しているのはどういうわけか。


 小柄だが出るとこは出ているという理想体型なのでばっちり似合ってはいるのだが、露出が多くてけしからん格好である。


 そのような姿を若い娘が人様に見せてはいかんという親心が先んじるが、その愛らしさにさすがは我が侍女だと誇らしくもある。


『司会の子だれだよ、かわいくね?』

『わかる……おれも超タイプ』


 観衆からもそんな声が聞こえてきて鼻が高くなるブラットだが、そんなふうに褒められている当の侍女はというと――


(……無駄にウインクしてくるのはやめい)


 ブラットがアリーナに入場するやいなや、こちらにものすごい勢いでウインクを飛ばしてきていた。仕事に集中しろと思う。


 彼女が何事もなく司会をこなせるのか非常に不安であった。


 今回は平民だけでなく、多くの貴族も観戦する大きな催しだ。問題を起こされると主人であるブラットにも飛び火しかねない。そんなブラットの不安を知りもせず、ロジエは相変わらず能天気な顔でウインクをしてくるものだからやれやれである。


(さっきから体調悪いのに、なんか頭まで痛くなってきた……)


 今朝から頭も体もどこか気怠い感覚があったのだが、心配事が増えたせいか悪化している気がする。この調子で大丈夫だろうか。


『本日は多くの試合が控える時間の都合上、全選手の紹介はできないデスが……解説のは注目選手はいるデスか?』


 初戦に出場する12名の選手全員がアリーナに入場して舞台に出そろったところで、ロジエがとなりにならぶ解説陣に話題を振る。



『う〜ん、やっぱりブラちゃんかしら♡』

『ブラットくんしか興味ない☆』

『というか、それ以外知らんしのう』



 順にそう答えたその声は、またも聞き覚えのある声ばかり。


(いや、貴方たちまでなぜそこに……)


 よく見ると解説者席に腰かけているのは、さきほど挨拶していたグラッセ、マーリン、セリエの“七英雄”の3人に違いなかった。


 いや、国をあげての祭の一環とは言えど、たかが学生のトーナメントごときに英雄たちを無駄づかいしすぎだろうと思う。


『なるほどなるほど! さいきん大きなイメージチェンジをして話題沸騰のブラットさま……いえ、ブラット選手にはやはり七英雄の御三方も注目なさってるようデスね! その気持ちめちゃくちゃわかるデス! ブラット選手ってば強いし賢いし優しいしかっこいいし〜……非の打ちどころがないとはこのことデスもん♡  その注目度を表すように会場にもブラット選手の応援団がつめかけているデスね! わたしめも司会の立場でなければあそこにまざって応援したい!!!』


 見ると観客席のすさまじい面積を陣取り、でかでかとした“ブラット命♡”の垂れ幕を掲げている100人規模の集団がいた。


 その集団はブラットの視線に気づくと、きゃああああああああ♡♡♡ と会場が割れんばかりの大音声で黄色い悲鳴をあげる。


(いや、うれしいんだけどな……)


 その絶叫には狂気すら感じる。


 前世では当然ながらこんなふうにモテたことはないし、うれしいはうれしいのだが、さすがに度が過ぎていて苦笑せざるをえない。


(みんなこれぐらい好意的ならいいんだが、そうはいかないか)


 ちらちらとほかの観客の様子を見ると、すさまじいブラット応援団が顰蹙を買ったのか、あるいは元々のブラットの人望のなさか、ブラットを応援する人々がいる一方で、険しい顔でこちらをにらむ人々もかなりの数が存在しているのがわかる。


 いくらブラットの好感度がうなぎのぼりでも、以前からアルベルトを推してきたものも大勢いるわけで、彼らからすればブラットは気にいらない存在以外の何者でもない。公の場でこれほどブラット推しがすさまじければ、さすがに険しい顔にもなろう。あまり彼らの神経を逆撫でするようなことはしないでほしいものだ。


 そしてそんなブラット推しの会場全体の空気は、観客だけでなくまわりの出場者たちの闘志にも完全に火をつけてしまったようだ。


 さきほどから「こいつ絶対ぶっつぶす」とでも言うかのような闘争心剥きだしの視線をブラットはひしひしと感じていた。


(……ん?)


