第24話 お母様が予想以上にとんでも弓矢チートで、私なんだか存在価値が危ういのです。あれ? 公爵邸の亡霊達って、ひょっとして、誰かの関係者?

「私の実家のメルヴィル家には、代々受け継がれてきた秘密があるの。きっと皆の役に立つと思う」


お母様は板壁の一部をはずすと、内蔵された太い鎖の先端の輪を、ぐっと強くひいた。


「この先には隠し部屋があるの」


ごとごとっと重々しい音が響き、突き当たりの壁の半分がスライドする。

水車がまわるような、ぎしっぎしっという軋みが内部から聞こえる。

ゆっくりと壁がずれ動き、隠蔽されていた空間が現れた。


「おおおー!」

「アオオー!」


ブラッドと私は揃って驚きの声をあげた。

どうりでこの一面だけ壁紙が貼られていないと思ったら・・・・・

こんな仕掛けが公爵邸にあったなんて知らなかった。

たぶん錘を利用したギミックだ。どこか別の場所に巻き上げ機があるはず。

109回目の人生にして、はじめてわかった衝撃の事実。

まあ、前の108回の人生では、私がものごころつく頃には、この屋敷もだいぶ改修していたようだから、このからくり仕掛けそのものが無くなっていたかも。

お父様は知ってたんだろうけど・・・・・


そこにあったのは、窓がひとつもない、真っ暗な部屋。

二階にあるせいなのか、密室だったのに空気は乾燥していた。

微かに埃っぽいにおいが鼻の奥をくすぐる。

お母様が、入り口の燭台の蝋燭に火を燈すと、ゆらゆらっと天井に無数の影が揺れた。


「ホアオッ!?」


見上げた私は悲鳴をあげた。

たくさんの小さなミイラが、所狭しと天井からぶら下がっている!

頸部のくびれに紐を引っ掛けられていた。

悪寒が私の背筋を走り、股間を尿すじが流れた。


この大きさは赤ん坊!?

お、お母様、私、友達になるなら、生きている子がいいです!

もっとぴちぴちしたお友達希望です! 

互いに目を輝かせて、恋バナに熱中できる相手をリクエストします。

干からびて眼窩の凹んだ朋友は荷が重い・・・・・。

女友達同士、丘の上で小鳥のさえずりをBGMに、幸せの四つ葉のクローバー摘みとかしたいのです。

これじゃ、賽の河原で鬼の吠え声を背後に、石積むコースです! 四つ葉じゃなく、地蔵尊をさがし求めなきゃいけないじゃないですか!

恋バナもお茶会も、夢幻のごとくなり・・・・・

人間50年~、下天の内をくらぶれば~


「だいぶ驚かせてしまったようね。皆に見せるかどうか随分迷ったのだけど」


よく目をこらすと、それらは干乾びた植物の根だった。

陰干しにするため、吊り下げられているのだ

なんだ、よかったよ・・・・・・


まっ、そ、そんなことだろうと思ってたもんね。

でも、なんで、小部屋の天井にこんなものが?


あ、あの・・・・私がちょっぴり粗相したことは内緒ね。

これは、そう! 汗です。新生児は新陳代謝が激しいのですよ!


で、ではこの名探偵スカーレットちゃんが、この部屋の謎を見事解決してみせましょう。

ワトスン君・・・・じゃなく、メアリー、出動だよ!


ふむう、一昔前は館の女主人が、自家製の香水を作る風習があったがね、それにしては、この部屋、蒸留器もないし、机の上に擂鉢と擂粉木と水差しがあるだけだ。あとは椅子にクローゼットがひとつ。そもそも、この根っこ、芳香とは無縁に思える。しかし、どこかで見た記憶があるな・・・・・・。


「ンーッ、アウオッ!」


擂鉢の中に溜まっているペースト状のものの匂いを嗅げば、なにか思い当たるかもしれない。

そう思った私がメアリーを促し、鼻先を近づけようとしたとき、


「近づいちゃ駄目よ! それは「毒婦の頭巾」をすり潰したものよ!」


お母様の鋭い制止に、私とブラッドは、ぎょっとなり凍りついた。


「オアッ!?」

「いっ!?」


「毒婦の頭巾」! 死の女神の花!


