第45話 豪華馬車は月下を走ります。そして様々な思惑がうごめき出すのです。

八頭立ての馬車は、月夜の下を走る。

本当なら四頭立てでも十分すぎるくらいなのに、その倍を確保しているのだ。

目のさめるような走りっぷりだ。馬達も羽根が生えたように軽々と地を蹴る。


躍動する八頭の牽引にもかかわらず、車体の板ばねがうまく機能し、車中はすこぶる快適であった。

けたたましい蹄の音も、金にあかせた車内の内装が見事に防ぎとめてくれている。

ただ、さすがに平面のテーブルにものを置けるほどの安定は望めない。板ばねでも路面からの突き上げは完全には打ち消せない。結果、もの置き用として、車内がカップホルダーみたいに凹みだらけなのが玉に疵だ。


しかし、八頭の馬が連なった様は、近くで見ると予想以上に壮観だった。


・・・・・というか冷静に見るとかなり恥ずかしい。やりすぎだ。

青写真の段階であほのブラッドと協議したのが失敗だった。


「とにかく貴族達の度肝を抜きたいの!! だからね、ばあーんっと六頭だてにします!!」


両手をいっぱいに広げ宣言する私に、ブラッドがちっちっちっと指を振る。


「いやいや、折角だから、八頭だてまでやっちまおう。御者? オレにまかせな!」


「よし、まかせた!! じゃあ、思いきって、車内は大人三人がけシートが二列よ!!」


私は張り合うように叫んだ。

普通、自家用馬車は横二人がけだ。

そうしないと馬鹿みたいに車幅が広くなるからだ。

取り回しが不便で仕方ない。

鈍重で粗末な大型乗合馬車ならともかく、高価な貴族用の車両ですることではない。

この時点で私達は暴走し、馬車づくりの泥沼に踏み込んでいた。


「すげえ!! 旅先で車中泊が出来るぜ!! 移動する夢の家だな!! オレも泊まりたい!!」


ブラッドはあほなので、制止するどころか私を煽った。

幌馬車でつくれ、そんなもん。貴族の公式移動用の馬車でつくるな。


「もちのろんよ!! でも、人にものを頼むときには、それ相応の礼儀が必要ではなくって? そして、ここで決めの・・・・・おーほっほっほ!!・・・・・きゃあっ!」


もっとも、そのときの私も調子に乗っていた。諌めるどころか、そり返りすぎてひっくり返り、後頭部を強打した。目から火花が散った。かぼちゃパンツを隠すことも忘れ、私は痛みで七転八倒ブレイクダンスした。


高笑い、活字にすると、バカみたい・・・・


「ブラッド!! ふーして!! ふー!!」


痛みのあまり私のプライドは木端微塵切りにされた。

乙女もなにもあったものではない。

たんこぶがジンジン熱くうずく。

涙目でぺたんと座り、ブラッドに息を吹きかけて冷やしてもらう。


「おまえな。高笑いする角度にも限度ってもんが・・・・・しょうがない奴だな。ああ、もう泣くな。今、血流操作で冷やしてやるから」


あきれ顔のブラッドだが、私は寛大にも気にしない。

新生児のときもそうだったが、幼女の身体は涙に押さえが効かないのだ。

神経が未発達なせいかもしれない。

だからこれは生理現象みたいなものなの。

断じてブラッドに甘えているわけではない。


「まったく、黙ってりゃ可愛いのに。まあ、でも、そこがおまえらしいとこだしな」


私の耳が赤くなるのも幼児特有の生理現象だろう。

なんで、さらっと口説き文句みたいなこと言うかな。

無自覚なのがまた腹がたつ。


私は子供として食ってかかるか、それとも大人の余裕で受け流すか、しばらく悩んだ末、お姉さんらしく且つぴりっと辛味の対応に決めた。


「・・・・・うふふ、ようやく私のあふれでる魅力に気づいたようね。泊めてあげてもよくってよ。でも、いくら魅力的だからって、お泊り中に、車中で変な真似したら、必殺ルビーシュートで息の音止めるからね」


私はルビーのペンダントのチェーンに指をかけ、威嚇がわりに振り回した。

ルビーにとりついた光蝙蝠族の霊達も穏やかになり、さすがに今は呪殺レベルではないが、触れたものを気絶させる呪いは健在だ。


「するか。そんなもん。っていうか、おまえ・・・・・仮にも真祖帝のルビーだぞ。呪いをおもちゃ代わりにするなよ」


ブラッドがさらに呆れ顔をするが、私は気にしない。

今日びのヒロインは必殺技の一つや二つは持たなきゃね。


ブラッドは、護身術として、治外の民の奥義の心臓止めを伝授しようとしてくれたが、そんなもん三歳やそこらで習得できるわけあるか! あんたの里人の常識は社会の非常識なの!! 二歳でバク宙バク転を普通にこなすそんな奴らでも困難な奥義を、貴族令嬢の私が簡単に会得できるわけないでしょ!! 


