第40話 私のもとに転がり込んできたのは、大陸の覇権のあかしのルビーでした。邪悪な王子達の影に怯える私に、セラフィは奇想天外な解決案を示すのです。

濁水から、セラフィに舟上に助けあげられた私は激しくせき込んだ。

流されている間にしこたま飲みこんだ水が気管に入り込んでしまっていた。

泥臭い臭いと味、じゃりじゃりした嫌な感触が、口の奥いっぱいに広がるが、それを気にしている余裕はなかった。新生児のちっぽけな肺活量では、異物を思うように吐き出せない。

息ができず、酸欠の苦悶に胸がしめつけられ、頭の芯が焼きつきそうだ。

意識がふうっとまた落ちかけ、目の前が暗くなる。


「・・・・・いけない・・・・!!」


セラフィが叫び、ふいに温かい感触が私の口元を覆った。

ずずっと音をたて、私の呼吸をさまたげていた水と粘液が、鼻喉の奥から吸い出される。

胸郭が開放され、私は必死に空気を貪った。


それにしても、今の感触なんだろう。

やけに柔らかかったけど・・・・・


ちかちかしながら回復する私の視界に、セラフィがぶっと液体を吐き出すのが映った。


い、今の、もしかしてあんたの唇の感触かあっ!!

こいつ・・・・私の鼻と口から、直接異物を吸いだしたのか!?

お、おのれ・・・・・!!助けてくれたのは感謝するけど、生後一月もたたず、乙女のファーストキスを奪われるとは・・・・ちょっと、放しなさいよ!!そこに直れ!!手討ちにしてくれるわ!!


「スカーレット!!」


「お嬢様!!」


ブラッドとメアリーが、額をぶつけあうほどの勢いで、水からひきあげられた私の顔を覗き込み、私のじたばた制裁は中断された。

ごちいんと凄い激突音がしたのに、二人とも痛いとも言わないくらい我を失っていた。

一気に駆けよったため小船の積載バランスが崩れ、転覆寸前まで傾き、あわててセラフィが棹を突っ込んで舟の平衡を保つ。、


「・・・・・よかった!!生きててくれて!!」


ブラッドが私の手を両手で握り、泣き顔を見られまいとするかのように俯き、額を押しあてた。

冷え切った私の身体にぬくもりが伝わる。


「お嬢様あ・・・・・!!」


メアリーが嗚咽しながら抱きついてきた。

甘い体臭に私達は包まれた。

少女のような小柄な身体に似合わぬ豊満な胸にブラッドと私ごとプレスされ、セラフィが目を白黒させる。

ブラッドの目はまっかで、メアリーにいたっては顔面が涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。


なによ、ふたりとも涙なんか流しちゃって。

この私がそう簡単に死ぬわけないでしょ。

こちとら「108回」も殺された経験ありのベテランよ。

これぐらいのピンチなれっこなの。

まったく心配症なんだから。

ほら、もう顔あげてって。

セラフィの奴がにこやかに見守ってるじゃないの。

恥ずかしいってば!!胸が・・・・いっぱいになっちゃうじゃない・・・・!


「・・・・・あなたは生まれたばかりなのに、ずいぶんたくさんの人達に愛されているんですね。きっと助かったのは、もっとみんなのために生きてほしいって、神様が思ったんですよ・・・・・」


ちょっ・・・・あんた、それは私をあやしてるつもりなの?

見くびらないでよね。

あんたまだ幼児じゃない。

私、こう見えても「108回」の前科持ち・・・・・じゃなくて人生経験持ちよ。


でも、セラフィは赤ちゃんをあやす調子ではなく、まっすぐ目を見て真剣に話してくる。


「・・・・あなたが言語を理解しているのは目の動きや、言葉への手足の反応でわかります。ぼくの目はごまかせませんよ。・・・・・神童である赤髪紅い瞳のリンガード家の姫君か。これは一波乱あるかもしれませんね」


こいつはこいつでブラッドとは違う妙な勘の鋭さを感じるんだよね。

そして、なんか不吉なこと言ってる・・・・・!


「このチビに言葉が通じるってよくわかったな。なんか普通に受け入れてるし」


ブラッドが感心する。


「海ではいくらでも不思議なことが起きます。これぐらいで驚いていては身が持ちませんよ」


セラフィがこともなげに答える。

こいつ、この便利な言葉でほとんどの事柄押し切る気なんじゃ・・・・・


「そして、あなたは賢いだけではなく、とても勇敢な女の子ですね。魔犬を相手によくぞたった一人で頑張り抜きました。今も頑なに涙を拒んでいる。でも、つらいときは涙をこらえず、素直に泣いてもいいんですよ。あなたはまだこんなに小さく、心配してくれる人達が、ここ以外にもあんなにいるのだから」


私に微笑みながらセラフィが岸辺の皆のほうを指し示す。


む、むう・・・・セラフィのくせになんかいい台詞言っちゃって・・・・


「・・・・・スカーレット・・・・・よかった・・・・・!」


岸ではお母様が言葉を詰まらせ、両手で顔をおおって泣き崩れていた。

胸がぎゅっと締めつけられる。


お母様、心配かけて、ごめんなさい・・・・・!


私の無事を祝し、王家親衛隊とオランジュ商会の面々が激しく肩を叩き合い、隣同士で抱き合って歓声をあげる。まるで贔屓のチームが優勝したかのような盛り上がりだ。

セラフィを投擲後、濁流を突っ切ってこちらに泳いでこようとしていたマッツオが、鯨の潮のように口から水を吹きだすと、セラフィに向かって、ぐっと親指をたてた。セラフィがお返しで照れ臭そうにサムズアップするのを見届けると、


「はっはっはっ!!セラフィ・オランジュ!!男を見せおったな!!肝を冷やしながら、ぶん投げた甲斐があったわ!!」


と大声で笑いながらざぶざぶと波をひいて引き返していく。

巌のような背中が頼もしい。


見ず知らずの赤ん坊の私を救うため、命懸けで大水のまっただなかに飛び込もうとまでしてくれてたんだ。あいかわらず底抜けのお人好しだよ。・・・・バカね・・・・!

それにしても、こんなに、みんなに心配してもらえるなんて。

生還を喜んでもらえるなんて。

前の「108回」の私の人生ではほとんどなかったよ。

群衆の怨嗟の叫びと、城に押し寄せる反乱軍のときの声と違って、なんてあたたかいんだろう・・・・・


胸が熱くなる。不覚にも鼻の奥が痛くなった。


お、おのれ、この軟弱な赤子ボディめ。

新生児に若返ると、どうも涙腺がゆるくなっていけないよ。

・・・・さ、さて、うちの残念公爵のお父様はどこかな~。どうせ私のことなんか放ったらかしで、お母様の泣き顔ばっかり心配してるに違いないけどね。私、わかってるんだから。


私は感傷モードを切り替えるスイッチにするべく、ふんっと鼻を鳴らし、がっかりお父様の姿を捜した。


「・・・・いや、おまえの父ちゃん、案外娘思いかも知れないぞ」


ブラッドが岸を見て、私に笑いながら言った。

視線を追うと、岸にいる皆のずっと奥、崖崩れでできた斜面の中腹に白馬の色がちらついた。


まさか・・・・!?


はっと顔をあげると、ブラッドとセラフィが同時に私に頷いた。


初対面なのに気が合うな!!あんたたち!!


駆けだそうとしていた白馬をお父様がなだめ、停止させていた。


「・・・・・ご覧なさい。崖の高低差を利用し助走をつける気だったんです。なるべく大きく跳躍し、あなたを助けに池に飛び込むつもりだったんですよ。この洪水の中では、紅の公爵といえど命の保証はないのに。ボクの父もそうでした。皆から冷酷な人間といわれていたのに、魔犬からボクを守って命を落として・・・・」


思い出し、寂しそうに呟くセラフィ。


まさかあ、あのお母様以外目にうつらないお父様が?


だが、まるでセラフィの言葉を裏付けるかのように、お父様の白くこわばった表情、それにぎゅっと片手で胸をおさえている様が、私の目に焼きついた。


なによ、その顔は。まるで娘を心配する父親みたいに見えるじゃない・・・・・

ど、どうせお母様に頼まれたか、いい格好しようと思って救出活動するふりだろうけど。


「・・・・・産まれたてなのに、そんなにひねた見方すんなよ。素直じゃないな。ほんとはちょっと嬉しくて震えてるくせに」


毎度お馴染みの血液チート技で私の考えを読み、ブラッドがあきれ顔をする。

私はむっとした。


ちょっ、ちょっと待って!!震えるほど感動してないよ!

私、どんだけちょろい赤ちゃんなの・・・・・!

・・・・って、あれほんとに震えてる?

っていうか震えすぎじゃない?と、止まんないんですけど・・・・・!

