第29話 黒豚王子は開会式に出る
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それはピシュテルを建国した“剣聖”ネルファをたたえる祭である。
祭のメインとなる三日間、王都フォールフラットには国中の民や他国からの観光客が集まってきて、街はお祭り騒ぎになる。
そしてそんな剣舞祭の名物イベントとなっているのが、王立ウィンデスタール魔法学院の生徒たちによるバトルトーナメントだ。
ウィンデスタール魔法学院は、このピシュテル王国のなかでも最高峰の学び舎であり、ハイレベルな生徒が集うと評判の学校だ。
その生徒たちによるバトルトーナメントとなると、おのずとその世代における国内最強の戦士を決める戦いとなることもあり、一般の人々にとってはふだん縁のないハイレベルな剣と魔法の応酬が見られるため、国の内外問わずに人気があるのだ。
そのバトルトーナメントの開会式がいま中央闘技場で行われていた。
中央闘技場はとにかく広大だ。
まったく誇張なく前世の巨大スポーツスタジアムと同等のサイズ感で、万単位の人間が収容できるほどの広さを誇っていた。
見た目は古代ローマのコロッセオを想起させるような階層分けされた荘厳な石造りになっていて、最下層の中央にアリーナがあり、そしてそれを五階層にもわたる観客席がぐるりと取りかこんでいるという構造である。
そして現在、無数ある観客席は人人人で埋めつくされていた。この国のどこにこれほどの人がいたのかというほどの来客だ。
そして無数の観客たちにすさまじい熱気とともに見下ろされる闘技場最下層のアリーナには、今回のバトルトーナメントの出場者である総勢200余名もの学院生たちがずらりと整列し、貴賓席を見あげていた。
そのなかにブラットの姿もあった。
(開会式はどこの世界でも退屈なもんだな)
司会の貴族の話を聞きながしながら、あくびをするブラット。
拡声魔法の付与されたアイテムによって、司会の声がかなりの大音声で闘技場に響きわたっている状況なのだが、それでも耳に入らぬほどに話がつまらなかった。まあ開会式なのでおもしろい話が求められているわけでもない。いたしかたあるまい。
不幸中の幸いだったのは、貴賓席に婚約者のマリーの姿があったことだろう。彼女がちゃんと観にきてくれているというのもうれしいし、彼女の“妖精姫”と呼ばれるほどのかわいらしい姿を見て、あまりに退屈な話から気をそらすことができた。
(でも……こっちはさすがに近すぎて、気のそらしようがないな)
それはともかくとブラットがちらと視線を周囲にめぐらせると、左右からものすごい殺気とともに刺々しい視線を感じた。
この開会式が始まってから――なんなら始まる前から、右からはアルベルト、左からはキャロルにずっとにらまれているのだ。
キャロルには先日のこともあって完全に嫌われてしまったようだし、アルベルトとも王位争いのような話になりつつあるため、この様子なのもわからなくないが、さすがにこうもあからさまだと居心地が悪い。王位など自分はまるで興味はないのだが。
(昔は仲良かったんだけどな……)
しかめ面の弟に視線を送り、息をつく。
もともとアルベルトはものすごく素直でかわいいやつだったのだ。いつもちょこちょこと自分についてきて、それこそ親鳥を追う雛のようだった。なぜこうもツンツンとひねくれてしまったのか。いや、ドクズと化していた自分が言うのもなんだが。
(……ん?)
ふいにまた、視線を感じる
しかもそれは左右からでなく、背後の別の誰かからのものだった。
(俺そんなにたくさんの人に嫌われることしたっけ? いや……したか。したな。ていうか、デブスで存在自体きつかったし)
自問自答で勝手に納得しながらも視線の当人に気づかれぬように右を見るふりをして首を90度回転させ、背後にちらと視線を送る。
そしてその視線の主を確認し、納得する。
それはアルベルトの側近であり、伯爵家の次男であり、ブラットをいじめていた巨漢の生徒、ディノ・シュヴァルツァーだった。
先日ひさしぶりに登校したときにひどく怒らせてしまったこともあるし、ディノならばこの刺すような視線も納得である。
(あ……)
ふと、当人と目が合ってしまう。
しかしブラットが慌てて視線をそらそうとすると、その前にディノのほうからごまかすように視線をそらしてしまった。
(あれ……なにも言ってこないのか? 思ったより大人しいな)
すぐにケンカを売ってくると思っていたので意外であった。ディノは以前から粗暴でケンカっ早く、自分よりも弱いものにはひどく高圧的に振るまう。彼には失礼な話ではあるが、ここでケンカを売ってこないことにむしろ違和感を覚えてしまった。
やつも式中に喧嘩を売るほど非常識ではなかったということか。
