第33話王家親衛隊到着。そして私は、お母様がいじめられた真相を知るのです。

きんっと耳の奥が痛くなった。

ぶわっと獰猛な圧力が背中をうった。

発生した強風に押し上げられるように、私達は戸外に飛び出した。

見事に着地を決め、そのまま十メートルほど走ってブラッドは停止した。


「あっぶな!ぎりぎりセーフ!!」


お母様とメアリーを降ろし、ふうっと息をつく。

体中汗まみれ、いや血まみれだった。

間断なく噴出していた血煙のせいだ。

それが除々におさまり、ブラッドの周囲から霧散した。

「血の贖い」の効果がきれ、目の色が紅色から元の黒に戻っていく。


「もーダメ、一歩も動けない。たぶん味方がもう来るし、オレ少し気絶する・・・・・・」


「血の贖い」は限界まで体力を消耗する。

爆発的な身体能力向上と引き換えに、しばらくは活動不能に追い込まれる。

だから成人ブラッドでさえ、最後の切り札としてしか使用しなかった。

まして今の幼い彼には半端ない負担だったはずだ。

ブラッドは手足を伸ばして寝転がり、そのまま動けなくなった。

疲労困憊して顔色は蒼白だった。

それでも最後まで私を抱きかかえたまま倒れたのは、さすがだった。


「・・・・・なあ、おまえってさ・・・・・オレと・・・・・」


 なにか話しかけたが、ブラッドにしては歯切れ悪く口ごもった。


「まあ、あとでいろいろ話しようぜ・・・・・おまえのこと・・・・・」


それきり、ことんとブラッドは気を失った。


お疲れ様。よくがんばったね。

あんたは確かに騎士だったよ。

子供たちとお母さんたちに代わって、立派にその無念を晴らしてくれたね。

私が大人の体なら膝枕で休ませてあげるんだけど、新生児の体ではこれが精一杯だよ。

私は倒れているブラッドの胸をよじ登り、そっと頬に感謝のキスをした。


「ん・・・・・・」


ブラッドが身じろぎし、私はあわてて唇を離し、しゃしゃっと高速後退した。

ス、スカーレット高速離脱!!


ああっ!!こいつ、無意識に私のキスのあとをごしごし拭いやがった!

おのれ、懲罰を与えてくれるわ!


恩を仇で返したブラッドに、私が一発かまそうとしたときだった。

巨人が地底からハンマーをぶち当てたように地面が揺れ、私達の体が一瞬浮き上がった。

落水した「ロマリアの焔」が地下室の水と、本格的に反応したのだ。


燃えだした「ロマリアの焔」は、水にあたると二次災害を引き起こす。

火山の噴火のように大爆発し、周囲のものをなぎ倒すのだ。

被害の規模は、最初の高温燃焼よりそちらのほうが甚大だ。

「108回」の人生で、私が何度も見た光景だ。

消火しようと近寄り水をかけた者たちは吹き飛ばされ、爆発で四散した高熱の炎が更なる災厄を巻き起こした。「ロマリアの焔」は決して手を出してはいけない地獄の炎なのだ。


公爵邸の屋根がはじけ飛んだ。

膨れ上がった内圧で屋敷の窓枠が外に向かってへし折れ、轟音とともに壁面が土煙をあげて崩れていく。

蒸気の白煙が屋敷の隙間という隙間から噴き出し、雷光のように高温の炎の色が|幾度も瞬く。

ロマリア風の飾り柱が、片っ端から次々に転倒した。


「(義父様と義母さまの・・・・・・)屋敷が崩れる・・・・・!!」


お母様が拳をぐっと握り締める。

な、なんか()付きで物騒なこと言ってませんでしたか・・・・・?

そのガッツポーズは、貴婦人が人前でやっちゃいけないヤツですよ・・・・


老人の絶叫と、魔獣の咆哮ごと呑み込み、内側に倒れ込むように公爵邸が自壊していく。

熱と蒸気に焼かれ、苦悶する彼らを、瓦礫の質量が押し潰す。

折れ砕ける木材の鋭い音と、石がぶつかり合い、地に叩きつけられる轟音が、耳をつんざく。


まるで建材の繋ぎと釘のすべてを取り払ったようだった。

「ロマリアの焔」の爆発の衝撃で基礎と柱が壊れ、屋敷の重さを支えられなくなったのだ。

坑道を真下に堀り、支柱を焼き払って城壁を崩すさまによく似ていた。


この屋敷の敷地は、あちこちに地下空洞が走っている。

水脈があったときの名残なのだ。

その空間が爆発の衝撃で潰れたのだろう。

噴煙をあげて陥没していく建物を、私は茫然と見つめていた。


「奥様・・・・・お嬢様・・・・・・ブラッド・・・・ごめんなさい。私のせいで、みなさんを危険な目にあわせて・・・・・・!」


「ちがいます、メアリー。むしろ逆です。あなたの突出が魔犬達を分断してくれたから、各個撃破が出来たのです。私達全員で待ちかまえていたら、三匹の連携攻撃をはじめから受け、今頃全員殺されていたはずです。あなたの行動が結果として皆を救ったのです」