「だけど、オレは五歳で出来たぞ。スカチビなら、きっともっと早くに・・・・・」


ブラッド、メイド服でかわいらしく小首をかしげるな!! 

生後すぐに修練開始しても、無理なものは無理なの!! 

私の「108回」は女王人生の繰り返しであって、殺し屋稼業してたわけじゃないんだからね!!

これでも同世代ではとびぬけて運動神経は高いほうだ。

人外の域に達していないだけで。

ブラッドの技はその域にあることが前提なんだもの。


心臓止めや血流操作よりは、まだお父様の馬闘術のほうが習得の可能性が高いと思う。

馬術は女王スキルの中に入っていたから、すでに達人レベルだしね。

ただしミニサイズの私の場合、今乗れる馬はポニーになっちゃうけど・・・・幼児の私の力に、ポニーの力を上乗せ・・・・馬闘術が成功しても弱すぎ・・・・ままならぬ・・・・・


そのうえ、颯爽とポニーを乗りこなす私を羨ましがったブラッドめが乗馬をはじめ、あっという間にマスターレベルに達してしまった。うちで一番の暴れ馬にまたがって三十分でギャロップさせている出鱈目な光景に、私は開いた口がふさがらなかった。お父様がべた褒めする驚異の超成長だ。私だって、そんなに褒められたことないのに。野性の勘ってこわい。  


いいもん。私は私の道を行くもん。

べつにブラッドに嫉妬なんかしてないんだから。


発奮した私は、私にしか出来ない必殺技を磨くことにした。

その甲斐あって、私の投擲の腕は最近めきめきと上達し、いまや三メートルの距離なら、ルビーは百発百中だ。ルビーはある程度距離が離れると、自動的に持ち主の私のもとに戻ってくる。まるでヨーヨーのようだ。どういう仕組みかは謎だが、私のブーメラン的な必殺技が完成しつつあった。が、射程距離の短さはどうしようもない。幼女の腕力、非力すぎ。・・・・そして、腕短すぎ・・・・・


それでも、もう一つの私のオリジナル技とあわせ、にっくき四王子達と対面した時のおもてなしの用意は着々と整いつつあった。綺麗な薔薇には棘があるのだ。


馬車の話に戻ろう。

私とブラッドはハイテンションのまま意気投合し、きゃあきゃあ騒ぎながら、超豪華馬車を企画してしまった。三人寄れば文殊の知恵というが、馬鹿が二人そろうと碌なことにならない。


だけど・・・・馬車だよ!! しかも自分好みのカスタムメイドで!! たぶん女王時代の私でさえ、ときめきを抑えられず、はしゃぎまわると思う。馬車には乙女の浪漫と夢が詰まっているもの。


・・・・・で、現在の車中の私。ど反省。

乙女の浪漫が暴走しすぎたのだ。なにごとにも手綱は必要だ。

この馬車、日本円に換算すると億単位の金がかかってます・・・・

夢はただでは叶えられない。

こんな馬鹿な代物をどうして造ってしまったのか。悪魔がささやいたとしか思えない。

これで私のへそくりは、ほぼ全額ぱあになってしまった。


あとでこの豪華絢爛な馬車を一瞥したセラフィに、

「・・・・・この馬車の代わりに帆船をつくって、ぼくらの商会に貸してくれたら、船主として大儲けできたでしょうね」

とにっこり笑って告げられ、私は後悔のあまり地面を転げ回ることになる。


そういう素敵な案は、もっと早く教えてよ!! 


でも、うそ泣きしたら、セラフィの奴大慌てして、いろんな舶来物をお詫びとして贈ってくれた。もちろん無料でだ。赤ちゃんの頃は、泣き声あげても、おむつかミルクかむずかりかと勘違いされ、憤懣やるかたなしだったが、幼児にバージョンアップした私は、さっそく女の涙を武器として使いこなしている。私ってば悪女。せっかく謝ってくれるんだもの。お互いのために、気持ち良く全部受け取ってやろう。大儲けだ。あいつ、センスはいいから、ちゃんと私好みのものを用意してきた。喜びもひとしおだ。


