第39話 黒豚王子は宿敵に貸しをつくる



 王都での説得後、リオネッタの妹アリエッタの解呪はとんとん拍子で進んだ。


 それもそのはず。ブラットにとってこの世界は、既プレイのゲームのようなもの。むしろ詰まるほうがおかしかろう。


 流れは単純だった。


 このレードス大陸には、東西南北に4つの巨大な山脈が走っている。それぞれ炎水風地の四大属性をつかさどっており、『ファイナルクエスト』作中ではメインイベントが発生するダンジョンだ。


 そのうちの1つが、今回ブラットがリオネッタとともに訪れた炎属性をつかさどる“フレイムマウンテン”なのだった。


 そしてそのダンジョンの深部――火口付近の隠し部屋に“幻の霊鳥”と呼ばれるモンスター“フェニックス”が鎮座している。


 そのフェニックスが討伐時にドロップする“不死鳥の涙”こそが、どんな病や呪いも治す世界最高峰の万能薬であり、『ファイナルクエスト』作中でもアリエッタの呪いを解いたキーアイテムなのだ。


 ブラットは『ファイナルクエスト』での記憶を頼りにサクサクとフレイムマウンテンを攻略し、フェニックスのもとに到着。


 そしてフェニックスに事情を説明し、“不死鳥の涙”を譲ってもらえるように頼んだものの、フェニックスはとかく人間嫌いで気位の高いモンスター。「この痴れ者が!」という原作通りの台詞とともに襲いかかってきて、戦闘に入ったのだった。


 結果はもちろん、こちらの勝利。


 なにしろこちらは原作終盤のレベルとステータスのブラットと、それ以上の強さを誇るボスキャラクターのリオネッタだ。原作で中ボス的な立ち位置にすぎないフェニックスに負けるわけもない。


 その後、ブラットは冷静になったフェニックスにあらためて協力を頼み、無事“不死鳥の涙”の入手に成功するのだった。





「こっちよ」


 ――そして現在。


 ブラットはリオネッタに導かれ、とある寂れたに来ていた。


 人里離れた岬に建つその教会には人影は一切なく、代わりに武装した魔導人形が何体も配置されていた。自分が留守のあいだこの教会を守らせていたのだろう。


(……すごい厳重だな、トラップもあちこちに張りめぐらされてる)


 そんな教会の様子をながめながら、ブラットはリオネッタとともに礼拝堂奥部に隠されていた地下の隠し部屋へと入っていく。



「……!?」



 そして広がった部屋の光景に目を見開く。


 そこはまるで、一国の王女か大貴族の令嬢のために設えられたかのような瀟洒な一室だった。調度品はどれも白を基調とした上品でかわいらしいデザインでそろえられていて、すべて一流の職人に特注で作らせたものなのだろうことがうかがえる。


「……驚かせてしまったかしら? 妹は昔からお姫さまに憧れていたね、せめて部屋だけでも願いを叶えてあげられたらって」

「妹君を本当に大切に思っているんだな」

「たったひとりの家族だもの」


 リオネッタはくすりと微笑でこたえ、「それはともかく」と部屋中央に鎮座する天蓋つきのベッドへと歩みよった。


 カーテンを開けると、そこに眠っていたのは美しい少女だった。


「……」


 まだあどけなさが残るその少女に、ブラットは覚えがあった。


 齢十かそこらのその少女は、リオネッタがふだんから肩に乗せている魔導人形と同じ容姿なのだ。実はリオネッタは妹が眠りについて以来、妹を模したその魔導人形を作りだし、そばに置いていたのだった。


 リオネッタはアリエッタへと歩みよると、慈しむような表情で見下ろしながら、その小さな手をぎゅっと握りしめる。


 ブラットはそんな姉妹の様子をながめながらベッドへと歩みより、ふところから“不死鳥の涙”の入った小瓶を取りだした。


「……」


 リオネッタは不安げな表情ながらも、ブラットにベッドのそばを空けた。


“剣の誓い”を立てたことで少しは信用してもらえたようだが、それでも呪いを解けるのかという不安がぬぐえぬのだろう。


「……」


 ブラットは安心させるようにリオネッタに微笑みかけ、ベッドの脇に立った。


 そして小瓶の蓋を開け――



「――“メディケーション”」



 そう唱えた。


 瞬間。小瓶のなかの“不死鳥の涙”がまばゆい生命の輝きを放ち、きらめく粒子となってアリエッタへと降りそそいだ。


 ――“メディケーション”


 それはおもに治療のために使われる第四位階魔法。ポーションといった液状の薬品を気化させ、それを体に直接浸透させる魔法だ。ポーションをより効率的に使ったり、あるいは今回のように意識のない患者に使ったりするときに重宝する。


