第30話 強大すぎる敵。私達はそれでも諦めず、運命に立ち向かうのです。みんなで未来を掴み取るために。

それは絶望的な戦いだった。

いや戦いの体を成していなかった。


ブラッドの身体が旋風となり、援護するお母様の弓が鳴る。

拳と蹴りと矢の連携が、幾度となく魔犬ガルムに突き刺さる。

それなのに魔犬ガルムはまったく無傷だ。

小馬鹿にしきり、欠伸までしている。

たまに煩わしげに肩を揺らし、その度に矢が落下し、ブラッドがはね飛ばされた。

前衛のブラッドは疲労困憊している。

魔犬ガルムは、まだ牙を一回も振るってさえいないのにだ。


「ブラッド!!下がりなさい!!」


攻撃がまったく通用しないと判断し、お母様が呼びかける。


どう考えても勝ち目はない。

それなのにブラッドは退こうとしない。

いや、違う!!

退けないんだ!!

ブラッドがわずかに身をひくと、それにタイミングを合わせ、魔犬ガルムが前傾姿勢をとる。

まるで息ぴったりのダンスのパートナーのように。

退避に移った瞬間、ブラッドを抜き去り、後ろの私達を襲うと、動きで宣言していた。

その気になれば、いつでもブラッドを蹂躙できるのに、こいつは愉しんでいた。

必死に私達を守ろうとするブラッドの努力をあざ笑い、いたぶる遊戯にうち興じていた。


こいつにとっては遊びでも、私達の安全にまで気を張り巡らせているブラッドは、対峙しているだけで気力を消耗する。

ブラッドの額から汗が吹き出し、疲労の色がますます強まっていく。


「・・・・・・・・っ!!」


魔犬ガルムを睨みつけ、注意を引きつけたまま、後ろ手の手振りで私達に合図を送る。

ブラッドの思惑を見抜き、魔犬使いが嘲笑する。


「ここで食い止めねば、瞬殺されるとわかっておるようじゃな。夫人と娘に逃げるよう合図したな。囮になって時間稼ぎする気か。ガキの浅知恵が笑わせおる!」


もともとの憎悪に魔犬二匹を殺された怒りが加わり、世にも醜い形相で喚き立てる。


「ガルムの足の速さからは、鳥でも逃げられん!!皆殺しというておろうが!!そのうえおのれらの攻撃が一切通用せん以上、望みなどないに等しいわ!!無力を噛み締めて、あの世に逝けいッ!!」


ああっ、もうっ!!嵩にかかって、ぺらぺらと!!

・・・・・・あったまくるなあ・・・・・!

悪党らしい、あおり兼こちらの窮地の説明台詞ありがとうね。

なかなかいい出来なんじゃない?

人間性は最低の落第ものだけど。


悔しいが、魔犬使いの言うとおりだ。

足手まといの新生児の私を抱えては、あの怪物の追跡は振りきれない。

こちらにガルムを倒す決定打もない。今、睨みあっているこの場には、だけどね。


魔犬使い達は知らない。

ガルムをも倒せる罠が、この屋敷には仕掛けられていることに。

こちらの手に負えない敵の襲来に備えての最終手段。

そこに誘い込めば、勝機はある。


ブラッドは私達に後退をうながしただけではない。

あれは罠の位置まで後退する合図でもあるんだ。

私達は緊急時用として事前にいくつかのサインを決めていた。


ただ、大きな懸念がひとつある。

魔犬ガルムが予想を遥かに超えて強すぎる。

これでは罠へ誘導する前に確実に全滅だ。


ブラッドの新たなサインを見てとり、お母様の目が鋭くなる。


〝オレが、時間を、かせぐ。その間に、逃げて〟

と私にも伝わった。


あの怪物相手に時間をかせぐ!?

そんな策があるはずがない・・・・!

ここには「ロマリアの焔」もないのに!!


さらにブラッドの手が動く。


〝チビスケ、もらすなよ〟


むきいっ!!こんなピンチにあんた、なに言ってんの!!

愕然とする私と違い、お母様はどこまでも冷静だった。


「・・・・どのみちこのままでは遅かれ早かれ全滅です。ブラッドの手段に賭けてみましょう。魔犬ガルムを後退させて、ブラッドの援護をします」


後退!?あの無敵の怪物をですか!?

お母様はうなずくと、再び矢をつがえる。


「将を射んと欲すればまず馬を射よ。馬が駄目なら・・・・・将を射よ!!」


お母様の弓矢がうなり飛ぶ。


その狙いは、魔犬ガルムではなく・・・・後方の魔犬使い!!


