第3話 黒豚王子は計画を立てる
(さて、これからのことを考えねば)
感謝を伝えたせいか妙にやる気をだし、甲斐甲斐しく世話を焼こうとするロジエを部屋からどうにか追いだしたブラットは、ひと仕事を終えたように息をつく。
豚のような図体で豪奢なベッドにどでんと横たわる。
部屋にうず高く積まれた山のような菓子をほうばり、これからの方針を考える。
最優先はもちろん、死亡エンドの回避だ。
前世でゲームに夢中で災害から逃げおくれて死んでおいてなんだが、あのときは脳内麻薬でどうかしていた。死にたくない。なにより死にたくない。
そのために死につながる要素を全力で排除したいが――
(計算すると……事が起こるのは4年後、
いまから4年後、1年で最も夜が深まるその日にブラットは闇に魅入られる。魔王軍の幹部“四魔将”――俗に言う四天王――のひとりにそそのかされ、その力を借りて自身の父である国王を暗殺してしまうのだ。
それがブラットが完全に闇堕ちした直接の要因であろう。
そしてブラットは王となり、暴政を敷いて民を弾圧、最期には魔王のために王都の民を生贄にせんとする。そしてそれを素性を隠して勇者の仲間になっていた弟の第二王子アルベルトに阻止され、最期には処刑されるというのが作中での流れだ。
となると、単にブラットが闇の力に魅入られたり、国王を暗殺したりしないように気をつければ死は回避できる気もするが――
(そう簡単には行くまい)
ゲームでは中ボスにすぎない四魔将だが、力は強大だ。幻惑魔法などを使われた場合、貧弱ないまの自分がそれを拒めるとは思えない。
そもそもブラットが闇に魅入られたのは、優秀な弟アルベルトへの嫉妬が理由であり、端的に言えばブラットは無能の雑魚だ。
ステータス表記こそないが、現世の記憶を思いかえすと、現在の強さはレベル6といったところ。これは旅立ち直後の勇者と大差なく、いまのブラットは学院に通うそのへんのモブ貴族よりも弱い。これで四魔将に勝負を挑むなど、蟻がドラゴンに勝負を挑むようなもの。無謀である。
(でもそれって、あくまでも現時点の俺なら……の話だよな。いま勝てないとしても……勝てるぐらい強くなればいいんじゃね?)
四魔将に――いや、魔王にさえ勝てるほどに。
そうすれば死亡エンドを無意味に恐れる必要もなくなるのだから。
学院でもバカにされるほどのレベルの自分が、四魔将や魔王を討伐できるほどに強くなる――まったくもって、荒唐無稽に思える話だ。
だがいまの自分には、この世界についての知識がある。この『ファイナルクエスト』を複数回クリアしたチートとも言える知識が。特にどのようにすれば効率よくレベルをあげられるか――強くなれるか、という点は熟知している。
この世界にゲームシステムがどこまで適用されるかは検証する必要はあるが、記憶を思いかえすと、おおむねゲームシステム通りのはず。魔物を倒せば経験値が得られ、それに応じて成長する。強くなれる世界なのだ。
だとすれば、いくらでもやりようはある。
「決めた……俺は強くなるぞッ!!!」
そして手に入れるのだ。
最低でも、4年後に四魔将のひとりを倒せるほどの強さを。
死亡エンドを回避し、そのさきに待っている輝かしい第二の人生を。
えいえいおー! とブラットはベッドから跳びあがった。
(魔王も四魔将もぶっとばしてやるッ!!!)
