第6話 冒頭に狂言回しの亡霊さんたちが出たりします。そして、活躍するのはブラッドばかり。赤子ボディで知識チートが生かせない私なのです。憤懣やるかたなしッ

公爵邸のがらんとした庭の片隅、どこからも日を遮られ、とりわけ暗く寒い場所。


一日中お日様の照ることのない、薄暗いねじくれた林のなか、四人の亡霊たちが話にうち興じている。


「ここの公爵夫人は、まア、もう長くはないなア」


したり顔でのっぽの幽霊が解説する。


「ありゃア、心の臓の病もちだ。おまけに偏食で、体の中には、まったく鉄の気が貯まっとらん。それなのに、無理して子供なンぞ産みおったからな。もう、いつおっ死んでもおかしくないわ」


「ほへぇー、公爵夫人かあ。まだ若いのにねえ。幽霊になったら、オイラの友達になってくれっかな。10年前この屋敷に嫁いできたとき、幸せそうに笑ってたっけなあ。すげえ別嬪だなあってときめいたもんさ」


でぶの幽霊が話に食いつく。

だが、のっぽの幽霊は渋面だった。


「よせやい。今はあんな居丈高で気位ばかり高く陰気な女、こっちから願い下げだア。子供がずっと授からねえって公爵の父母にせめられて、古豆みたいにすっかりひねちまった。あんなの嫁にもらった公爵に俺ア同情するね。紅の公爵といやァ、この国一番の英雄サマよ。あの女とは釣りあわねぇったらない」


「ひひ、たしかにいい男だ。それじゃあ、あたしがその公爵サマに取り憑いてやろうかい」


やせ細った女幽霊が、くっくっくっと喉の奥でわらう。


「ほへぇー、ねえさん強気だねえ。でも、公爵はこの屋敷にゃ、もうほとんど帰っちゃこないよ。娘が生まれたってのに、家に戻ってさえ来ないもん。妾の家にこもりっぱなし。オイラは公爵夫人に同情するねえ」


でぶの幽霊は公爵夫人に同情的だ。



「妾は妾で必死なンだな。一秒だって公爵を離したくない。それに、妾の実家は大金持ち。紅の公爵のご両親の借金も肩代わり。名ばかりで貧乏な奥様の家とは大違い。公爵としても、じーさまばーさまに、妾によくしてやってくれと頭を地にこすりつけるようにお願いされりゃ、そりゃ嫌とは言えんわなア」


のっぽの幽霊の言葉に、がっちりした武人の幽霊が重々しく頭をふって否定する。


「……公爵はひとかどの人物だ。親がなにを言おうが、公爵夫人が産気づいたら、何をさしおいてでもこの家に帰ってくる手筈になっていた。メアリーという自分の息のかかった女中も、ひそかに夫人の側に仕えさせてな。だが、夫人が産気づいた報せを、妾宅と公爵の父母が握りつぶしたようだ。むごい話だ」


「ひひっ、予定より二週間も早く産気づいたものねえ。報せが届かなきゃ、公爵だって気づかないわねえ。そのうえ、公爵夫人の起死回生の10年ごしの願いをこめた、お世継ぎの男子誕生も、あわれ女の子誕生で水の泡。おや、公爵夫人が錯乱して、女の子を殺そうとしているよ。くわばらくわばら。ひひひっ、愛ゆえに人はたやすく鬼に堕ちる。まったく他人の不幸は蜜の味だねえ」


やせ細った体を揺らし、うれしそうに嗤う女幽霊。

だが、武人の幽霊はなにかに耳を澄ますかのように首をかしげた。


「……はたして不幸かな。むしろ、とんでもない幸運を授かったかもしれん。生まれたばかりの、その女の子が、若狼を呼び寄せたようだぞ。ずいぶん生命力にみちた女の子だ。死の運命にあらがっているな。ほう、若狼が興味をもった。女の子を助ける気だ。これは天運がある。ただの娘子ではない」


言われて、でぶの幽霊が公爵邸のほうを向き、鼻をぴくつかせる。


「若狼? ほへぇ。「治外の民」の若サマのことか。こんなところに忍び込んでたなんて驚きだねえ。オイラの鼻も反応しなかったよ。さすが里の期待を一身に背負うだけあるねえ。おや、公爵夫人、今興奮しすぎて心臓止まりかけたのに、若サマに気絶させられて、生き延びちゃったよ」