魔犬使いの目が、急接近する矢を見て、大きく見開かれる。

驚きで金魚のように口をぱくぱくさせた。

そうか!!その手があった!!


「うおおっ!?ガルム!わしを守れ!!」


慌てふためいた魔犬使いが喚き立て、魔犬ガルムが主を守るべく身をひるがえし後退する。


その隙に、


「コーネリアさん、ありがとう!!」

礼を言うと、ブラッドはきっと魔犬ガルムを睨みつけた。


「人のこと虫けら扱いしやがって!!どうせなにやっても勝てない相手なら、いちかばちかに賭けてやらあ!!ほえ面かくなよ!化物犬!これがオレの奥の手だ!!」


大きく息を吸い込むと歯を食いしばり、恐怖を振りきるように、ブラッドはぐっと全身に力を込めた。

自らの胸に手をあてる。

キイインと甲高い音が響き渡った。

ブラッドのまわりの空気が陽炎のように揺らめく。


「・・・・・ぐっ!!」


苦悶の呻きをもらすブラッド。


ざっと脚をとめ振り向いた魔犬ガルムの目に警戒の色が浮かぶ。

魔犬使いに襲いかかるお母様の弓矢を撥ねのけつつ、用心深くブラッドの様子をうかがう。

ぞっとするような動きと反応速度だった。

もしブラッドが、魔犬ガルムがひいた隙に、逃避しようとしていたら、背後から喉を噛みちぎられたろう。肉食獣は逃げる獲物を狩るプロフェッショナルだ。

まして魔犬ガルムの強さは、悔しいことにブラッドの数段上だ。

だが、今その脚は止まっていた。

獣の直感で、ブラッドから溢れだす危険性に気づいたのだ。


「オアッ!?」


予想もしなかったブラッドの行動に、私は息をのんだ。

これは、心臓止め・・・・・ではない!!まさか!!


ブラッドの目の色が変わっていく。

私と同じ、真紅の色に・・・・・・・


・・・・・私は、この技を目撃したことがある。

私の「108回」の記憶でも、殆ど見たことのない、ブラッドの本当の最終手段。

成人したブラッドが「治外の民」最強の男と謳われた理由の源。

この世でブラッド以外は誰も使えなかった技。

でも、ブラッドが「あれ」を完全に習得したのは、二十歳を過ぎてからだったはず。

今のブラッドに、まともに使えるはずがない。

でも、もし、もしも、奇跡的に使えたら・・・・・・!!

ブラッドはこの歳で、「治外の里」最強の座に手をかけることになる。


歴史が、変わる・・・・・・!!


それは、大量の自身の血液と引き換えに、一時的に武神の域におのれをひきあげる神業。

人の身で奇跡を起こす脅威の奥義・・・・・

私はごくりと生唾をのみこみ、心の中で技の名を呟いた。


血の・・・・・あがない・・・・・!!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


公爵邸の敷地の闇の狭間で、武人の幽霊は空を見上げる。

古の時代のマントがたなびく。


「・・・・・若狼よ。その幼さで「血の贖

あがな

い」を使おうというのか。我等が開祖でも、おまえの齢では、実戦にては成し遂げられなかった。だが、誰かを守らんがための想いこそが、奇跡を呼ぶのだと、真の強さなのだと、おまえは俺に証明してみせてくれるのか・・・・」


「はン!! なんと「血の贖

あがな

い」とは!!あの坊主も、驚きの手を隠し持っていたもンだ!だが、奇跡はそうそう簡単に起きないわなア。それゆえの奇跡!まして稽古どころか化物向こうに回しての大博打!いちかばちかと小僧本人も認めている。だが、起きるなら面白い!面白いことに乗らぬ手はなし!さア、犬コロめは手強い!やりそこなったら、夫人も赤子も皆殺しだア!!さあさ、成功、失敗、皆はどちらに賭ける!!」


のっぽの幽霊が、鬼火のサイコロをくるくる掌の中で踊らせる。


「んんー、どうしようかなあ。気持ち的には、おいら成功させてやりたいんだけどなあ。でも、世の中はままならないのが、真実だしなあ。やっぱ失敗かなあ」


でぶの幽霊がため息をつく。


「よしとくれ!!あたしは、賭け事なんて、そんな気分じゃないんだよ!ああ、もう!!旦那の公爵も、王家の親衛隊もなにしてるんだい!!まったく、男どもの頼りないことといったら!!坊やとコーネリアが命がけで戦ってんのに、肝心なときに間に合やしない!!」


