やはりおはようから日常は始まる。2

 そんなこと思っている隙なく目的地に到着してしまった。そうだよな……ここコメダの対面上にあるし。

 入った途端、隣接する図書館を超え、謎の石像アート。長方形茶やベージュの石材が重ねられてコンビニ型になったところに着いた。

 「あそこにしようか」

千歳先輩が指さしたのは謎のコンビニ型石像の周りにちりばめれた正方形型の石材。少し二人で座るのはきつそうだ……。まぁね?

 周りには水路を醸し出しているものもありくぼんだり水がたまったりしている。それを二人、器用によけながらもザラザラととした肌触りの石にコンビニ型石像を背に、腰を乗せる。

 「ちょっときついね」

 「なら移動しましょうか?」

っと俺が立ち上がった刹那、腕をつかまれ足がすくんでしまう。そしてふふっと微笑みながら言葉を並べていった。

 「あれ?仁君貧弱だね………なんて嘘だよ。ここで少しはなそ」

改めて10cmも距離がない石材に座り直すと、千歳先輩のローズの香りが頬を通ってい行った。

 透き通って、落ち着いて、芳醇なそんな香り。ふと胸が突き動かされてしまったのだが、我になっていた自分がいた。こんな気持ちになってはいけないとこころが言った気がした。

 こんな台風上がりの日なので子供の姿は見つからない。そしてご老人の方も、昔伊勢湾台風の時に台風の目に差し掛かったことを台風が過ぎたと勘違いしてしまった結果、船などを出しその後多大なる被害を出したことが原因なのか否か、まったく居なかった。先輩は呟いた。

 なので必然的にこの場所には俺と千歳先輩の二人……。

 っと俺が気まずいと言葉に出す前、千歳は前方にあるレンガ造りの図書館を見つめながらつぶやいた。

 「ほんとにありがとね………」

消えてしまいそうな儚い言葉は、やがて吹き付ける風によってかき消されてしまう。それでも居残って蟠る千歳先輩の言葉はこんな俺には勿体ない位だった。

 「いや……さっきはあんな風に引きはしましたが、別に感謝されることでもないですよ。ただ……俺に友達が少ないだけですし」

 「あれ?少ないってことはあの子以外にも友達がいるんだ~」

 「まぁ多少はですね」

 「多少はっていうことはみなみちゃん達のこと?」

 「…………………………」

 無意識にそう呟いてしまったのだが、その言葉を耳に入れた瞬間、身体が凍る。そして返す言葉がなかった。

 「やっぱり………そうかでも本当にありがとね」

 「いやいや。そんな……」

 「いや、そんなことはないわ」

咄嗟、千歳先輩の雰囲気が変化した気がした。さっきもだが瞬間的に慣れの部分である学校モードが出てしまうのであろう。なんな千歳先輩は口を綻ばせると、ふふと笑みを作ってこう言った。

 「上手でしょ?」

 「そうですね。さすがってところです………。っと今更ですが学校にバイトの許可取ってないのですか?」

俺の中で今更であるが疑問が浮かぶ。

 「まぁそうゆうことになるわね。だから感謝してるんだよ」

今頃思い出したのだがそういえば定説として俺は千歳先輩母子家庭じゃないか説を唱えた。ならば別に……っと思ったのだが違うよう。母子家庭なら普通学校の許可をとれるし、こんな近場のコメダて働かないだろう。ならなんで………。

 「それならなんでコメダなんですか……学校から近いですしばれちゃいけないでしょうし」

 「そんなことないものよ。この前の君たちが初めて。だってコメダは学生が来るような場所じゃないでしょ?」

 「確かにその通りでございます」

 「あと私が先生に聞いたりコメダに通ったりして分かったけど、碧海高校の先生誰一人来ないしね」

あながち間違っていない。だってご老人多いしね。この前なんてご老人の方に声かけられてきょどっちゃったし……おっとこれは関係ない。もっと倦怠感を促進するところだった。

 確かに選択としては部活に所属せずにさっさと帰ればあながちコメダも間違えではないのかもしれない。

 しかし、やっぱり腑に落ちない。見る限りの印象論で語るのはあまりよくないが千歳先輩は生徒会長選挙に立候補するほどの立派な優等生である。金遣い荒い遊びなんて早々しない………っと思う。ならなんでそこまでリスクを負って働く必要があるのか?そこまでしてなんで働くのか?

