第9話 私、新生児なので、授乳タイムは避けて通れない道なのです。

まだ日が高いというのに、メアリーはくすりと笑い、自らメイド服の前をはだけた。

あらわになったのは、幼い容姿を裏切るアンバランスな巨乳だった。

たわわな重みを、私はしばし愉しんだ。

彼女が私を優しく抱き寄せる。

甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


メアリーは、じっと私を待っていた。

私が一刻も早く吸いつくことを、期待しているまなざしだった。

知らんふりをしていると、とうとう痺れを切らし、自ら手を伸ばし、ぐいっと私の顔を乳房に引寄せた。


まあ、あまり焦らすのも気の毒だ。

そろそろ期待に応じてやるとしよう。

舌なめずりをし、私は行動をおこした。


唇で彼女の胸の先端をくわえこむ。

満足げな笑みを浮かべ、メアリーが私の背中にまわした手に力をこめた。


私の口いっぱいに広がるメアリーの味。

メアリーのぴいんと張りつめた肌を、絶え間なく薄白い甘露のすじが伝う。

匂いどおりのほのかな甘さ。舌触りはさらさらだった。

私は、我を忘れて、ごくごくと咽喉を鳴らして、それを貪り飲んだ……。


……みなさん、こんにちは。

新生児人生満喫中の、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガードと申します。

官能小説ではありません。

やましいことはなんらない!!

私、赤ちゃんのおつとめである、授乳タイムの真っ最中なのです。


「お嬢様はほんとにおいしそうに、おっぱいを飲んでくれますね」


メアリーは嬉しそうに私を優しく揺さぶりながら、お乳を含ませてくれます。


最初はびっくりした。まさか、彼女がメイドではなく、乳母だったなんて。


激昂したお母様が「メイドの分際で!」とか叫んでたし、ブラッドも「そっちだってガキじゃんか」って抗議してたんで、これはまったく予想外だった。


そして、目が開いてから、ひとつは納得、ひとつは驚愕。


メアリーさん、ばりばりにメイド服を着込んでいました。

たやすく前開きする特別仕様のメイド服です。


彼女はナニー兼メイドさんでした。


掃除がんがんやっています。


働きながらで、お乳出るの!? いいの、それ!?


本人曰く動いていないと落ち着かないそうな。

あふれるお乳もなんのその。当て布を胸におしこんで頑張って家事もこなしてくれている。


おかげでただでさえ巨乳なのに、胸がすごい膨らみになっている。

道理でブラッドが胸に詰め物したがるはずだ。

あれはメアリーを参照にしたのか。


屋敷内だからいいけれど、これはちょっと外には出れまい。

道行く男達の注視の的になってしまう。


そしてメアリー、まだ16歳でした。なのに経産婦でした。

顔立ちが幼いので、10代前半といっても通用するだろう。

巨乳だけど・・・・・・


ブラッドが子供と誤認したのも、むべなるかな。


……赤ちゃん生むの早いよ!


ちなみに私、前の108回の人生で妊娠経験ありません。

そして貧乳……


そりゃね、赤ちゃん欲しいと思わないことはなかったよ。

私、これでもあったかい家族に憧れてたし。

だけど、享年28歳、悪役令嬢人生つとめあげるのにいつも手いっぱいだった。


へこむ。108回すべてそうだったというのは絶望的だ。


だから、今回の人生では恋もしてみたい。

思いっきり憧れてます。

もちろん入り婿希望です。私、ひきこもり予定なんで。


そのためには早く大きくならなきゃね。

いろいろ知識チート生かして準備しておきたいし。


だから今、お乳を一生懸命吸っているわけなのです。

ご納得いただけましたでしょうか?


最初は思ったより薄味で驚いたけど、母乳も慣れれば美味しいものだ。

やっぱり新生児の身体にあってるんだろうな。

それに、たぶんメアリー、体調管理や食べ物にも気を使ってくれている。


感謝感謝、ごくごく……もう一杯!!