「さすがは「治外の民」の次の長、よく他人の血の流れを読む。ひょっとすると、彼ならば、公爵夫人の血の病も治してしまうかもしれん。溺れるものは藁をも掴む。気位の高い公爵夫人も不妊治療のためなら、彼の者の知識にすがるだろう」


「きししっ、そうなると妾のほうが黙っちゃいないだろうね。夫人が健康になって心の落ち着きを取り戻しでもしたら、勝ち目なんてないからね。素材は夫人のほうが妾より上だよ。こりゃひと波乱ありそうだね。嵐の予感がするよ」


手を叩く女幽霊に、のっぽの幽霊が同意してうなずく。


「まったくだ。世の中に女の争いほど怖いものはなし! 金と女がからんだ愛憎劇。しばらくは退屈しそうにないなア」


……亡霊達は高みの見物。

その間にも物語は粛々と進むのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「……10年かかったのよ。やっと……やっと子供が生まれたのに。私は体が弱いから、子供が出来たのも奇跡みたいなものだって、そうお医者さんに言われたのよ。でも、あの人は私のところに帰ってきさえくれない……」


ベッドに寝かされ意識を取り戻したお母様は、意外にも憑き物が落ちたかのように、おとなしかった。


自分を運んでくれたブラッドに礼を言い、子殺しの鬼にならずにすんだとメアリーに心から感謝し、罵詈雑言を浴びせかけ、突き飛ばしたことを詫びた。

てっきりまた私に襲い掛かってくるかと思って身構えてたのに。


そして、私には……


「わかっていたの。生まれたあなたにはなんの罪もないのに。ごめんなさい。私は許されないことをしてしまった。なんで自分でもあんなことをしたかわからないの……」


私を抱きしめてさめざめと泣いている。


いや、いいですよ。お気になさらず。

人間一度くらい間違ったりするもんです。

一回殺されそうになったくらい気にしませんって。

それに私は108回も悪役令嬢人生を駆け抜けた身。

命を狙い狙われるなんて日常茶飯事。

たいしたことありませんって。


「オアアアー」


私はぽんぽんとお母さまの背中を叩いて慰めようとした。

うむ、新生児の手は短すぎてままならぬ。


それにしても母親に抱かれるってこんな感じなのか。

なんというか妙に気恥ずかしいっていうか、こそばゆいっていうか、でも、悪くはない。うん、悪くはないな。


「なぐさめてくれるの? 私はこんなひどい母親なのに。やさしい子なのね……ありがとう」


あとは声に出せず、泣き崩れてしまうお母様。

はらはらと涙が私のほほに落ちてくる。


いやあ、そりゃ買いかぶりすぎでしょ。私、元悪逆女王ですよ。

だから、もう泣かないでくださいって。


私は狼狽していた。

前の108回の人生すべてでお母様と死に別れていた私にとって、母親に抱きしめられたり、泣かれたりするのははじめての経験だったのだ。


い、いたたまれない……

……ちょっとブラッド。


どうせにやにやしながら様子を眺めてるんでしょ!

なんとかしてよ!


「……おばさんは、血の病にかかってる。それに変な薬の匂いがする。これたぶん麻薬の類だよ。錯乱したのはそれが原因だな。今は俺が血の流れを整えたから、落ち着いたってわけさ」


「麻薬……」


「まさか……」


お母様とメアリーが絶句している。

ブラッドがとんでもないことをさらっと暴露しやがった。


だが、私は得心していた。ああ、妾さん宅の差し金か。


「さいわい中毒にまではなってないみたいだから、そっちは食い物に気をつけりゃ、大丈夫。俺、鼻がきくし見分けてやるよ。それに、おばさん、ほんとは相当美人だろ。今はやつれきってるけどさ。俺なら、血の病をなおして、健康体にしてやれると思うけど……どうする? 」


すげえ! たのもしいぜ、ブラッドさん!

……あれ?

これじゃ、チートしてんのブラッドで、私、ちっとも活躍してないんじゃ……


ごめんなさい、看板に偽りありです。


は、早く新生児から脱却したい!! こんな赤子ボディじゃ、なんも出来ない!

憤懣やるかたなしッ!!


(※旧副題は、すべてを思い出したので、知識チートで引きこもります でした)

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