女幽霊はもう心配を隠そうともしなかった。

落ち着きなくうろつきながら、組み合わせた両手の指を、やきもきしながら、ぎちぎちと絡め合う。


「俺は、若狼の勝利に賭ける」


武人の幽霊は迷いなく断言する。


「ほお、ならば、なにを賭ける。どこまで、その勝利を信じている」


のっぽの幽霊の問いに、武人の幽霊は微笑を刻み、静かに答えた。


「・・・・・この俺の、わずかに残った武人としての誇りのすべてを」


驚きに目を見開いたでぶの幽霊が、ぴくぴくと鼻を鳴らし、ばっと振りかえる。


「王家親衛隊の連中が、壊された門まで到着した!ほへぇー、魔犬どもの足跡を見つけたよ!公爵邸が襲撃されてることに気づいて、顔色が変わったよ。臨戦態勢で馬を飛ばしてくる!!ほら、蹄の音がもう聞こえてくる!!」


「いくら馬を飛ばしても、屋敷に着くまで、まだ時間がかかるよ!!ああ、なんだって、この屋敷の敷地はこんな無駄に広いんだい!!バイゴッドの腐れ夫妻の見栄のせいだ!村をつぶしてまで庭を広げやがって!!コーネリアが殺されるようなことになったら、あの子に代わって、あたしが奴らを呪い殺してやる!!」


コーネリアに肩入れしている女幽霊が歯噛みする。

コーネリアの先祖と好敵手の間柄だった女幽霊は、その面影を色濃く残すコーネリアに好意的だ。

彼女が一度捨てた弓を再び手にしてからは、まるで自分の娘のように身を案じている。


「ひゃー、あの姐さんがねぇ。変われば変わるもんだ」


信じられないというふうに首を振るでぶの幽霊。


「凍てついた亡霊の心を溶かすほど、人の心は熱い。限りある命だからこそ、神は人に奇跡を起こす力を与えたのだ。ならば、若狼よ。俺も、あの不思議な少女のように、おまえをひたすらに信じてみよう。人が可能性という奇跡の扉を押し開く、その瞬間を」


武人の幽霊の身体が青白く光り輝く。つむじ風が巻き起こる。

マントが風をはらんで膨らんだ。


「おまえは元々遅かれ早かれ「血の贖

あがな

い」を習得する運命にあった。亡霊の俺でも、この地ならば僅かながら力をふるえる。先輩のはしくれとして、勝手に助勢をさせてもらうぞ」


燐光に武人の貌が照らされる。成人のブラッドにどこか似た沈痛な面持ちだった。


「おまえが守ろうとする少女は、国の未来を左右するほどの力を内包している。彼女を通せば「血の贖い」発動時の感覚も送れるだろう。お前と彼女からはただならぬ縁を感じる。きっと伝わるはずだ。その感覚をきっかけとして生かすか、錯覚として殺すかは、おまえの才覚次第だ」


ばっと真紅のマントを翻す武人の幽霊は、侵しがたい威厳に満ちていた。


「開祖の道を超えろ。そのとき、おまえは真祖の道に足を踏み込むことになる。・・・・・初代王と歩みたかった我らの悲願をきっと・・・・・・・」


夜風が渦巻く。雲が流れ、月を隠し、また他の雲を巻き込んで流れ去る。

のっぽの幽霊がつばの広い帽子を片手で押さえ、月を仰ぎ見る。


「月は無慈悲な夜の女王か。それとも闇夜を照らす希望の光か。運命もまた月のようなもの。併せ持ちたる二つの顔。ともあれ公爵邸の攻防もいよいよ大詰めだア。さアて、運命は吉と転がるか、凶と転がるか」


のっぽの幽霊は、鬼火のサイコロを空中に放り投げた。


「残る役者もまもなく到着。さて、さて、開演した幕の向こうに待つのは、光か闇か。ご一同さまア、とくとご覧じろ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ぐっ・・・・・!! いてぇっ・・・・・!」


ブラッドが歯をくいしばり、全身を震わせる。

そうだ。「血の贖い」は、体を引きちぎられるような激痛を伴う。

そして、死の危険と隣り合わせだ。

身体にかかる負担が尋常ではないのだ。

一歩コントロールを間違えると、全身の血管が破裂して死亡する。


「・・・・・!!」


ブラッドが身をよじるようにし、膝をつき、地面をかきむしる。

鼻孔から、どろっと鮮血が流れ出す。

「血の贖

あがな

い」は幼い今のブラッドの身体に耐えられる代物ではない!