 だが選手の多くが闘志を燃えあがらせてブラットに鋭い視線を向けてくるなか、ただひとりがいた。


 アルベルトの側近で、なおかつ以前までブラットを率先していじめていた巨漢、ディノ・シュヴァルツァーその人だった。


 いつものディノならば我先にとブラットに憎まれ口を叩きにくるような状況なのだが、まったく彼が動く素振りはない。


(……開会式からなんかおかしいよな)


 姿形は間違いなくディノなのだが、その表情や立ち居振るまいに違和感がある。どこか別人を見ているような感覚になるのだ。



『それでは……みなさま準備はよろしいデスか? 試合を始めるデスよ? 再確認となりますが、戦闘不能になるか舞台から落ちれば問答無用で失格デス! すべてのライバルを舞台から蹴落とし、本戦への挑戦権をぜひ手に入れてください…!!!』



 気づけば選手たちは舞台に等間隔に並んで向かいあっており、ブラットもそれにならって各出場者たちと距離をとった。


(なんにしろ……やることは変わらない。俺はただ目の前に立ちふさがる敵をすべて倒し、本戦へと進むだけだ)


 ブラットがあらためてそう決意して身構えたところで、『試合開始デス!!!』というロジエの声が高らかに会場に響いた。


 瞬間。解説者席のマーリンの指先から光が放たれ、それはまっすぐに空高く打ちあがり、花火のようにパンと音をたてて弾ける。


 それが試合開始の合図となり、選手たちが一斉に動きだした。



(……やっぱりこうなるか)



 選手たちの動きを確認し、ブラットはやれやれと息をつく。


 試合開始直後。罵声や歓声が飛びかうなか、出場選手のおよそ半数近くが、脇目も振らずにブラットへと襲いかかってきたのだ。


 ……まあ正しい判断だろう。

 好き嫌いはあれど、その前評判から今回のブラットが優勝候補なのは間違いない。早めにつぶしておきたいと考えるのは自然だ。



『……キャッ、ブラットさま危ない!』



 ロジエの悲鳴が闘技場に響きわたる。


(おい、素が出てるぞ……)


 ちゃんと実況しろよ、と頭をかきながら侍女に呆れるブラット。


 それから「こっちもちゃんと戦わないとな」と我にかえって、いままさに迫りくる選手たちへとゆっくりと向きなおり――



「……はあっ!!!」



 瞬間。気合いの声とともに全身から魔力を勢いよくあふれさせる。


 たったそれだけのことでブラットの桁外れの魔力は圧倒的なを生みだし、それはブラット自身を中心に波動となって拡散した。


『……ぐあああっ!?』


 すると襲いかかってきた選手たちはドラゴンの突風にでも煽られたように吹きとび、悲鳴とともに場外に叩きつけられた。


(……場外に出すだけだから楽だな)


 初動で襲いかかってきた選手たちを一瞬で場外へと叩きだすことに成功し、ブラットが安心してホッと一息ついていると――



『――“エナジーボム”』



 そんな呪文が耳に届く。


 気づけば人の頭部サイズの光りかがやく球体が、すさまじい魔力をほとばしらせながら、まっすぐにこちらに向かってきていた。


(“エナジーボム”か……さすがだな)


 それは第4位階の単体攻撃魔法。


『ファイナルクエスト』作中ではレベル15で修得できる魔法だが、威力はあれどMP消費が激しいために普段使いには実用的でなく、高レベルとなってMPに余裕ができるまではボス戦ぐらいでしか使用しない必殺技のような位置づけの魔法であった。


 この魔法を初手で放ってくるあたり、皆がいかにこの大会に懸けているかが伝わってくる。そもそも第4位階の魔法となるとこの世界では才能ある一握りのものしか習得できぬ高位魔法だ。さすがウィンデスタール魔法学院の生徒と言わざるをえない。


 しかし、常人にとっては一撃必殺の魔法のはずのそれを――



「……」



 ブラットはなんら表情を変えることなく片手で受けとめ、さらにそれを放ってきた選手へと


『まさか!? なんで起爆しない!?』


 選手は驚愕の声をあげる。


 それもそのはず。

 それは人や物に当たった瞬間に起爆する爆裂魔法だ。このように手で受けとめれば、まず間違いなく爆発しているはずなのだから。


 ではなぜ今回は起爆しなかったのか。


 答えは単純。

 ブラットは光の球体と自身の手とのあいだにその桁外れの魔力で膜を張っており、そもそも球体そのものには触れていないのだ。


 桁外れの魔力とそれを操作する実力があってこその芸当だった。


『……うわあああっ!?』


 直後。ブラットからお返しされた光の球体が、それを放った選手に到達。派手に起爆し、選手は場外へとふっとばされる。


(残るは……)


 いまだ舞台に立っている選手は、ブラットをのぞいて3名。


 さきほどの選手と同じく、その全員が魔法を詠唱している最中だ。そしてブラットがほかの選手たちを片づけたこのタイミングで、ちょうど詠唱を終えたらしい。この日のために練習してきたであろう必殺の攻撃魔法をこちらへと一斉に放ってくる。


