第3話 再会は突然に!? こんなBoy Meets Girl、全力で拒否したいです!
「その娘をよこしなさい! メアリー! 」
「いけません! 奥様! 」
「メイドの分際で!」
激しく言い争う声。どたんばたんと入り乱れる足音。
縦横に揺さぶられる私の揺りかご。
まるで嵐の中の小舟のようだ。
ごきげんよう。私、スカーレット・ルビー・ノエル・リンカードと申します。
ただ今、109回目の人生やり直したばかりです。
出航した初っ端から、人生暗礁に乗り上げています。
お母様が、私を殺すって襲いかかってきています……
私のお母様と、メアリーというメイドが、私の入った揺りかごの争奪戦を繰り広げている。私に危害を加えようとするお母さまから、私を必死に守るメアリー。
「お腹を痛めて産んだお子様ではありませんか!! 一時の気の迷いで、取り返しのつかないことをなさるおつもりですか!! 」
よくぞ言ってくれました!!
だけど主人に逆らってまで諫言するのは勇気のいることだろう。
このメアリーという人物、なかなか気骨のある人物らしい。
女王時代の私なら、勲章でも与え、報いてやりたいところだ。
もっとも、今の私は、目もろくすっぽ開いていない新生児だ。
与えられるものなど、なにひとつない。
なので、とりあえず、心からの声援を送ることにする。
がんばれ、メアリー!!
「オ゛ー! ア゛ー! 」
私の輝かしいぐーたら生活のために!
騒ぎを聞きつけて、誰かが駆けつけてくるまで、私を守るのだ!!
正義の行ないはきっと天に通じるはず!
届け! この思い!!
天よ、メアリーに力を貸し与え給え!!
「きゃあっ!!」
メアリーの悲鳴と、どがっという音が壁のほうで響いた。
あれ? 私の声援、もしかして逆効果?
私の声援むなしく、メアリーはお母様に突き飛ばされてしまったらしい。
元悪逆女王の応援は、天のお気に召さなかったようだ。
ぐうっと乱暴に私の背中に手が差し入れられ、強引に私を揺りかごから引き離そうとした。
お母様だ!!
おくるみごと私の身体を持ち上げようとする。
ちょっと、無茶しないでください! 私、まだ首も据わっていないんですから!
はあっはあっという荒い息遣いがし、髪の毛の感触が私の額にかかる。
獰猛な肉食獣が、あぎとを開き、体毛が当たっている気がした。
「あんたさえ……あんたさえ……いなければ……」
はあはあという吐息に、呪詛を織り交ぜてきている。
こわいよ!
貴婦人らしからぬ醜態に私は戦慄した。
この人、本気だ!! 私を床に放り投げて殺す気だ!
私は必死に揺りかごにしがみついて抵抗した。
新生児といえど、母親にしがみつくためか、握力だけは結構ある。
この握力だけが今の私の命綱だった。
母に殺されようとしている私が、母に摑まるための能力にすがるとは、なんたる人生の皮肉よ。
「なんなの、この子ッ……!! 」
とげ脚のカブトムシの如く、揺りかごにかじついている私。
ずるずると揺りかごごと、お母様に引きずられる。
私をひきはがせないことに気づいて、お母様が歯の間からしぼりだすように驚きの呻きを漏らす。
なんなの、この子と問われれば!
ただの109回目の人生をはじめたばかりの悪役令嬢です!!
ただし諦めの悪さは天下一品!! 女王級!!
「……はなし、なさいっー!! 」
いーやだあっ! なんとしても離してなるものかあ~っ!!
私はこの試練に打ち勝って、ぐーたらライフを手に入れるんだあっ!!
かって女王の座まで上り詰めた根性なめるなあっ!
この騒ぎを聞きつけて、一刻も早く援軍が駆けつけてくれるよう、必死に祈りながら、私は顔をまっかにし、揺りかごの縁を握り締めて、お母様に抗い続けた。
「ア゛ー!! ヴーッ!! フーッ!! 」
そのときだ。我を忘れていきみすぎたせいで、私の腸が激しく収縮した。
ぶびっぼぼぉっー!!!