だが式中とは言っても、観衆は完全にお祭りムードでいまも騒々しい。司会をかき消すような勢いでざわざわと話し声が聞こえてきている状況であるため、ディノならば関係なくケンカを売ってきそうなものだが、今日は腹の調子でも悪いのだろうか。
そんなことを考えていると、それまで司会をしていた貴族とは異なる渋みのある重厚な男の声が闘技場に響きわたった。
貴賓席を見ると、そこには堂々たるたたずまいの男が立っていた。
ブラットに似た銀髪を刈りこんだ精悍な壮年の男はブラットの父で現国王のカストラル・フォン・ピシュテルその人であった。
(ひさしぶりに見たな……)
父とまともに会話したのはいつだっただろうか。ブラットが“黒豚”となって以来、いつからか父との会話はなくなっていた。
そもそも顔を合わせることもほとんどなく、なんらかの行事で顔を合わせたとしても、基本的には無視されるか、必要最低限の会話しかしていないという状況だ。その最低限の会話ですらもひどく面倒くさそうなので、厄介者扱いされているのだろう。
(いまの俺はどう思われてるんだか……)
急変した自分を見てなにを思っているのか気になるところだが、まあどうせいずれは腹を割って話さねばならぬ日が来る。
いまは無理に話さずともよかろう。
『――このような場で面倒な前置きは野暮であろう。それではこれより……剣舞祭バトルトーナメントの開会を宣言する!!!』
カストラルがそう宣言すると、観衆が波打つように沸きたつ。
ふだんならば国王が言葉を発しているときにこのような歓声をあげるのは不敬にあたるが、今日は一年に一度の祭。無礼講とまではいかないまでも、そういったことが特別に許される日であり、むしろ歓声をあげないほうが無礼に当たるのだった。
(……祭は盛りあがらなきゃな)
ブラットは盛りあがりを見せる観衆に満足げにうなずいた。
前世では社会において日陰者だったため、祭と名のつく行事への参加には消極的だったし、現世においても得意というわけではないのだが、なにしろ慣れ親しんだ自国の祭だ。浮き足立つこともなく、純粋にその盛りあがりを楽しむことができていた。
『さっそくトーナメントを予選から開始するわけだが……その前にこちらにいらっしゃる客人たちの紹介だけはせねばなるまい』
カストラルはそう言い、自身のとなりに居並ぶ2人に視線を送る。
国王その人がとなりに並ばせているということは、つまりは国王と同格の立場の人間ということにほかならなかった。
(いったい誰だ……?)
ブラットの疑問にこたえるように、カストラルが言葉をつぐ。
『我が国に名誉騎士として籍を置くこちらのグラッセ殿のことは皆も知ってのとおりだが……本日そのご友人であらせられる“七英雄”のお二人がはるばるこの王都を訪れてくださった! 説明は不要じゃろう、“
「……!?」
ブラットはまさかと目を見開いた。
グラッセは性格的な理由もあって気安く接してくれているものの、“七英雄”というのはこの世界において伝説的な存在であり、そのほとんどが各国や都市の指導者や中核的な立場にある重要人物となっている。
そのうちの3人がいまこのピシュテル王国に集まっているというのは、正直ふつうに考えればありえないことだった。
(……本物、ぽいな)
だが貴賓席に目を凝らすと、そこにいる2人には覚えがあった。
まず目に入ったのはエルフの美少年。
人間離れした透明感のある肌、尖った耳、そしてなにより深遠なる海のような魔力は、エルフの上位種エンシェントエルフの証だ。
そして少しかたむいたとんがり帽子とサイズの合っていないぶかぶかのローブ、小柄な体躯に似合わぬ長大な杖、その偏屈な性格をあらわす小生意気そうな麗しい面差しは、“大賢人”マーリンその人でしかありえない。
よく見るとあぐらをかいて、ふわふわと魔力で宙に浮いている。あのように魔力を自在に使いこなせるものは、最高の魔法使いと名高い彼ぐらいのものであろう。
「……」
そして次に目に入ったのは絶世の美女。
腰まで伸びる波打つような美しい髪、すらりとしながらも女性的な丸みを帯びた黄金比としか言いようがない体、マーリンとはまた違う生命力にあふれた白肌、そして包みこむようなやわらかな朝陽のような魔力は、光の女神アステラスを想起させる。
こちらは『ファイナルクエスト』作中ではすでに亡くなっていたため、絵画でしか見たことがないのだが、そのやさしげで垂れ目がちの瞳と色気を醸しだす特徴的な泣きぼくろは、“救世の聖母”セリエその人に違いなかった。
『おおお、“七英雄”がお三方も!?』
『絶世の美女だとうわさに聞いてはいたが……セリエさまはまさに女神アステラスの生き写しのごとき美しさだ。信じられん』
『だがマーリンさまは……想像以上に小柄であらせられるのだな』