もともとは婦人のかぶる頭巾に似ていることから、「婦人の頭巾」と呼ばれていた花だ。

それが「毒婦」という、険呑な名前に変わったのは、この植物が歴史上、何度も毒殺に使用されたからだ。葉、茎、花、すべての部位が猛毒であり、植物毒に耐性のある草食動物でさえ、食すれば死に至る。

大型動物を斃すこの花の毒矢は、二の矢いらずと戦場で恐れられた。

特に強力な毒を含むのは根だ。上部が丸く肥大し、その下に先端が分岐した人参がついたような、奇妙な形状をしている。遠目には干からびた赤子に見えなくもない。


前の108回の人生で殺害され続けた私だが、その死因の何回かは、この「毒婦の頭巾」によるものだった。

口腔の灼熱感、口唇や手足の痺れからはじまり、痙攣や嘔吐症状、意識混濁、やがて呼吸中枢の麻痺に至り、命を落とす。

解毒方法はなく、嘔吐させるぐらいしか対処方法はない。

致死量を飲んだ場合、ほぼ命は助からない。

ゆえに別名、死の女神の花。

冥府の女神の玉座のまわりに咲き乱れる、食せば即死する伝説上の花が、その異名の由来だ。


栽培不可能な、大変希少な植物であり、植生の知識がないとその発見は困難だ。

そのうえ毒性を帯びるのは、花が咲く新月の夜の間に採取したもののみ

それ以外の時期に採ったものは、毒もなく、少し乾燥させるとぼろぼろに崩れてしまい、使い物にならない。


「商品」レベルの代物は、目のとび出るほどの市場価値があり、こんな大集合は、女王時代の私も見たことがない。


この毒草、実は薬の材料もなるんだよね。

希釈したこの毒には、すぐれた薬効があるんだ。

ハイドランジアではまだ毒の認識のみだけど、大陸のほうでとある薬が開発され、製薬に必須の「毒婦の頭巾」の価格は高騰する。

もともと希少なものにさらに付加価値がつくのだ。

それがこれだけ揃っていれば、一財産ものよ。

私の知識チートがあれば、これを元手に、更なる富を得ることができる。

離反したヴィルヘルム領の領民の心ごと、一気に引き寄せる方法思いついちゃった。


私は、頭の中でそろばん勘定をはじめた。


まずは、小麦ライ麦問わず、麦類を買いこみ、安全な場所に隔離する必要がある。


ハイドランジアは、この数年は豊作が続いており、麦値は安定している。

春麦など家畜の飼料に回されているくらいだ。安価で購入できるはずだ。

飢えの兆候など、この国に欠片も見当たらず、粉ひき小屋は小麦ばかりでフル稼働だ。


だが、私の産まれた今年、ハイドランジアは有史はじまって以来の蝗害に遭遇する。

突如大発生した蝗の群れは、ありとあらゆる植物を喰い尽し、麦の値段は高騰し、貴族でさえ春まき麦しか口に出来ない悲惨な時代が到来する。

巷には餓死者があふれ、食糧を求めて各地で暴動が勃発。

混乱は半年にわたり続き、国力は疲弊し、国の威信は失墜する。

それを境に、貴族と民衆は、ハイドランジアの現王家を見限りだすのだ。


天候などの自然現象は、人生を繰り返しても変わらない。

嵐も地震も洪水も。

前の108回の人生の記憶を照らし合わせ、私はそれを確認済みだ。

この109回目の人生でも、必ず同じ自然現象が起きる。

蝗害の到来は必然だ。

そのとき、麦の貯蓄は無限の価値をもつ。

食糧を制するものは、国をも制す!


