第31話 魔獣暴虐。追い詰められる私達。そして血の奇跡が起きるのです。
みなさん、こんにちは!!
「108回殺された悪役令嬢」こと、本編の主人公、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードと申します。職業、公爵令嬢。身長45センチ。体重3・5キロ。スリーサイズは、ナ・イ・ショ。
赤ちゃんのような肌の、産まれたておすましレディーです!!
まだ這い這いできません!
ただ今、ライオンより大きな肉食獣と、命懸けのバトル真っ最中です!
助けて、異世界恋愛タグさま!
私、放り込まれるジャンル、間違えてません!?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・弓法、蛇がらみ。この矢からは、何人たりとも絶対逃れられない」
放たれた六本の矢が、逃げ場のない完璧な包囲網を展開しながら、吸い込まれるように魔犬ガルムに襲いかかる。まさに大蛇が獲物に巻きつき、一気に締め上げるさまそのものの神業だ。
お母様の弓矢の腕前は達人を超え、神域のレベルに踏み込んでいた。
槍を持った人間が獅子を狩るときの常套手段は、包囲しての多方向からの連続攻撃と聞いたことがある。あちこちに注意力を散らされての同時攻撃には、百獣の王でさえ対応出来ないということだ。
お母様はたった一人の弓矢の離れ業でそれをやってのけた。
ブラッドがお母様が決め手になると評価したのも当然だ。規格外にも程がある。
魔犬ガルムはもう終わりだ。
「108回」の私を何度も射殺した五人の勇士の一人、弓の天才アーノルドと撃ち合っても、あの忌々しいフクロウ抜きならば、お母様のほうが勝ちをおさめるのではないか。
そんなことを思いめぐらしていた私の楽観モードは、次の瞬間、驚愕で雲散霧消する事になった。
魔犬ガルムがダンッと床を蹴ると、空中でダンゴムシのように身をまるめた。
巨体にそぐわぬ俊敏な動きだった。
最初大きく伸ばした手足と首を急速に縮めることで、標的を小さくしつつ、縦回転に高速を与える。
車輪のようにつむじ風を巻きながら、お母様の矢をすべて、胴甲部分で受け止めてしまった。
うそでしょ!!こいつ、この図体でどういう反射神経と運動能力してんの!?
着地すると、ぶるっと身を震わせる。
胴甲にかろうじて突き立っていた矢がすべて振り落とされる。
刺さりが浅すぎる。
ガルム本体はまったく無傷だ。
至近距離でのお母様の矢の威力でも、ガルムの装甲は貫けないのか。
「胴甲でわざわざ全弾を受けた。つまり生身では、至近距離のこの矢は受けられないと白状したも同じこと・・・・・次ははずさない」
戦慄する私とは対照的に、お母様はすでに次なる手を打っていた。
あっという間にかたわらの予備の矢筒を装着し直す。
「弓法・・・・蛇行、蛇腹、鎌首、蛇がらみ・・・・・!」
弦が唸る。矢羽根が鳴る。九本の矢が、魔犬ガルムめがけて閃き飛ぶ。
窮地においてもまったく怯むことのない弓技全開の一斉射撃!!
むしろ一点の曇りもなく、ますます冴え渡る神業。
これが、私のお母様・・・・!!
水が流れるような美しい技の連続に私は感動した。
この手数で押しきる攻撃は、魔犬ガルムでもかわせない。
さっきのように身を丸めて胴甲で受け止めようとしても、必ず身体の一部には被弾する猛攻だった。
魔犬ガルムが、ぐうっと身を沈めた。力を溜めているのがわかった。
跳躍してかわす気か。
でも、もう遅い。矢が命中する!!
魔犬ガルムが竜巻のように横回転した。
なんだ!こいつ、今度はなにをする気!?
