第4話 ブラッド・ストーカー。私を17回殺した暗殺者の少年時代に、私は邂逅します。
うふふ、みなさま、ご機嫌よう。
お茶会などいかがかしら。
最近は新南方貿易航路のおかげで、いろいろと珍しいドライフルーツも手に入りますのよ。そろそろうちの厨房自慢の焼き菓子が出来上がる時間……
……おっと、いけない。新南方貿易航路が開拓されるのは、今から20年ほど後のことだった。
私、あまりのショックで意識とびかけてました。
あらためまして、殺された人生を108回繰り返した悪役令嬢、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードと申します。
夢は、ぐーたら引きこもること。
109回目の人生エンジョイ中。
生まれたてで、赤春まっただなか。
ただ今、産後うつのお母様に殺されかけました。
きゃあっ、おやめになって! お母様!
私、絶体絶命の大ピンチ!!
そこに颯爽と助けに入った男の子が。
彼は、私を死地から軽やかに救い出し、明るく笑いかけるのでした。
その彼の名前は、ブラッド・ストーカー。
やだ、名前を聞いただけで、胸がどきどきする。
これって、恋……?
「……ははっ、おまえ、猿みたいだな」
むきーっ!! やかましいわ! 生まれたての新生児はそんなもんなの!
人の事さっきからゲラゲラ笑いやがって!
新生児飛び膝蹴りをお見舞いして……ぬぐうっ!! 手足ばたばたしかできぬッ!!
ちなみに私がどきどきしているのは、恋なんかでは断じてない。こいつに殺された恐怖がよみがえったからだ。全108回の私の繰り返し人生の死因、そのうちの17回は、このブラッドに殺害されたせいなのだ。
前門の虎のお母様から助かったと思ったら、後門の狼のブラッドに捕まるなんて……
なんで産まれかわってすぐ、こんな苦難にあわねばならぬのか。
よっぽど神様に嫌われてるとしか思えない。
私を殺した5人の勇士の黒幕だった「救国の乙女」には徹底的にエコヒイキしたくせに。あの異常な強運の二十分の一でもあったら、私の女王体制は不動だったろう。
だいたい、ブラッド、あんた!
大人になったら、もっと苦みばしった寡黙なキャラだったでしょうが!
「……死ね」とか
「・・・・・あまい」
とか、ぼそっと千切ったような物言いしかしなかったのに。
それが、「気に入ったから、特別に助けてやるよ」とか気障ったらしい発言するわ、人のことさんざん小馬鹿にするわ、全然キャラ違う! あの寡黙キャラはどこに行った!
「おまえ、すごい握力だったもんなァ。猿の群れに入っても、森で生活していけるかもな」
……なにアホなこと、しみじみと語っているんだ。
「おまえも母ちゃんに殺されかけるなんて不憫だなあ。公爵家の子供が生まれたって聞いたから、誕生祝いでもしてるかと思って、つまみ食いしようと忍び込んだのにさ。がらんっとしてるから変だなあ、と思ったんだよな」
愛犬などにやけにこと細かに語りかける人種がいるが、ブラッドもその仲間らしい。そして、おかげで現在の私の置かれている状況も呑みこめてきた。私はなんとなく予想していたので、別段驚きはしなかった。108回の人生記憶がよみがえったとはいえ、「私という人格」が朧だった幼少期の記憶は曖昧なままだ。けれど、当時の父が妾宅に入り浸り、祖父も祖母も黙認していたことはよく知っていた。
だから、後継ぎ息子の生誕にすべてを賭けていた母は、娘の誕生で希望を打ち砕かれ、錯乱したのだ。
母の心痛を思うと、殺意を向けられた事にさめた気持ちにはなっても、責めたり恨んだりする気にはなれなかった。夫しか世界がなかったとしたら、妻としてまともに認められない事は耐え難い苦しみだったろう。
「まあ、偉い人ん家ちだからって、幸せとは限らないってことか。だけどさ。せっかく産まれたのに祝ってもらえないなんて、悔しいよな」
すうっと私の頬を、ブラッドの指が撫でた。
あたたかい感触が伝わる。
「……産まれてきて、おめでとうな」
憐憫の情が感じられ、私は不覚にもほだされかけた。
まあ、17回も殺されたことは遺憾だけど、暗殺者だけにブラッドの殺しは一瞬だった。苦痛を長引かせず意識を断つ見事な手際だった。
私の髪の毛が血糊でこびりついた棍棒を、何度も何度も長時間かけて振り下ろすような、他の四人の泥臭い殺し方に比べると、まだトラウマは少ない。
ひょいっとブラッドが私を抱き上げた。
私はびくりと身を強張らせた。目ざとく気づいたブラッドが笑う。
「心配すんなって、オレ、妹や弟で抱っこなれしてんだ」
その言葉で私は力を抜いた。
……いや、本音言うとまだ身体はすくむけどね。
でも、私の命を救ってくれたことと、その優しさに免じて、未来の美女を抱っこすることを許しましょう。ハイドランジアの至宝と各国の王や王子に賞賛された美貌なんだからね。
どやっ!
