第5話 大嫌いなあの女の事に触れたりしますけど。とりあえず、そして運命は回りだすッ

「……なんて下品な子供なの!  お嬢様を離しなさーいっ!!」


メアリーが果敢に飛び掛る。たぶん……


「そういう、おまえだって、ガキじゃんか」


片手で私を抱えたまま、それを軽々とかわすブラッド。……だと思う。


「……きゃあっ!!」


ごちいいんと頭をぶつける音。


メアリーがしこたま額を壁にぶつけ、うずくまった。……んじゃないかな。


「おい、だいじょうぶか」


「ふふ、やるわね。私のタックルをかわし、なおかつ反撃し、しかも敵を気づかう度量を見せるとは」


「いや、オレ、手なんか出してねえし。おまえが勝手に足もつれさせて、すっ転んだだけだろ……ていうか、おまえが尻餅ついてるところ、いいのか?」


「!? きゃあああっ!? 奥様!? ごめんなさい!! 」


ブラッドに気絶させられたお母様。


その上に乗っかっていることに気づき、慌てふためくメアリー……であると予想する。


……… …… ……。

ふあああああああっ!! フラストレーションが、たまるッ!!

しかもなんだあッ! このべたべたな展開は!! 

それと私の救い主のメイドのメアリーが、思ったより残念さんだったあっ!!


新生児であるために、開けていない私の視界。


もうホント、一面まっしろけの闇!!

音を頼りに状況を脳内再生するしかない。

だから、こんなわけわからない、まどろっこしい文になってしまう。

目が見えないってほんと不便!


くそっ……こういうベタな場面になると、「あいつ」が飛び出してくるような気がしてならない。

怪魚がひそんだ濁った沼で遊泳してる気分だ。

不安でしょうがない。


あ、あら失礼。

皆様、ごきげんよう。


108回も殺されまくる人生を繰り返した、悪役令嬢、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードです。


私が悪役令嬢を名乗る以上、対になるヒロイン令嬢が、この世界には存在します。

その笑顔に人々は魅了され、彼女のためなら、心からの協力を惜しまない。

彼女自身はただ微笑み、なにも言わないのに、こぞって人々は彼女の露払いを務めるのだった。

しかも、奉仕の悦びに打ち震えながらのおまけつきで。


……うわ、キモっ。


あ、人々っていうのは、男性限定です。あいつ、同性にはむちゃくちゃ嫌われてたから。


ぶっちゃけると、にこにこしているだけで、周囲の男達が勝手に意図を斟酌して、なんでも面倒をみてくれる、スーパー他力本願なヒロイン……それが彼女、アリサ・ディアマンディ・ノエル・フォンティーヌでした。


自力本願主義だった私とは、まったく相容れなかった。

あいつ、努力なんてなにもせず、涙と笑顔とお愛想だけで、世間の荒波のりこえるんだもの。

腹たつわ。

だから、能力なんて中の下がいいとこ。

私が王位継承をめぐって、鎬を削りあった連中に比べれば、月とすっぽんだ。


頭のなかはお花畑。

感情優先でやることなすこと行き当りばったり。


「かわいそう……」と「えへっ」


が口癖。かわいそうなのは、あんたに踊らされる男たちだ。

それとあんたの頭の中身だ。


信念も才覚もなし。

美貌以外、いいとこなんて何ひとつない。


……なのに、腹のたつことに、私の生涯最大の強敵は、まちがいなく彼女だった。


あいつを核にして私への反抗勢力が立ち上がるんだ。


私を殺す5人の勇士達の背後に、必ず見え隠れしていたのが彼女だ。


なんでよ!?  いい子ぶるわけじゃないけど、私、あんたが苛められてたとき、いつもかばってたよね。あんたも、こっちが辟易するぐらいベタベタまとわりついてきたくせに、いきなり豹変するんだもの。