 火球が、氷の礫が、稲妻が――猛烈な勢いで向かってきた。


(多少は忖度してやりたいところだが、あいにく今回はせっかくマリーが見てくれているんでね。手抜きしないと決めたんだ)


 貴賓席のマリーにちらと視線を送り、にやりと笑うブラット。


 ブラットの強さはこの世界の住人にとってイレギュラーなもの。選手たちが決死の覚悟で今日の大会に臨んでいることを考えると、負けてやれないまでもこの舞台でそれなりに活躍させてやりたいところだが、今回だけは手を抜くわけにはいかない。


「……」


 次の瞬間。ブラットは四方から襲いかかってきた魔法には一切取りあわず、人間離れした敏捷値によって紙一重でそれを避けた。


 そしてそれを放った選手たちのふところに疾風のごとく飛びこむ。


『な……!?』

『ありえん……速すぎる!?』


 ひとりを一本背負いで投げとばし、ひとりを背後にまわりこんで尻を蹴りとばし、あっけなく場外へと叩きだしてしまった。


 そして舞台に残っていた最後の選手――女子生徒へとゆっくりと歩みを進めると、女子生徒は怯えたようにヒッと一歩後退する。


「貴女のようなかわいらしいかたに争いごとは似合いませんよ」

「キャッ……」


 ブラットは貴公子の笑みでそう言葉をかけながら、のけぞって体勢をくずした女子生徒の体を支え、そのまま軽々と抱きあげる。


 そして俗に言うお姫さま抱っこをしたまま、悠然と舞台の端まで歩いていくと、舞台の外側へと女子生徒をそっとおろした。


 ぼーっとブラットの顔を見つめていた女子生徒はそこでようやく我にかえったらしく、両手でポッと赤らんだ頬をおさえた。


(さて……片付いたか?)


 穏便に最後のひとりを場外へと運び、ブラットはあたりを見回す。


 気づけば攻撃をしかけてきたもの全員が場外で失格状態となっており、ブラット以外に舞台に立っているものは見当たらなかった。


『ななな、なんと……初戦から信じられない光景が目の前に広がっているデス!? 開幕早々、全選手からの総攻撃を受けて万事休すと思われたブラット選手でしたが……あっという間にその全員返りうちにし、場外へと叩きだしてしまったデス!?』


 ブラットの桁外れな動きにあっけにとられて絶句していた観客たちだが、ロジエのその実況でようやく声を取りもどしたらしく、『うおおおおおおおおおお!!!』と会場が割れんばかりの歓声をあげた。


『そして最後の女子選手への紳士すぎる振るまい……さすがブラットさま♡ わたしめもお姫さま抱っこされたいデス~♡♡♡』


 顔を真っ赤にし、身をくねくねとよじって興奮をあらわにするロジエ。


(……いやだからちゃんと実況しろよ)


 ブラットがじっとりとした視線を送ると、ロジエはそれに気づいたらしく、仕切りなおすようにコホンコホンと咳払いする。


『とにもかくにも……場外に出た選手は失格デスね。となると、これで初戦の予選通過者はブラット選手ということに――』


 ロジエがそこまで言いかけたところで、ブラットは眉をひそめる。


(いや……違うな、がいない)


 場外に弾きだしたものたちをあらためてひとりひとり確認し、開始時と比較してひとり足りないことに気づいたのだ。


 そしてその直後――



「……?」



 上空から、刺すような殺気を感じた。


 ブラットは慌てて大きく後方に飛びのく。


 瞬間。ブンッ!!! という風切り音とともに、ブラットの元いた場所にすさまじい速さで剣が振りおろされる。


 剣はそのままの勢いで舞台の石畳へと到達すると、その表面を激しくえぐり、あたりに瓦礫と土煙を撒きちらした。


「……」


 奇襲をしかけてきた人物を見やり、ブラットは目を細めた。


『おーっと……なんと上空から奇襲をしかけてきたのは、ディノ・シュヴァルツァー選手! なんと彼がまだ残っておりました! 主人であるアルベルトさまの前にこのおれを倒してゆけとばかりに、ブラット選手の前に立ちはだかるデス!!!』


 ロジエが鼻息荒く実況する声を聞きながしながら、どこか不気味な微笑を浮かべるディノのほうへとブラットは向きなおる。


 そしてあらためてディノの仕草や表情、さらには以前までのディノとはあきらかに異質な魔力を見て、今朝から彼に感じていた違和感が気のせいではなかったこと、そしてそこから導きだされた自身の推測が間違いではないことをブラットは確信した。


 あらためて臨戦態勢に入り――



「おまえ……ディノじゃないな」



 ディノの姿をしたにそう訊ねた。

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