第12話 過去108回の私が、王位継承権下位なのに、どうして女王を目指すことになったのか。これはその始まりなのです

紳士淑女のみなさま、ごきげん麗しゅう。

殺された人生を108回ループした、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードと申します。


ただいま109回目に突入中。

願いはすてきな恋愛をすること。将来設計はひきこもり。

夢見る乙女、新生児でございます。

以後お見知りおきを。


この109回目の人生では、私まだ洗礼受けておりませんの。


我輩わがはいは赤子である。名前はまだない……。

そのへんの猫待遇です。


前回のあらすじ。

ブラッドが溺れました。お母様が弓の達人でした。

どびっくり。


さあ、お母様!! 私の前でもう一度、あの弓の神業をば!!

全矢命中の的を見て、私は大興奮だった。

アンコール!! アンコール!!


「アッアーア! アッアッアー!」


鼻息荒く目を輝かせる私を見て、お母様が不思議そうに小首をかしげている。


うん!  伝わらないよね! わかってた!


言葉も喋れないし、歩けないし、これで108回の人生知識チートをどう生かせというのか!

使えないお金を山ほど蓄えている気分だ。

やるせなさすぎるッ!!

早く大人になって浪費がしたい!


「ウーアーウー!!」


憤慨してじたばたする私を見て、乳母のメアリーが


「あらあら、おねむかしら。それとももうお腹すいたのですか」


わあああ!! 胸はだけて、お乳を飲まそうとしないで!

二人きりならいいけど、人前はなんかいやなの! 恥ずかしいの!

お乳吸ってるとこ見られたくないの! 

だいたいブラッドだっているじゃない!

メイドの女装してるけど、こいつ、れっきとした男だよ!


いた仕方なし。


私は必殺狸寝入りを決め込んだ。


「くーかーくー」


「ふふっ、もう寝てしまわれました。かわいい寝顔。やっぱり、おねむだったのですね」


ヤー! 私の演技、女優もの!

将来は名子役として舞台にでも立とうかしら。


「いや、こいつ眠ったふりしてるだけだぞ。俺、血液の流れでわかるんだ。なんで、赤ん坊がこんな下手くそな演技してるんだろう」


ブラッドが首をかしげている。


おのれ、ブラッド!! 乙女の努力を踏みにじりおって!

なんでもかんでも「血液の流れ」の一言で片付けてしまうチート生物が!

私が歩けるようになったら憶えておけよ!

必殺の歩行器アタックで、膝頭を砕いてくれるわ。


「今度は怒ってる。前のときといい、どうもおかしいんだよな」


ブラッドがじいっと私を覗き込んでくる。

怒ってない、怒ってないよ。今のはただのむずかりですよー。

私はただの赤ん坊ー。


……私はうっすらと片目をあけて確認する。


どうだ、私の千両役者級の名演技は……


ブラッド、笑ってない。すごく真剣な表情だ。


「……ど下手。おまえさ、もしかしてだけど、意識あるの? 」


ひいっ! 早速ばれました!

私、やっぱり大根役者!!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『これはスカーレットが繰り返した108回の人生。そのうちの一つで起きた出来事』


……………………


私は、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガード。

リンガード家のヴィルヘルム公爵のひとり娘だ。今年で8歳になる。


私のお父様はヴィルヘルム領をおさめているので、ヴィルヘルム公爵の名を与えられている。でも、この国では、「常勝公爵」とか「紅くれないの公爵」の名前でみんなには知られている。

戦場で敵味方に誰よりも畏怖される存在。


国一番の英雄をお父様に持てて、私もとても鼻が高い。

私の紅い髪と瞳はお父様ゆずりだ。


私はお母様に会った事がない。

私が生まれてすぐに、お母様は亡くなってしまった。

どんな人かどんな最後だったのか、屋敷のみんなに聞いても、言葉をにごして答えてくれない。どうしてだろう。なにかに怯えているように押し黙ってしまうのだ。


屋敷のなかに肖像画さえも残っていない。お父様の執務室には、女の人の小さな絵が大切に飾られているけど、あの人はお母様のはずはない。だって、髪を後ろで束ね、物語の猟師のような格好をしているもの。美人だけど、きっと貴族ではないわ。


お父様は、お母様のことをたいそう愛していたらしく、いまだに独身をつらぬいている。


バイゴッド侯爵夫妻は……これはお父様のお父様とお母様、つまり私のおじい様とおばあ様にあたる人達なんだけど、しつこく再婚を勧めてくる。


お父様は格好いいし、家柄はいいし、この国の英雄だから、王様経由の縁談話だってくるの。

でも、お父様は頑として受け付けないの。

最初はにこにこ話を合わせてるけど、そのうち押し黙るの。


そんなときのお父様は、ほんとうに怖ろしい。

いつもは綺麗な赤色の目が、暗く暗く沈んだ色になるの。

冬の夕暮れ時みたいに、空気がしいんと冷たくなるの。


そうなると国王様だって目をそらしてしまう。

縁談話を持ち込んできた人達は、みんな蜘蛛の子を散すように退散してしまう。


しつこいバイゴッド侯爵夫妻、おじい様おばあ様も、さすがに諦めて舌打ちして立ち去るしかなくなる。

私、あの人達きらい。だって、隙あらばすぐにお母様の悪口を、私にふきこもうとするんですもの。


でも、そんなときは、お父様がいつの間にか私の背後に現れる。

おじい様おばあ様からかばうように、私の肩を後から抱き寄せてくれるの。


「コーネリアは、スカーレットの母親として、今もこの愛娘この中に生きている。あのすばらしい女性は、今もスカーレットを通して、ぼくの隣にいる。だから、スカーレットが独り立ちするその日まで、ぼく達は親子三人でずっと歩いていく。他に家族は不要だ」


