佐々木仁の勝負はもう産前で全て決まっていた。1
あ~眠い。まだ昼休憩も始まろうともしていない4階、1年a組の教室は陽だまりの中にすっぽりとはまってい素晴らしく気持ちが良い。窓側から見て2列目にある俺の席も陽だまりの範囲内で、居心地がよく絶好のお昼寝日和だ。
そんな陽だまりのせいか、正午にもかかわらず教室内の雰囲気はのぺ~としていて溶けそう。
それにアドバンテージとして国語、古文、源氏物語、神崎先生の甘い声……。これは溶けたもん勝ちなのでは?
「いづれの御時にか、女御にょうご、更衣こういあまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際きわにはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけりっ。と、こんな感じで~す。それじゃ~誰に解読してもらおうかな~」
黒板に源氏物語1の1らしい原文が書き出される。この文の中でプロペラキノコは出てくるのであろうか?
先生はクルンっとかわ綺麗な字で書かれた黒板を背にし、当てるべき適任者を探すようだ。
ようだと推測できているのは、瞳に何かが写っているからとかではなく首の動きから推測したもの。
勿論先生の瞳には何も映っていない。これも日常通り。
先生の首が窓側一列のほうに止まる。ほぉよかった。さすがに予習してなかったんで一安心……。
「仁君」
「え……あっはい」
思わず息が詰まってしまう。あの人何処向いてるの本当に……目が八幡大菩薩並みに濁っているのを理由に遊ばれているとしか思えない。先生は気づいているの?
「…………………………」
分かんね~。立ち上がったはいいものも3秒の沈黙でどえりゃ~気まずい。周りの目にデラさらされるし。明日から予習やってコリン。………?さすがに西三河弁をコンプリートするのはきつかったようだ。ちなみに俺らはエビふりゃーとか言わないからな!分かったか東京民。
完全に何かあった様子だが……まあね……察してくれ。
脳内では創造だけで自己完結していたが肝心現実は無常でああってなにも変わっていない。
目をきょろきょろさせるだけの時間は5秒を過ぎた今、そろそろ助け船が来るはずなのだが先生は赦しないのであった。
「あれ?予習してないの~?ここ進学校なわけないけど~予習はみんなやってるはずだよ~」
煽ってるのかよ。
暖かく優しい声……でもその言葉で俺の眠気は完全に冷め、ぞわぞわと身震いしてしまう。
さっきまで四方八方から感じていた視線の大半は消え失せ、本当の優等生だけに見られるとかいう現在の状況。みんな……やってこようね。予習!
先生は俺その場を行ったり来たりしながら、俺が何か言う前すぐに言葉を紡いだ。
「まあい~や。羽豆さんあなたならやっているでしょ」
黒髪の少女が立ち上がる。聞き覚えのあるフレーズ……。
少し長い艶やかな黒髪をさらりと払うと俺に怪訝な視線を送ったと思ったら直ぐにフォローをしてくれた。
「わかりました。では……どの天皇様の御代だったけれど、女御や更衣と言われている後宮がおおぜいいた中に、最上の貴族出身ではないが深い御愛寵を得ている人があった。です。先生」
淡々とまるで赤の他人のように答える。まあ他人なんだろうけど……昨日初めて名前知ったぐらいだし。
でもこんなに頼れるとは思っていなかった。少しはいいとこあるじゃなねえかよ……。っと少しほれぼれしてしまった俺であった。まあ部活になればそんな気なんてなくなるんだがな。
俺はその場に立ち尽くしてしまっていたのでペコリっと軽く頭を下げ座った。果たしてこれは助かったのか?ただ拷問から解放されたような気がするけど。ほんとと不気味という言葉が一番似合っている。あっ先生ね?もちろん。ほんとに過去何があったらこんなんになるんだろうな。ほんと、ほんと。……。……。
「仁君!ここも解読してください」
佐久先生の身の毛のよらない声。勿論予習どころか話も聞いていなかった。ほんと……
ほんとに………。明日からは、「いつか」、予習しよーう。
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