しかも、その中には、とんでもない鉢植えが混じっていた。

知らない人が見れば、しわの寄った大きな肉厚の葉っぱの雑木にしか見えないだろう。

勘のいい人間なら、「ある植物」を連想し、しかし、その葉の大きさや柔らかさで可能性を否定し、忘れ去ったはずだ。私だって「一〇八回」の知識がなければ、見過ごしていたに違いない。


「・・・・・あなたに言われた通りのものだと思います。椿の一種と現地では認識されてましたよ。探すのに大分苦労しました」


視線釘付けになっている私に、セラフィが会心の笑みを浮かべる。


そう、この植物の詳細をセラフィに伝え、探索を依頼していたのは私だった。

踊りあがった私は、首っ玉に抱きつくようにして、セラフィの頬に感謝のキスを降らせた。


まさか、こんなに早く見つけ出してくれるなんて!!

ありがとうの気持ちを伝えなきゃ!!

これでこの国の嗜好品の歴史が変わるよ!!


セラフィも私の機嫌が直ったのが嬉しいらしく、軽くガッツポーズを取っていた。

その気持ち、わかるよ! 

交渉ごとが目論見どおり成功したときって、すっごく気分いいもん!!


それにしても、天才のくせにセラフィってちょろい。

あいつ、次来たら、また騙くらかして、色々せしめてやろっと。


最初の頃は顔を合わせるたび、「108回」で惨殺された記憶のフラッシュバックでのたうちまわったが、もうすっかり慣れっこだ。どうやらパブロフの犬のごとく、私の頭の中にセラフィ=プレゼントという図式が出来上がったらしい。


だって、あいつ鴨葱すぎなんだもの。また早く訪ねてこないかな。


セラフィが帰ったあと、プレゼントの山に、にまにましている私を見たメアリーが、


「セラフィ様のほうが、お嬢様より一枚も二枚も上手ですね。商人は損して得取れと言いますが、さすがです。ブラッドももっと危機意識を持たないと・・・・・」


とため息をついてたけど、どういう意味だろ。

得したのは私だけだよ。まっ、いいか。


そして馬車は夜の街道をひた走る。

世紀末覇者伝説の玉座つき巨大バイクのように。

ブラッド、頼むからもう少しスピード落として・・・・・

これ以上目立つと精神的に死にます・・・・・・


今が夜でよかった。昼間にこの馬車を領民に目撃されたら、歌舞伎者扱いされてしまうだろう。せっかく食糧政策で取り戻した信用が、再び失墜することになりかねない。搾取と我儘のダブルパンチで、領民の怨みを買いまくったバイゴッド侯爵夫妻だって、こんないかれた馬車には乗っていなかった。でも、うちは領民から絞りとったりなんかしない。むしろ他領に比べ、税はでたらめに安い。税収に頼らなくても、私達は十分に儲けているから必要ないんだ。

だから、もし見かけても勘弁して。

神様、どうか領民のみんなに出会いませんように・・・・・


「・・・・・ット。・・・・・スカーレット、話があるの」


「ひゃっ! ひゃい!! なんでしょう!?・・・・・あだあっ!?」


祈りに没頭していた私は、お母様の呼び掛けに気づくのが遅れ、あわてて返事をした。

あわてすぎて舌を噛み、「ふごおおっ!?」と悶絶する私の背をお母様が心配して撫でる。


「大丈夫?  口を開けて見せてごらんなさい。まあ、少し血がにじんでる」


「だ、だいじょうぶでしゅ!!  それよりご用はなんでしょう。お母しゃま」


すべるようなタイミングにのせられ、つい口をあーんしてしまい、私は気遣わしげに眉を寄せるお母様から、ぴょんと距離を置いた。飛退き過ぎて後頭部を馬車の窓にぶちつけ、再びのたうつ。


「ふおおおおっ!?」


「スカーレット!?  ごちんってすごい音が・・・・・!!」


「こ、これは護身術の練習です!! 荒ぶる魂のあらわれってやつです!! ローゼンタール伯爵夫人がなにかしてきたら、頭突きでぶっとばしてやるんです!!」


まっかになりながら言い訳したあと、私は我ながらあきれ果て、ため息をついた。


「・・・・・はあ、私、もっとしっかりしなきゃ。これからは守られるだけじゃなく、守れるぐらいになりたいのに・・・・・」


外でこそ虚勢を張り「魔王姫」などと呼ばれているが、私の実体などこの程度だ。

魔犬ガルムと渡り合ったお母様やお父様、ブラッドやセラフィにはまだまだ遠く及ばない。守られるだけの存在からは卒業すると、おむつが取れた時に誓ったはずなのに・・・・・・


自己嫌悪で呟く私に、お母様は意外にも、驚きで丸くなった目を向けた。


「・・・・・さすがね。私の話す前に、もう気づいていたなんて。そうよね、スカーレットもお姉ちゃんになるんですものね。ほら、あなたのお姉ちゃんは、こんなにも頼もしいのよ」


お母様は御自身のおなかに手をあて、優しく語りかけていた。

私は稲妻にうたれたような衝撃で目を見開いた。


それって!! じゃあ、じゃあ・・・・!!