 っというのはさすがに聞けない。野暮っていうところであろう。人、何時、何処に地雷が備わっているか分からない。

 なので俺は倦怠感で冴えない脳を必死に働かせ、何とか話を逸らす。

 「確かに働くならコメダがいいですよね。俺の身内なんて星乃コーヒーがどうとかとしか言ってませんでしたから」

 「それはそれでなかなかチョイスがおじさんね……それはまさか……」

 「はい、あの時横に居た奴です」

 「やっぱりね。あの子にもありがとうと伝えておいてね」

 「はい。喜ぶと思います」

素直にヤリチンなら喜ぶだろう。だがな、あいつこのこと自体忘れているということが微レ存……。なら下手に思い出されて言いふらされるのは困るのでやっぱり言うのはやめておこう。ヤリチンには不干渉。これ必須。でもヤリチンはそんなことしないとは思うがな。

 「でもやっぱりおじさんね……。コメダに星のコーヒー。ほかにサンマルクっといった感じかしら」

千歳先輩は手の甲を顎に持ってきて、何とか喫茶店の名前を思い浮かべていた。

 俺は今まで通りの冴えない頭をこじらして、ボケに似た何かを行った。

 「そういえば羽豆が元町喫茶に名古屋に行くたび行くとかなんとか言ってた気が……」

 「おじいちゃん⁈………ではなくてもう私の祖父と同じレベルね。………すごいわ。最近の高校生」

まぁ何とか会話として成り立ったって千歳先のツッコミに関してはある一定の爽快感はあるものの、やはりあの笑顔、瞳がちらつく。

 いかんいかん。俺は小刻みにぶんぶんと頭を振ると、さっきの話に極力ならないように更に話を続けた。

 「千歳先輩のお爺さんは、何をやっていた方なのですか?」

 「それはね……」

この空白、そして空虚感。地雷を踏んだ音がした。

 けれども千歳先輩は声色をさっきと変えず、その先を紡ぐ。

 「私の祖父はね、国会議員をやってたかな……。その名残というかつてで今父は隣の市の市長やってる」

 「そうですか……」

地雷ではないものの、触れてはいけない一線を越えてしまった気がする。そしてまぁもう消えていた定説であった母子家庭説は消え失せる。ならほんとになんでアルバイトなんて………。っと思ってしまったがさすがにこの線も超えるのは御門違い。どの面なんだよ!って事。

 俺はぐっと息を飲んだ瞬刻、千歳先輩は小首を傾げながら空気を響かせる。

 「親が市長でお金あるはずなのになんでアルバイトなんてしてるんだよ!だよね?」

 「嫌そんなことは……」

さすがに踏み込めない。俺は伊良湖ですら傷を負わせてしまったのだから……。

 「いやいいの。私はこんな事話せるのは仁君ぐらいだし。あっでも友達は学校にいるからね。でも……」

 「いいですよ。聞きますから」

倦怠感の中も、少し優男風に装った。ここら辺はいつも呪い脳内でも習慣のおかげですらっと出ることができたから日々の習慣も侮れない。

 「ありがとう……なら聞いてもらうわ」

言葉とは裏腹に千歳先輩は首を落とした。そしてその刹那、香ってきたローズの香りが肌と心を満たす。

 「ふふ。我になって考えてみると恥ずかしいけどまぁ……最初は遊びたかったかな?」

声色だけは余裕ぶって大人な感じでふるまってはいたものの、瞳は明後日の方向へ向いていて儚げに見ることができた。その瞳にはいつかの学校で見た、俺からは遠い瞳で、儚げで空虚感あった。

 そしてそんな瞳を隠そうとせず、言葉を空気に乗せていった。

 「私、第一志望の高校に落ちてしまったの。それで厳しい父だから。勉強は必死にしたけど結果は碧海高校………。で妹が東京にある名門の私立中学に通っていたから比べられちゃってね?曰く「勉強ができない奴に出す金はない」だってさ。だから反骨心を持って遊ぶために働いていたの……。でもやっぱり父には安心してもらいたいから。だからキャラ作って真面目にこなして、勉強して、遊んでたお金を塾に回して、頑張って仕事して、生徒会長になて、推薦でいい大学行って……ってごめんね。私ったらアルバイトしてる理由だけだった筈なのになんかいろいろと……重いことを……」

 「大変ですね……なんとなく、千歳先輩の気持ちがわかった気がします。僕もいろいろありましたので……。そしてあの時俺にキャラの話をしたことも……」

今までの蟠りが線になった途端俺は思う。何処かで千歳先輩を遠い存在だと思った俺が馬鹿馬鹿しくて申し訳ない。ほんとは同じ境遇で一番近くて……。

 「そうね。コメダの時に戻っちゃうけど、仁君が私の不安定な精神状況の中、アルバイトのことを言わないどいてくれたから……だから、ありがとう。あの後私の話を聞いてくれてありがとう。ありがとう……」