お母様! よろこんでください!

もうすぐ貧乏生活とはおさらばですよ!

崩れた屋敷を修繕し、服も新調しましょう。

メアリーにドレスを、ブラッドにもメイド服のスペアを買ってあげる。

私は、宿敵ブラッドの膝がしらを打ち砕くため、お洒落な歩行器をゲットかな。

飢饉の際には、領民のみなさんが飢えないよう配給の用意もしとかなきゃ。!


世のため人のために奉仕し、且つお金儲けに邁進しましょう!

私、利益はちゃんと社会に還元します! 

他人の幸せは、自分の幸せ!


・・・・・・・・・・。

蝗害のもたらした飢饉では、幼子が何人も飢え死にしたと伝え聞く。

かなり悲惨な状況だったことは、当時の記録を一瞥するだけで、容易に想像がついた。


私も女王時代に何度も似た体験をした。

濁流で壊滅した街。疫病で滅んだ村。暴動で焼き出された人々。

両親の骸の横で、死んだ目をして立ち尽くす子供たち。


私は身分を隠し、各地を視察した。


亡くなったお母さんの乳房にしがみついて、無心に喉を鳴らす乳飲子を見たときは、拳を噛んで嗚咽をこらえた。

子供達を抱きしめて、泣いて謝りたかった。

でも駄目だ。

私に泣く権利はない。

私はこの悲劇を防げなかった最大の責任者、この国の女王なんだから。

そして私がどんな慰めの言葉をかけても、失った命は二度と戻っては来ない。

だから、私は、謝ったり泣いたりせず、事後処理に奔走した。

それだけが唯一私にできる償いだった。


あんな気持ち・・・・・あんな無力・・・・二度と味わうもんか。

どんなに悔やんでも、泣いても、起きてしまった後じゃ、なにもかも無駄なんだ。


私は拳を握りしめた。

今の私なら、みんな救える。

心の中で謝るだけじゃなく、みんな、この手で救えるんだ。

だから・・・・・・・! 今度は、きっと・・・・・!


「・・・・・ん」

ブラッドが横からハンカチを出して、無言で私の涙を拭いてくれた。

あれ、私泣いてたの? あ、ありがと・・・・・

こらあっ!?鼻水は出てない! ちーんを要求するでないわ!


さ、さあ! 大儲けして、引き篭もりを満喫する未来を掴み取らなきゃ!


でも、そうなると、有能な商会のパートナーがほしいなあ。

シャイロックは絶対ごめんだし、どうしようかなあ・・・・・


「メルヴィル家秘伝の特殊な処理をほどこしているのよ。毒矢に使うためにね。根の毒素量は倍近くになっています。触れないよう気をつけてね」


お母様の注意で私は現実に戻った。


「ここにぶら下がってる死の女神の花、全部強化済みかよ。えげつな・・・・・」


「アウオ・・・・・・・」


ブラッドと私は顔を引き攣らせた。

これ、そのままで何千人も毒殺できる貯蓄量だよね。

しかも毒性は当社比2倍!!

お母様の弓の腕前と合わせて考えると、これは洒落にならんのです。


「ほんとはね。私を苛めた「赤の貴族」達を毒矢で皆殺しにして、自殺しようと思ったときもあったのよ。でも、臆病な私は踏ん切りがつかず、毒の根ばかりが毎年増えていった・・・・・」


私達に背中を向け、クローゼットに手をかけ、お母様がぼそっと呟いた。


ひえっ!やっぱり!?


お母様が心を病む原因となった、バイゴッド侯爵夫妻が音頭をとった「赤の貴族」たちの陰湿な苛め。

本人達は無力な子猫を蹴飛ばして遊んでいる程度の認識だったのだろうが、実は虎の尾をがんがんに踏んでいた事に気づいていなかったのだ。

なんておそろしい・・・・・・・!


