第25話 黒豚王子は方針を定める
『今回講義で取りあげる“等価エネルギーの原則”を見つけたのは、かの“
王立ウィンデスタール魔法学院、講義室。
現在そこでは錬金術の講義が行われており、老年の男性教授の声が眠りの呪文のように壇上から響き、生徒たちを容赦なく夢の世界へと叩きおとしていた。
そんな講義室の最前列に、いまにも寝落ちしそうな顔のブラットがいた。
(……これからのことでも考えるかあ)
この
ブラットは講義を一切聞かず、羊皮紙に羽根ペンを走らせ、あらためて自身の現状の把握とこれからの方針を考えはじめた。
(まずは目前の剣舞祭での優勝だな)
それが最優先なのは間違いない。
なにしろ婚約破棄がかかっているのだ。
一月前、なぜマリーが急にあのようなことを言いだしたのかはわからない。
だが彼女に婚約破棄を告げられたとき、ブラットは単純にそれが嫌だと思った。彼女との関係が死亡エンドに無関係だとしても、それでも婚約破棄だけは絶対に阻止したい。
(……でも、優勝はわりといけそう)
レベルスカウターでさきほどざっと確認したところ、剣舞祭のトーナメントに出場するだろうまわりの生徒のレベルは、おおむね10~15のレンジにおさまっている。おそらくここらが平均値なのだろう。
一方でブラットの現在のレベルは56。
56である。
それは人類最強クラスの英雄やSSランクの冒険者と比較しても引けをとらないレベル。学院生にはさすがに引けはとるまい。
優勝候補のアルベルトでさえレベル30だ。『ファイナルクエスト』の史実では今大会の優勝者はアルベルトではないようだが、決勝の相手も結局はそれに近いレベルだろうから、ブラットの優勝に死角はなかろう。
(この調子なら四魔将も問題なさそうだな)
ブラットは満足げに笑う。
このままレベリングをして準備を万全にしておけば、数年後に待っているだろう四魔将による襲撃にも十二分に対応できるはず。
(……でもひとりでは不安もあるか)
うまくやれば、現在でも四魔将自体は攻略できるかもしれない。だがいくら自身が強くなっても、失敗の可能性は0ではない。
たとえば麻痺などの状態異常効果で身動きを封じられてしまえば、それを独力で解くことは難しい。その時点でゲームオーバーだ。
もちろん警戒も対策も怠るつもりはないが、ひとりではそれも限界がある。
(となると……必要なのは仲間だな)
この世界の強者――魔将や英雄たち――の攻撃を受けても一撃で倒れぬ程度の耐久力がある仲間がいれば、作戦の幅が一気に広がるし、安心感も天と地の差である。
(でも信頼できる強力な仲間なんて……そう簡単に作れるもんでもないよなあ)
ブラットの人生はごらんのありさまなので、友人なんてものは皆無である。
そして前世も似たようなものだった。
仕事が人間同士をつなぐディレクション業務だったこともあり、外面と愛想だけはよかったので友達がいなかったわけではない。だがしょせんは上辺だけの付きあいで、プライベートでわざわざ飲みや遊びに行ったりする深い仲の友人はほとんどいなかった。
(強いていえば……ゲームが友達だな)
なんだか悲しくなってくる。
ボールが友達と言うと陽キャラ感があふれているのに、ゲームが友達と言うと陰キャラな印象を受けてしまうのはなぜなのか。
とにもかくにも、こんな自分が仲間をつくるなんて無理かと思いかけ――
(……いや、仲間いるじゃん!!!)
ふと自身の手が視界に入り、思いだす。
その手には、レアアイテム“魔物使いの指輪”が妖しい魔力の輝きを放っていた。
この指輪の力で先日テイムした魔物たち。
彼らならば人間のように関係を築く手間もなく、そして裏切る心配もない。さらには魔物の種類だけ魔法やスキルもよりどりみどりで、鍛えればちゃんと成長もしてくれる。まさにうってつけの仲間である。
(冷静に考えると、これ使えば最強の軍団をつくれるんじゃないか……?)