シュッ、シュッ! と調子に乗って部屋のなかをその丸々とした肉体で動きまわり、シャドーボクシングを始めるブラットだが、
(……ハアハア、きっつ。うわ、きっつ)
一分も経たないうちに、ひどい息切れを覚える。
ちょっと体を動かしただけなのに半端じゃなく苦しい。汗もだらだら出てくるし、吐き気もしてきた。無理、もう無理だ。
(なんでこんな体力ねえんだよ……俺は)
姿見をふと見ると、そこには相撲取りのような自身の姿があった。
基本的に移動は馬車を利用してそもそも自分で動くことが少ないうえ、隙あらば菓子をほうばっているので納得の体型だ。というか、いまも無意識に手が動いて菓子を口へと運んでいる。体が糖分を欲しているのだ。
これはまずい。まずすぎる。
世界には動けるデブと動けないデブが存在するが、ブラットは間違いなく動けないデブだ。最低限動ける体にならねば、雑魚モンスターを狩ることすらできずに命を落としかねない。それだけは避けねばなるまい。
(そして、ブッサイクだなあ……)
自分の顔をあらためて見て、ため息をつく。
いや、顔のつくり自体は悪くはないのだ。
美形の両親譲りで瞳は切れ長で睫毛も長く、鼻はすっと筋が通っていて高く、これといった瑕疵も見つからないその顔は、イケメンと言えなくもない。
だが、絶望的なまでにデブ。
顔の造詣が台無しになるほどにデブ、なのだ。
おまけに黒肌で目立ちにくいが、肌が脂ぎって汚いうえにニキビが浮いている。たとえ顔が多少整っていようと、清潔感のないデブはそれだけでNGだ。
(……見た目もどうにかしたいし、ダイエットは最優先だな)
人は外見が9割だという話もある。
処刑されるときブラットには味方が誰もいなかったが、見た目がひどいのもその一因の気がする。もちろん周囲にはやさしくするつもりだが、見た目がいいにこしたことはない。改善の余地はあるだろう。
「……おいロジエ、そこにいるか?」
「はいブラットさま、なにか御用がおありデスか!?」
ロジエが勢いよく部屋に飛びこんできて、笑顔で用向きを訊ねてくる。休んでいいと言ったのに、やはり懲りずに部屋の外で待機していたらしい。
「……なぜそんなに笑顔なんだ?」
「ブラットさまのお役に立てるのがうれしいのデス! なんなりとお申しつけください! 全力でこたえさせていただくデス!」
そ……そうか、とブラットは若干引き気味でうなずく。
さきほど感謝を告げてから様子がおかしいが、まあいいだろう。
「とりあえず、この部屋の菓子類をすべて処分してくれるか?」
「え……お気に召さなかったデス、か?」
「いや、大変美味だ。しかしおまえも見てのとおり、さすがに俺は肥えすぎている。いろいろと考え、減量したほうがいいのではと思ってな」
な……なるほど、とロジエは神妙にうなずく。
太っていることを肯定していいか迷ったようだ。記憶を取りもどす前のブラットは、自分をぽっちゃりだと言いはり、デブや太っていると言われるとなぜか顔を真赤にして怒っていたからしかたあるまい。
真実は往々にして人を傷つけるものだ。
ブラットは気遣いのできる侍女ロジエと菓子とを見やり、
「……そうだ。おまえの家は貧しく、兄弟姉妹も多いのであろう。この山のような菓子を持っていけば、よろこばれるのではないか?」
「え!? しかしこのような高価なものをたくさん……」
「よいのだ、おまえには苦労をかけているからな。すべて持っていけ」
これは命令だ、と指を立てて言いつける。
ロジエは当惑したように口をぱくぱくさせ、しかし命令だというのが効いたらしく、結局こくりとうなずいて頭をさげてくる。
「か……かしこまりました。感謝、感謝デス!」
「くわえて……部屋以外にも凍結魔法で保存している菓子が大量にあったな。あれらもすべて不要だ。孤児院や貧民街の子らにでも行きわたるように手配せよ」
「え、よろしいのデスか? 相当な量になるデスが?」
「ああ、頼む。元々ひとりで食べきれる量ではないしな」
ロジエは当惑している様子だったが、ブラットが適当にそう告げると、ロジエはハッとなにかに気づいたような顔をする。
「まさか、ここまで見越して……?」
なにかつぶやいているが、ブラットは気にとめない。
さらに部屋を見回し、珍妙なデザインの家具や派手でカラフルな大量の衣装に目をつける。前世の記憶を戻して正常な感覚を取りもどしたいま、あきらかに悪趣味なものばかりだった。これらもいらないだろう。
「不要な家具や衣装もまとめて処分しよう。デザインはなんとも言えないが、物自体はいいはずだ。それなりに金にはなるだろう。その金は後回しにされている貧民向けの教育機関や医療機関のためにでも当てればよい」
「え……衣装も!? 大切にしてらっしゃったのに!?」
「ああ、民には最低限必要な待遇を受けられていないものが大勢いるのだ。俺はこれまでいささか贅沢をしすぎた。王族として少しばかり民に還元せねばな。管轄の大臣には俺から話を通しておくから、そのように手配を頼む」
ブラットがまんじゅうのような丸い顔にブサイクな微笑をうかべると、ロジエはなぜだかまぶしいものを見るように目を細める。それから両手を合わせて祈りを捧げるようなポーズをとって、ブラットを拝みはじめた。
「なぜ……拝んでいる?」
「……ブラットさまが聖者さまに見えたデス」
「まあなんでもいいが、菓子と家具と衣装の件は頼んだぞ」
「かしこまりましたデス! おまかせくださいませ!」
小柄な体に不釣りあいな大きな胸をドンと叩くロジエ。
ブラットは彼女にさらにいくつかの頼みごとをして、部屋から送りだした。
「さあて、いっちょ運命というやつに抗ってみますか」
中二病なセリフでかっこをつけ、不敵に笑うブラット。
周囲からは気持ちの悪いデブが不気味な微笑をうかべて意味のわからないことを言っているようにしか見えないのだが、そこはまあご愛嬌。
そんなこんなで――
ブラットの死亡エンド回避のための日々が始まったのだった。
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