ブラットのそばにいた出場者がぼそっとそんなことを口にすると、
『――そこ、誰がちびじゃ!!! ぜんぶ聞こえとるぞ!』
直後。大音声が闘技場に響きわたる。
声のぬしはもちろん、貴賓席に鎮座するマーリンその人だった。
あまりに地獄耳である。
そしてその声は彼の小柄な体格に似合わず、司会やカストラルの声の数倍の音量があったため、ブラットは慌てて耳をふさぐ。
マーリンには“
『こら~! マリンちゃんダメよ、ちゃんとご挨拶しないと。マリンちゃんがそんなだと
『うっさい、子供扱いすな! あとわしはマリンでなくマーリン!』
“七英雄”の威厳はどこへやら。
マーリンは完全にすねてしまったようで、唇を尖らせてそっぽを向く。
セリエはやれやれと肩をすくめ、
『マリンちゃんはごらんのとおり変わった人ではあるけれど……わたくしふくめ、本日のお祭りを楽しみにしていたのはここにいらっしゃる皆様と同じです。特にブラちゃん……ブラット殿下の試合を生で観られるのがとっても楽しみですわ~♡』
「え……!?」
いきなり自身の名を呼ばれ、間のぬけた声をあげてしまうブラット。
まさかあの“七英雄”のひとりの口から自分の名が出てこようとは。いや、グラッセの口からは何度も出ていたがあの人は例外として。
ブラット同様に観衆も驚いたらしく、ざわめきが広がっていた。
『どういうことだ!? セリエさまと殿下はお知りあいなのか!?』
『ブラットさまのさいきんの活躍は目まぐるしいものがあると思っていたが……まさか七英雄の方々まで注目なさってるとは!?』
『さすがはブラットさまだ……!!!』
まわりの人々からはそんな驚愕と羨望と尊敬の視線が向けられる。
(いや、なんで俺……?)
ブラットは眉をひそめる。
この国ですらも、改心したブラットの評判は浸透しきっているというわけではない。他国ではなおさら優秀なのは弟のアルベルトで、ブラットはできそこないだという話になっているはず。なのになぜセリエは弟でなく自分の名を出したのだろうか。
(しかも生で観るのが楽しみって……その言い方だと、生じゃなければ俺の戦いを観たことあるような口ぶりだよな?)
疑問に思いながら見やると、セリエはこちらに気づいてはしゃいだ様子で満面の笑みで手を振ってくる。知りあいというよりは、なんだか有名人に遭遇したファンのようなはしゃぎようである。超絶美人なので悪い気はしないが意味がわからない。
(てか、ブラちゃんってなんだよ)
自分のことを確かにそう呼んでいた。
あだ名で呼ばれることにはまったく抵抗はないが、それだと完全に胸に装着するあの下着の略称である。いや、超絶美人が下着の名を口にしていると考えれば悪くないかと思いなおし、その後に自分はなにを考えているのかと自分で自分にツッコむ。
まもなくセリエが席につくと、父カストラルがゴホンと咳払いする。そしてそのまま鋭い双眸をブラットへと向けてくる。
「……そういうことらしい。七英雄”の方々のご期待にそえるように恥じない試合をするのだぞ。ブラット……よいな」
カストラルにどこかさぐりさぐりといった様子で名を呼ばれ、ブラットはこそばゆい感覚になりながらも、すぐに微笑でこたえる。
そして貴賓席のほうへと一歩進みでて、優雅に貴族の礼をとる。
「承知いたしました。必ずや本大会に優勝し、栄誉ある“剣聖”の称号をいただくその姿を、伝説の“七英雄”の御三方に……そして我が愛しの婚約者マリー・エル・フォークタス嬢へとお見せすることを誓いましょう」
ブラットはそう宣言し、貴賓席のマリーに貴公子の微笑を向ける。
瞬間。闘技場のそこかしこからきゃあという黄色い悲鳴があがり、ブラットとマリーを茶化すような口笛の音が吹きならされる。
マリー当人は目をぱちくりとさせ、しばしあってようやく状況を理解したようで、ポッとほんのりと紅色に頬をそめる。
それから恥ずかしさをごまかすように、ふんっとそっぽを向いた。
(俺の婚約者がかわいすぎるんだが……?)
ライトノベルやマンガのラブコメタイトルにありそうなことをついついぼやいてしまうほどの圧倒的かわいさであった。
これは意地でも負けられない。
マリーにはこれまで散々ダメな自分を見せてきた。幻滅させてきた。また彼女にカッコ悪いところを見せるわけにはいかぬし、なによりこのトーナメントに優勝して立派な王子となった自分を見せ、婚約破棄を考えなおしてもらわねばならないのだ。
(全試合手抜きはなしだ、即終わらせる)
あらためて決意するブラットだった。
そんなこんなで――
戦いの火蓋は切って落とされ、ブラットは初戦からさっそくアリーナに登場、アルベルトの側近ディノ・シュヴァルツァーと剣をまじえることになるのだった。
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