私はお母様の自重に感謝した。

それだけの数の「赤の貴族」達を殺していたら、誰にも庇いきれない。

自殺しなくても、お母様は死刑を免れなかった。

そうすれば私もこの世には誕生していない。


ありがとう、お母様。

おかげで私は、今ここにいます。

私がそのうちお母様の無念は晴らしてあげるから。

必殺の乳幼児スピンをぶちかまして、あいつらの面子を叩き潰してみせる。

108回も悪逆女王貫いた経験舐めないでよね。

あいつらが小便ちびるほどの報復をしてくれよう。


両手足を束縛し、オムツをはかせ、それから利尿作用のあるお茶をたっぷり飲ませてあげる。お漏らししても取り替えてなんかあげない。痒くてもかけない蒸れ蒸れ地獄にのたうちなさい。


おお、我ながら、悪魔のような思いつき・・・・・

自分のあまりの非道さに私は震えあがった。

失禁したあと放置されると、ほんと辛いもの。

皮膚が、おしっこでふやけそうになるの。

全新生児が私の意見に、もろ手をあげて賛成してくれるだろう。


震えておやすみ、悪党ども。

おまえ達に真の悪というものを教えてあげる。


・・・・・あ、両手足をどうやって最初にくくったら・・・・オムツどうやって装着させよう。

ま、まあ、いいか。とりあえず、決めの高笑いをば・・・・・


おーほっほっ・・・・・・


「アーオッオッ・・・・・・」


「お嬢様ご機嫌ですね・・・・・」


「どうせまた間抜けな悪だくみしてるんだろ。悪ぶったあげく、途中で欠陥に気づいて、笑って誤魔化してるんだと思う」


「オアアッ!!」


うっさい! ブラッド! また馬鹿にして!

乙女の嬉し恥ずかしの本心を、ずばすば言い当ておって!

見てなさいよ、今度ミルクを顔に逆噴射してやるんだから!

乳児の噴門部の未発達さを甘く見るなよ!


「アオオオッ!! オアアアッ!!」

「あのさあ、おまえ、それ自爆技じゃね」

「オアッ!?」


はうあッ!? そうでした!

天に向かってミルクを吐く!


「・・・・・私は一度弓を捨てました。でも、ヴェンデルはずっと手入れをしてくれていた。おかげで今、この子たちを守れます。ありがとう、ヴェンデル」


お母様はクローゼットから変わった形状の弓を取り出した。

Mの字に似たその弓にはすでに弦が張られていた。

お父様に感謝し、そっとその弓にキスをする。


「これがメルヴィル家のもうひとつの秘密です」


・・・・・複合弓!?

私は息をのんだ。

108回の女王時代に見たことがある。

はるか遠方の騎馬民族が使用するとんでも兵器だ。

彼等は騎乗しながら、長距離射程の矢を放つ。

その秘密がこの複合弓だった。


私達が使う単弓は、威力をあげ射程距離を伸ばすためには、長大化するしかない。

それがロングボウ。

ロングボウ部隊は騎兵の天敵だ。鎧をぶち抜く弓威があるからだ。

数年後に国境紛争に出陣したハイドランジアご自慢の騎兵軍は、その猛威の前に、大苦戦を強いられる。

敵に辛酸を舐めさせられたハイドランジア軍は、やがて自らもロングボウ部隊を創設するに至る。


ただロングボウはその大きさゆえに、取り回しの不便さが弱点だ。

その威力を余すところなく発揮するには、大きく弦をひく動作も必須だ。

騎乗して射るなど夢のまた夢である。


対して複合弓は、弓の表に伸張後に収縮する腱を、弓の裏に圧縮後に急速復元する特殊な繊維を使用している。この腱と繊維の復元を利用し、縮む力と膨らむ力で弓を補助し、矢の速度を倍化させるのだ。これにより大きさは従来のまま、ロングボウに匹敵する貫通力を得ることができる。


理論はわかってはいたが、製造方法が極めて難しく、私の女王時代にも再現は不可能だった。

まさかお母様の実家のメルヴィル家に、製造法が伝わっていたなんて・・・・・!