もういい!!やめて!!ブラッド!!


「アアアアアアアアアアッ!!」


私は悲鳴をあげて、ブラッドを制止しようとした。

だめだ!!激痛のあまり、ブラッドの耳には届いていない。

かわりに魔犬ガルムが、ぎょろりとこちらを見た。


な、なによ。その熱視線。

私に遊んでほしいの。

でも、私、躾が出来てないワンちゃんと遊ぶ趣味ないの。

せめて、お手ぐらい出来なきゃね。

あんたなんかお呼びじゃなくってよ。


「血の贖

あがな

いじゃと!?バカな!!はったりじゃ!!なにをしておる、ガルム!わしの可愛い子達の仇じゃあっ!!とっとと「治外の民」のガキを八つ裂きにせんか!!」


なにを言っている!!

あんたらはメアリーの息子を殺したんでしょ!

いえ、もっとたくさんの無辜な子供達の命を奪ったんだ。

自業自得、因果応報、天網恢恢疎にして漏らさずよ!!


「オアアアアアアアッ!!!アオオオオオッ!!」


自分勝手な言い分に頭にきた私は、怒りのスカーレットシャウトをあげた。

ブラッドのほうに向きなおりかけていた魔犬ガルムが、再びぐるんっとこちらを振り向く。

え、こいつ私の声に過敏に反応しすぎじゃない?


「わ、わしの言うことを聞かんか!!・・・・・ガル・・・ム?」


呆然としている魔犬使いをよそに、魔犬ガルムは完全にブラッドに興味を失っていた。

じいっと私を凝視している。

その口元から涎が滴り落ちるのを見て、私は背筋が寒くなった。


「ちっ、好物の赤子にとち狂いおったか。まあ、いい!!ならば、あちらを先にするまでよ!あの赤ん坊が公爵の娘じゃ!!さっさと喰い殺せ!!絶望させたあと、母親もじゃ!!」


魔犬使いの老人が余計な煽りをいれ喚き立てた。

魔犬ガルムが暴走をはじめたと判断し、お母様の弓矢が届かない遮蔽物の影にそそくさと移動する。


こ、こら、指導者が軽々しく方針変更するのはNGでしょうが!!

はねあがる選手ぐらいコントロールなさいな!

魔犬ガルムが片足を、ばんっと地面に叩きつけた。

げ、目があった。

敵意よりももっとおぞましい飢え狂った目。

おあずけされた餌に向けるまなざし。


ひえっ!今のもしかして、お手じゃなく、おかわりですか!?


私、「108回」の人生スパイスどぶ漬けだから、「赤ちゃん」味なんかしないですよ!!


私はあわててベビーバスケットの布団をかぶり、訓練された動きで身を隠した。

スカーレット司令!スカーレット管制官!スカーレット警備隊!各員緊急配備!

スカーレット防衛システム作動!!

さあ、来い!!我が城の守りは鉄壁ぞ!!

一夫関に当たるや、万夫も開くなし!!


ほーら、ここにいるのは赤ちゃんなんかじゃありませんよ。

ただの猫ちゃんですよー。


「アオゥー、ナオーゥ」


なんか演技に熱を入れすぎて、発情期の猫の鳴き声みたくなってしまった・・・・


「待てよ・・・・クソイヌ・・・・おまえの相手は・・・・オレだろうが・・・・背中むけると後悔するぜ・・・・・!」


歩けないほどの激痛に身をよじりながら、それでもブラッドが必死に立ちあがり、魔犬ガルムを押しとどめようとする。現状でははったりでしかない。だが、たしかにその試みは成功していた。ブラッドになにかを感じ取った魔犬ガルムは警戒し、その場から動けない。


だが睨みあいは長くは続かなかった。


魔犬ガルムは息絶えた仲間の魔犬の死体を咥えると、ハンマー投げのようにぐるぐると振り回し、ブラッドめがけて投げつけた。ブラッドの未知の力を警戒し、直接の戦闘を避けたのだ。


「わ・・・・わしの魔犬が・・・・・」


呆然と呟く魔犬使いにもお構いなしだった。

こいつ、無茶苦茶だ!!

魔犬使いの制御なんかぶっちぎっちゃってるじゃない!!