テイムできる魔物の数には上限はない。
つまりは魔物をどんどんテイムして数を増やし、軍団規模にまで拡大することも可能。そしてさらにそれら無数の魔物たちにレベリングの方法を教えて個々を強化していけば、いずれは魔王軍さえもこえる最強の軍団にすることも夢ではなかろう。
なにしろゴブリンですらゴブリンキングにまで進化すれば一騎当千だ。ドラゴンやアンデッドの魔物を最上位種まで進化させれば、それこそ一体一体を四魔将と比肩する存在にすることも可能なのだから。
そんなバケモノじみた最強の軍団をつくることができれば、もはや死亡フラグなど恐るるに足らずだ。ブラットが動くまでもなく、魔物たちがブラットの前に立ちはだかる死亡フラグを叩きおってくれよう。
(それ……すごいよくないか?)
考えれば考えるほど、ブラットのなかの中二心がくすぐられていた。
一体一体が国を落とせるほどの強大な力を持った災厄級モンスターの軍団。そしてそれを圧倒的な力とカリスマでしたがえる自分。なんと心躍る話ではあるまいか。
「――決めた、俺はやるぞ!」
ブラットは握り拳をつくると、威勢のいい声とともに勢いよく立ちあがった。
だがその瞬間、表情が強張る。
講義室中の注目が一挙に自分に集まってしまっていることに気づいたからだ。
(……しまった)
講義中であることはすっかり忘れていた。
そしてめちゃくちゃ見られている。
とにかく見られている。
ひさびさに登校したうえに姿も中身もすっかり変わっていたせいで元々注目されていたブラットが、急に授業中によくわからないことを口走りながら勢いよく立ちあがったのだから、それもいたしかたあるまい。
教室が気まずい空気で静まりかえるなか、
「お、おお……殿下、どうなさいました? もしや答えてくださるのですかな?」
しばしあって教授がそう訊ねてくる。
雰囲気の変わったブラットにどう接すべきか迷っているような調子だった。
「え、あ……ああ、そうだ。まかせろ」
「それでは……ゴホンッ、恐縮ですが答えていただきましょうぞ。パラレルセスが最初期に賢者の石の元となる物質をつくったその簡単な作業工程と、後に判明したその方法の致命的な欠陥を簡潔にお願いいたします」
ついまかせろと言ってしまったブラットだが、教授に純粋な難問をストレートに突きつけられ、頭がまっしろになってしまう。
そもそもこのような問題にすらすらと答えられるものがいるのだろうかと思う。それこそ学院一の秀才とか主席生とかならば答えられるのかもしれないが、ブラットはそんな人間ではないので答えられるわけも――
(あれ……俺、知ってる?)
ない、はずだった。
冷静になって出題された問題を咀嚼すると、問題に聞き覚えがあったのだ。
そして気づけば、問題への解答がおどろくほどするすると喉から出てきた。
「……賢者の石をつくるには、“大いなる業”と呼ばれる2つの作業工程が必要だ。ひとつが魔力濃度の高い鉱山でのみ稀に生成される幻の魔法鉱物テクトシアルとユーゲンダイトの抽出、そしてもうひとつが抽出したそれらの融合だ。パラレルセスはどちらの工程でも、あらゆる物質を溶かす劇薬アルカヘストを使用した。そのために賢者の石と同質の物質生成にこそ成功したものの、固形……つまりは石という完成形にはどうしてもすることができなかった。それが致命的な欠陥だ」
ブラットは一気に言い終え、息をついた。
一部あいまいなところはあるものの、だいたいこんな具合だったはずだ。
ブラットのそのよどみない解答を聞き、教授も生徒も皆そろってあんぐりと口を開けていた。信じられぬといった様子だ。
「おお……なんということじゃ! すばらしい、まさにおっしゃるとおり! さすがは殿下……これぞピシュテルの王子ですぞ!」
みな殿下に拍手を!!! と教師はやがて感服しきった様子でそうのたまう。
これまでブラットがあまりに情けない人間だったからだろうか。そのギャップで教授はいたく感動してしまったらしく、その落ちくぼんだ目に涙までうかべている。