「・・・・・お母様!! おめでたですね!! やったあ!!」 


私は後頭部の痛みを忘れ、喜びのあまり飛び上がった。

お尻が椅子にずるっと着地しそこない、そのままごろごろと床を転がる。


まあ、さすが私の設計した豪華馬車!! 

幼女とはいえ転がり運動をするスペースがあるなんて!! 

おあっ!! 転がりすぎて鼻ぶった!! でも、へっちゃら!! 


「スカーレット!!」


慌てて引き起こそうとするお母様を、掌を広げて突き出し、びしっと手振りで制止する。


「・・・・心配御無用ですっ!!  姉になるこの身、自分のことぐらい自分で面倒を見ます。お母様はただただ心安らかに、おなかの赤ちゃんのことだけをお考えあれ!!」


・・・・・赤ちゃん!! そうよ!! 赤ちゃん!!


私は相好を崩した。にまにまするのが止められない。

私は床に寝そべったまま、声をたてて笑いだした。

お母様もつられて吹きだし、私達は思いっきり笑い合った。

貴婦人らしからぬとか関係ない。

だって、こんなミラクル、平静でいられるはずがない。


「108回」で一度も経験したことのない素敵な出来事。


私に弟か妹ができるんだ!! 私、初お姉ちゃんになります!!


弟だったら、一緒に駆けっこしよう。木登り、フープ転がしなんでもありよ。

妹だったら、お揃いの服を着てみよう。お姉ちゃんがお洒落を指南してあげる。


・・・・・それにしてもブラッドの奴、得意の血液チート技で、絶対お母様の妊娠に気づいていたはずだ。おのれ、よくも黙っていたな。あとで必殺ルビーシュートで失神させてやる。私は笑顔をおさえられないまま、復讐を誓うのだった。


「・・・・・しっかりしたスカーレットは私達夫婦の誇りです。だけど忘れないでね。あなたも私の大事な娘です。一人でなんでも出来てしまえるけれど、だめな母親にたまには甘えてちょうだい」


お母様は、ぽんぽんと自分の膝にあたる部分を叩いた。


うおうっ!! お膝へのお誘いですか!!  そして褒め殺し!!


私はまっかになった顔を慌てて両手で隠した。

隠しきれない。幼女の手、小さすぎ・・・・・あわててローブの切れ目に手を突っ込み、レディのたしなみ左右の腰につりさげた隠れポケット袋からハンカチを引っ張りだした。ふぁさりと顔にかける。うむ、私まるで死んでるみたい。


いや、お母様、お気持ちは嬉しいのですけど、そのスカートは軽い骨組みで膨らませています。いくら私の幼女体重でも、お膝乗りは危険すぎます。大事な舞踏会の前に、ドレスが私のお尻がたに凹んだら大変ですもの。  


普段のお母様は、下半身を膨らますパニエどころか、上半身を締めるコルセットさえつけない。まあ、そんな対比をつくらなくても、お母様が十分すぎるほど柳腰なのもあるけど。


それでもちょこんと浅座りする前傾姿勢を保てているのは、弓術で鍛えた筋力があるからだ。決して貴婦人座りに慣れているからではない。骨組みで膨らませたドレスは、この座り方をせざるをえないから、着座だけでも気疲れしているはずだ。揺れる車中で負担はかけられない。

それにお膝乗りは、二十八歳の経験もちの私には、さすがにちと恥ずかしいのです。


私は座席に飛び乗ると、お母様の横にぴたりと寄り添った。

お母様は少し残念そうだが、どうかこれで許してつかあさい。

心の中で謝る私の耳に、うちの馬車とは違う蹄の音がとびこんできた。


はっとなった私は、流れる車外の光景に目をこらした。手が汗ばむ。

ローゼンタール伯爵夫人が仕掛けてきたのかと思ったのだ。

「108回」で私はローゼンタール伯爵夫人の刺客に何度も襲われた。

私設暗殺団を抱えるあの物騒な夫人なら、堅固な公爵邸からお母様と私を呼び出しての闇討ちぐらいやりかねない。

八頭もいる馬を飛び道具で狙われると、ちょっと厄介なことになるかも・・・・・


緊張する私の目にとびこんできたのは、月夜でも鮮やかな赤と青のド派手な胴甲の色だった。胴甲と同色の飾り布を馬の鞍に垂らし、サレット兜をかぶった騎士達が急接近してくる。小脇には重い馬上槍を軽々と抱えている。槍の先端に小旗が揺れる。


