佐々木仁は足元を見なければ灯台元暮らしだと知った。5

 心地よく脳に響くローズ香る水曜日。生徒会選挙まであと9日………。

 切羽詰まっていた職場を首になった今日、5時から何をしたことか迷っていた俺であったがまさか絵心がないだけで首になるとは思わなかった。

 まぁ何があったのかというと今日、ポスター制作に進んだわけであったが俺の絵が下手にへたすぎていたまれない雰囲気になって結局実質的な首である自主退職してきた訳………。誰か止めてよね!あっちなみに退職金ゼロ、明日から無賃労働だから頑張るように。

 くすんだ抹茶色の廊下はつるつるで摩擦力ゼロ。今にも等速直線運動ができそうなぐらいであった。

 それでもって今日は暇なのでコメダに行こうとしたのだが…………コーヒーチケット(コーヒーと交換できる引換券みたいなもの)を教室に忘れたので現在は廊下に佇んでいる。これは不覚。まさかヤリチンに見せびらかしてから机の中に入れっぱだとは……。本当に不覚である。

 っということでいろいろありましてとりあえず教室のある中央棟にやってきた。やっと着くよぉ~。

 厚い積乱雲は陽光どころか熱まで遮っていてどこか涼しい。それもその筈、そろそろ10月だ。本格的に秋萌ゆり入れ替わっていく。そんな10月。

 入学して、夏休みが終わって、課題テストが終わって、生徒会長選挙に誘われて……。

 それまでは長いと思っていた一日。早く終わればいいなっと思っていた一日。何処か変わればいいなっと思いながらも惰性で過ごしていた一日。だが………今は違う。それは胸を張って言えるし、俺の人生、課題テストまでの人生を抽出しても今ほどの濃さにはならないと思っている。 

 人生というのは誰かの一言で変わってしまう。結論は簡単なんだよな。


       ×       ×       ×


 「佐々木君、お元気にしていましたか?」

 「え………。あ、はい。そちらこそお元気そうではなさそうですが………」


唯一の光源である蛍光灯の下、なれない敬語を嗜みながらも千歳先輩の異変にはさすがに気づく。それは俺が称している通りの学校モードの表れでもあるのだがそうでもなく、疲弊しながらも学校モードの殻をかぶっている風にしか見えない。

 あの日以来千歳先輩には直接会うことはなかったが見かけることぐらいはあった。でもどこか学校モードのあの完璧さ、あの凄烈さには圧倒されてしまい言葉が出るにでなかった。

 なのであの後話せることもなく、俺は頑張ってねの言わずじまいでもどかしさが喉にわだかまっていてこそばゆい。

 それでもって疲弊してしまってるのでなおさらだ。俺はねぎらいの言葉と共、声掛けすることにした。


 「敵ではありますが応援しています。頑張ってください」

 「…………………ふぉわ。ごめんなさい。なんでしたっけ?」

 「寝てる⁈」

 「ああ、ごめんなさい。私としたことが……」

 「えっ」


俺の胸元に艶やかな長い黒髪をたなびかせながら倒れこむ千歳先輩。俺よりも一回り身長が大きいものの、身体は華奢で細々しく以外にすっぽりとはまってしまった。

 まとわれるローズの香り。その香りと合わさった千歳先輩の寝顔はとても美しく愛おしかった。

 ………………。ってこんな時どうするのが適正な答えなの!普段強がっている人が甘えてくれたと素直に喜ぶべきか、てんぱって棒立ちするべきか、このまま抱きしめるべきか……。

 無職童貞の想像力は思ったよりも豊潤でよりどり緑だ。だがそのすべてがラブコメ上がりで正解をポンポンっと思い浮かべるもののどれも現実ではどれも使い物にならず、トラッシュへすぐに埋葬されてしまう。ラブコメはフィクションに役に立つと知った今日この頃です。

 ほんとキャラを公にさせた千歳先輩には怖いものはないんだよな。今現在でも俺の胸元で千歳先輩はスヤスヤ眠っているよ。まぁ分からないことはないけどさ……。俺の素で今日、頑張った俺が疲れている上に普通にしていても疲れるキャラ設定の足し算、否掛け算。それはいくら千歳先輩であっても蓄積されていくだろう。それで事情を知っている俺が現れたことで引き金になったと……。まぁこんなところかな?さすがここまでの考察力。これはラブコメで鍛えられた能力だ。ただわからないことがある。それはなぜあの時千歳先輩が俺にあんなことを告白したのかっということと………。俺が推したヒロインはなぜか負けヒロインになることだ!

……………。いやー。どっちとは言わないけどわからないな~

 

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