おずおず謝ろうしたメアリーをお母様は制し、そっと頭を撫でた。

私もお母様に同意見だった。


不沈のガルムで正面から、あとの二匹で側面から同時に攻められていたら、私達は終わっていた。

多分それが本来の奴らの戦い方だ。

魔犬二匹を早々に撃破できたのは僥倖だった。

怪我の功名ではあるが、結果としてメアリーの行動は私達を救ったのだ。


「きっと息子さんのヨシュアが、あなたを救おうと導いてくれたのでしょう。だから、その命を大切にして、これからは私達とともに生きてください」


「・・・・・はい・・・・はい・・・・奥様・・・・・・!」


メアリーは泣いていた。

やっと長い悪夢から解放されたのだ。

お母様が優しく肩を抱いて、それを慰める。

散々つらい目にあったお母様には、メアリーの気持ちがよくわかるのだろう。

馬の重い蹄の音が近づいてくるまで、私達はその場に立ち尽くしていた。

あ、もちろん私はまだ立っていませんけどね・・・・・ブラッドものびてます~・・・・



「これは如何なることか!!公爵夫人はいずこに!!」


やってきたのは三十騎ほどの騎士たちだった。


赤と青の表地に色分けされた胴甲には金の刺繍がほどこされていて、装飾を兼ねた無数の華美なリベットとあわせ、夜目にも鮮やかな装飾だった。板金を裏打ちされた布もとても上質だ。王宮の調度品が動き出したような印象だが、美術品というよりは洗練された家具を思わせた。


腕の動きの妨げにならないよう、両脇には切れ目が入っている者もいる。

首周りと腰のスカートには鎖帷子を使用し、鎧の前あてにあたる部分は、胴甲の下裾を長くすることで対応している。弓を持つものは脚甲と腕甲をつけておらず、それ以外のものは鎧に準じる装備を手と脚に装着していた。


乗馬しているのもどれも立派な馬だった。

後ろ脚に力がみなぎっている。

胸がいと腰がいには、騎士達の胴甲と同じ赤と青でデザインされた鮮やかな飾り布を垂らしていた。

鞍下の布も同様だ。

単独でいたら品のいい馬上試合の出場者の馬かと勘違いしたろう。


馬群は密集状態を崩さず、一個の生き物のように鼻先そろえて速度を落とし、速足から並足に切り替えてきた。こちらに少し距離を置いたところで、ぴたりと横一直線に停止する。

見事な錬度だ。

馬は音と臭いに敏感だ。

公爵邸崩壊の大音響にも動じず、魔犬たちの臭いが残っているであろうこの場で整然としているのだから、並みの騎士と騎馬達ではない。


私は一目見ただけで彼らが誰かわかった。


前の「108回」の人生で何度も見かけたことがある。


彼らの接近を感知したから、ブラッドも安心して気を失ったのだろう。

見もしないのに敵か味方か見事に嗅ぎ分けたのはさすがだった。


ハイドランジア王家親衛隊。


王家の最後の砦にして、一騎当千のつわもの揃いだ。

貴族の子弟ばかりの近衛より身分は下なのに、最上級の装備を許されているのは、彼らが少数精鋭の王国最強部隊だからだ。


かってのハイドランジア王が大敗して死を覚悟したとき、敵の大軍のど真ん中を突っ切って、王の命を守り抜き奇跡の退却を成し遂げた、下級貴族と平民の混成部隊が起源であり、この国においてその名は強さと勇気の代名詞だ。