「試射をします。ついてきて。私になにが出来るか、あなた達にも把握してもらって、役立ててほしい」


お母様は弓篭手をつけ、髪を束ね、矢筒を装着すると歩き出した。

あの、お母様、胸当ては・・・・・・・

あ、必要ないんですね。そのままでも邪魔にはならないと。

よおく知ってます。私にもその微乳な遺伝がありましたから。

胸元大きく開いたイブニングドレス着る時、いろんな意味で気をつかって大変でした。

おのれ、私の胸のサイズがあと3cmあったら、歴史は変わっていたかも知れぬ。


いいもん。加齢したら垂れない利点だってあるんだから。

微乳は年取ったら美乳に華麗に転進するのです!

まあ、28歳までしか生きられなかったから、無意味だったんだけどさ。


「アウ・・・・アウウウ・・・・ウオオオ・・・・」


お母様が私の呟きを聞きながら首をかしげる。


「この子がなにを話してるか理解できないけれど、なぜかとても胸が痛みます」


ブラッドがぷっと吹き出し、私はジト目で奴を睨んだ。

巨乳のメアリーの母乳をもらってるんだし、この109回では、もしかして、があるかもしれないじゃない。乙女の将来の夢と可能性を否定しないでよ。

それと、ちっぱいを嘲笑う輩は、天が許してもこの私が許さない。


「・・・・・ごめんごめん。さっきも言ったけど、おまえは美人になると思うよ」


膨れっ面をした私をなだめるように、ブラッドがちょいちょいと私のリボンを手直しする。


「そんなに怒るなよ。かわいい顔が台無しになってるぞ」


ぷにぷにとホッペをつつく。

えへへ、そうかな。

もうっ、し、仕方ないなあ。気になる女子をいじめちゃう男子の心理ってやつ?

じゃあ、おねえさん、今回だけは特別に許したげるから。


むふうーっと膨れっ面の空気を抜いた私を見て、メアリーが何故かため息をついている。


「チョロインすぎて、お嬢様の未来がとても心配です」


なんでよ!?

私、しっかり者のお姉さんポジですよ!


・・・・・・・・・・・・・・


試射の場にお母様が選んだのは、東側のロングギャラリーだった。

絵も調度品もひとつもない、がらんとした空間だけど・・・・・

バイゴッドのごうつくお爺とお婆が、根こそぎ金目のものは持ち去ったからね。

これじゃ、ただのだだっ広い廊下だよ。

点在するロマリア風の飾り柱が空しい。

おまけに庭園の池の水脈から浸水し、この真下の地下室は水没状態。湿気が上にあがってきて、じめじめしているので、室内運動場としても使えない。床の木材が腐ってぎしぎしいってる・・・・・・


お金がないので修復もままならず放置されているのだ。

うう、貧乏ってみじめ・・・・・・・


「メルヴィル家には、「魔弾の射手」、「魔弓の狩人」とおそれられた先祖がいました。これは、その彼女から伝えられてきた技」


お母様は、弓を構え、すうっと数度調息し、精神を集中した。


「まずは弓技、「蛇行」・・・・・・いきます!」


言下にカカカカッと矢筈を打ち鳴らす音がした。四矢を一気呵成に連射したので、音が重なりひとつに聞こえたのだ。それだけでも信じられない神業だったが、真に凄いのはここからだった。


そのまま直進すると柱にぶつかるはずだった矢の軌道が、ぐうんっと曲がった。

左右に分かれ、柱を回避する。さらにその先にある柱もかわす。そのもうひとつ先にある柱も。

四本の矢が空間を自在にくねりながら、柱の列をすり抜けていく。

まるで矢が空飛ぶ蛇に変わったかのような、信じがたい光景だった。


なるほど、だから蛇行・・・・・!