風切り音が空間をつんざく。
「アオオッ!?」
風がこちら側まで押し寄せてきて、私は思わず目をつぶった。
ダダダンッと矢が物体を貫く鈍い音が響き渡る。
「・・・・・うそでしょう・・・・!なんて化物・・・・・!」
お母様の声がはじめて震えを帯びた。
その驚愕の意味を、そろそろと目をあげ、魔犬ガルムをのぞき見た私も思い知らされた。
ガルムは大人三人抱えほどもあるテーブルを軽々と咥えていた。
本来は地階で使用人たちが使用していた頑丈一点張りの机。
金銭的価値があるものではなかったので、バイゴッド夫妻がうち捨てていったものだ。
矢はすべてその分厚い樫板で縫いとめられていた。
老齢のお手伝いさん達では数人がかりでも動かせない重さだった。
だから放置されていたのに、魔犬ガルムはそれを張りぼてでも扱うように振り回し、盾にしたのだ。
こいつ、咄嗟に道具を使う奸智まで備わっているのか。
だが、私達がガルムの狡猾さに本当に恐怖したのはそこからだった。
「スカーレット!!」
お母様が悲鳴をあげた。
ガルムが首を振った。
巨大な机がぶわっと宙に舞い上がる。
奴は間髪入れず、片っぱしから身の周りの机と椅子を咥え、空中に放り投げた。
ガルムは巧妙に後退し、サルーンの端の不要物を積み重ねてある壁際に陣取っていたのだ。
矢継ぎ早に放られた机と椅子が、まるでスローモーションのように放物線を描く。
魔犬ガルムが力感ひとつ見せず、軽々と動作したのでそう錯覚したのだ。
実際は、凄まじい質量の固まりが雪崩をうって、空中から私達に襲いかかっていた。
私達・・・・?いや、これロックオンされてんの私!?
「どうじゃあっ!!飛び道具には飛び道具じゃ!!母親の愛とやらで受け止められるなら、受け止めて見るがよい!!」
勝ち誇って魔犬使いが哄笑する。
なに威張ってんのよ!これ、あんたの指示じゃなく、ガルムの独断でしょうが!!
暴走されといて偉そうに!!
逃げられない私に集中砲火!!
いたいけな赤子に対して!ほんとこの犬、性格悪いな!!
私が狙われていることに気づいたから、お母様は悲鳴をあげて、私の名を呼んだんだ。
悲鳴を上げる前に、お母様は飛来する机に矢を放っていた。
矢は机を見事に貫いた。だが、落下の軌道は変えられなかった。
変えられる筈がない。
獲物と違い、無機物には貫くべき命がない。
いくらお母様の神がかった弓矢でも、降り注ぐ単純な質量を押しとどめるのは不可能だ。
まして落下物はひとつではなく、無数の落石のように視界を覆っている。
どうにもできない、完全に詰んだ状況だった。
「オオオッ!?」
スカーレット艦、緊急回避運動!!面舵いっぱい!!!
私は縁をつかんで必死にゆさぶったが、ベビーバスケットはわずかに斜めにずれただけだった。しまった。車輪をつけておくべきだったか・・・・
「・・・・・・・・!!」
万策尽きたことを悟ったお母様は、無二の武器である弓を放り捨てると、私の上に覆いかぶさった。ぎゅっと身を縮めるようにして、ベビーバスケットごと私を抱きしめる。
私をかばって死ぬ気だ!!
「オアアアアッ!!アオーッ!!」
私は必死にお母様を、ぺちぺち叩いて押しのけようとした。
逃げて!!お母様!!お母様一人なら逃げられるはずでしょう!?
二人そろって死ぬことはありません!
お母様は、さらにぎゅっと私を抱きしめることで、抗議に応えた。
「ごめんなさい・・・・・弓で守ることさえ出来なかった・・・・・私、母親失格のままね・・・・せめて一緒に逝ってもいい・・・・・・・?」
お母様は悔しそうに泣いていた。
涙が私の頬をうつ。
私達を隔てていた微かな他人行儀な一線が崩れた。
その瞬間、私は頭でなく、心で、この人が私のお母様なんだと理解した。
ずっと抱きついていたい感情が全身にふくれあがり、私の目から涙が溢れだした。
「お嬢様あっ!!奥様あっ・・・・!!」
もうひとつの人影がさらにその上に覆い被さる。
メアリーだった。
山崩れが頭上にあるような死地も顧みず、私達のもとに半ば滑り込むように駆けつけてくれたのだ。飛び込めば圧死を免れないとわかったうえで。
「ごめんなさい!!私が勝手したばっかりに!!せめて、私も盾にならせてください・・・・!!」
泣きじゃくりながら、かたく抱きつき、謝るメアリー。
謝らなくていい!!勝手なんかじゃない!
