第7話 17回、私を殺したあいつは男の娘!?

刺客の蹴りを軽々とかわし、そのメイドの少女は、ふわりとその蹴り足の膝の上に飛び乗った。


刺客の顔が驚愕にゆがむ。


少女は、男の膝を踏み台にとびあがり、くんっと宙返りしながら、その顎を蹴りとばした。


「がッ!?」


のけぞる刺客の男。ぱあんっと独特の乾いた音が響く。


……あのさ。


メイド少女はそのまま身体を縮めると、空中で独楽のように回転速度をあげ、掴みかかった他の刺客達を水滴のように吹き飛ばした。スカートが花弁のように開く。


ぱぱぱんっと再び独特の打撃音が連続した。


「ぐッ!?」 「ごッ!?」 「ぐおッ!?」


驚きの呻きをたて、どさっどさっと男達が地に転がる。


……あのぉ。


そのあと少女はふわりと地に降り立った。

まるで体重を感じさせない。

10歳ぐらいにしか見えない少女が、壮漢の刺客4人を、鎧袖一触にした。

空中舞踊の奇術を見ているようだった。

少女を主役にした月光の下の影絵芝居だ。

彼我の技量の差がありすぎて現実離れし、夢の中の光景に思えた。


「……しばらく動かないほうがいいよ。これから、あんた達の心臓、暴走するから」


そう男達に警告を放った少女。

メイドの服のエプロンが、夜風にはためいた。

その顔に見覚えはない。しかし、その声に聞き覚えはあった。


……あのお、いろいろ突っ込みたいんですけど。


ショートカットの髪、頭にぐるりと巻いた大きめの赤いリボンが揺れる。

丸顔に不釣合いなほど大きな目。

どことなく夜の子猫を連想させる立ち姿は可愛らしい。

だが、その目の光は、姿とは不釣合いに据わっていた。

獲物を狩ることを日常にしている目。

男達を叩きのめせて当然というふうの目だった。


……まさかと思うけど、あんたって。


少女の足元では、5人の黒尽くめの衣装の男達が、胸をおさえてのたうちまわっている。顔がまっかだ。おのれを襲っている事実が信じられない、というふうに目を白黒させていた。自らの胸元を掴んだ指が、力をこめすぎてまっしろだった。


「人間ってね。少し血液の流れを暴走させてあげるだけで、簡単に死ぬんだよ。結構きついでしょ、それ」


少女の言葉が終るより早く、男達は鼻血をふきだした。目玉がまっかに充血し、ぼろぼろと涙があふれだしていた。突然暴走しだした胸の鼓動により、体内の血圧が異常上昇したのだ。身じろぎしかけた彼らが一様に凍りつく。私も凍りついていた。違う意味で。


「あーあ、動かないほうがいいって言ったのに」


メイド服の少女はため息をつき、そして冷たく微笑した。

苦悶と恐怖で身を震わす刺客達を、道端の汚物でも見るかのように見下ろしていた。


私とともに身を潜めて様子を窺っていたお母様とメアリーも、驚愕の光景に、完全にかたまっていた。私一人だけは違う理由で硬直しっぱなしだ。


「・・・・・・これは警告。本気でやるときは、逆に心臓を停止させる。そうしたらどうなるか。わかるよね」


刺客の男達は必死にうなずいた。

少しでも少女の機嫌を損ねると、ほんとうに殺されると肌で実感したのだ。

荒事に慣れたふてぶてしい面はもはや見る影もなかった。

猫の前のネズミのように滑稽なほどすくみあがっていた。


こんな小さな少女に、体術でいいように翻弄されたうえ、得体の知れない技で、あっという間に戦闘不能に追い込まれたのだ。化け物にしか見えないだろう。怯えるのは当然だった。


「ちょっとね。あんた達に雇い主へ伝言を頼みたいんだ。聞いてくれる?」


そして少女は男達の傍らにしゃがむと、その額をつんつんと小突いた。

こくこく頷く刺客の男。

少女は蒼白い三日月を背に、その月と同じ形に口元を吊り上げ、笑いかける。


「あんた達の雇い主に言っておいて。これ以上ちょっかい出してくるなら、今度は逆にこちらからそちらにお邪魔しますっ、て。臭い匂いは元から絶たなきゃね。迎え撃つより、正直そのほうが得意だし。連日押しかけられて、こっちも、ちょっとイラついてるんだ」


ちゃんと伝えてよね、とのぞきこむようにし、念押しする。

男達には、少女がメイド服の死神に思えただろう。


そして、私は、彼女が女言葉を使っていないことに、少しだけ安心した。


「もう動いてもだいじょうぶだよ」


「!!!」


動けるようになったとたん、刺客達はほうほうの呈で逃げ去った。

ほとんど四足走行の無様さだ。

こけつまろびつ、という表現がぴったりだった。

怪物が後ろからついてきてないか確かめるかのように、何度も何度も首を捻じ曲げ、後ろを確認している。

引き攣った顔を見れば、心が折れてしまっているのがわかった。

しばらくは暗がりに行くのさえ恐怖を感じるだろう。


彼らは自分が獲物にされる怖れを知ってしまった。

もう裏稼業廃業かも知れなかった。


メイド服の少女は、彼らが本当に立ち去ったどうかを油断なく確認し、それから、くるりとこちらを向いた。

うってかわった人懐っこい笑顔で、にっと笑いかけてくる。


「このメイドの格好にもなれてきた。スカートの中にいろいろ武器隠せるし、ちょっとすーすーするけど、これはこれで便利だ」


スカートをめくって、ぱたぱた仰いでいる。


は、はしたない……。

今なんか金属っぽいの見えた。

こいつ、ほんとにスカートの下に武器しこんでやがる……!