おじい様おばあ様だけでなく、あたり全部に聞こえるように、凛としたよく通る声でそう告げてくれた。

私、泣きそうになっちゃった。


お父様は、お母様の実家のメルヴィル家とたいそう仲がいい。


メルヴィル家の領地はこの国のはずれにある。

山や森ばかりのところで、バイゴッド侯爵夫妻は、辺鄙なところと馬鹿にしている。私やっぱり、あの人達きらい。あの綺麗な新緑の山や澄んだ渓流の価値がわからないなんて可哀想な人達。

私もお父様と一緒で、自然豊かなメルヴィル家の領地が大好きだ。


お母様のお墓はそこにある。


森の中心に生えている、びっくりするほど大きな、お家のような太さの樹の下に、ひっそりと建てられている。ここはお父様とお母様がはじめて出会った場所なんだって。そして、お父様がお母様にプロポーズした場所でもあるんだ。二人の思い出がいっぱいの大切なところ。


何度もの雪崩にも耐えて生き残ってきた悠久の樹。

千年よりももっともっと生きてきた大樹に守られて、お母様は静かにそこに眠っている。

お母様のお父様にあたるオブライエン男爵が、常に気にかけてくれているので、お墓は建てたばかりのようにいつも綺麗だ。

お父様と私は、お母様の命日には必ずそこを訪れる。


お父様はお母様の墓の前にひざまずき、優しくキスをする。


「……コーネリア、ただいま。元気にしてたかい」


生きてる人にするように、額を墓石におしあて、しばらくじっと目を閉じている。


久しぶりに再会した恋人同士が、静かに熱い抱擁を交わしているようで、見ているこっちまでのぼせてきそうだ。でも、死んだ後もそんなふうに愛されるなんて、きっと女の人の夢だと思う。


どうしてお母様のお墓がヴィルヘルムの、お父様の領地の教会にないのか、一度だけ、お父様にたずねてみたことがある。


「鳥は野山で大空を羽ばたいているからこそ美しいんだ。お母様が生まれ育ったこの場所こそ、お母様の魂が安まる場所だと思う」


そう答えたお父様は哀しげだった。お父様は間違ってしまったんだ、そう言った。スカーレットは、お母様の眠るこの場所が嫌いかい、とも言った。


私は、ううんと首を振ってお父様に抱きついた。お父様は私の頭をなでた。細かい理由はわからないけれど、お父様がお母様をとても愛していて、その思いの強さは伝わってきたので、私は満足した。


ねえ、お父様。私、お父様ほど一途に一人の女性を愛する人を見た事がないの。


そんなお父様が妾めかけ宅に入り浸って、お母様を見放したって噂、とても信じられないの。

だって、私、お父様が仕事以外のときはいつも私のそばにいてくれてるの、誰よりよく知ってるもの。

妾宅になんか行ってる時間があるわけない。

なのにお父様は今も妾と繋がりがあるという噂を否定なさらない。


ほんとうはあのとき、何があったの?

その何かは今もまだ続いているの?

私がまだ子供だから教えてくださらないの?



お母様のお父様のオブライエン男爵が、お父様とお酒を酌み交わしているのをのぞき見たことがあるの。


「今もこんなに愛されて、あの子は幸せ者だ」

「どうして、公爵様の愛を、あの子は最後まで信じきれなかったのか」

「公爵様はありのままのあの子を愛していると、あんなに言ってくれていたのに」

「それなのに、勝手に思いつめて不幸になって……親より先に逝ってしまいおって。あの馬鹿娘が。どうしてみんな、わしを置いていってしまうのか」


そう言って、お父様にしがみついて泣き崩れてたわ。

娘の仇にそんなことをする親はいないと思う。


オブライエン男爵は家族にみんな先立たれてしまった。

孫の私しか残っていないから、私をとても大事に思ってくれる。

別れるときはいつも涙を浮かべている。

でも、お父様との再会も、同じくらい一日千秋の思いで待ち望んでいるの。

娘を不幸にした人間に抱く気持ちとはとても思えない。


それにお父様、いつか私の前にひざまずいて、こう誓っていたもの。


「スカーレット。君の名前は、お日様の光に透けたぼくの髪の色を見て、君のお母様が思いついた名前なんだ。ぼくの髪の色が好きだと褒めてくれた。いつか娘が生まれたら、その名前をつけよう。そう嬉しそうに笑っていた」


朝焼けで空が鮮やかに染まっていた。

のぼる太陽がゆっくり景色を輝かせていく。


「君の名前はお母様からの贈り物だ。お母様は、コーネリアの命は、今も君の中に受け継がれている。お母さまは君とともに生きている」


そして私の手の甲にうやうやしくキスなさって、


「君をきっとこの国の女王にしてみせる。この国の誰もがひざまずく尊い存在に。どんな汚い手を使ってでも、何年かかってでも成し遂げてみせる。そしてお母様は国母になる。コーネリアの名前は、この国のすべてを照らす太陽になる」


あとの言葉は、亡きお母様に向けたものだった。


「ぼくらの絆のスカーレットにかけて誓う。それが君を拒み、ぼくを謀った、この国への、ぼくからの復讐。ぼくに唯一できる君への贈り物だ」


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