文字にするのも憚られるような凄まじい音が、私のお股からひり出された。
私の小さな身体がびりびり震えた。
大人のそれを凌駕する勢いだった。
新生児のおならは結構大きい。これは後ほど私が身をもって知ることになる事実だ。だが、それにしても、これほど大きな放屁の音をたてたことは、後にも先にもこれきりだった。私の名誉のために申し添えておく。
「なっ!?」
びっくりした拍子に、変な息の吸い込み方をしたらしく
「……げほっ! ごほっ! 」とお母様が激しくせき込んだ。
私にくいこむ指の力がゆるむ。
おおっ!! お母様がたじろいでる!!
口をおさえたのか、私から手が離れた。
ぃ良し!! 私はガッツポーズをした。
今だ! メアリー! 敵は怯んだ! 私を奪還するんだ。
……反応なし。
あれ、メアリーさん、もしかして気絶していらっしゃる?
私、人生つんでる状態、続行中?
やばいやばいやばい!!
勝利の美酒は三秒も味わえなかった。
私はまた必死に揺りかごにしがみついた。
「……あっはっはっはっ!!」
突然、はじけるような笑い声が響いた。男の子の声だった。たぶん。
視界がまだ開けない私は、音でしか物事を判断できない。
その子が最初からここにいたのか、後から入ってきたのかさえ、わからない。
……あんた、誰よ?
急に割って入ってきた新登場人物。私は呆気にとられていた。
「ぶーうっだって!! 揺りかごにしがみついたあげく、屁で大人に歯向いやがったよ!! この屋敷に忍び込んでラッキーだった! こんな笑える見世物久しぶりだ! 」
男の子は、げらげら笑い続ける。
「すげえでっけえ屁だったなっ! おばさん、完全にびびってた! 」
笑える!? 見世物!? し、失礼な奴だな。私だってやむにやまれずだな……
「こんな面白い赤ん坊、はじめて見た。ほんとは森の外のことに干渉するのは、父上に禁止されててさ。傍観する気だったけど……」
しいんと急に空気が冷えたようだった。
男の子が、にいっと笑った気がした。
「おまえ、気に入ったから、特別に助けてやるよ」
私は背筋がぞわっとした。
声の響きは確かに変声期前の男の子だが、聞きなれた凄みが加わった。女王として何度も耳にした。これは、歴戦の兵士が、淡々と戦場を語る口調だ。人を殺す経験に裏打ちされた声だ。戦いを生業にし、黙々と命を潰す作業に従事する語り口だ。
「いつの間に!? 下がりなさい!
お母様が悲鳴をあげた。
あ、この男の子、やっぱりさっきまでいなかったんだ。
しかし、下郎って……そんな言葉、女王時代の私でも使わなかったぞ。
「……下郎じゃねえ」
男の子が憮然として呟いたあと、空気がごうっと鳴った。
「……っ!?」
ぱあんっと乾いた音がして、さらに絶叫しようとしたお母様の声を断ち切った。
たぶんこの男の子が、お母様の懐にとびこみ、意識を一撃で刈り取ったのだ。
どさっという布袋を受け止めるような重い音が、私の想像を証明づけた。きっと崩れ落ちたお母様が床に激突しないよう、その男の子が抱きとめたのだ。
私はがたがた震えだした。目が見えないのに詳細に様子が想像できたのは、私が何度も同じような光景を目にし、独特の打撃音を耳にしたことがあるからだ。
私の親衛隊を何度も蹴散らしたあいつ。
恐怖の名前が、記憶の底から、ごぼごぼとせり上がってきた。
「下郎じゃねえよ。オレにも、ブラッド・ストーカーって立派な名前がちゃんとあらあ」
ブラッド・ストーカーああっ!!!
「オアアアアアアーッ!!!」
私は声を限りに絶叫した。
なっ、なんでお前がここにいる!?
押し寄せる恐怖は、お母様に襲われたときの比ではなかった。
刺殺! 斬殺! 絞殺! 毒殺! その他もろもろ! その数17回!
惨殺されたすべての記憶がフラッシュバックした。
108回繰り返した私の悪役令嬢人生。
その中で、五人の勇士の一人として、私に17回の死を与えた張本人が、私の目の前に立っていた。
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