男の子が一度は夢見る憧れの職業の筆頭にして、平民が騎士へなる為、この国で唯一開かれた道なんだ。


一人の騎士が馬群から、ついと抜け、私達のそばに馬を進める。


「火急の際ゆえ、ご婦人がたの前なれど、馬上より失礼する。我ら、ハイドランジア王家親衛隊!!王命により、公爵夫人を御守りするため推参した。公爵夫人はいずこに」


馬を寄せてきた巨漢が、後ろ縁のはねたサレット兜を取り、一礼する。


ぶっとい眉毛ともみあげ、でっかい目。

岩みたいな顔立ちなのに、どこか愛嬌がある。

暑苦しいのに妙に礼儀正しいその大男は、私のよく見知った顔だった。

そうか、この時点では王家親衛隊の隊長だったっけ。


「私は、マッツオ・ジェダイト・ノエル・バレンタインと申す。王家親衛隊の隊長を務めさせていただいておる。ときにご婦人がた、怪我はしておられないのか?」


心配そうに問いかけてくる。


泣いているメアリー。

ぶっとび衣装のお母様。

伸びているメイド姿のブラッド。

その胸にしがみついている新生児の私。

後ろには半壊して炎上する公爵邸。


この異常事態でもまったく動じず、婦女子の心配を優先する騎士道精神は並みではない。

涙ぐむメアリーが特に気にかかるらしく、二度ちら見していた。


ブラッドが安心するのも道理だった。

天地が引っくり返っても、女子供に危害を加える男ではないからだ。

「108回」では、女子供に乱暴狼藉を働こうとするものには、敵味方、貴族平民問わず、彼の鉄拳が容赦なく裁きをくだした。彼の正義の鉄拳は、鎧をひしゃげさせる威力があった。

戦火にさらされた女性たちが、彼によってどれだけ救われたことか。


そんな彼の人となりはよく知っている。

私が「108回」の人生で女王だったとき、側近を務めていたからだ。


荒んだ幼年時代を送ったが、愛情豊かな乳母にめぐり合い、無私の愛で命を救われたことで悔悟の涙を流し、誰よりも立派で優しい人間になることでその恩に報いようとした貴族だった。動乱により立ち消えたが、彼が提案した弱者が誇りをもてる福祉政策は斬新で魅力的だった。


婦女子の涙を見過ごせない男、バレンタイン卿。


よき貴族精神を圧縮し、削りだしたような勇士だ。

子供達には直感でわかるのか、行く先々で常に身分問わず、子供達に取り囲まれていた。

おそろしく巨漢なのに、まるで大きなおとなしい犬のように大人気だった。


「108回」では、いつも身体を張って私を守ってくれた。

そして、私を逃がすため、最後は・・・・・・・

思い出すと、胸が熱く苦しくなる。

私は深呼吸し、鼻の奥でつんと膨れ上がった感情の内圧を逃がした。

と、とにかく信用できる男なんだ。

ま、むちゃくちゃ暑苦しいのが難点だけど・・・・・



「公爵夫人は私です。こんな格好ですが・・・・・・・・」 


お母様が恥ずかしそうに名乗りでる。

布を下に引っ張るようにして、太股の部分を隠そうと甲斐のない努力を続けている。

お気の毒に。メルヴィル家のとんでも衣装、これ百害あって一利なしでしょ。

こんなケダモノお頭マントつきの、露出と乙女趣味をごちゃ混ぜにした衣装、誰からも不審がられるに決まってる。ご先祖に文句言いたいよ。


「おおっ!!それはまさしくメルヴィル家の戦装束!!これは失礼を!!」


王家親衛隊隊長マッツオは素早く馬上から飛び降り、お母様に頭を下げた。

他の親衛隊の騎士達も一斉にそれに倣う。


「戦女神のお姿を模倣したというその戦装束は、メルヴィル家のなかでも、神域に達した弓の達人のみが着用を許されると聞く。これこそが、あなた様が公爵夫人ご本人である、なによりの証」


どへええっ!?

とんでも衣装、さっそく役に立ったよ!!

メルヴィル家の御先祖様に感謝だよ・・・・・・!


王家親衛隊の面々は尊敬の面持ちを隠そうともせず、お母様を見ている。

特に顕著なのは射手担当の者達だ。


「メルヴィル家の天才令嬢だ・・・・・」


「生コーネリア嬢だ・・・・・」


「なんと凛々しくも可憐な。まるで月夜の白百合を思わせる」


「俺は見たよ。即位の式典のときは、本当にすごかった・・・・・」


さすがにおさえた小声で交わし合っているが、興奮が隠し切れていない。


「れ・・・・令嬢・・・・・白百合・・・・生コーネリア・・・!?」


突然のべた褒め攻勢にさらされ、お母様は周章狼狽して絶句している。


「お前達、公爵夫人に無礼だぞ・・・・・これは失礼。我々王家親衛隊は弓を嗜むものも多い。その連中にとっては、魔弓の狩人の再来をうたわれたあなた様は、特別な存在なのです。私も十二年前、国王陛下のご即位の式典の一環で、あなたの神業を拝見したときは、魂がしびれるほどの感動を味わい申した。崇敬するがゆえの彼らの無礼、どうかお許しいただきたい」