「……な、なんかすごい偉そうな赤ん坊だな……」
そりゃ、未来の女王陛下だもの。今生では引きこもる気満々だけどねっ。
「でも、おまえみたいに根性ある赤ん坊ははじめて見たよ。公爵家で歓迎されないなら、オレのとこ来るか? おまえなら里の一員として立派にやっていけそうだ」
「オアーッ!!? 」
私は悲鳴をあげて、手足を振り回して暴れた。
前言撤回!! 今すぐ私を離しやがれ!
あんたの里って、「治外の民」の里でしょうが!! あの暗殺集団の!!
あんなトンデモ人間の巣窟に私を拉致する気か!!
「おっ、おまえも嬉しいか? オレ里の長の息子なんだ。父上に話通してやるよ 」
あほおおっ!! 全力で拒否ってるんだ! 察しろよ!
本人の意向を無視して、勝手に話を進めるんじゃない!
なにが弟や妹の世話をし慣れてるだ!! 一からやり直せ!!
……ハイドランジア王国には、広大な大森林が広がっている。
一応各領主たちや国の支配圏ではあるが、炭焼きや樵たちも狩人も分け入らない、奥の奥がある。
そこにブラッド・ストーカーの里はあった。
なにものの支配も統治も受けない、すなわち「治外の民」。
暗殺を生業とする一族……元をただせば、彼らは太古の我が国の剣術の流派のひとつだった。その流派は強かったが、政争には疎かった。血管を集中的に狙い、不意討ちを平然と行うその流派は、卑怯のレッテルをはられ、はるか昔に城から追い出された。
合理的で私好みの流派なのに。実にもったいない話だ。
で、森の奥に隠遁した彼らは、長い間、歴史の表舞台から姿を消していた。
それが「今から15年後」くらいに、暗殺を請け負い、急に我が国の暗部に関わってくるようになる。
彼らは先祖の受けた屈辱を忘れず、祖先こそ最強であることを証明するため、暗い森の底で、延々と牙を磨き続けてきた。その武術はいつしか神域に到達していた。
超人的な身体能力は、まさに暗殺稼業にうってつけだった……
暗いよ! こわいよ! なんなのさ、その後ろ向きなポジティブさは!!
誰だよ、こんなトンデモ集団、闇の底から引っ張り出したの!!
責任者出て来い(泣)!!
泣きたくもなろうというもの。
だって、彼ら「治外の民」の最大の暗殺ターゲットは女王の私だったんだもの。
狙われましたよ。何度も何度も。
自慢じゃないけど、他人の恨みなら山ほど買ってたから、きっと複数の雇い主から依頼があったはずだ。何回、命の危機にさらされ、煮え湯を飲まされたことか。
「治外の民」と和平交渉しようとしたけど、一度受けた仕事は絶対完遂するとか、変に職人気質で聞き耳もたないし……
「オアアーッ!!」
まさかその里に連れ去られそうになる日がこようとは、予想だにしていなかった。私のひきこもり計画は、早くも頓挫の危機にさらされていた。
誰かあっ、乙女が拉致られようとしていますよっ!!
「お嬢様を離しなさい!!」
鋭い声がした。メアリーだ! 失神から覚めたのだ。助けて、メアリー!!
「……お嬢様だあ? まさか」
いぶかしげな声とともにブラッドが、私のデリケートゾーンをいじりまわした。服の上からとはいえ、あまりに破廉恥な荒業だった。私は驚きで息をするのも忘れていた。
「……女だ」
呆然としているブラッド。
唖然としている私。
おまええ!! 今まで私を男だと思ってたのか!? こんな可愛い男がいるか!
そして、純潔の乙女になんてことしてくれた!
「猿みたいなのに。信じられない」
信じられないのはこっちだ!! そこになおれ! 手討ちにしてくれるわ!
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