それも思い返すと、108回の人生すべてにおいてだったよ。


「みんな、どうしてこんなに傷つけあうの。同じ仲間じゃない。争いなんてやめて、手を取り合いましょ。ほんとうに悪い人はきっと他にいるわ」とあいつが涙目でつぶやくと


「「「元凶はスカーレットだ!! 俺達は戦争なんかしないぞ!! 悪の女王を倒せ!!!」」」


「「「おおーっ!!」」」


っていうふうに、なぜかまとまっちゃうんだな。

おのれ、こんちくしょう。

恩を仇で返しおって。


あのさ。こっちだって、べつに好きで圧政やってたんじゃないよ。

諸外国にのまれないよう、国力強化に必死だったんだ。

憎まれようが、私なりにこの国を愛していた。

あんたらみたいなお花畑がいなければ、私だって独裁なんかせずにすんだんだ。


飛ぼうともしない怠惰な鳥は、頭上で旋回している猛禽たちに気づきもしない。

足元しかみてないのん気なあんたらには想像もつかなかったろうが、いつ他国に侵略されてもおかしくないような一触即発の状況だったんだぞ。


……たぶん、私が殺されたあと、ハイドランジアは滅亡しているはずだ。

伝統ある町並みも文化も蹂躙され、クーデターを起こした連中も殺されたか、奴隷になるかしただろう。


ハイドランジアを狙ってた外国は、特に権力者だった王子たちは、占領した敵国民に情け容赦なかったから。

冷酷女王の私がドン引きするくらいに。


でも、あの女だけは平気だったかもしれない。

魔界と取引したかのような強運の持ち主だったから、あっさり新国家の中枢にもぐりこんだかもね。

亡くなったかつての同志達を表面だけは悼みながら。


ま、私が死んだ後のことなんか、どうでもいい……

私、ちょっと拗ねてます。


あら、話が脱線してごめんなさい。


ここからは、あとで私がブラッドやメアリーから教えてもらったそのときの様子、それをもとに再構成し、話をすすめていきますね。聴覚頼りのこのときの私じゃ、描写しきれない部分がありすぎるから。


それでは、再現ドラマ、ゴーッ!!


「あなた……奥様まで手にかけたのですか」


唇を噛み締めるメアリー。


いやいやメアリーさん。あなたがブラッドとやり合ってる間、お母様ずっと床に転がってましたけど。


ひょっとして夢中になりすぎると、周囲のことが見えなくなる、猪突猛進な人ですか。まあ、そんな人だから、主人のお母様に逆らって、私を守ってくれようとしたのだろうけど。


「人聞き悪いなあ。オレが助けに入ってなきゃ、こいつ、おばさんに殺されてたぜ。のん気に伸びてたあんたに言われたかないね」


ため息をつくブラッド。


こいつとは私のことだ。だが、別段、本気で気を悪くしたふうでもない。

飄々とした雰囲気に、メアリーも警戒心を少しゆるめる。

メアリーが気絶させられる原因になった、お母様との修羅場を思い出したのだろう。


「それは失礼しました。お嬢様を助けていただき、お礼を申し上げます」


丁寧に礼を述べるメアリー。

この人無能なんだか無能なんだか理解に苦しむ……


「ですが、それはそれとして、奥様に狼藉を働いたことを見逃すわけには……」


「いや。オレがとめなきゃ、そのおばさんも死んでたよ」


ブラッドがあっさりと衝撃の事実を口にする。


「そのおばさん、心臓弱いだろ。興奮しすぎて心臓とまりかけてたよ。危ないから気絶させたんだ」


私は驚きに目を見開いた。

……なんもみえないけど。


「オレさ。血液の流れ見えるんだ。ほんとだぜ」


悪戯っぽく目をくりくりさせるブラッド。


私は知っている。ブラッドは嘘を言っていない。

「治外の民」は人間の血液の流れを熟知していて、血管を破裂させたりして相手を死に至らしめる。手を触れずとも血の流れを感知し、相手の体調を読む。

その暗殺の知識は医療にも応用可能なすぐれたものだった。


私は息をのんだ。

ぎゅうっと胸がしめつけられた気がした。

私は悟った。


たぶんお母様は本来ここで死ぬ運命だった。

ブラッドの言うとおり、私を殺そうとして、興奮しすぎで心不全を起こして。


108回の私の人生すべてで、お母様は私の誕生直後に亡くなっていた。


その死因については、当時を知る人間はみな言葉を濁し、明言をさけた。お父様もそうだった。産褥熱とかならそこまで秘する理由はない。


だが、私を殺そうとした挙句、心臓の病で急死したのなら、彼らが一様に口を閉ざした理由も理解できる。

娘の私にそんな悲惨な事実は伝えるのは、忍びなかったのだ。


だが、今回の人生、私はなされるがままの赤子ではなかった。

私が殺されまいと必死にあがいたことで、傍観者だったはずのブラッドが介入。

それにより、娘の私を殺そうとしていた、死すべき運命だったお母様が生き延びた。


そして、そのブラッドは、私を何度も手にかけた暗殺者。


皮肉な運命が、ごとごとと音をたて、108回も繰り返した私の人生の轍をようやく脱して、転がり始めていた。向かう未来が光か闇かは、まだまったく予想がつかなかった。

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