私は緊張から解放されへたりこんだ。


よかった。刺客じゃない。私達の知り合いだ。それもとびきり頼りになる。


「・・・・・ハイドランジア王家親衛隊推参!! 王命により、公爵夫人と、スカーレッ・・・・んんっ、ヴィルヘルム子爵殿を警護いたしますぞ!! いやあ、あの崖くだりを思い出しますなあ」


隊長譲りのでかい声で、騎士が名乗りをあげる。

窓が開閉できない車内にまでその声は響き渡った。


私の本名今言いかけたでしょ・・・・・・


彼らは王国最強のハイドランジア王家親衛隊だ。

一人一人が並みの騎士団の団長クラスの実力をもち、魔犬ガルムにともに立ち向かった私達の戦友だ。今馬車に寄せている彼は、その中でも特に縁が深い。お母様をサポートするため、吐血しても魔犬ガルムにしがみ続けた二人のうちの一人だ。


国王陛下、地獄耳だなあ。いつの間に舞踏会の件知ったんだろ。

だけど、王族の最後の砦の親衛隊を軽々しく動かしちゃ駄目でしょ。

とりあえず帰ってもらったほうがいいかなあ。

道中問題もなさそうだし、同乗してる使用人たちとブラッドで護衛は十分だ。

この豪華馬車にド派手な王家親衛隊なんて、悪目立ちしてしょうがない。


私はにっこりと会釈し、御者席のブラッドと車両の外の最後尾で立ちのりしている使用人達の方向を、扇でそっと示した。王家親衛隊は一流だ。使用人達の人外の強さを察知しているはずだ。


私の気持ちが通じたのか、王家親衛隊の騎士は、ぐっとサムズアップした。


「心配はいりませんぞ!! 賊は除害いたしました!! この馬車を待ち伏せしていたあやしい輩を誰何したら襲いかかってきましたので、返り討ちにして参りました」


安心してほほえみかけた私は、いい笑顔のとんでも返答にずっこけた。

よく見ると槍の穂先が血に染まっている。

トラブルはすでに発生済みだったらしい。そして即解決だ。


最強の王家親衛隊と遭遇するとはつくづく不運な刺客達だ。

「108回」では私を何度も殺しかけた暗殺団も、鬼の三老戦士に鍛え抜かれた親衛隊にかかっては赤子扱いだ。だけど私達の馬車に先回りできていたとしても、ブラッドをはじめとする人外達が待ち受けていた。どのみち前門の虎、後門の狼で詰んでいたのだ。これまでの行いが悪かったと諦めてもらうしかない。


私は哀れな刺客達に心の中で手を合わせた。

どうせ悪行三昧な一生だったんだろうけど、死んだものを責めても仕方なし。

罪を憎んで人を憎まず。どうか成仏しておくんなまし。


私の神妙な仏心は、馬車と並走する王家親衛隊員の哄笑で打ち砕かれた。


「・・・・・はっはっはっ!! ついにローゼンタール伯爵夫人邸に討ち入りですね!! そんな楽しいこと、我々もぜひ助太刀させていただきたい!! いやいや、こんな手錬を集めておいて誤魔化そうとしても無駄ですよ!! 遠慮は御無用!! 国王陛下からはできるだけ便宜を図るよう言いつかっております!  いやあ、奥方様の仇討ちと聞き、志願者が多すぎ、選抜に苦労しました!!」

 

はあ!? んなわけないでしょ!

なんで舞踏会に行く話が討ち入り話にすりかわってんの!?

 

私はあわてた。幼児の私の声では、走る馬車の轟音をつらぬき、外に声を届けられない。仕方ないので十指を思いっきり広げ、必死にかぶりを振る。


護衛なんかいりません!! お願いだから帰って!!


王家親衛隊の騎士は深くうなずいた。


「わかっておりますとも!! 十人ではなく、倍の二十人は連れてきております!!」


ちっともわかってない!! 勘違い禅問答か!!