母親が殺された子供のために我を忘れてなにがいけないの!
親子の愛を、メアリーの行動を咎める権利なんか、この世の誰にもない!!
私の大事な二人の母親が、私に詫びながら、泣いている。
こんなにも私を愛してくれているのに、理不尽な運命に、その想いが踏みにじられようとしている。
「次に生まれ変わっても、きっと私の娘として生まれてきて。私・・・・・次こそ、ちゃんと母親するから・・・・・・・」
「私も・・・・また・・・・お世話させてくださいね・・・」
いえ!いえ!お母様、メアリー、諦めるのはまだ早い。
まだ、あいつがいます。あいつがこんな結末許すわけがない。
こんな非道、こんな理不尽、赦されるわけがない。
そうでしょう!ねえ、そうでしょう!
私は両手をきつく握り締め、目をぎゅっと閉じ、そして祈った。
ねえ、答えてよ!私、死ぬ瞬間まで、あんたのことを信じてるから!!
「アアアアアアアアッ!!」
私は思いの丈のすべてを込め、絶叫した。
どくんっと心臓が鳴った。
ブラッドがすぐ横で頭を撫でている気がした。
あいつの体温が呼吸が自分のもののように感じられた。
灼熱の渦巻きが身体の中心から湧き出した気がした。
この感覚・・・・・・どこかで・・・・・
一面の紅蓮の炎の幻が見えた。
感謝と愛おしさと泣きそうな想いが、胸いっぱいに膨れ上がる。
これは、アンノちゃん(仮称)の記憶・・・・・・?
〝・・・・・ありがとう・・・・・は、最後にこうなるって、わかってたのね。だから、私が逃げられるよう・・・・この力を・・・・ありがとう、優しい殺し屋さん・・・・・でも・・・・ごめんなさい・・・・・・私は・・・・あの人と・・・・・・最後の決着をつけるため・・・・・この力を使います・・・・・・!〟
疲労困憊していたアンノちゃん(仮称)の全身に力がよみがえる。
長かった戦いの決着をつけようと、彼女はさらに足を踏み出す。
剣と剣が激しくぶつかりあう音。衝撃に手がしびれる。
打ち合っている相手はだれ?
緋色に包まれた視界に、長い金髪がかすめる・・・・
鍔迫り合いでもしているのか、近すぎて顔が見えない。
狂ったような高笑いが耳をうつ。
その声には驚愕の感情が混じっていて・・・・・
誰?この声、どこかで聞いたような・・・・
そして、どんっと衝撃がぶつかる刺される感触と、一瞬の抵抗感ののち刃が入り込んでいく嫌な感触が手に伝わり・・・・・・
記憶は、押し寄せる力にのみ込まれ、うたかたの飛沫のようにはじけて消えた。
ブラッドと繋がった感覚を通し、渦がブラッドに向けて吸い込まれていく。
それが龍となりブラッドの身体を駆け巡る。
ブラッドの命が活性化されて脈動する。
私が感じているブラッドの生命力が、とてつもない気配を放ちだした。
〝・・・・・奇跡は、成った〟
低い男の声がした気がした。
〝・・・・だが忘れるな。二人がともにあるときのみ、力の扉は開かれる〟
大気が、轟いた。
突然の落雷だった。
凄まじい大音響で、屋敷全体が鳴動した。
視界が稲光でおおわれ、私達の頭上いっぱいに迫っていた死の影が、一瞬で吹き飛んだ。
跳ね除けられたテーブルや椅子が、壁とや床に叩きつけられる。
木材がひしゃげる音と、石と木材に大重量が激突する重く鈍い音が、嵐のように飛び交う。
爆音がやみ、私はそろそろと目を開いた。
誰が来たか見る前からわかっていた。
漆喰のかけらが、ぽつんぽつんと床に落下し、音を立てる。
お母様とメアリーが驚きで息をのんでいた。
頼もしいメイドの後姿が見えた。
私達をかばうように立っていた。
夜の月光が日光の差し込みに見えた。
津波のように落下してきた木材の塊を、拳と蹴りをもって、一つ残らず撥ね退けた、不可能を可能にする、決して私の期待を裏切らないその背中に、涙がこぼれた。
まったく遅いのよ!!チート生物のくせに!