大人数人分の体重の魔犬の死骸が軽々と宙を飛ぶ。


「・・・・・・ぐっ!?」


「血の贖い」の激痛で身体が硬直していたブラッドは、かわすことが出来ず、それをまともに食らった。はね飛ばされ転倒する。脳震盪でも起こしたのか、動かなくなったブラッドを黙殺し、魔犬ガルムはその頭上を軽々とこえて跳躍した。


ごうっという風圧で、倒れたブラッドの髪とスカートが大きく揺れる。

なによ、この出鱈目な跳躍力!

あんたは、蛙のぴょんたですか!?

スカーレット第一次防衛ラインが突破された。


さらに、続く跳躍で、懸命に私達のほうに駆け寄ってくるメアリーのはるか上を、一跨ぎでとびこえる。ひえっ、加速がついて飛距離がまた伸びてる!

前言訂正!!あんたは、ぴょんぴょんうさぎか、なんかですか!?

必死に引き留めようと伸ばしたメアリーの手がかすったが、あまりの勢いに逆にはじき飛ばされ転倒してしまった。


「お嬢様!!奥様!!逃げてえええっ!!逃げてえええっ!!」


倒れて顔をうったのもかまわず、必死に上体を起こし、メアリーが喉を枯らして叫ぶ。


非常事態宣言発令!!魔犬急速接近中!!

ターゲット、わ・た・し!!


あっという間に屋敷の出入り口にたどり着いたガルムは、勢いを殺さず、そのまま身体を無理矢理木枠の中にねじこんだ。ぼこんっバキバキっと、周囲の漆喰と中の木材が、紙細工みたいに引き剥がされる。

スカーレット第二次防衛ラインが、あっさり突破された。


公爵邸リフォーーム完了!!

どんな大きなお客さんもお招きできるアットホーム、かつ庭園と一体化した素敵な入口の完成です。

破損した出入り口の木枠を身体にまとわりつかせたまま、ガルムがのそりと室内に入ってくる。

わああ、まるで一枚のシュールな浮き彫りの絵みたい。

その木枠を額縁にグレードアップしてあげるから、そのまま家のサルーンの装飾品としておとなしくしててくんないかな。     

報酬は一日三回のドッグフードで!!


魔犬ガルムが身を一振りすると、木枠はばらばらになって四散した。


ひえっ!?交渉決裂!?お手当でお散歩もつけるけど!?


「大丈夫。至近距離の今なら、私の矢もあいつに通用する。むしろ、好機です」


慌てふためく私に、お母様がおだやかに語りかける。

おおっ、お母様、こんな窮地でも冷静な分析とは、頼もしいですねっ。

さすがはスカーレット最終防衛ラインです!


感嘆した私は、お布団からぴょこんと顔をのぞかせ、お母様のお顔をふり仰いだ。

我らが村の守護神さまじゃ、

皆の衆、拝むのじゃ。ありがたやありがたや・・・・

にゃむにゃむと両手をこすり合わせかけ、私はお母様の横顔が峻厳な冬を思わせる表情なのに気づき、ぎょっとなった。あれ?口調と裏腹にとっても怒っていらっしゃる?

もしかして、私の悪ふざけが過ぎて、お怒りをかってしまったのかあっ!?


「・・・・・スカーレットを、私の娘を、私の目の前で噛み殺すですって?その台詞、どれだけの母親たちに投げつけてきた。どれだけ子供たちの命を踏みにじった! みんな、さぞ悔しかったでしょう・・・・その無念の万分の一、私が奴らに返してあげる・・・・・私たち女を!母親達を舐めるなあッ!!メルヴィルの裁き、受けてみるがいい!!」


きりりと柳眉をつりあげて鋭く叫ぶと、お母様は、六本もの矢をほぼ同時に発射した。

私は痺れるような感動に貫かれた。涙が出た。

私達と言った。母親達と言った。

お母様の怒りをかったのは、魔犬使いのほうだった。


私でなくてよかったあ。


今のお母様、本気で怖かったもの・・・・・

ちょっと、ちびっちゃったよ・・・・・・・・


お母様の怒りに、メアリーの、母親達の無念が上乗せされた、必殺の一撃・・・・いや六撃が空を切り裂く。


「・・・・・・弓法、蛇がらみ。この矢からは、何人たりとも絶対逃れられない」


六本の矢が、水の吸い込み口にひきこまれる木の葉のように、弧を描き、魔犬ガルムに襲いかかる。すべての退路を塞ぐ、完璧なタイミング。大蛇が獲物に巻きつき、一気に締め上げるさまを見ているようだった。お母様の宣言どおり、この矢の包囲から逃れる術はない!


見上げるお母様の艶姿に私は見惚れた。

すごいよ!!お母さま!!

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