言葉通り二十騎ほどの王家親衛隊が笑顔で馬車に走り寄ってきて、唖然とした私はバランス取るのを忘れ、思いっきり額を窓にぶちつけてしまった。いかん、なんか言葉の通じない赤ん坊時代のボディランゲージの影響か、幼女になってからオーバーリアクションがすぎ、芸人アクションの域に達している。このままでは、珠のお肌が傷だらけになってしまう。


・・・・忘れてた。お母様はかつて弓世界のアイドルだった。

王家親衛隊には元ファンが多いんだ。

十年前のいじめの主犯格に逆ねじ喰らわすつもりと勘違いし、色めきだったのだろう。


「あら、王家親衛隊の皆様、わざわざお見送りに?」


 ローゼンタール伯爵夫人の裏の顔を知らないお母様が、素直に感激している。

共闘以来、お母様は王家親衛隊の皆に心を許している。

討ち入りという言葉もなにかの比喩だと思ったようだ。


ああっ、お母様、手なんか振っちゃ駄目ですって!!


「おおっ!! 奥方様が応えてくださったぞ!!」


「メルヴィルの戦装束もよいが、このドレス姿もなかなか。弓キチ仲間に自慢できるな!!」


「生コーネリア嬢だ!! おい、よく見えない。おまえ、俺と場所かわれ」


どおっと並走する王家親衛隊がどよめく。


でたよ!! キーワード!! 生コーネリア嬢!! 弓キチ仲間!!

ほら!! 火に油そそいだみたいに盛りあがっちゃったじゃないですか!!

国王陛下も脳筋達に変な命令くださないでよ。ありがた迷惑だ。

義侠心にあふれる連中だけに、気勢あがりまくって手がつけられないよ!!


おい、今うちの馬車の後ろでウォークライがしたんだけど・・・・・

まさか我が家の使用人達の獣性にまで火がついたんじゃないでしょうね。

王国最強騎士団と人外魔境の住人との闘志共鳴なんて冗談じゃない。


・・・・・国王陛下、まさかご自分の敵対勢力のローゼンタール伯爵夫人一派を、私達の手を借りて誅殺する気じゃないでしょうね。陛下は人の良さそうな無害顔して、結構したたかだからなあ。


どうやって収拾つけようか悩んでいる私の胸元で、神の目のルビーが突然激しく明滅した。

まるで警報ランプのようなあわただしさだった。


「・・・・・神の目のルビー、どうかしたの?」


今までこんな光り方をしたことはない。

いぶかしげに問う私の頭の中に、けたたましい思念の警報がとびこんできた。

なに、これ!? 光蝙蝠族のみんなが懸命に叫んでる!?


〝・・・・・危険だ!! 姫、気をつけろ!! おそろしい悪魔が待ち受け・・・・・!!〟


私はぞっとした。

勇猛果敢な光蝙蝠族の霊達の語尾に、隠しきれない恐怖がにじんでいたからだ。

彼らは生前、大陸最強をうたわれた部族だ。

ローゼンタール伯爵夫人程度を怖れる存在ではない。


「おそろしい悪魔ってなに!? 教えて!! なんでそんなに・・・・・」


私は問いかけ、そして、ごくりと唾をのみこんだ。その先を聞くのが怖かった。


「・・・・・なにに、そんなに怯えてるの・・・・・」


だが、神の目のルビーが私の疑問に答えることはなかった。

ばしゅっと悲鳴のように光芒を撒き散らし、それきりルビーは沈黙してしまったからだ。


「・・・・・神の目のルビー・・・・いったい、なにが・・・・・」


私とお母様は言い知れぬ不安に、お互いの顔を見合わせるのだった。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

       

ローゼンタール伯爵夫人邸の、目撃者が誰もいない夫人の部屋で、ソロモンはアリサに攻撃をしかけようとしていた。アリサはおそろしく難敵だが、肉体はスカーレットと同い年の幼女だ。体重の無さが弱点になる。絨毯爆撃のように攻撃をたたみかければ、おそらく力点のない宙に浮かすことは可能だ。それを狙う。そうすればアリサとてまともに技が出せなくなるはずだ。回避されると厄介だが、幸いアリサはこちらを迎えうつ気のようだ。勝機をより確実にするため、ソロモンは「血の贖い」の他にも身体強化技を同時励起しようとした。が、


「・・・・・アリサ、どうかしましたか?」


赤眼を光らせ、いぶかしげにソロモンが問いかける。

アリサが金髪をなびかせたまま、ふいに横を向いた思案顔で停止してしまったからだ。

彼女の放つ殺気で室内には風が渦巻いていた。

一度戦端が開かれた以上、彼女が途中でとりやめるような性格でないことは、ソロモンが誰よりもよく知っている。どうやって、この場を切り抜けるか、頭脳をフル回転していたソロモンにも、この展開は予想外だった。