さ、寒い・・・・凍える・・・・・


「いけない!身体の冷えが一気にきたんだ。新生児の身体は小さいから、発熱量が少ない。これを羽織ってください。少しは楽になるはずです。防水生地ですから、こうすれば・・・・」


セラフィが丈の長い上着を素早く脱ぐと、ばっと一振りして水滴をはらった。


おおっ、意外と紳士だ。小指の爪先ぐらい見直したよ。


「濡れた服は身体に張り付いて体温を奪います。その産着は脱がせてあげてください」


メアリーに頼むと船尾から舳先に移動し、こちらに背中を向け、棹を突きいれて舟を動かしだす。


「・・・・・ぼくはここで舟の舵をとります。後ろは振り向きませんので安心して着替えさせてあげてください」


ああ、私が女の子だから気を遣ってくれてるのか。

新生児なんだからそこまで気にしなくていいのに。

おむつ替えを見られるのはさすがに御免だけど。


「・・・・・なんだよ、さっきスカチビに平気でちゅうしてたくせに」


「あ、あれは緊急の救命措置ですよ!!」


ブラッドに茶化され、セラフィが少し焦り気味に弁明する


「ははっ!なーに赤ん坊に気をつかってんだか。だいたい、こんなもん、ばっと脱がせりゃいいんだよ!」


「オアッ!?」


ブラッドが笑い飛ばすと、いきなりずるっと私の産着をひきさげ、上半身をむきだしにした。


ひええっ!?

思わず反射的に胸を手で隠した私に、


「オムツもびしゃびしゃでどうしようもないな。すっぽんぽんにしちまったほうがいい」


「オアアアッ!?」


ためらわずオムツにまで手をかけるブラッドに私は狼狽した。


こら!!ちょっと待て!!どうしようもないのは、あんたのお頭でしょうが!?

そこに直れ!!このデリカシー零人間が!!天誅をくらわしてくれる!!


必殺の新生児パンチを見舞おうとしたが、あいにく身体が凍えすぎうまく動かない。

まるで油切れのロボットのようだ。


あ、ちょっと、ほんとにやめて!!

貴人は人前での裸を気にしないっていうけど、私はばりばりの庶民派女王なの!!

ああっ、おやめになって!!殿中でござる!!殿中でござる!!

ストップ!!ストップ!!ストリップ!!


「オアアアッ!!オアッフウウウウッ!!!」


もみ合う私達をセラフィがあきれ顔で眺めていた。

産着をはだけ、私の最終防衛ラインを容赦なくはぎとろうとしていたブラッドの手が、ぴたりと止まる。


むう、我が切なる魂の叫びが胸をうったのか?


「・・・・・なんだ。これ。すっげえ綺麗だ。色といい艶といい、こんなの見たことないよ」


ブラッドが息をのみ感嘆する。


おおっ、さすが私の柔肌、言葉にも勝る珠の輝き!!

真に美しいもの見たとき、人は感動で立ち尽くすという。

あほのブラッドにも、私の練絹のような肌に感動するぐらいの感受性はあったのか。

感心感心。

さあ、心ゆくまで、たんと褒めたたえるがよい。そして我が美にひれ伏しなさい。

私はくいっと上半身をくねらせ、震える身体に鞭打ち、びしっと妖艶なポーズを決めた。


「オアッフ~ン」


メアリーがぶーっと吹き出した。


「ご、ごめんなさい。今の仕草かわいくって」


な、なによ。今の私、プリティじゃなくてセクシーだったでしょ!?


いっぽうブラッドは相変わらず食い入るように私の裸を凝視していた。


ちょっ、ちょっと見つめられすぎると恥ずかしいかな・・・・褒め言葉はまだですか?

早くして。さ、寒くなってきた・・・・・!


そしてブラッドは待望の賞賛の言葉を口にした。


「・・・・まっかっかの溶岩みたいだ。魚が上で焼けそうなぐらい輝いてる。触るだけで火傷しそうだ。これ自体が真紅に光ってるみたいだ。オレもいろんな赤いのは見てきたけど、魔性もんだな、これは・・・」


ず、ずいぶん個性的な比喩表現ですこと。

それにしても、あんた、そんなに赤い肌マニアなの?

ふつうの赤ちゃんは名前の通り血色のいい肌してるから、新生児の褒め言葉としては正しいのかもしれないけどさ。私の肌の色は抜けるような白を自負してるんですけど。

せめて桜色とかそんな感じで褒めてほしかったかな・・・・


「・・・・・おい、セラピー!!こいよ!!おまえも一緒に見ようぜ!!」


ぎゃああああっ!!あほブラッド!!あんた、なに手招きしてんの!!

どんな公開プレイ、私に強要する気!?


「ほら、スカチビ、隠さないで手をどけろって。みんなにもよく見せてやれって」


ぎゃーあっ!!勘忍してつかあさい!!


「ボクの名前はセラフィです。癒し系の妙な名前をつけないでください。そして、本人の許可なく、女性の肌をしげしげ見るのは失礼です・・・・それにあの魔犬がまだ死んだとは限りません。早く岸に戻ったほうがいい」


本人の許可って・・・・・自分で言うのもあれだけど、私、新生児ですが。


堅いもの言いにブラッドが苦笑し、流れの向こうを見る。


「・・・・・心配しなくても、魔犬ガルムはあそこを流れて行ってら。セラフィがこの小舟の舳先で押し込んだ流れから脱出できなかったみたいだな」


ブラッドの視線の先には、ごんごんと激しくぶつかり合いながら流れていく浮木の群れがあった。

まるで怪魚の大群がとびはねているような迫力だ。その中でもみくちゃにされる見覚えのある尾と脚が見えた。執拗に何度も何度も幹がうちあわされ、鈍く重たい音を響かせる。

そのたびに突き出しているガルムの尾と脚がプレスされ、出鱈目にぴょんぴょんはねる。


「・・・・脚と尾の生えてる角度と位置がむちゃくちゃだ。たぶんもう挟まれてる身体は原型を留めてないよ。ま、さしもの魔犬ガルムも、自然の力にはかなわなかったってわけだ」


ブラッドが感慨深げに呟く。

背筋が寒くなるシュールな光景に、私は鳥肌立っていた。


本当だったらあの激流の中に、私も巻き込まれていたはずだったのだ。

魔犬ガルムの巨躯をもへし曲げる大自然の猛威の前には、私のやわらか赤子ボディなんかひとたまりもなかったろう。

セラフィの救いの手がなければ、潰されたミンチになっていたはずだ。

あ・・・・・でも、あの魔犬ガルムのことだ。

また幻覚技の血桜胡蝶で私達を油断させる作戦なんじゃ。


「・・・・安心しな。血桜胡蝶は血の中の記憶を使って、自分の分身を一時的につくる幻惑技だ。手と尾だけつくるなんて器用なことは出来っこないって。何百年も修行すりゃ知らないけど。ありゃあ、間違いなく実体だよ」


私の危惧をブラッドはやんわり否定した。


「・・・・・ということで安心して続きを。あ、血流操作したから身体あったまってきたろ」


ブラッドがはだけた私の産着のあいだに手を突っ込み、無遠慮にごそごそかきまわす。

指先が肌をまさぐり、私はこそばゆさにのけぞった。


「オアアアッ!?」


やめて!!くすぐったいってば!!こ、この・・・・変態が!!

む、だが、身体は動くようになってきた。敵に塩を送ったことを地獄で後悔するがよい!

うなれ!!我が鋼の拳よ!!怒りの咆哮とともに宿敵ブラッドを打ち砕け!!


「オアッオアッオアッフゥ!!」


私のぽかぽか制裁を浴びながら、ブラッドが苦笑する。


「おまえ、なんか勘違いしてなくない?これこれ、これ見てみ」


ずるずるっとブラッドが引き出して私の目の前に突きつけたのは、目を疑うような巨大な真紅のルビーだった。赫赫たる輝きが目を射る。中金貨と大金貨の中間ぐらいの大きさがあり、ドロップ型で無数のファセットに覆われていた。手がけた職人の発狂が心配になるほどカットには手間がかかったはずだ。先端には金の金具がつき、鎖が私の首にかかっていた。ブラッドはその鎖を掴みルビーを引きずり出したのだ。

私は憤慨も忘れ目を奪われていた。


「すっげえだろ。オレもルビーは結構見たけどさ。こんなんはじめてだもん」


ブラッドが我がことのように自慢する。


あんたのあれルビー鑑定か!!ややこしい言い方して・・・・・!!

たしかにこんな化物ルビー、「108回」の女王時代でもお目にかかったことはない。

まだ完全にのぼりきっていない朝日の中でさえ、それ自体が発光しているかのように赤く煌々と輝いていた。


「・・・・・100カラットごえのピジョンブラッド!?馬鹿な!!ありえない!!」


セラフィが仰天して身を乗り出す。


「ははっ、スカチビでルビーが釣れた!!おまえがおぼれてた時、流されてたペンダントの鎖が、偶然うまく首にひっかかったんだな。すっげー確率!!もうけたじゃん」


こらっ!私は海老鯛の海老か。せめて鯛にしてよね!


