佐々木仁は足元を見なければ灯台元暮らしだと知った。6

 結局どうしたかと言うとすぐそこにあった教室内へ連れて行き座らせることに決めた。

熱い積乱雲に包まれた空中は、相変わらず陽光は通してはいないものの、ほわりと温かい熱だけは遮っちゃいない。


 「(もう、なんでキャラを作り続けるのですかね。素でも可愛いのに)」


小声で囁き、教室から椅子をもってきて座らせる。 

 まぁだからといって本人に聞くのは野暮というだろうしやめておく。

 座るやすぐに姿勢を崩すことなく手を膝に当て、首だけ折り安眠する千歳先輩。どこまでキャラを貫くつもりなのか。はぁ。ほんとに、どこまで……。


 「ふふふ」


あの時の千歳先輩のよう、破顔する俺。そんな千歳先輩の姿がおかしかったのか愛おしかったのかそれは俺にも分からない。ただ飛び出さずにいられなかった笑みには俺にはわからない感情を含んでいてそれは教室上に散って舞っていった。


 「俺はどこに座ったものかな……」


それで俺はどうしたことか。

 正直無職童貞である俺は、ギャルゲーでは応用力を見せるのかもしれないが、この場においては全くと言っていいほど応用ができない。何なら基礎だってできちゃいない。

 基礎ができないなら基礎を学べばいいのではないか?当たり前の事なのだが俺含め、男はすぐに応用に行ってしまいたくなる。

 っということでスマホを取り出しレッツチェケラ!………。英語41点が何を言うですよね。

 まぁそんなことはどうでもいいしてサクサクと検索する。

 検索結果


 ・寄り添って肩を合わせる

 ・対面で座って起きるところを狙う

 ・抱きしめる


………………。無理だよ!なんでこんなのが平然と出てくるんだよ!っと思ったら「ドキドキ⁈策士なあなたの指南書~」だったよぉ~。なんで俺のGoogleアルゴリズムはこのようなものを導き出すのか。それは………謎です。

 まぁ俺のスマホかGoogleが策士だったところで、本当にどうするべきか。

 真面目にサイトの一文字一文字を読み解いていくと「対面で座って―――――――」っというところは危ない一単語を抜けば結構完璧ではないかと思う。だって寂しさを感じないぐらいの遠くない距離で、俺が乱心しないぐらい近くない距離。息遣いなどが聞こえて人間らしさが温かい距離。起きたことに気づける距離。そんなちょうどいい距離。

 だからと言ってぶっきらぼうに待ち続けるのは男の子である故なんか恥ずかしいしな…………。何か言い過ごし方はあるのであろうか………。

 ……………!。そういえばプログラミングがあった。最近生徒会選挙の準備で全く手を付けることができていなかったパソコンと、常に常備している静穏キーボードを取り出し、俺は恥ずかしながらも千歳先輩に背を向け対面の椅子に座る。


        ×        ×        ×

 

 「(はぁ全く集中できないどころかバグまみれで悪化しているよぉ~)」


 静かに鳴り響くトラックパットのクリック音。そして呼応するように広がる静穏キーボードの静かな底打ち音。そのすべてが小さい筈なのに煩わしい。

 この音でも千歳先輩先輩を起こしてしまいそうで心配だ。

 俺はパソコンを閉じ、静穏キーボードをケースに入れると、どうしたことかと考える。

 まぁ沈黙を楽しむのもおかし。すこしはこの空気に浸るとしよう。

 ………………………。…………………………。

 なんで千歳先輩は俺ら……いや伊良湖たちにここまで本気になれるのだろうか?そうふと脳裏に疑問がよぎる。

 確かになめられていないっていうなら話はそれで済むが、低すぎる目標には熱中できないのが人間の摂理。俺も低すぎる目標に嫌気がさして進学校を目指したこともある。

 でも………千歳先輩は誰と戦っているのだ?ここまで、疲弊してまで何と戦っているのだろうか?

 己と戦っているのか否か………。頑張りすぎではないのか?いつかこのままでは潰れて、折れて、打ちひしがれて……やがて起き上がれないぐらいの重傷を負ってしまいそうに見える。どうしたことだろうか……。


 「ふわ。ふぉわ~。おはよう~」

 「おはようございます。千歳先輩」


実は寝起き一番にあいさつすることが俺のこの席に座った目的なんて言わないことにする。

 千歳先輩は完全寝起きのままじっと停止し、数秒たつと「はっ」っと我に戻ると顔を朱に染め言葉を紡いでいった。


 「はぁ。ほんとに仁君に助けられてばっかだ私……」

 「そんな気負わなくてもいいですよ。僕の厚意でやっているわけですから。あと僕は大したことしてないですし。結局はすべて千歳先輩がなしえていることですから」

 「そう厚意ね……。私もいつか仁君を助けれるようにがんばるよ。ふぉわ~。改めておはよう」

 「もうキャラは直さないのですね。そっちの方が似合ってます」

 「そうかな……。でも私はこの高校生活では崩すわけにはいかないの」

 「そうですか……。まあ僕がとやかく言う権利も義務のないので何も言いませんが、千歳先輩に一言」

 「ん?なに?」


俺は渾身っと言わんばかりに大きく息を吸うとにっこり微笑んで、こういうのであった。


 「がんばらないでください。僕は全てを見ているっというわけではないので一概には言うことはできませんが、頑張るっていうのはインフレしていくものだと思います。積み重ね~っていいますけど、積み重ねていく毎に自分に対するハードルが上がり……」


俺はあくまで体験した出来事をもとにして話を作る。進学校を目指している時、兄と一人で戦っている時。そんな時に体験した言を一言一言俺は紡ぐ。


 「結局は高くなりすぎたハードルに打ちひしがれてしまうのです。折れてしまうのです。起き上がれないぐらい。だから先輩はがんばらないで頑張ってください。きっと報われますから。先輩なら」

 「そうね。わかったわ。ほんと私……助けられてばかり……」

 「そんなことないです。さっきも言いましたが僕、何にもしてないですから」

 「わかったわ。私も助ける、絶対。仁君……否あなたを」

 「やっぱさっきのは撤回です♪。思い出しましたが今は敵同士。助けられちゃ本末転倒ですから」

 「そうね………私、頑張る」


 もうキャラなんてどこかに飛んでしまっていた千歳先輩はうつむきながらこくりと一回、うなずいた。

呟いた千歳先輩の言葉は、俺の心臓を温め、巡らせ、秋の終わりを知らせてくれた。

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