「・・・・・過去の亡霊どもが。余計な告げ口を。私の舞台にしゃしゃり出るな。無礼者」


アリサは忌々しげに呟くと、ぐっと片手を握りしめた。

その指のあいだから光が粒になって迸り、そしてすぐに消えた。

あとには、しいんとした月光があるだけだった。室内の風もやんでいた。


蒼白く照らされた床でアリサは踊るように踵を返し、くるりと背を向けた。

青いスカートと背中のリボンがふわりと舞う。

誰もが顔をほころばすような愛くるしさと可憐さだ。

その冷たい瞳さえ見なければ。


「・・・・・つまらない闖入者のせいで、興が削がれたわ。一度こわされた場をしきり直すのも趣味じゃない。いいわ、ソロモン。今回は許してあげる。・・・・・それに他にやることが出来た」


振り向くその貌には、ソロモンでさえ寒気をおぼえる笑みが張り付いていた。


「コーネリアが妊娠しているそうよ。私は不確定要素は大嫌いなの。フローラのときの二の舞いだけは御免だわ。主演は私とスカーレット以外いらないもの。もう少し生かしておいてあげるつもりだったけど・・・・・あははっ、やっぱりコーネリアには不運のほうがよく似合うわね」


悪魔のようにアリサの口角が吊りあがる。


「・・・・・悲劇ね。スカーレット。せっかくお姉ちゃんになれるって喜んだばかりなのに。でも、貴女のかわいい弟だか妹だかは、あの世でも寂しいとは思わないわ。私は慈悲深いの。ちゃんと母親のコーネリアごと送ってあげる。赤ちゃん一人じゃ、かわいそうだものねえ。スカーレットはお姉ちゃんなんだから、大好きなお母様がいなくなるぐらい我慢しなきゃね」


くすくすと笑いながら、アリサは愉しげに歩き出す。

花畑を散歩するように軽やかに。


「ちょっと早いけど、親離れの季節よ。ああ、スカーレットの泣き顔を見るのがとても楽しみ」


うっとりとし、アリサははあっと吐息する。

とろんだ瞳の色が不気味きわまりない。


「お待ちなさい、アリサ。あなたが売った喧嘩ですよ。なのに「血の贖い」まで使った私に背を向ける気ですか。あなたに妹魂を教えこむ絶好のチャンスを私が見逃すとでも」


制止しようとしたソロモンに、アリサの瞳が再び氷のきらめきを放つ。

振りかえりもせず、鋭く言葉を吐いた。


「黙れ、ソロモン。何人たりとも、この私に指図は許さない。ファンダズマ、出ろ。道化を潰せ」


ソロモンがはっとするより早く、月明りで床にできた足元の影が渦巻き、大きな人の形になった。


「・・・・・我が主のおおせのままに、喜んで」


影が盛り上がり、黒衣の巨人がゆっくり起き上がってくる。

天井が頭頂に押し上げられ、めきめき悲鳴をあげる。

異様な背丈だ。

フードつきの黒い外套のせいで、まるで黒雲が室内に膨れ上がったようだ。

部屋を圧する迫力は、王家親衛隊のマッツオ隊長に勝るとも劣らない。

その両手から剣の切っ先が、ぬうっと生えていた。いや、握りの部分があまりに特異なため、そう錯覚させられるのだ。


「・・・・・名乗らせてもらおう。我が名は、アリサ様をお守りする七妖衆が一人、影のファンダズマ。我が同化できぬ気配はなし。すまぬが、行動を封じさせてもらう」


幅広肉厚の短い刃の尻下に、H型に見える柄がついていた。

巨人はその真ん中の横棒を握りこんでいた。並行する縦二本の柄は、間にすっぽりおさまった手首をガードしている。通常のナイフと違い、握った拳頭側に刃先が向く、インドにおいてカタールと呼ばれる異形の武器だ。通常のナイフさばきのように手首の玄妙なかえしは望めないが、刺突においては釘打ち機のようにおそろしい威力を発揮する。 