「……」


“不死鳥の涙”の粒子に包まれると、アリエッタの顔が苦悶にゆがむ。


 まもなくジュワッ! と水分が蒸発するような音とともに小柄な体から滲みでてきたのは、だった。


 それこそが呪いの“根”だ。


 あふれだす邪悪な魔力とともに苦悶のうめきをあげるアリエッタを見て、リオネッタが慌ててブラットに視線を送ってくる。


「……大丈夫だ、すぐに終わる」


 ブラットは力強くうなずきかけた。


 その言葉通り、しばしあってアリエッタの体から呪いの“根”は出尽くしたらしく、その表情が安らかになっていく。



「アリエッタ……?」



 リオネッタはおそるおそるそう声をかけ、アリエッタの体をそっとゆする。


 そして――

 息が詰まるような静寂がしばし流れたあと、ついにその瞬間が訪れた。



「んんっ……」



 アリエッタの喉から漏れるか細い声。


 それにリオネッタは信じられぬと首を振り、これまで溜まりに溜まった感情の奔流をぐっと抑えこむように歯を食いしばった。


「……、」


 まるで物語の新たな幕が上がるかのように、アリエッタはそのつぶらな瞳をゆっくりと開け、それをリオネッタに向けた。


 その眠りが呪いに起因するものだったからだろう。眠たげな様子は一切なく、はっきりとリオネッタのほうを見て――



「……おねえ、さま?」



 絞りだすように、そうつぶやいた。


 たったそれだけの言葉で、リオネッタの感情のダムは見事に決壊してしまったらしい。リオネッタは美貌の面差しをくしゃりとゆがませ、こらえきれぬ嗚咽をもらしながらアリエッタを抱きしめた。



 言葉は、なかった。



 姉妹はただただ無言で抱きしめあい、決して離れようとはしなかった。


 それこそ永遠にも感じられるほどの時間、引きさかれていたその時を埋めあわせるように、二人はひしと抱きしめあった。



(……なんだこれ、泣きそう)



 あくまでも自分の死亡エンド回避のためだったはずなのだが、このような場面に立ち会うとさすがに胸が熱くなってしまう。


 固い絆に結ばれた姉妹愛を見せられ、じんと来るブラットだった。





 ✳︎





「……」


 それからしばしあって、リオネッタは落ちつきを取りもどして妹の無事を確認すると、深々とブラットに頭をさげてきた。


 プライドの高そうな彼女からは想像もできぬぐらいに深いお辞儀だった。



「……契約を果たしただけだ」



 ブラットは気安い調子でそう言うが、リオネッタは顔をあげない。


「わたくしは貴方の国や民……そして貴方自身の命さえ脅かした。にもかかわらず、貴方はそんなわたくしに手を差しのべてくれた。メリットなんかなにもないのに命までもかけて、この子を救ってくれた。感謝してもしきれるものではないわ」


 いやメリットはあるんだがな、と内心でツッコみをいれるブラット。


 リオネッタと和解することで、ブラットは死亡エンドから大きく遠ざかる。それをメリットと言わずになんと言うのか。


(いいように勘違いされるならいいが……まあ和解できてよかった)


 これでひとまず直接の死亡フラグは回避できただろう、とブラットがホッと胸をなでおろしたのもつかのま――



「なんにしろ貴方は今回で対外的にはわたくしを……四魔将を退けたことになる。ベルゼブブが放っておくとは思えないし、各国も貴方を要注意人物としてマークしてくることでしょう。なかには刺客を差しむけてくるものもいるはず。貴方なら大丈夫とは思うけれど、気をつけてちょうだい」

「え……」



 全然大丈夫じゃないんですけど!? と内心で絶叫するブラット。


 死亡エンドを回避せんと行動してたつもりだったのに、魔王軍や各国にマークされて刺客まで差しむけられるとなると、むしろ『ファイナルクエスト』よりも死亡エンドに近づいてしまっているではないか。


(いや、でもまあ……)


 代わりにこうして美人姉妹の笑顔が見られたのだ。そう思えば悪くはな――いや悪いのだが、納得できなくもなかろう。


 そしてなんだかんだブラットも順調に力をつけているし、ブラット軍団(仮)の戦力も整いつつある。危険な状況におちいっても、よほどのことがなければゲーム知識とあわせて乗りきれるはずだ。


 そして戦力と言えば――



「リオネッタ、きみはこれからどうする? 妹君の呪いが解けた以上、もう魔王軍に協力する必要もなかろう? 抜けるのか?」



 リオネッタは考えるように顎に手を当て、


「……そうね、抜けさせてもらうつもりよ。ただ、“裏切り者には粛清を”……というのが魔王軍の掟。いずれはここにも追っ手が差しむけられるはずだから、一度どこか別の場所に身を隠すつもりよ」


 アリエッタの身の安全を考えると、確かにしばらく身を隠すのが得策だろう。



「なら……ほとほりがさめるまでスカイマウンテンに来たらどうだ?」



 思いたって、ブラットはそう提案する。


「スカイマウンテン?」

「ああ、実はそこに俺がテイムした魔物たちがちょっとした拠点を築いている。サイクロプスが根城にしていた神殿の跡地だな」


 サイクロプスが根城にしていたスカイマウンテン15階層には、神殿のごとき建造物があった。魔物たちにはレベリングでの自身の強化とともに、その改装も命じていたのだ。元々人間が住めるつくりだったので、身を隠すにはもってこいのはず。