マッツオ隊長が苦笑し、謝罪する。


なんとお母様は弓世界の元アイドルだったようです・・・・

道理で魔犬使いの奴が知っていたはずだよ。


マッツオ隊長の説明によると、国王の即位式典で、メルヴィルのとんでも弓法を披露し、弓キチたちの心を鷲掴みにしていた模様。ハイドランジアは弓がお家芸の国柄なので、弓への偏見が少ない。槍と剣こそ騎士の誉と考える他国と違い、弓を好んで扱う騎士が少なからずいる。


「嫌ですわ・・・・・まさかあんな昔のことを覚えておいでの方がいらしたなんて。あの頃は私も若かったので、つい分を弁えぬ醜態を・・・・・・」


なるほど若かりし日のお母様は手加減なしで、弓の神業を全開にして、晴れの舞台で披露してしまったわけか。


赤面して俯くお母様をちら見して、弓の騎士達がお互いの脇を見えないよう小突き合っている。

うわあ、これが舞踏会だったら、お母様引く手あまたで、踊りの申し込みが引っ切り無しだよ。

さすがにばればれで、マッツオ隊長の大目玉でぎろりんっと睨まれ、全員が肩を縮めて萎縮する。


私は、お母様が「赤の貴族」たちに陰湿に苛められた流れを、ようやく理解した。

お母様は記念式典で拍手喝采を浴びすぎたのだ。

当時の・・・・いや、今も年齢にそぐわないほど可憐だけどさ。

その容姿と相俟っての輝くような弓の才能に魅了された男性諸氏が数多くいたんだ。

今ここで少年のように目をきらきらさせている親衛隊の幾人かがその証拠だ。


それを面白くないと思う令嬢や婦人達も当然いた。

そこに「紅の公爵」との結婚というサクセスストーリーまで加わり、やっかみは決定的になったのだろう。


お母様はまったくわかっていなかったのだろうけど、社交界においては目立つ者は、その輝き以上に人一倍影をいなす術に長けていなくてはならない。


純粋で若く美しいだけでは、王妃クラスでもない限り、あっという間に潰される。

よくて村八分だ。

華やかな交流をしながら、貴婦人達はすべてをかけて、互いの格付けをしあう。

その格付けこそが、社交界でのおのれの立ち位置になるからだ。

だから、より高く自分の価値を見せようと腐心し、安心できるグループに入ろうとする。

あげ足取り、陰口など日常茶飯事の世界だ。

光り輝く眩しい場所なだけに、出来る影の色はより深く陰惨なのだ。

お母様はその負の感情をまともにぶつけられたんだ。


まして「赤の貴族」には「青の貴族」と違い、高貴なる者の責務なんて美意識はほとんどない。

領民を農奴としか認識してない時代遅れの連中も多い。

貴族には生殺与奪の権利があると勘違いし、領内で無茶苦茶するときもある。

人の痛みに鈍感な、手加減を知らないバカ達が混じっている。

無視ならまだいいが、悪いことに、お母様には黙殺で済まされない存在感があったんだ。

結果、その燻っていた嫉妬の暗い火を、新婦を気にくわない義父義母のバイゴッド夫妻があおり立て、凄惨ないじめの炎に繋がったというわけだ。


あの人望のなさそうなバイゴッド夫妻を旗頭にして「赤の貴族」達がいじめに動いたことが疑問だったが、これでようやく納得できた。嫉妬という下地があればこそだ。


ということは、これは裏で糸を引いていた求心的な人物が必ず他にいたはずだ。


・・・・・バイゴッド夫妻以外の黒幕が。


おそらくは、当時の「赤の貴族」の社交界のまとめ役で、「紅の公爵」ことお父様に懸想していた女性。

既婚者か独身者か知らないけどさ。

まったく、あんな気難しくて病弱なお父様のどこがいいんだか。

くれないの公爵どころか、私なら、いらないの公爵だけどね。


ま、だいぶ人物は絞りこめそうだし、お母様の受けた精神的苦痛は、いずれしっかり叩き返させてもらうとしようか。「108回」分の人生、社交界で戦い抜いた私を舐めるなよ。

貴族名鑑なんてなくっても、大抵の貴族一族の顔と名前は頭の中に叩きこんでるんだから。

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