 千歳先輩は立ち上がり、ぺこりと律義に75度お辞儀をした。そしてスカートを軽くはたくと元いた石材に再び座った。

 「でもやっぱり天才には勝てないわね」

 温かい目線は俺の瞳をとらえて離さなかった。それは明らかに俺の言葉にしてきた「諦め」なんかではなく、しっかりと前を見据えている。

 「分かります。天才なんかには勝てなくて……。でも……」

 「なに?」

こくりと千歳先輩はうなずく。

 「いや……。なんで千歳先輩は一度折れてからも……なんといいますかね?………戻ることができるのかなっとですね………。だって無謀な勝負じゃないですか。どんなに何かしたってどうにもならない。なのにどうして……」

っと俺が質問した瞬間、千歳先輩の表情が明るくなる。そして改めて俺の瞳を見返すとはっきりとした口調で投げかけてきた。

 「やっぱり、私自身が私によって人生を作ってるからかな?「誰か」じゃなくて自分。客観的ではなくて主観的。やっぱり、すごいベタだけどやっぱり千歳千代というストーリーの主人公は私………なんて恥ずかしいけど。やっぱり自分は自分で始めたいじゃない。負けただけで、才能に蝕まれただけで、そんな理由で他人に自分の人生の主導権を渡してしまうのは悔しいじゃないの」

頬を朱に染めながらも胸を張って、透き通った目を俺の方に向けて言葉を放った。

ドンと胸が突き動かされる。

 確かに俺は名前も知らない「誰か」に頼り、そしてたまたまやってきた「誰か」がくれたチャンスという水槽の中で俺は送ってきた。そしてそのチャンス中で居場所を作って居座って、それを自分のものだと思っていた。

 でもそんな水槽が壊れてから知らされた。ただ俺は伊良湖に与えられた空間でしか生きられなくて、亀裂が入ると俺の手じゃどうしようもならないと。

 そしてその空間は造り出していた、つまり自分から動き出していた物々しか直せないということを。

 …………………でもなんでその水槽は治らなかったのだ?だって俺は居座っている身であって、それで伊良湖は水槽を造りだしていたから直すことができる筈だ。ならなんで……。

 そんな時、長年苦しめられていた、俺の脳内でぐるぐると渦巻いていた言葉が脳裏に浮かんだ。

―――――――――私との日々、この空間が大切じゃないの!ねぇ仁。

 嗚呼………そういうことだったのか。

誤解していた。空間というのは一人で造り出しているものではないということを。

 だから一人じゃどうにもならなかったのか。俺も共に造り出していた認識では伊良湖はいたけど、俺はそれを放棄したから。だから修復したくてもできなかった。俺も居たから。全員じゃないとだめだから。

 自意識過剰で気持ち悪いけど、めちゃくちゃ死にたくなるけど、その空間にもし俺がいたのなら。俺が一緒に作り出していると伊良湖が思っていたなら。寄り添っていると伊良湖が思ってくれたなら。伊良湖だけでは直すことができない。ともに作り出していたものなら、修復することができない。一人ではできない。そして、自分で動かなければならないと。

 そうゆうことだったのか。

 「千歳先輩。分かりました」

 「そうならよかった」

何処か他力本願に生きていた。「誰か」に全てを押し付けていた。そして掴んだチャンスもそれは伊良湖が与えてくれたもので甘えていた。甘え切っていた。

 でもそれは間違えで、自分から起こしていかなければならない。与えられたチャンスでも自分のものにしていかなければならない。掴むのだ、あの時の日々を。「誰か」ではなく自分で。

―――――――だって、「誰か」に主導権が渡った人生なんて、面白くないから!

 俺は石材から立ち上がった。

 その時、ふふっと千歳先輩が微笑んだ気がした。そしてこう、問いてきた。

 「私の手で助けられたかしら?」

微笑みながら千歳先輩は問う。

 「まぁそうですね」

俺は微笑み返してはにかんだ。

 「ならよかった。私が今日、わざわざコメダで働いたかいがあったわね♪」

帰り際、そう微笑む千歳先輩。え……。俺は全てを理解した。策士な千歳先輩めちゃくちゃ先輩可愛いんですけど!

 「それじゃ。私はやることの内一つを達成することができたから。また来週。助けといてなんだけど、負けないわよ」

千歳先輩は学校モードに移行しながらも、暖かな瞳は保ったまま手を振っていく。

 「ええ、もちろん」

俺は真摯に手を振り返した。

 それをもってこの場を解散。

 満開の、純白な満開の桜が青空の元、舞った気がした。いや……気のせいか。

 でもその風によって倦怠感は容易に吹っ切れ、もう後方にはない。

 何でもないコンクリートは、京都大学に設置されていたようなダッシュ板だと間違える位、俺の足を前へとやっていた。そのままと飛べるのも知れない位に。

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