ブラッドは能天気に感心していたが、セラフィは頭を抱えた。


「こんなルビーのペンダントが偶然に引っかかる?ありえない・・・・そんなの天文学的確率・・・・・いや、海では不思議なことがいくらでも起きる。こんなことでいちいち驚いていては・・・・・」


あのー、ここ、ばっちり陸なんですけど。

あんたもコメディー要員になってきてない?


「どこかのお屋敷の宝物かなにかが、この大水で流されてきたんでしょうか」


ルビーのあまりの大きさにメアリーも目を丸くする。


「ありえませんね。これほどの代物なら、商人の世界で絶対に存在を知られています。ボクがこのルビーを知らないわけがない。これは誰のものでもありません。可能性があるとしたら未発見の遺跡の遺物か、所在不明になった歴史上の宝物・・・・と、なると・・・・ひとつ心当たりが・・・・・・」


そう言って、ルビーを違う角度からのぞきこんだセラフィの目が鋭くなる。


「・・・・こちらからだと輝きが瞳の形に見えなくもないな・・・・・やはり、これは・・・・「真祖帝」の神の目のルビーか・・・・・!!・」


同時にこのルビーの素性にようやく思い当った私もがたがた震えだした。

冷えきって鈍っていた頭がようやく回りだした。


「・・・・・うわ、気持ちわりい。ほんとに、眠そうなでっかい瞳みたいなのが見える。」


「角度によっては輝きが瞳のように映るので、神の目のルビーといわれるんです。・・・・ああ、手で触れないよう・・・・伝承どおりなら、注意したほうがいい・・・・・」


セラフィに言われ、ブラッドが興味津津でのぞきこみ、うええとげんなりした声を出すが、私はもう気にしているどころではなかった。

トカゲを拾ったつもりが、実は凶悪な人食い竜の子供だったぐらいの衝撃だ。

頭の芯が痺れる、殺人的なハードパンチを食らった気分だ。


こ、これ、行方不明になっていた「真祖帝」の呪いのルビーだ・・・・・・!!

意志ある宝石と呼ばれ、ふさわしくない所有者を見極め、呪いをかけるオカルトアイテム。

幾多の王族や大貴族を発狂死させた超いわくつきの危険物件・・・・・!!王室の公式記録に残された死者の数は半端ではなく、実は未知の毒物が塗布されているのではという説まで取り沙汰されたほどだ。

とはいえ現物はとうの昔に所在不明となっていて、怪談話に名を残すだけだった。

少なくとも「108回」のときに、女王の私でさえお目にかかる事などなかった。

なのに、なんでセラフィといい、このルビーといい、今回は次々にやばい代物が勝手に押し寄せてくるの!?


「オアアア・・・・・・!!」


あまりの恐怖に腰が抜け、舌がまわらない。

蒼白になってうろが来ている私を、ブラッドとメアリーが心配そうにのぞきこむ。


「スカーレット、どうしたよ!?おまえ、魔犬ガルムにも怯まなかったのに。なんでそんなに怯えてんだよ!!これ、呪いのルビーかなにかなのか!?」


ブラッドが、気遣わしげに眉を寄せる。


うん正解、たしかにこれは呪いのルビーだ。

相変わらず勘が鋭いね。

なにげにブラッドやメアリーに、ルビーを触らせまいと気遣ったセラフィも、たぶん呪いのルビーの逸話を知っているのだろう。

でも、私の怯えてるわけとしては、それだと半分不正解だ。

このルビーがほんとにやばいのはそこじゃないんだよ。

これは大陸大戦の引き金になりかねないルビーなんだ。

その理由を説明するには、まず「真祖帝」について語らなきゃいけない。


・・・・・・・・・


この大陸には九の王国が存在する。

内訳は、四つの小さな王国と、ハイドランジアを含む五つの大きな王国。


まあ、小さな王国は大きな王国のいずれかの陣営に属しているんだけどね。

長い物にはまかれろっていうことで。

そしてこの大きな五つの大きな王国同士が、ずーっと長い間、小競り合いを続けているのが、今の大陸の状況なわけです。

下手に消耗するよりも、みんな今ある領地で満足して、富国に励んだほうがいいような気がするけどね。五大王国は仲が悪く、国家間貿易もままならないので、まあ仕方ないのか。


喧嘩ばっかりしているこの国々だけど、大昔には大陸がひとつにまとまっていた事がある。

それを成し遂げたのが「真祖帝」というわけだ。

まっかな瞳と不思議な力をもつ、ハイドランジア出身の王さまだ。


その頃、大陸には光蝙蝠族と呼ばれる戦闘民族がいて、好き勝手暴れまわっていたが、誰も太刀打ちできなかった。でも、光と蝙蝠ってイメージが合わないなあ。

昼行性のフルーツバットさんなんだろうか・・・・・・


真祖帝は大陸じゅうから戦士達を集い、それを率いて光蝙蝠族と激突した。

そして激しい戦いのすえ、光蝙蝠族を駆逐し、そのあと、協力した有力者たちとの連合政権を打ち立てた。それが九ケ国連合。今の九王国の原型だ。


連合政権とはいえ、真祖帝のカリスマはものすごく、事実上、真祖帝ひとりに治められる帝国に近かった。ただ真祖帝は慈悲深い賢帝だったので、光蝙蝠族から開放された人々は喜び、平和な時代が大陸におとずれたんだ。

ここまでが「真祖帝」のお話。


「真祖帝」には直系の血族がいなかった。

遠縁はいたけどね。それが現在のハイドランジアの王家の御先祖なんだけど、いまの本筋とは別だから、その話はいずれまた。

そして後継者が不在のまま死の床についた真祖帝は、次期「真祖帝」を見極められる不思議な宝石、「神の目のルビー」を遺言とともに皆に残したんだ。


「この神の目のルビーに選ばれた者を、次の真祖帝とせよ。・・・・・だが、心せよ。器のない者が触れると、神の目の裁きがくだるだろう。もし誰にも成し遂げられなかったならば・・・・・・いずれ私と同じ紅い瞳をもった者が遠い血族にあらわれ、この神の目のルビーに認められるだろう。その者が男ならば真祖帝の座を継がせよ。女ならばその者を娶った勇士が、真祖帝を名乗るがいい」


とんでもない大迷惑な遺言だ。

真祖帝って実はストレス溜まりまくってて、意趣返ししたんじゃって思うほどひどい内容だ。

賢帝なら自分の言葉の影響力を考えてほしかったよ。

神通力をもつ真祖帝の遺言だから、それはもう絶対の予言に等しかった。

みんなガチで信じちゃったんだ。

我こそが次期真祖帝なりと自惚れ、神の目のルビーに触れるものが殺到した。

・・・・・そして神の目のルビーは冷徹に審判役をつとめた。

さながら神の目で人の心の奥底を見透かすように・・・・・・

このルビーは審査員役だけでなく、死刑執行役も兼ねていた。

ルビーに認められない者は触れたあと、次々に即死したんだ。

ひどすぎる・・・・・

どうせなら神剣エクスカリバーみたいに、はい、抜けなかった方お帰りください。次の方どうぞ!!仕様だったら良かったのに・・・・・・

試験参加料が自分の命なんて無茶苦茶だ。

まさか危険な野望をもつ者達の排除を狙った遺言だったのでは、と疑いたくなる。

それでも志願者があとを絶たず、犠牲者は拡大する一方だったのだから、人間の欲というのは本当におそろしい。


そして、誰も神の目のルビーを所有できないまま、9カ国連合は分裂。

今の9王国体制が誕生したんだ。

さらに戦乱のなかで、神の目のルビーは紛失。

ハイドランジアにあったという記録を最後に、歴史の舞台から姿を消す。

・・・・・そのまま永久に消えてくれてたらよかったのに。


私が真祖帝の予言につい辛辣な言葉を吐きたくなるにはわけがある。

じつは余計な後半部分の予言のおかげで、「108回」で私は散々な目に会っている。

そう真祖帝と同じ紅い瞳を持つ女が子孫に現れたなら、その者を娶った者が真祖帝を名乗ればいいとの記述部分のせいで。

なんという、ピンポイントな予言をしてくれたのか。

おかげで私は、他の四大王国の王子達にちょっかい出されまくる羽目に陥ったのだ。

妻や妾になれと迫られるわ迫られるわ・・・・

そこだけ聞くととてもロマンティックに聞こえるかもしれない。

四人の王子様に求婚されるなんて・・・・・・!

ただし、この王子達は全員そろって、筋金入りのクソ王子だったけどね!!

王子というメルヘンな響きに似合わない下品な罵り言葉とは自覚している。

でも、私にはそう呼びたくなる理由があるのだ。


あまり乗り気じゃないけど、説明しておこう。


「108回」において、私は女王即位前に、何度もこの王子達に凌辱されかかった。

それも一度や二度ではない・・・・・!