「・・・・寝ぼけた脳天に響いたぜ、おまえの祈ってくれる声。最っ高の目覚ましだった。奇跡ってのを起こすのに、少しばかり手間取っちまったけど勘弁な」
振り向いたブラッドが笑う。
その瞳は真紅に輝いていた。
血煙を湯気のように全身にまとわりつかせている。
そうだ、これがブラッドの最終戦闘形態。
おのれの血を贄にして、爆発的な身体能力を発揮する「血の贖
あがな
い」発動時の姿だ。
「108回」の記憶と寸分違わぬ姿に、私は感動でうち震えた。
さすが後の世界最強の男。あんたがその気になれば、きっと死神だって殴り倒せるよ。
ブラッドが、私を安心させるよう、にやっと笑ってみせる。
不覚にも胸が高鳴った。
あんたが必ず来てくれるって、私、信じてたよ!
「なあなあ、今の言葉、寝ぼけたと奇跡と目覚ましをかけたんだ。わかった?」
いちいち振り向いてまで解説すんな!わかってるよ!
感動が台無しだ!!
信じられない!乙女のときめき返せ、このアホ!!
いつものブラッドと寸分違わぬあほな言動に、私は憤りでうち震えた。
「ブラッド・・・・・あなた、その姿はいったい・・・・・」
「たいへん!!ブラッド、こんなに血を噴いて!手当てしなきゃ!!」
ちょっとメアリー!!私の予備のおしめの布取り出して、包帯代わりにブラッドに巻きつけようとしないで!!これは怪我じゃないの!そういう仕様なの!ていうか、そのおしめ、どこから出したの!?
「待たせたな。みんな、格好よかったよ。ここからはオレにも少しは格好つけさせ・・・・・もがもご・・・・」
包帯に口を塞がれてもがくブラッド。
格好悪いなあ、もう・・・・・・・
「こ、これ・・・・・スカーレットのおむつかよ・・・うえ、きったな。ぺっぺっ」
し、失礼な奴だな!ちゃんと使用後は洗ってるよ!メアリーがだけど・・・・・・
「まあ、この姿の説明はあと。まずは、あの化け物を片付けなきゃな。・・・・・・ケリつけようか、犬っコロ」
ブラッドは魔犬ガルムに不敵に嗤いかけた。
ガルムがはじめて咆哮した。
ブラッドを脅威と認めたのだ。
洞窟の中で巨人が叫んだかと思った。は、腹に響いた。
なんなの、これが犬の鳴き声?まるで憎悪に狂った獅子のほえ声。
こんな声では、犬社会でのコミュニュケーションは諦めるしかあるまい。
あんた、ぼっち決定よ。のけもんゲットだぜ!!
低く不気味で魂を消し飛ばすような声圧にも、ブラッドはまったく動じなかった。
「うっせえよ。チビスケが怯えて、ちびるだろうが・・・・」
え、私、平気だよ。
あ、あんたあっ!まさかまた血液の流れで、私の気持ち読んだなあっ!
プライバシーの侵害で訴えてやる!
「オアアアアッ!!」
私の抗議の声が届くよりも早く、ブラッドがだんっと床を蹴った。
そこまでしか私の目には追えなかった。速すぎて目がついていけない。
「・・・・・速い!まわりこんだ!」
お母様が唸る。弓矢の高速に慣れたお母様は、ブラッドの動きが見えたらしい。
「犬なら犬らしく・・・・・・伏せでもしてろ!!」
轟音がした。あの巨大な魔犬ガルムが、下顎から床に叩きつけられた。
震動で私のベビーバスケットが浮き上がる。ブラッドが耳を引っつかんで、ガルムを力尽くで押し潰したのだ。そのまま肘うちまで眉間にめり込ませていた。
「おまえは一線を超えた・・・・・芸をしたって、もう許してはやらないけどな」
信じられない!あの怪物が反応できなかった!
なんという桁外れのパワー!
そしてなんなの、このバトル展開は!!
異世界恋愛のタグ様が、たった今ご昇天遊ばされました。
今後は天国から優しく私達を見守ってくれることでしょう。
私は両手を組み合わせ、異世界恋愛タグ様のご冥福をお祈りした。
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