 それらのことを掻いつまんで伝えると、リオネッタはしばし悩み――


「確かに……魔王軍はスカイマウンテンを現状で放置という方針。あまり人も来なさそうだから、そうさせてもらおうかしら……?」

「そうするといい、物資は手配するぞ!」


 ブラットは爽やかな微笑を浮かべながらも、内心でニヤリとほくそ笑む。


 ブラット軍団(仮)にリオネッタを引きいれられれば、大幅な戦力強化だ。そうでなくとも、リオネッタに魔物のレベリングの相手をしてもらうだけでもメリット大。強者との戦闘で取得できる経験値は膨大で、レベルもあがりやすいからだ。



「アリエッタ嬢、きみもそれでいいかな?」



 ブラットは念押しとばかりに、リオネッタの後ろでこちらをこっそりとのぞきこんでいるアリエッタに微笑みかける。


 するとアリエッタは頬を真っ赤にして、慌ててこくこくとうなずいたあと、リオネッタの後ろにまた隠れてしまう。


 リオネッタはあらあらと肩をすくめた。


「嫌われたかな?」

「逆、ですわね」


 逆? と首をかしげるブラット。


 リオネッタはアリエッタの頭をよしよしとやさしく撫でながら――


「さきほども言ったけれど……長いあいだ暗部で生きてきたこともあって、この子は昔から王子さまやお姫さまに憧れていたの。こんなきらきらした王子さまが自分を救ってくれたとなれば、女の子として気になってもしかたがないわよね?」

「んんっ……! おねえさま、おっしゃらないでってゆったのにい!」


 唇をあひるのように尖らせて頬を膨らませるアリエッタだったが、リオネッタはその頬をつんと指でつぶしてフフフと笑う。



「このようなかわいらしいお姫さまに憎からず思っていただけるとは光栄だな」



 ブラットはアリエッタをひょいと覗きこみ、穏やかな微笑を向ける。


 するとアリエッタはこれ以上ないほどに顔を真っ赤にして、リオネッタの背に顔を埋めてしまった。対話拒否である。


 このぐらいの年頃の子どもというのは、反応がオーバーでかわいらしいなとニコニコとそんな様子をながめるブラット。


 リオネッタはそんな二人のやりとりを微笑ましそうに見つめ、


「とにかく、お言葉に甘えてひとまずスカイマウンテンに身を隠させてもらうわ。貴方にはさらに借りをつくることになるけれど」

「気にするな、乗りかかった船だ」


 そんなふうに話がまとまったそのとき――



「……!?」



 ブラットの胸元が、急に熱を帯びた。


 気づくとふところから魔力の光が漏れていた。そこにはいくつかの交信用の魔石が収められている。誰かが連絡してきたのだろう。


 誰だろうと思いながら、熱を帯びた魔石を取りだすと――



『――ブラットさマ、聞こえまスでしょうカ』



 聞こえてきた声は人間にしてはたどたどしく、すぐに誰かわかった。


 アンデッドロードのロード。ブラットがテイムしたスカイマウンテンの100体の魔物の一体で、暫定的に指導者をまかせた魔物だ。


「おお、そちらは順調か?」

『ブラットさまの完璧な指導のおかげで、順調に皆も実力をつけておりまス。進化した我が軍をお見せするのが楽しみでス! 魔王軍の大隊程度であれば一蹴できる程度の力はつけておりまスゆえ!」


 さすがにこの短期間でそれは言いすぎだろうとは思いつつも、「おお、それはよかった」とブラットは鷹揚にうなずき、


「あと拠点の改装は進んでいるか? しばらくのあいだになるが、二人ほどそこに客人を住まわせたいと思っているのだが」

『おお、お客人でございまスか! まだ完璧とまでは行きませぬが、猫人族ケットシーの手を借りて綺麗になっておりまス。ブラットさマの客人とのことで精一杯もてなしまスので、いつでもお越しくださイ』


 ロードたちについては猫人族に最低限は説明しておいたが、どうやら友好関係を築けたようでよかった。デルトラ半島の一部で例があるとはいえ、魔物と人間がそういった関係を結ぶのは珍しいことだ。ミーナが長を務めていることもあって、うまく取りはからってくれたのかもしれない。


『ありがたい。それでは後に二人が訪れたら、そのときは手厚く頼む』

『ハッ! おまかせください!』


 ロードは威勢よく返事をし、だがそこでハッとなにかを思いだした様子で、『それはともかク……!』と続ける。



『ダストリアとエルネイドの近況について斥候として調査していたシャドウから、さきほど報告のほうがありましテ……』



 言われて、そんな話があったと思いだす。


『ファイナルクエスト』作中で、ベルゼブブはダストリアとエルネイドの両国に裏で手をまわし、戦を起こした。その戦がこの世界でも起こるのか否か、配下の魔物に様子を見に行かせていたのだ。


「両国はどんな様子だった……と?」

「それが実は……」


 ロードは少し言いづらそうに、シャドウの調査結果を報告しはじめたのだった。

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