自分で言うのもなんだけど、私はこの世に二人といない紅い瞳の美少女として、奴らに早くから目をつけられていた。紅い瞳は極めて珍しく、私の知る限り、真祖帝とお父様と私にしか顕現していない。

大陸を統一したい野望に燃える王子達にとって、真祖帝と同じ紅い瞳の私は、最高のビッグトロフィーだったわけだ。一応うっすらだけど血もひいてるし。

さらに真祖帝の迷惑な予言が、劣情の火に油を注ぎまくる結果になった。

奴らは私を手に入れようと躍起になった。

王子達の四大国は国力上、ハイドランジア王家よりも立場が上だったから、自分の国以上にハイドランジアでやりたい放題だった。奴ら、私を令嬢ではなく、狩りの獲物として追いかけまわしたんだ。


十代に入ってすぐに私の受難ははじまった。

ぱっと思い出せるだけでも、輝かしい経歴を並べたてることができる。


・・・・・・拉致されて、ハイドランジアの国外にテイクアウトされかけたこともあるし、いきなり馬車の中に押し込まれ、押さえつけられたこともある。衆人環視の舞踏会場のなか、頬をグーで殴られ引きずられていったこともあった。赤いドレスを鼻血で染め上げて、後ろ襟首掴まれて連行された令嬢って、そうたくさんはいないと思う。

死ぬか言うことを聞くかどちらか選べと、髪を鷲掴みにされて塔からぶら下げられたこともある。若禿げちゃったらどうすんのよ・・・・・

座敷牢に閉じ込められ、逃げられないようにと爪先を切り落とされそうになったこともあったな。ぎりぎり回避したが、身代わりにお気に入りだった靴は先端がカットされ、通気性抜群のサンダルに成り果てた。ちょっと!! 弁償してよね!! 庭の中で、ゲームと称して猟犬つかって追い回されたこともある。しかもドレスを器用に破くように躾けられた犬・・・・・そんな訓練に犬生を費やしたのかと思うと、ワンコに涙を禁じ得ない。ほかにも私を出てこさせるため町に火を放ったり、表現憚られる行為をされそうになったり、まだまだ枚挙にいとまがない。


愛の言葉のかわりに脅し文句。

抱擁のかわりに容赦ない暴力。

指輪の代わりに鎖つきの首輪。

花束のかわりに手枷足枷を持って高笑い。


あんたらの行動のほうが、よっぽど私より悪役令嬢にふさわしいよ!

みんな無駄に顔はいいんだし、女装の経験でもすりゃいいんだ。

そして痴漢される恐怖でも味わえばいい。

そうすれば少しは女の気持ちもわかるだろう。ほんと心からげんなりする。

あのときの記憶を思い出すと、今でも震えが止まりません・・・・・怒りでね。

恐怖?そんなもん怒りでとうに燃え尽きましたとも。

あいつら、こっちが国際問題に発展するといけないと思って控えめでいたら、図に乗っちゃって!!

押し倒された時、どんなに急所を握りつぶしてやろうと思ったことか・・・・!!

あやうく懐の私の愛用のカスタネットが火を噴くところだったよ。

たおやかな令嬢だったら、ぜったいトラウマで精神病むか完全に鬱になっている。


・・・・・・ということで、ローティーンからずっとそんな目に遭い続け、私はすっかりすてきな恋愛に夢破れ、一歩ひくようになってしまった。そう、だから私が恋愛音痴なのは奴らのせい!!断じて私自身に非があるわけではないのです!!


おまけにお父様の死後、孤児になった私を、バイゴッド祖父母は隙を見ては奴らへの贈り物にして媚を売ろうとするし、ほんと何度貞操の危機に見舞われたことか。いくら仲が疎遠でも、ふつう孫娘に眠り薬やしびれ薬盛る!?

あーっ!!思い出すだけで、はらわた煮えくりかえりそう!!

勿論やったのは、「108回」のバイゴッド祖父母で、今回での彼らではない。

でも、今回の人生でも私はすんでのところで堕胎され死亡していたのだ。

裏で糸をひいていた祖父母に怒りを抱く資格は満たしているだろう。

お母様の怨みも含めてね。


ともあれ「108回」で私がかろうじて純潔の花を散らさずに済んだのは、ライバル心の強い王子達が牽制しあったのと、王位をめざすべく私に叩きこまれた護身をふくめた英才教育、それとマッツオとエセルリードの機転に何度も助けられたおかげだ。

ほんとあの二人には足向けて眠れないよ。


そして困ったことに、この四人の王子たちは、どの「108回」においても、必ず四大国の次期王位継承者として台頭してくるんだ。それこそ天災なみにまったく同じ結果になる。つまり大国そのものを動かせる立場になるんだ。


真性のロクデナシなのに立ち位置と血筋にめぐまれ、さらに全員無駄にハイスペックだから当然だ。悪魔だって力の強さだけでみるなら、天使と同じく超越存在だろう。それを将器と勘違いし、かしずく人間が大勢いても不思議はない。魅力的なカリスマに見えるかもしれない。だけど極悪人の本質に変わりはないんだけどね。


そして、必ず私にちょっかいかけてくるんだ。

あんたらは、行動パターンの決まった乙女ゲームのキャラクターですか。

しかも、やってくることは十八禁・・・・・

私の人生一回につき、奴らは一人あたま四回ほどは、さきほど話したような非常・・・・というか異常手段を粛々と敢行している。

つまり、「百八回」の人生を生きた私は、各王子一人ごとに、四百回以上犯されかけた記憶があったりするのだ・・・・・四人あわせて千六百回以上・・・・うえ、ミルク吐きそう・・・・お酒を飲んで嫌な記憶を忘れたいが、私の飲酒解禁デーはとうぶん先なのだ・・・・・


・・・・ということで、私は心底この四人の王子たちが大嫌いだった。

正直なところ思い浮かべるのさえ御免こうむりたいレベルだ。

これに比べれば「108回」で私を惨殺した五人の勇士達のほうが遥かにマシだ。

彼らはよくも悪くも真面目だったから、まっすぐ私の命をとることしか頭になかった。特にブラッド、セラフィ、アーノルドの三人は、女王の私以外の犠牲者を最低限に抑えようと気配りさえしていた。敵味方ながらマッツオとは互いを評価しあっていたところを見ると、やはり相通ずる紳士な部分があるのだろう。


だから、私が大勢に取り囲まれ捕虜になったパターンでも、女性としての辱めだけは一度も受けていない。

反乱軍のなかには好色な目で私を見て、引き渡しを要求する連中もいたが、ブラッド達は頑として撥ね退けたので、一度もそういう目には遭わなかった。

ただし、その分殺すことに容赦はなかったけど・・・・・


だけど、栄えある大王国の跡継ぎのこの王子さま達は違う。

奴らは女好きでありながら、女性に対する敬意など欠片もない。性欲のはけ口か子作りや政略結婚の道具、あるいは装飾品代わりとしか考えていなかった。というか世界の中心に自分しか据えていない。もちろん目的のためなら平気で犠牲者を量産する。

クソ王子どもの傲慢な顔を思い出すだけでむかむかしてくる。

そんな四人全員が、自分こそが真祖帝にふさわしいと公言して憚らなかった。

冗談じゃない。あんな奴ら真祖帝なんかにしたら、九王国すべてがレミングス化して奈落に向かって一直線だ。


私が「108回」で反乱軍の五人の勇士に殺された後、ハイドランジアがろくな結末を迎えていないはずと確信しているのは、このクソ王子たちが内乱に乗じ、行動をおこそうとしていたのを知っているからだ。こんな最悪の奴らが、弱っているハイドランジアを見逃すわけがないし、まっとうな統治をするわけもない。


そんな奴らが血眼で探し回っていたのが、真祖帝の跡継ぎのあかし、神の目のルビーだ。

諜報機関どころか占い師まで動員するほど執着していた。

なにせ、真祖帝の予言通りなら、紅い瞳の私は、神の目のルビーに必ず適合する。

私がルビーを所有できれば、あとは私ごとルビーを自分の懐に取り込めば済む。安心確実に真祖帝の座をゲットできる。わざわざ自分自身で呪殺必須のロシアンルーレットに挑む必要はないのだ


おのれ真祖帝め・・・・・神の目のルビーを所有できた紅い瞳の娘を娶れば、旦那が次期真祖帝なんて、あほな予言を残しやがって。まったくどんな顔か見てみたいよ。きっとそうとう捻くれた御面相に違いない。


「オアッ!?」

ずるっと胸元のルビーがまるでこけたように動いたのは目の錯覚だろう。


・・・・まったく、そんな予言されたら、可能性ある娘なんて、私以外いないじゃない。

おかげで私は、神の目のルビーが発見された場合、それを最初に身につける大役を押しつけられることになっていた。

もし私で試してみて、呪い殺されたなら、事後案を練ろう、というわけだ。

私は鉱山のカナリヤですか・・・・・

まあ、「108回」においては、ついにルビーは見つからなかったんだけどね。

だから真祖帝の後を継ぐという奴らの野望は、結局果たされなかったんだ。

ふんだ。お天道様は悪事を、ちゃんと見てるんだから・・・・・!!