衝撃の事実に私は慄然とした。

この技ならば、人混みを縫って、目標を捕捉可能だろう。

お母様は障害物に遮られず、獲物を射止めることが出来るんだ。

盾を前面にかまえても、お母様の矢は防げない。

まわりこんで側面から突き刺さるからだ。


ヒュンヒュンと競うように風切り音がうねる。

四矢の着弾の音は同時だった。

お母様は同時着弾するよう、それぞれの矢の速度まで調整して射ったのだ。

がんっという音を一回だけたて、ギャラリーの突き当たりの的が揺れた。


「「蛇行」を使うと、やっぱり、だいぶ矢の威力が落ちる・・・・・・」

的を突きぬけなかったことが心残りらしく、お母様が悔しそうに唇をかむ。


私達は拍手も忘れ、ぽかんと立ち尽くしていた。


「・・・・・すごいです! 奥さま!! すてき!! 」


しいんと静まり返った空気を破ったのはメアリーだった。

頬を紅潮し、無邪気に大はしゃぎしている。

「そうやって、公爵様のハートも撃ち抜いたんですね!」


あ、やっぱ、恋愛方面持っていこうとするのね。


「おっかなぁ・・・・・・」

ブラッドがお母様を傷つけないよう、小声でぼそっと言った。

「アウ・・・・・・」

私も同感だった。すごすぎでしょ!

すてきどころか無敵の才能すぎて怖い。


前の108回の人生で、私を何度も射殺した、五人の勇士のひとり、闇の狩人アーノルドに比肩する天才だ。しかも、お母様の毒矢は最強クラスの猛毒。

かすっただけでも、絶命必至。

お母様の矢に狙われたら、ほぼ生還は絶望的だ。


「アウウウウ・・・・」

私はうち震えた。


ブラッドに続き、チート人間がまた一人あらわれました。

私の影がどんどん薄くなります。

ちょっとタイトル! なにやってんの!

これじゃ、私が一番無能じゃないの。

ちゃんと、お仕事励んでくださいな!


「次は弓技、「鎌首」と「蛇腹」・・・・・・いきます」


どへえっ! まだチートな弓技披露するんですか!

お母様、ほどほどに! お手柔らかにお願いします!

私のヒロイン力は、もうゲージゼロなのです!

このままじゃ、私、解説専門ヒロイン転落、まったなし!?


「ちょっと待って。コーネリアさん」

ブラッドがお母様をさえぎった。

おお!? ブラッド、あんた、もしかして私のためを思って?

次の瞬間、私の喜びは木端微塵にうち砕かれた。


「コーネリアさん、火矢も使えるよね。もしもの場合、この公爵邸燃やしちゃってもいい?」


あんたあっ!? なに言ってんの!?

おまわりさん! メイド服の放火魔がここにいますよ!


「火矢は使えます。屋敷は燃やしても構いません」


お母様も、なに即答してるんですか!

あっ! もしかして、ア

のことか!


「アウオオオオッ。オアアア」

思い当った私は、話に割って入った。

だったら、もっといい案があるよ。

折角だから二段重ねの作戦で、どかんと、ど派手にやっちゃいましょう!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


公爵邸の敷地の藪の奥から、四人の亡霊達は空を見上げていた。

夕暮れが夜に変わろうとしていた。地平に微かにしがみつく夕陽の稜線は、消えかけた熾火のように頼りない。それも間もなく、闇に呑まれる。轟々と不気味に風が吠えだしていた。


「嵐が、くる。王家親衛隊よりも、公爵よりも先に」


武人の幽霊が唸る。「禍々しい化物どもめ。人の悪意と獣の牙があわさると、かくも醜い怪物が誕生するのか。いったい何人の幼子たちを、その牙にかけたのだ。不快すぎて正視にたえん」と吐き捨てる。