あ、ちなみにお母様はお乳が出ません。


たぶん体調不良と精神的なもの、それと毒物飲まされてた影響だろうって、ブラッドは言っている。


彼は護衛兼お母様の治療にあたってくれている。

それもあって女装をしているらしい。

確かにいくら子供でも、男の子が頻繁に婦人の部屋に出入りするのは風聞的に問題があるものね。


スカートはいて回転してからしゃがむ花遊びなんかしてたから、てっきり女装が気に入ってるだけかと勘違いしてたよ。あれもあとで聞いたら、スカート状態での稼動域を確認していたらしい。


能天気なようでいろいろ気を配ってくれている。


そういうさりげない配慮は、前の人生の記憶の大人のブラッドと共通してる。

大人の彼は寡黙だったけど、たぶん女の人にはもてたんだろう。

「治外の里」の仇の私を追いかけまわすので、人生棒に振っちゃってたけど。


108回の人生ほとんど、命を狙われた報復で、私が「治外の民」の里を壊滅させるパターンなんだよな。


思い出すのは記憶だけで、当時の感情はほとんどよみがえってこないけど、きっと眉一筋動かさず、殲滅命令をくだしてたんだろう。自分の冷酷さに落ち込む……どん引きだ。

悪の女王の面目躍如だ。


そりゃブラッドも怒って、人生かけて私を殺そうとするわな。


……ごめんなさい。


それさえなきゃ、きっと配偶者をえて、いい家庭を築いていたろう。

黙っていても、わかる女には、きっとその優しさは伝わるもの。

現に警戒心の強いお母様も、メアリーも、ブラッドにはいつの間にか随分気を許している。


お母様はずいぶん血色がよくなった。


「治外の民」の長の子供のブラッドの腕はたしかだ。

体調が良くなった事で、心にも余裕ができたのか、よく笑うようになった。

ガラス容器の埃を拭い去ったかのように、雰囲気も明るくなった。

屋敷の古い使用人たちは、嫁入り当時の美しい奥様が戻ってきたと驚愕しているらしい。


メアリーが嬉しそうに、私をあやしながら教えてくれた。


ブラッド、ほんといろいろチート。

でも、私の影がかすむから、ほどほどで勘弁してください……。


お母様は、最近はブラッドの話の影響を受けすぎて、お乳がでるようになったら、是非私に授乳するんだとはりきっている。「私の仕事がなくなります」とメアリーが慌てている。


お母様、それは平民や外国の「普通」です。

この国の「貴族の普通」は子供に授乳などしません……乳母まかせです。


もともと箱入り娘のお嬢様だけに、型破りのブラッドの影響でとんでもないことにならないか心配だ。頼むからお母様をトンデモ人間集団の「治外の民」化してくれるなよ……。


お母様がそのうち木から木に飛び移って移動をはじめないか心配だ。


ブラッドの暴走を食い止めるためにも、早く私も大きくならねば。

そのために呑むッ。ひたすら呑むッ!


……デブにならないよね……。


「お嬢様はほんとに美味しそうにおっぱい飲むんで、私も飲ませ甲斐があります」


メアリーが目を細める。

優しい彼女は、授乳時にいつも私に語りかけてくる。

きっと彼女のお子さんにも、いつもそうしてあげていたんだろう。


「私の、息子もそうだったんですよ。お嬢様みたいに、とても元気で……」


メアリーの表情が不意にこわばった。私を抱く腕に力がこめられた。笑った形のまま唇が震えていた。


「……なのに……どうして……あんなに、急に……!」


見開いた目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。陽気な彼女がふだんは決して表に出さない哀しみ。


「……私の……ヨシュア……!」


あとは言葉にならなかった。

私をかき抱くようにして、メアリーは懸命に嗚咽をこらえていた。

こらえきれず、あああっと悲痛な声がもれた。

歯を食いしばって押さえつける。身を震わせて耐える。


メアリーは産まれたばかりの息子さんを亡くしていた。

だから、お父様の口ききで、ここの乳母になったのだ。


いつも明るく振舞っていても、かんたんに忘れられるわけがない。


だからメアリーは、私が殺されそうになったとき、身を挺してかばおうとした。

取り返しのつかないことをしてはいけないと叫んで、必死に立ちふさがった。

あれは彼女の心からの言動だったのだ。


私はそっとメアリーの頬に指先をのばした。


いいよ。メアリー。無理に涙をこらえなくても。


メアリーは驚いたように私を見つめ、そして大きな声をあげて泣き出した。


大声に驚いたブラッドがとびこんできたが、様子を察し、そっと扉を閉めて出て行った。


ありがとう、ブラッド。


いいよ。メアリー。

少しでも気が楽になるなら、私を息子さんと思って、今は抱きしめて。

そして泣いて。


あなたの人生はまだまだこれからなんだから。


私もできる限り力になるから。


みんなみんな、いろいろな辛いことを抱えて、きっと今を生きてるんだ。


……あ、ごめんなさい。


やっぱりそろそろ胸から離してください。


私、頭から母乳まみれになっています。

ミルク煮の元悪役令嬢の出来上がりです。

母乳が目に入って痛いです……。


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