だが、失われたこのルビーが出てきた今、状況は「108回」とは大きく変わった。

ルビーはすでに紅い瞳の私とセットになっている。

私を手に入れるだけで、自動的に真祖帝の跡継ぎを名乗れるようになるんだ。

さらに私ってば未来の超絶美少女。こんな一粒で二度おいしい物件をクソ王子たちが見逃すはずがない。「108回」の遊び半分と違い、必ず国家事業として本腰入れて、私をゲットしようしてくる。

ううっ、ボケ○ンじゃなく、のけもんにしていてほしかった・・・・・

お天道様、どこに行ったの!?


そして、私が四人の誰かのものになっても争いは終わらない。

四人の性格上、蛇のように執念深く私をつけ狙うだろう。

打てる手はすべて打ってくるだろうから、国家総力戦になる可能性は大だ。

四人ともに互いへの対抗心と自尊心は物凄い。

そして真祖帝の座への執着もだ。

もっと他のことで競ってほしい。しりとりとか椅子取りでいいじゃない!

みんな、私のために争うのはやめて!!

・・・・・ふう、つい悪のりして、一度は言ってみたい台詞言っちゃったよ。

王子達はそのプライドの高さゆえ、自分以外を真祖帝にするぐらいなら、そいつと刺し違えて道連れにしようとしかねない。なんというエベレストのごときプライド・・・・私のプライドなんかおむつ替えの時点で一気に沈下して、いまや親子連れに人気のお手軽ハイキングコース状態なのに。

こいつらでは、手に入らないと判断したら、あてつけで私を殺そうとする可能性まである。

敗者が死に絶え、勝者が一人になるまで戦いは続くだろう。

もちろん大陸じゅうを巻き込んでだ。

大陸破滅の足音が聞こえるようだ。


「108回」で私は、女王即位、国民の反乱、5人の勇士の誰かに最期は殺害されるという、それなりにハードコースな人生を満喫したが、それでも舞台はハイドランジア一国だった。諸外国の干渉はあったが、ハイドランジアの内乱どまりで、生まれる犠牲者もそれにあわせた数だったんだ。


でも大陸の覇権を巡る戦いはそうはいかない。

大陸の列強国同士がぶつかりあえば、このルビーをきっかけに何十万人単位の犠牲者が出るだろう。

「108回」では死が日常茶飯事だった私だが、これは桁が違いすぎる。

気分が悪い。吐きそうだ。げっぷが溜まっているわけではない。

のしかかる精神的な重圧で立っていられない。

新生児だからまだ這い這いもできないけど。


事態がのみこめず唖然とするブラッドとメアリーに、セラフィが説明役をかってでた。


「・・・・・このルビーは、大陸をはじめて制覇した「真祖帝」の帝位のあかしである神の目のルビーです。・・・・・しずく形で百カラット以上、しかも瞳状の輝きが映るルビーなど、それ以外には思い当りません。戦乱の折に、ずっと行方知れずになっていたのですよ・・・・・このルビーを身につけられる人間は、「真祖帝」の後継にふさわしい器の持ち主とされます。大陸のすべてを統治する統一連合の皇帝たる資格ありと認められるんです。・・・・・・ただし、本来このルビーにはものすごい呪いがかかっています。不適格者は触っただけであの世行きなんです。ブラッドがさっき無事だったのは、鎖のほうを握っていたからでしょう・・・・・・」


「・・・・・っあぶねえな!!もっと早く言えよ!!」


ふんふんと聞いていたブラッドが、まっさおになって怒鳴る。


「言ってたじゃないですか。触らないほうがいいって。ボクだって森羅万象の生き字引というわけじゃない。まだ少ししか生きていない頭のなかに、無理していろんなものを詰め込んでるんだ。完全に事柄を思い出すには、少し時間がかかるんです・・・・・・・・」


セラフィはさらっと流した後、説明を続ける。

まあ、たぶんセラフィ六歳ぐらいだから、神の目のルビーの呪いを知ってるだけでも十分凄いんだけどね。そして、やっぱりセラフィは真祖帝の予言のことにも精通していた。


「・・・・ということで、このルビーを所持できた紅い瞳の女性がいた場合、その女性を娶りさえすれば、配偶者は労せず真祖帝を名乗る資格を得るんです。つまり公爵令嬢には、これから大陸じゅうからのプロポーズが殺到することになるでしょう・・・・・・」


こ、こら、なんか楽しそうな表現でまとめるな。

赤ちゃんの私を、大の大人達が必死になってかき口説く、はちゃめちゃコメディーみたいじゃないか。実際はこれ、笑いごとじゃないんだよ!!


「つまり、このルビー・・・・いえ真祖帝さまの跡継ぎの座だけが目当てで、お嬢様にプロポーズする人達が大勢押し寄せるってことですか。そんなの許せません!!お嬢様の旦那さまになるのなら、きっちりお嬢様御本人を好きになる、筋を通した立派な方でないと、私はぜったい認めませんよ!!」


メアリーが激しく憤慨する。

気持ちは嬉しいけど、赤ん坊の私を異性として好きになる人って、筋金入りの立派など変態なのではないでしょうか・・・・・・・


「・・・・・そうよ!!ブラッド!!こうなったら、あなたがお嬢様と結婚すればいいんです!!そして二人で愛し合う幸せな結婚生活を送るんです。ついでに真祖帝も引き受けて・・・・」


メアリーが拳を振りあげ、まっかになって力説する。

さすが恋愛重騎士隊長メアリーだ。恋愛の前では真祖帝の座もついで扱い・・・・

でも・・・・・ブラッドの奴、どんな反応するんだろ・・・・ちょっと興味あるかな。

私は気づかれないよう、さりげなくブラッドのほうをちら見した。


「・・・・・ん?なに!?」


話を急に振られたブラッドは、なにごとか考え込んでいたため、きょとんとした顔をあげた。

あんたはラブコメの聞き逃し主人公か!!


「・・・・・お嬢様、どんまいです・・・・・」


メアリーがそっと私を勇気づける。


やめてよね!!勝手に私がふられたみたいな流れつくるの!!

あほのブラッドは話を本気で聞いてなかっただけなの!!

このハイドランジアの魅惑の星の私が袖にされるなんてありえないんだから。

成長すればだけど・・・・・・・


ああっ!!だけど成長したらしたで、あの好色クソ王子達に身体を狙われまくる日々がはじまるし!!


私は頭を抱えてうめいた。


今回の人生では、社交界にさえ関わらないと決意していたのに、もうそれどころじゃない!!

「108回」のハイドランジアの王位継承戦より話がスケールアップしてるじゃない!

しかも望んでもいないのに勝手に転がり込んできたルビー一個のせいで!!


「ちょっと待て。・・・・・真祖帝って大昔の九カ国連合の大将だろ。そんな連合とうの昔に滅んで、影も形もないだろうがよ・・・・大陸の、四つの小国と五つの大国はもうずっと独立してて、それぞれ自分らで国を治めてるじゃないか・・・・神の目のルビーかなんだか知らないけど、そんな宝石ひとつで、真祖帝の跡継ぎを決めるなんて、各国の王様達がすんなり納得するはずがないぜ」


考えがまとまったのか、ブラッドが顔をあげて言う。


今さらそこ!?

でも、ま、幼児なのにややこしい状況を即理解するセラフィのほうが異常なだけか。

ブラッドの疑問は当然だ。

壮大かつ理不尽な話に、ブラッドは納得がいっていない。

その言葉にセラフィは静かに答える。


「・・・・真祖帝のつくった九カ国連合は滅んでいません。いえ実体はなくても、滅んでいないと国家間では解釈されているんです。・・・・・・現在の九つの王国は、正確には独立しているのではなく、真祖帝の後継者が不在なので、その間おのおのの国王で国を仮に預かっている、そういう扱いになっているんです。当時の王達が全員一致でそう取りきめたんですよ。あまり一般には知られていない話ですが・・・・・そして神の目のルビーはただの宝石ではありません。意志をもつ宝石なんです。真祖帝の跡継ぎに相応しくない器と判断したら、相手を容赦なく呪い殺す危険極まりない判定装置なんですよ。各国の王はその基準の厳しさを熟知していたから、神の目のルビーで跡継ぎを決めることに反対しなかったのです・・・・・それが公爵令嬢を娶るだけで、真祖帝を継げるとなると、四大国は揃って獲得にむけて動き出すでしょう。公爵令嬢の争奪戦がはじまります。拉致や誘拐ぐらい平気でやりますよ。目的のためなら殺人も厭わないでしょう。野心むきだしの今の四大国の王子達なら・・・・大陸を戦火に巻き込むことさえ躊躇わないはずです」