『すげえ、こんなの一瞬で答えられるなんてその道の専門家ぐらいだろ……』
『お姿は凛々しくなられましたし、強くなったとも聞いたおりましたけれど、まさか頭までですの!? 信じられませんわ!?』
『これがあの黒豚だって!? いったい全体なにがどうしたっていうんだ!?』
講義室中に拍手が響きわたり、生徒たちは次々とそんな驚愕の声をあげる。
おどろくのも無理はない。
これまでのブラットは魔術や剣術だけでなく、学業でも最底辺の成績だった。にもかかわらず今回、講義を受ける誰もが答えられないだろう問題にすらすら答えたのだから。
(答えられてよかった〜……)
一方でブラットは席に腰を落ちつけ、ただただ胸をなでおろしていた。
なぜブラットが難問に答えられたのか。
理由は実はなんてことはない。
『ファイナルクエスト』作中には雑学クイズを出してくる通称“知ってるかなおじさん”というキャラクターが存在し、それに正解すればレアアイテムを入手できたため、ブラットは前世で必死にその問題と解答を暗記していた。その暗記していた雑学のなかに今回の質問の答えが偶然あっただけだ。
信じられぬことに合計で300問をノーミスで連続正解しなければ入手できないアイテムがあったため、クリアする頃には問題文すらも覚えてしまっていたものだ。
ブラットは教師や生徒から向けられる尊敬のまなざしをむずがゆく感じながらも、努力が認められたようで悪い気はしなかった。
(またさらに勘違いされている気もするが……まあいい印象を与えるぶんには別にいいか。それよりいまは軍団のことだ)
授業が再開され、ブラットは思考を戻す。
(とにかく魔物たちで最強の軍団をつくって、それを率いて魔王軍を殲滅……死亡フラグから完全解放されて自由になる。それがとりあえずの理想の筋書きだな……!)
これからの方針をそう定める。
そしてそうとなれば、ブラット軍(仮)の中核となるスカイマウンテンの魔物たちとは、密に連絡を取りあう必要があろう。
一応は“魔物使いの指輪”を媒介にテレパシーでの通信は可能だが、通信状況はよくない。できればイビルアイのような交信スキルを持つ魔物や魔導具といったしっかりとした通信手段がほしいものだ。そのあたりもこれから準備していかねばなるまい。
そんなふうに軍団の立ちあげに思考を巡らせていた、そのときだった。
「……!?」
ズドンッ!!! という爆裂音が響いた。
講義室の生徒たちがにわかにざわめき、採光窓から一斉に外へと目を向ける。
するとそこには魔法演習場があり、その中心では砂煙が舞いあがっていた。
だが事件が起こったというわけではなさそうだ。演習場にいる生徒たちに慌てた様子はまるでない。教授か生徒が講義の一環で派手な魔法を使っただけだろう。
教室の生徒たちもそれを理解したようだ。
よくあることだと皆すぐに興味を失い、音がそもそも聞こえていないかのように講義を淡々と続ける教授へと視線を戻した。
しかしブラットだけは、演習場の光景からすぐには目を離さなかった。
(え、あれって……)
舞いあがる砂煙のなかに、昨日ワーウルフロードの襲撃後に広場で目撃した例の灰色のマントが見えた気がしたからだ。
そしてやがて砂煙が晴れると――
(……やっぱり)
見間違いではない。
そこにはやはり、灰色のマントをまとう人物の姿がたしかにあった。
すぐに視力強化の呪文を使うと、その人物の姿がはっきりと視界に映しだされる。
それは中性的な美貌を持つ少女だった。
うしろでひとつに結った長い髪を振りみだすその凛々しい姿に、ブラットは見覚えがあった。いや、何度となく見てきた顔だ。
「……キャロル、だよな?」
間違いない。
それは『ファイナルクエスト』作中で終盤仲間になる勇者パーティーのひとり、“七英雄”カスケードの子、亡国の女騎士キャロル・トラフォードだった。
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