巨人が殴りかかるように拳を突き出した。


「さすがはアリサ子飼いの七妖衆・・・・・・!! なんと素晴らしい!! それだけの巨体と気配を、今まで私に悟らせなかったとは!!」


ソロモンが哄笑し、大きく飛び退くが、巨人の動きはそれを上回った。

ぼっと空を裂き、カタールがソロモンの胴体を両断した。

小さな刃に見えたのは、装着者が巨人ゆえだ。実際は手斧を思わす大きさだった。


「・・・・・むう」


フードの下で巨人がうめく。

顔はほとんど覆われ表情は見えないが、その目に驚愕の色があった。

血飛沫あげて生き別れになったソロモンの上半身と下半身が、まっかな桜の花びらに変わり、ばあっと四散し、消え失せた。分身だったのだ。幻惑技の血桜胡蝶だ。


「予想以上ですよ!! 四家の化物達!! すまぬと言いながら、平然と殺しに来るあたり、じつに私好み!! でもね・・・・・」


巨人の背後に嗤うソロモンが現れた。すっと背中に片手が当てられる。

ぱああんという乾いた音が響き渡り、巨人の身体が硬直した。

ブラッドの得意技の心臓止めだ。さらに破裂音が連続する。

ソロモンはほとんど腕を動かさないまま、瞬時に十発の心臓止めを叩きこんだ。

拳銃を突きつけての連射を思わせた。


「・・・・・身の程をお知りなさい。いくら七妖衆とて、今は新月。この私に敵うとでも」


だが、ソロモンの余裕の笑顔は途中で凍りついた。

巨人が身震いひとつすると、平然と動き出したからだ。

アリサがくすくす笑う。


「魔犬ガルムは、ブラッドの心臓止めを、筋肉の硬直ではじいてみせたわ。私の七妖衆がそれに劣るとでも思っていたの。それとも満月でもないのに、この力が不思議?」


月明りの下、アリサは踊る。自分こそが世界の主役であるというふうに。


「あははっ、とくべつに教えてあげる。ソロモンおにいちゃん・・・・・・七妖衆は私につき従う衛星なの。主の私が輝きを増せば、彼らもまた強くなる。制限された幼女の身体で、今の私の力を侮ったわね。さあ、私達相手にどう戦うつもりかしら。がんばってね。ばらばらにしたあと、首を抱きしめて優しくキスしてあげるから・・・・・」


あやしく囁きながらアリサが近づいてくる。

寝屋の睦言のようだが、台詞は物騒極まりない。

巨人も連動するように距離を詰めてくる。


ソロモンは苦笑した。


「できたら、キスは体付きでお願いしたいですねえ。そして二人きりのときに。・・・・・そんな怖い顔で、おにいちゃんと言われても、ちっとも嬉しくありません。やはり恥じらいながらの上目遣いがほしいところです。今日は分が悪いようなので引かせてもらいますよ。どうしても引き留めたいのなら、これを使わせてもらいます」


ソロモンは懐から小袋を取りだした。

意に介さず進もうとする巨人を、アリサが眉をひそめ、手で制止する。


「・・・・・ロマリアの焔。この屋敷ごと焼き尽くす気?」


「ええ。私とどうしても決着をつけたいのならば、やむをえません。ここで大火事を起こして、スカーレットと母親を遠ざけます。そうすれば困るのはアリサでしょう。その巨人殿、どうやら物理攻撃は無効化してしまうようですが、単純な高熱は防げないと拝察しますが如何」


「その通りよ。いいわ。ここは見逃してあげる」


アリサは拍子抜けするほどあっさり認め、数歩ひいて道を譲った。


「・・・・・いいですねえ。聞き分けのいい女の子は大好きです」


にんまり笑ってすれ違うソロモンの表情が、続くアリサの嘲笑で強張った。


「・・・・ふふっ、早く行ってあげないと、三つ編みの娘がネズミの餌になるわよ?  あの子、ネズミの巣の地下蔵に放りこまれてるわ。かわいそうに。生きながら齧られるのは地獄よ。せっかく貴方が幻術まで使って助けてあげたのに。ローゼンタール公爵夫人は騙せても、私の目は欺けないわ」


「・・・・ちっ!!」


 舌打ちして足早に立ち去るソロモンの背中に、アリサが笑い声を投げかける。


「いいわ! その焦った顔! 素直な男の子は私も大好きよ!! 「108回」のあなた縁故の娘かしら。せいぜい急ぐといいわ。ねえ、耳や鼻がなくなったら、ご自慢の作り物のパーツで補うの? よかったじゃない。かえって美人になれるかもね」


ひとしきり笑い転げたあと、アリサは楽しそうに目を細め、可憐に歩き出す。

七妖衆の巨人はいつの間にか姿を消していた。


「・・・・・コーネリアも人生最後の舞踏会をたっぷり楽しみなさい。踊って踊って脚が動かなくなるくらいに。どうせこの後、ずうっと眠りにつけるのだから」


アリサは今夜の三日月と同じ形に口を愉悦で歪めた。


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