最後にそう忌々しげな口調でセラフィは吐き捨てた。


あ、こいつ、たぶんクソ王子達の誰かに会ったことあるな・・・・・・


「・・・・・話が読めてきたぜ。スカーレットと神の目のルビーが揃うと、大国の王子達のあいだで取り合いの大戦争が起きるってわけか。そんで、そいつらは犠牲者がどれだけ出ても屁とも思わないろくでなし揃いなんだな。だからスカチビはこんなに怯えてるのか。・・・・・優しいやつだな、おまえは」


事情をのみこんだブラッドが、ぽんぽんと私の頭を叩いた。


「・・・・じゃあ、こんなルビーとっとと捨てちまおう。呪いがオレにまわる前に・・・・放り捨てる!!」


ためらいなく、がっと金の鎖を引っ掴み、ルビーのペンダントを捨てようとする。


「待ちなさい!!そのルビーに害意をもってはいけない・・・・・!!」


「オアアアッ!!」


私とセラフィが止める間もなかった。

ルビーがあやしく輝いた。

ぼうんっと一瞬焔に包まれ、ブラッドは跳びのいた。

あわてて手で服をはたき、冷や汗を垂らす。


「な、なんだあっ!?火傷・・・してない!!この焔、幻覚かよ!?・・・・・このルビーのしわざか!?」


「・・・・・話したでしょう。神の目のルビーは意志をもつんです。あなたも今のでわかったでしょう。たとえ持ち主本人が破棄しようとしても、宝石が拒否する限り、どうにも出来ないんです」


セラフィはため息をついた。

持ち主というか取り憑かれたといったほうが正しいかもしれない。


さっきから私もこっそり放り捨てようとしてるんだけど、その度に腕が動かなくなるんだよ。

これからは呪いの宝石と、お風呂も一緒、寝るのも一緒ですか!?

ルビーの呪いのおびただしい犠牲者数を知ってるだけに洒落にならないんですけど!!


「・・・・・神の目のルビーは持ち主を自ら選ぶんですよ。そして宝石はおのれを排除しようとする害意には自動的に呪いで反撃する。文献どおりだ。ブラッドはあくまで公爵令嬢を守ろうとしただけなのでその程度で済んだのでしょう」

そしてさらに深くため息をついた。


「・・・・これは間違いなく失われた真祖帝のルビーです。これから大変なことになりますよ。大国は国家占星術師や諜報機関を使い、血眼でルビーの行方を捜し続けていました。列強にルビーの存在と持ち主の公爵令嬢のことが知られるのは時間の問題でしょう」


たかが占いと侮るなかれ。

国家お抱えレベルの占い師になるとその的中率も半端ではない。

私もマザーと呼ばれる高名な占い師を知っているが、彼女は「108回」すべてで私が女王になると予言してのけている。それも私がまだ子供のうちにだ。それだけならリップサービスの可能性もあるが、私の早逝と国民の反乱、五人の勇士の登場までぴたりと当てているのだ。天災関係の的中率も神がかっていて、その精度はハイドランジア議会が真剣に政策の参考にするぐらいだった。マザーは放浪癖があり、ふらっと現れてはふらっと消えるのだが、それだけに姿を見せた時は、多数の貴族が我先にと押し寄せていた。マザーは美人だったし、話術にも長けていたから、その人気は絶大だった。ただ私はちょっと苦手だったけど・・・・・あの人やたらスキンシップしてくるんだもの。それも何故か私のときだけ。強い星の持ち主は輝きが強すぎて目がくらむので、直に触らないと占いの精度が狂うって言ってたけど・・・・・なんか触り方がアリサを思い出すんだよね・・・・・


「・・・・・そんな・・・・大国に知られた場合、お嬢様はどうなるんです?」


メアリーが不安げに問いかける。

もってまわった言い方をしていたセラフィが躊躇いがちに、核心を口にする。


「・・・大国の王子か、あるいは王が、直々に公爵令嬢をルビーごと取り込もうと動いてくるでしょうね。自らがルビーに認められなくても、公爵令嬢ごと自分のものにしてしまえばよいのだから・・・・・」


「スカーレットを自分の妃か側妃にするのが手っ取り早いってのか・・・・そんなん下手すりゃ、一生飼い殺しじゃねえか・・・・・生まれたばっかだぞ、こいつは・・・・・あげく、その果てに大陸巻き込んでの争奪戦が待ってるってのか・・・・!!」


ブラッドが歯軋りするが、私は諦めて言葉を受け入れていた。

セラフィの答えは私の予測通りだった。


「かわいそうだろうがよ・・・・!なんとかなんないのかよ・・・・!」


ブラッドが拳を握りしめ唸る。

気持ちは嬉しいが、なんともならないことは私が一番よくわかっている。五大国のうちのひとつとはいえ、ハイドランジアの軍事力は他の四国に大きく劣っている。王家親衛隊だけは群を抜いて強いが、数の暴力の前には少数精鋭部隊も無意味だ。もしハイドランジア王家の姫がルビーの所有者でも、四大国が本気で姫ごと奪う気になれば、ハイドランジアでは抗することは出来ない。まして私は貧乏公爵の一令嬢だ。いくら知識チートで武装しても、正直、大陸の列強相手に戦い抜く力はない。

おそらくセラフィの言ったとおりのことが起きるだろう。あとは私ごとルビーを手に入れた大国でうまく立ち回り、大戦争の被害をなるべく小さく抑えるしかない。

そして、もうひとつ残された手は・・・・・


「・・・・・最悪の場合、死ぬ気かよ!!ふざけんなよ!!スカーレット!!」


私の考えを読んだブラッドが顔色を変えて怒鳴った。


「いけません!!お嬢様・・・・・!?」


メアリーが悲鳴をあげて、ぎゅっと私を抱きしめた。


「な、なにを怒ってるんです・・・・・」


唖然とするセラフィにブラッドが息を荒くして説明する。


「オレは血流で人間の考えがある程度読めるんだ。こいつは、いよいよどうしようもなくなったら、ルビーを道連れにして深海に身を投げようって考えている。そうすればルビーは見つからなくなり、大戦争も起きなくなるだろうって。怒るぞ!!おまえ!!」


あまりの剣幕に私は思わず身をすくめた。


も、もう怒ってるじゃない・・・・・!!

だって・・・・だってさ。ルビーごと私さえいなくなれば、大戦争は起きないんだよ。

どう考えたって、これが確実に大戦を回避する、一番いい結末じゃない・・・・・

私は天国に召されるのです。

・・・・・「108回」で治外の民を全滅に追い込んだし、地獄のほうかもしれないけど。


ブラッドは私を睨みつけた。直視する勇気がなく、私は目をそらした。


「・・・・覚えてるか。オレ、前におまえに、生まれてきてよかったなって声かけたろう。あの言葉を嘘にさせる気か」


覚えてるよ。忘れっこない。私がはじめてあんたに会ったときのことだもの。

でも、ブラッドはわかっていないんだよ。大陸の列強国がどれだけの力を持っているのか。

私は「108回」の女王時代に彼らの実力を垣間見ている。四王子達の残忍さもだ。奴らが本気になればハイドランジアは焦土と化すだろう。

美人薄命!!私のことは、もうほおっておいて!!


「オアアアアッ・・・・!!オオッ・・・・!!」


「理屈は聞いてないんだよ。おまえの気持ちを聞いてるんだ。助けてほしいのか、どうなのか。言っとくけど、ごまかそうとしても、オレは血液の流れですべて見抜けるから無駄だぞ」


ブラッドが屈んで私を正面から睨みつける。


ず、ずるいよ。そんなの。

嘘つくことも許してくれないなんて・・・・・・


「108回」分の王子達に手籠めにされかかった無数の記憶、奴らの残酷なやり口、到底勝ち目のない四大国の軍事力・・・・・戦乱に踏みにじられる命・・・・・自分とルビーがきっかけで大戦がはじまるかもしれない恐怖・・・・・・私の中で押さえていた気持ちがふくれあがり、涙とともにあふれでた。


「・・・・・オアアッ・・・・!・・・・・オオオッ・・・・・!」


こわいよ・・・・!こんなの嫌だよ・・・・・!助けて!!ブラッド・・・・・!!


「・・・・・バ~カ。最初から素直にそう言えよな」


ブラッドがにかっと笑うと立ち上がった。


「よし、決めた!!敵が列強国だろうと王さまや王子だろうと、オレがおまえを守ってやる。だから・・・・・もう泣くな」


朝日を背にしたブラッドは本当になんとかしてしまえると思うぐらい頼もしく見えた。


あ、あんた、バカなの・・・・・?

そんな嬉しいこと言われて泣かない女の子がいるわけないでしょうが・・・・!

通りすがりみたいな私のために、魔犬ガルムを相手に戦ってくれて、今度は大国の軍事力を敵にまわして守ってくれるっていうの?

なんでそんなに強いの。なんでそんなに優しいの。

「108回」のとき、このブラッドが側にいてくれたら、どんなに・・・・・!!