「冗談じゃないよ! あの化物犬どもは、とんでもない胴甲

どうよろい

を着込んでるんだ! 矢も刃も弾いちまう! それで勇敢な爺さん達もやられちまったんだよ! それさえなきゃ、あの子の弓の腕なら、あんな犬どもに遅れを取らないものを!」


やせた女幽霊が悔しそうに歯噛みする。

あの子というのは、スカーレットの母、コーネリアのことだ。


「ああ! あたしに身体があったら、弓をもって、隣で一緒に戦ってあげられるものを!」


身をよじって嘆く女幽霊を見て、でぶの幽霊が目をしばたかせ、ため息をつく。


「そうかあ、姐さんは、むかし、公爵夫人の先祖の「魔弾の射手」としのぎを・・・・・・」


鼻をぴくつかせ、気の毒そうに

「鉄と馬と油の臭いは強くはなってる。でも、ここに親衛隊が来るには、あと一時間はかかりそうだねえ。必死に馬を走らせちゃいるみたいだけどさあ。・・・・・化物犬のぞっとする臭いは、もう屋敷のすぐそばに来てるよ」


「魔犬どもに殺された三人の老戦士は、王家親衛隊の指南役だったのだ。随分慕われていたらしいな。公爵の報せを受け、親衛隊全員が、怒り狂って報復を誓っている。しかし、間に合わぬか」


「さあてさてい、運命はどう転がるかなア。いっちょ占ってやるかア」

のっぽの幽霊が柏手をうつと、ぽんっと鬼火が二つ現れた。それを手の中で転がし、ぱっと両手をかぶせて、隙間から片目で中をうかがう。

「さア! 教えてくんな! 未来に待つのは、光か闇か! 」


渋面で顔を離すと、

「はン。もうすぐあの世いきの魂が出るだとさ!!」


女幽霊が形相を変えて振り向く。

「なんだい! 腐れ占いなんか! コーネリアは、 あの子はね! 旦那の公爵への恋心ひとつを頼りに、山奥から出てきたのさ! 泣かせるじゃないか! それなのに、あんな辛い目に十年間も! あたしゃ、人の不幸を楽しむ性悪だけどね。あの子は、あんまりに報われなさすぎだ」


女幽霊の剣幕に、のっぽの幽霊が鼻白む。


「別に死ぬのが公爵夫人ときまったわけじゃ・・・・・」


「あたりまえだよ! あの子は、妻としての喜びも、母としての幸せも、なにひとつ経験しちゃいないんだ!  不幸なまま死んだりしたら、あたしゃ許さないからね!! ぜったい生き残って、幸せにおなりよ! あんたはね、この世に未練がないほど、まだ、たくさん笑えちゃいないんだ! !」


コーネリアに呼びかける女幽霊の悲痛な声が、風の音にかき消されていく。


「月の女神さん、あたしの好敵手の末裔の娘を、どうか守ってやっておくれ・・・」


「さア! 御立ち会い! 復讐の炎、妄執の炎、守るための炎、さまざまな炎!! 最後に残る命の炎はどいつかなア!! 我らは亡霊! 入れ込んだとて無駄なこと。まずは高みの見学だア!!」


飛び上がったのっぽの幽霊が、旋風に同化し、姿が薄れていく。蒼白い鬼火がはじけ、ちりぢりになり、亡霊達と一緒に渦巻く風の中に吸い込まれていく。


「・・・・・若狼よ。俺はかつて、おまえのようになりたかった」

最後まで残った武人の幽霊が、目を細めた。

「我ら血族の技は、人を殺す刃のみにあらず。人を守る盾にもなると、おまえなら証明してくれる、俺はそう信じている。母と子を、その手で守ってやってくれ」


寂しそうに背を向ける。


「力を求め、鬼に堕した俺が、言えた義理ではないがな」


ブラッドに届かぬ激励をおくり、武人の幽霊もまた、つむじ風の中に姿を消した。


そして、決戦のときは来た。

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