あ、みなさん、もうお気づきですね。

この少女、ほんとは性別は男です。


あまりに見事な化けっぷりに呆れかえり、私は開いた口がふさがらなかった。


……皆様、あらためまして、こんばんは。


作品を間違えたわけではありません。


私、本編の真ヒロイン。

109回目の人生をリプレイ中の、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードと申します。

ぴちぴち新生児まっただなかです。


お母様に襲われ命拾いしてから一週間がたちました。

やっと目が開いたと思ったら、ろくでもない流血の修羅場でした。


自慢じゃないけど、わずか7日で目の焦点が合いました。

私、ほんとに頑張った。必死に目をこらし続けた甲斐があった。


……なのに、記念すべき初の総天然色カラーの視界は、男達のスプラッタな血みどろの顔からスタートです。

いろいろ言いたいことはありますけど、まずは軽く叫ばせてください。


ブラッド・ストーカーああああっ!!

あんた、なんてメイドの格好してんのっ!?

そして、なんで似合ってんのっ!?


前の108回の悪役令嬢としての私の死に様は、すべて他殺によるものでした。

そのうちの17回は、寡黙な殺し屋、ブラッド・ストーカーによるものです。


鋼のように鍛え上げた身体と意志。

肉を削ぎ落とした鋭い顔。

鉄線をねじり合わせた縄のように手強い印象。

その長身は周囲の口出しを許さない、孤独な威圧感を漂わせていた。


そ・れ・が!


あんた、子供の頃、そんな美少女顔だったの!?

あんたの人生、これから先、いったいなにがあったあっ!!

脱皮か!? 脱皮でもやらかしたのか!?

あんた、ほんとにブラッド本人!? 

双子の妹とかのオチつかないよね!?


はーはーはー……!


興奮しすぎて息があがってしまった。


いや、あれから毎夜、妾めかけ宅から刺客が送られてきて、ブラッドがそれを撃退してくれているのは知ってたよ。でも、まさかメイド服で女装して護衛してたなんて知らなかったよ。私、目が見えてなかったもの。


妾めかけ一家がイっちゃってるのは、前の人生で私はよく知ってたから、襲撃のほうは別段驚きはしなかった。はい、ターゲットは私ですね。


公爵令嬢を公爵邸で暗殺しようとするなんて狂気の沙汰だが、お父様に出生を知られる前に殺しさえすれば、どうせ金の力でもみ消せるとタカをくくってるんだろう。


ブラッドが看破したとおり、お母様がのまされていたのは、やはり麻薬の一種だった。仕事人部屋に踏み込んだときには、厨房の一人が行方をくらましていたから、多分そいつの仕業だったんだろう。妾めかけ宅からの回し者だ。


後で判明したことだが、おそろしいことに、裏市場では、麻薬というより堕胎薬としてひそかに出回っている劇薬だった。早産はその影響だ。大商家のあいつらなら簡単に入手できる。あわや私は産まれる前に、この世から抹殺されるところだったわけだ。


私は唇をかみしめた……歯がない。成せぬ。


あいつら目的達成のためなら、相変らずむちゃくちゃやりやがる。

きっと前の108回の私の人生でも、同じ卑劣な手段をとっていたのだろう。

そりゃあ、お母様が決まって早死にする運命だったわけだ。


あいつらが元凶だったのか。


本当に殺したかったのは公爵家の血をひく私。お母様はとばっちりだ。


そうとわかれば、前の人生で徹底的に報復してやったのに。

さすがに意識もない新生児の状態では、私もなにも気付けなかった。


よくも当時の私が生き延びたものだと思うが、お母様の急死で大騒ぎになり、さすがのあいつらもこれ以上疑いを招く行動はとれなかったんだろう。いわばお母様は私の身代わりだったわけだ。


真相に気づいてみれば、あいつらが幼児の頃の私に向けた、小馬鹿にしきった笑みに、心あたりがありすぎる。母を毒殺されても、なにも知らない無邪気な私を陰で笑ってたんだろうな。


ごめんなさい、お母様。私のせいで……


……この落とし前は必ずつける。

108回目も悪役令嬢稼業をやった私を舐めるなよ。

私の最初のターゲットはあんたらだ。

108回ぶんのお母様の無念もこめて、私を敵にまわしたことを、地獄で後悔させてやる。

必ず、だ。

本腰入れた私のおそろしさを、骨の髄まで思い知るがいい。


「なあなあ、スカートってさ。「小のとき」はなんとかなるけど、「大のとき」は不便だよな。オレ、まくりあげて紐でくくってんだけど、女の人ってどうしてん?」


ちょっとブラッド!!

脱力して腰がくだける!

私のせっかくの見せ場を、変な形で横からかっさらわないで!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る