涙をこらえきれず嗚咽する私をメアリーが優しく抱きしめる。


「・・・・・お嬢様、私はむずかしいことはよくわかりません。でも、これだけは断言できますよ。なにがあってもお嬢様の味方でいてくれる人達がここにはいます。奥さまも、ブラッドも、マッツオさまも、王家親衛隊のみなさまも、お父様も、もちろん私も。そして、たぶんセラフィさまも・・・・ね」


メアリーの体温が伝わり私を落ち着かせる。


ええ・・・・気持ちは嬉しいけど、お父様とセラフィは微妙なんじゃないかな。


メアリーに視線を向けられたことに気づいたセラフィがあわてて片手で長い前髪を押さえつけ目を隠した。その鼻は赤くなっていた。


え、こいつ、まさかと思うけどもらい泣きしてたの?今のやりとりぐらいで?

さりげなく鼻をこすって誤魔化したが、こいつ冷静を装ってるだけで、ひょっとして涙もろいんじゃ・・・・・


「・・・・・いいでしょう。ボクも力を貸します。ボクの夢はオランジュ商会を復興させることです。「神の目のルビー」をもつ「真祖帝」と同じ瞳の公爵令嬢、これは大陸が揺れますよ。動乱こそ飛躍のチャンスです。公爵令嬢のもとには必ず人と富の流れができます。そして、弱小勢力のうちにあなた達につくなら、ボクは功労者になれる。ハイリスクハイリターン・・・・・望むところです」


冷徹なまなざしでほほえむセラフィ。


や、やっぱり危険だよ。こいつ・・・・・・


ブラッドはセラフィを一瞥し、嬉しそうににっと笑った。


「おまえ、嘘つきだろ」


や、やっぱりそうなの・・・・・!?なんか腹に一物抱えてるってこと?


「おまえ、スカチビがたったひとりでこんな目に会うって可哀そうと思ったんだろ。だから男気見せて、大陸の四大国を敵にまわしてでも、オレ達につくって決めたんだ。でも、普通に協力を申し出たら引け目を感じさせるからって、悪ぶってみせたな。言ったろ。隠しても血の流れでオレにはわかっちまうんだ。気に入った。おまえ、今日からオレの友達な」


そ、そうなの・・・・!?意外だ・・・・!!


だけど言葉に一瞬詰まってそっぽを向いたセラフィの耳は真っ赤に染まり、ブラッドの指摘の正しさを証明していた。


案外かわいいとこあるんだ・・・・・


「・・・・・で、セラフィよ。おまえが味方につく以上、スカチビを守るいい手があるんだろ。聞かせてくれよ」


ブラッドの言葉にセラフィがうなずく。


「・・・・危機をも好機に変えられてこそ商人です。ありますよ、公爵令嬢が一時的に大国に手出しされないようになる、ちょっとした手が・・・・・そもそもルビーをもつ公爵令嬢を大国がとりこもうとするであろう理由は・・・・・紅い瞳をもつ女性がルビーの資格者なら、それを娶った者が真祖帝になればいい、との遺言のせいです。・・・・・ならば、その原因を元から断てばいい」


耳を傾けているブラッドとメアリーが首を傾げる。

私もだ。そんな手段があるのなら苦労はしない。

だがセラフィの言葉は私達の予想内を完全に飛び越していた。


「・・・・・公爵令嬢には、男になってもらいます」


「・・・・は?」


「・・・・え?」


「オアッ!?」


奇想天外な言葉に聞き間違いかと全員が思った。

だが、セラフィは自信たっぷりに頷く。


「・・・・女だから狙われるのであって、男ならば狙われないと言ったのです」


「・・・おまえ・・・・いくら、スカチビが凶暴だからって・・・・・こいつは一応女だぞ。おむつ替えのときちゃんと確認して・・・・わっ・・・・!?」


言うに事欠いて、なんてこと口走ってんのよ!!あほブラッドが!!


私が鎖をもって振り回した必殺のルビーハンマーを、ブラッドが慌ててかわす。


お・・・・・私、必殺技見つけたかも・・・・・

今度マッツオに鉄球さばき習おうかしら・・・・

そして近づいてきたクソ王子どもを虐殺するのだ。

ルビーに五メートルぐらいの鎖か縄をつけて武器にして。

うん、それが一番手っ取り早い問題解決なような気がしてきたよ。

スカーレット専用装備、呪殺兵器、紐付きルビー爆誕!!.

ルビーハンマーとスカーレットハンマー、どっちの名前がいいかな。

それとも神の目ハンマーとか真祖帝ハンマー?

ブラッド、どれが一番敵を怖がらすことができると思う?


上機嫌の私にブラッドが呆れかえる。


「さっきまで泣いてたのにこれか。おまえの腹の据わり具合が一番こわいよ!・・・・・呪いで即死するような危ないルビーぶん回すんじゃねえ!!」


「あの・・・・・・ボクは真面目な話をしているつもりなんですが・・・・」


ため息をつくセラフィに私は異議を唱えた。


「オアッ!!オアオア!!オアアッ!!」


私の赤ちゃん言語が理解できず、セラフィは首をひねった。


「す、すみません・・・・なんて言ってるかわからないんですが・・・・」


あんた、いろいろ勉強してるんだったら、赤ちゃん語くらい習得してなさいよね!!

人間はみんな赤ちゃんからスタートなんだから。なにごとも最初が肝心よ。


「・・・・オギャ・・・オギャアア・・・・?・・・・どうです?」


あんたが赤ちゃんの真似してどうすんのよ!!

もうっ、世話が焼けるなあ。ブラッド通訳してあげて!!


「・・・・・ほいほい・・・・スカチビはさ。男と思われたら、うんち王子達にかえって命を狙われるんじゃないかって言ってるんだ。女のときよりも危険度があがるってさ。紅い瞳もちの男でルビー適応者だったら、それこそ次期真祖帝確定なんだから、王子達にとってなんとしても排除したい対象になっちゃうって」


「あの短いアウアウ語にそんなにたくさんの情報が・・・・どうやって・・・・」


セラフィが悩む。


こら、そこは突っ込んじゃダメなとこ!!

それとブラッド!!クソ王子をうんち王子と生々しく訳すんじゃない!!


「な・・・・なんか調子狂いますね・・・・まあ、いいか・・・・いいですか。単に公爵令嬢を男の子としたら、当然大国にとっての邪魔者にしかなりません。次の真祖帝と決定しているわけですからね。すぐに殺そうとしてくるでしょう。でも、もし、本当は女の子かもしれないと疑わせる事ができたら・・・・・・」


「・・・・・え・・・・あ、そうか・・・・・そうすりゃ、迷うのか。スカチビの性別を確かめるまで、王子達は迂闊に動けなくなるんだ。なるほどね・・・・・」


ブラッドがぽんと手をうって感心する。


たしかにセラフィの言うとおりだ。

無茶苦茶ではあるが、理に適っている。

私が男であるか女であるかで、王子達にとっての私は、もっとも邪魔な存在か、あるいはもっとも手に入れたい存在か、価値が百八十度変わってしまうからだ。

男か女かで、とるべき対応も正反対になるから、私の性別がはっきりしない限り、思いきった手に出られなくなる。行動を封じることが出来る。最高のカードか最低のカードかどちらかと決まっている最後のトランプを、一発勝負の裏返しで突きつけられているようなものだ。

躍起になって性別を探ろうとはしてくるだろうが、それをのらりくらりとかわしていけば、取り敢えずの時間は稼げる。


「もちろん性別がばれないようにするのが絶対条件ですけどね。幸い公爵令嬢は性別どころか誕生さえまだ外部には知られていない。・・・・・シャイロック商会の連中も、まさか公爵邸で好き勝手しようと周囲の情報遮断していたことが、こちらを助けることになるなんて思ってもみなかったでしょうね。・・・・・ざまみろ」


ぼそっとセラフィが呟く。

外見は冷静沈着キャラだけど、こいつ段々化けの皮がはがれてきたな・・・・・


「ここに集まっている皆は、王家親衛隊も含め、口が固い人達ばかりです。うちのオランジュ商会の連中もね。事情を話せば、公爵令嬢が女性ということは口をつむいでくれるでしょう。もっとも男だと嘘をつき通せるのも、さすがに十代はじめが限界でしょうけど・・・・・」


「うーん・・・・・十代なかばまで、大丈夫じゃないかな。こいつなら遺伝的に」


遠くのお母様の引き締まった胸を一瞥し、ブラッドが失礼な発言をする。


「・・・・・なぜか胸が痛い・・・・」


お母様が不思議そうに首をかしげている。


おのれ不埒なブラッドめ!!そういうのセクハラって言うのよ!!

貧乳の裁きを受けるがいい!!

ルビーパンチ!!ルビーシュート!!


私はルビーをブラッドめがけて投げつけた。

もちろん首に鎖がかかったままなので、遠くにはとばせない。


「・・・・わっ!!だから、殺人ルビーを玩具代わりにするのやめろ!!」


あんたの反射神経なら、こんなの目をつぶってでもかわせるでしょ。

面白いからもう少し遊ばせて~


「・・・・・そうか、性別をあいまいにすりゃ、男のスカチビが身を守るため、女というにせ情報を流しているのか。それとも女なのに、手出しされないよう男に見せかけているのか。嘘とほんとの区別がつかなくなって、奴らは二重の意味で混乱するわけだな。大国を手玉にとれるわけか。そりゃ痛快だ」


身をさげもせず、よっ、ほっと軽々とルビーをかわしながら、ブラッドがにやりとする


「オレたちは、〝スカーレット男の子化計画〟に協力すればいいんだな。よし、男らしく見えるよう武術はオレが仕込んでやらあ。オレの見立てだと、スカーレットは武才がある。とりあえず最終目標は心臓止め習得だな」


あほかあっ!!なにがとりあえずよ!!

それ治外の民の宗家の秘奥義じゃないの!!

目標が高すぎるわ!!

あんたは私をプロ暗殺者に仕立て上げるつもりか!?


「・・・・・じゃあ、お嬢様は、女の子のお洒落できなくなるんですか。お可哀そうに」


メアリーが涙ぐむのを見てセラフィが慌てる。


「外ではともかく、家の中では少しぐらい女の子の格好してもいいんです。むしろそのほうが四大国を混乱させる事が出来る。貴族は幼児のうちは、男の子でもドレスを着ますしね」


災難よけのまじないなのか、暗殺対策なのか、トイレの関係なのか、理由はよくわからないが、確かに貴族にその謎風習はある。幼い息子がいる貴族の家族が集合した肖像画に、ドレス姿の子供達しか存在せず、どれが息子かわからないというのは、割合普通にあることだ。


「・・・・・貴族って変なことするよな。オレには理解できない世界だぜ」


おいこら、女装メイド。あんたがその疑問を口にするんじゃない。


「・・・・では、お嬢様は男の子と女の子の服、両方を着られるのですね!!なんて素敵!!私、裁縫には自信があるんです!!ああっ、創作意欲がふつふつわいてきます!!とりあえず翼の生えた服を。次は耳のついた帽子を・・・・・・!!」


メアリーが躍りあがって喜ぶ。


それ貴族とも性別とも関係ない格好だよね・・・・・

コスプレ人形と化す未来予想図に不安がふつふつとわくんですけど・・・・・


メアリーの興奮ぶりにセラフィも少したじろいでいる。


「・・・・・よ、よかったですね・・・・・ただ、皆をだませる十年ほどの間に、ぼくらは公爵令嬢の道筋をつけてあげなければいけない。四大国の強硬派を失脚させるか、四大国の手も及ばない世界の果てに逃がすか、あるいは王子達でも手が出せないぐらい力をつけるか。いずれにしてもタイムリミットつきで行うのは至難の技です。しかも四大国の追及をかわしながらです。公爵令嬢の歩くのは荊の道ですよ」


「・・・・・それでもオレはスカーレットの勝利に賭けるぜ。こいつは産まれて間もないのに言葉を解し、魔犬ガルムとさしになっても肝の据わったところを見せた。ただものじゃねえよ。きっとゴールにたどりつける。あとはオレ達でこいつを危険から守ってやればいい」


そう笑うとブラッドは屈み、私の前にうやうやしく跪いた。


「・・・・・ほら、おまえも」


「わっ!?」


裾を引っ張られ、セラフィも片膝をつく。


「誓おう。オレとセラフィはこれからおまえの左右の騎士だ。どんなときも、どんな敵からも、必ずおまえを守り抜いてみせる。だから・・・・・いつも笑っていろよな」


いつものように頼もしく笑うブラッド。

こんなときのブラッドはほんとに格好良くて、胸が高鳴ってしまう。

そして今さらながらメイド服なのが珠に瑕だ。


「・・・・・こ、これは恥ずかしいですね。でも誓いましょう。ボクは彼女と協力して、あなたをより良い航路に導きましょう。ボクの名前はセラフィ・オランジュ。人はボクを風読みのセラフィと呼びます」


ほら、おまえも言えよ、とブラッドにうながされ、続いて颯爽と名乗ったあと、ぼんっとセラフィの顔がまっかになった。


「ぼくとしたことが口車にのらせられるとは・・・・や、やっぱり、こういうのは恥ずかしいです

よ・・・・!」


「照れんな照れんな。それと、オレ、彼女じゃないから! 男同士仲良くやっていこうぜ!!このメイド服は、まあ・・・・・趣味みたいなもんだ。ほら、ちゃんと男物の下着つけてるし。見てみ」


ブラッドは立ちあがると、ばっとスカートをめくり上げた。


趣味って言いきっちゃったよ・・・・


きょとんと見上げるセラフィの顔を、ばさりと落ちてきたスカートの裾がはたく。上半身をスカートの中に突っ込む形になったセラフィがあわてて頭を引き抜き、うーんと唸る。


「・・・・慎重さが身上のボクが早まったか?こんな変人と一緒に行動してよかったのか!?」


「いや、スカートっていろいろ隠せて便利だぞ。おまえもメイド服着てみるか?」


「着ませんよ!!」


数年来の友人のようなやり合いをする二人を見て、メアリーが頬を紅潮させていた。


「・・・・これは・・・・熱い・・・・!!・・・・・メイド服を着るか着ないかでもみあう少年達・・・・ぶつかり合うことで、二人は互いを理解しあい・・・・・やがて、いろいろ、からみあうのですね・・・・・!!わかります・・・・!!これが・・・・新たな世界の可能性・・・・天使が手招きしている・・・・」

・・・・・ストーップ!!それ、きっと天使のふりした名状しがたきものだから・・・・・!

どうやらメアリーは、普通の恋の花園では飽き足らず、うっかり隠された禁断の扉を解き放ち、はるかなる深淵の呼び声に誘われてしまったらしい。


「ま、まあ、今後のことを皆でよく話しあう必要がありそうですね。岸に戻りましょうか」


セラフィがさりげなく誘導する。

これは新たな恋愛モードに開眼したメアリーに気圧され、同じ舟にいるのが怖くなったな。

あのセラフィを戦慄させるとは、メアリーおそるべし・・・・・。


「・・・・だいじょうぶですよ。いろいろ脅すようなことは言いましたが、ものごとには必ず打開策があります。皆で力を合わせればよりよい道が見つかるかもしれません。及ばずながら、ぼくも力になりますよ」


竿を操りながら、セラフィが私を安心させるようにほほえむ。


うん・・・・・私はあんたを誤解してたかも。

結構いい奴だね、あんた。

冷静に考えれば、「108回」殺された私にとって、たいていの不運はたいしたことはない。

知識チートもあるし、なんとかなるでしょ。大陸戦争勃発だけはごめんだけど。

まあ、セラフィにも世話になるよ。

「108回」で殺された恨みは水に流して・・・・・いや、やっぱり無理だな。

とりあえず、一発かますだけで許してあげるよ。今だけはね。


私はセラフィに見えないように、しかめっ面をして思いっきり、イーッとしてやった。

背を向けていたセラフィがぐるんっと振り返った。顔色が変っていた。


や、やばっ、今のばれた!?


セラフィががばっと竿を両手で振りかざす。


ええっ、そこまで怒ったの!?


「オアアアッ!?」


反射的に頭をかばおうとした私の頭上を通り過ぎ、竿が水面に突きいれられた。

思いっきり突きさしすぎ、セラフィはそのまま惰性で舟のなかほどまで、たたっと走り、顔をあげて叫んだ。


「・・・・・・奴がきます!!まだ生きてたんだ!!」


え、奴って魔犬ガルムのこと!?だって、あいつの死体はまだ向こうを流れてるよ!?


押し合いへしあいする流木に挟まれた魔犬ガルムの尾と脚が遠ざかっていく。


「・・・・・・気配だってないぞ。取り越し苦労・・・・・おわっ!?」


苦笑しかけたブラッドの顔色がかわった。

皆まで言い終わらないうちに水面がふくれあがり、見覚えのある巨体がとびだしてきた。

やりそこなって、おぞましい隻眼の赤い色が忌々しげに私達を見降ろしていた。

セラフィが機先を制して動いていなければ、小舟ごと粉砕されていたろう。


でも、あいつ確かに死体が!?どうして!?


「・・・・・こいつ、なんて奴だ・・・・自分の身体ちぎって、囮つくりやがった」


ブラッドが気圧され息をのむ。

水面から飛び出してきた魔犬ガルムを見て、私もその謎が氷解し、ふるえあがった。

魔犬ガルムには片脚と尾が欠損していた。

いろいろ筋状のものがぶら下がったぎざぎざの断面にぞっとなる。

挟まれたのか故意にかはわからないが自分で噛みちぎったのは間違いない。

その脚と尾を囮にして私達の目を欺いたんだ・・・・・!!


もう、ほんとになんなの!!こいつは・・・・・!!

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