やはりおはようから日常は始まる。8
「ふぅ」
少し回り道。そして息継ぎ。
碧海高校の体育館のステージの下手側に扉があったのと俺らの順番は2番めだそうで助かった。いま兄が演説してる………。
「僕はこのこの学校でよかったと思えるような生徒会にしていきたいと思っています。是非とも皆さんの清き一票をよろしくお願いします」
好青年さながらの声がスピーカー越しに響き渡った。
やはり意味のない文面。そんな漠然とした目標なんて成さないことが分かっている身からすると馬鹿馬鹿しくて仕方ない。そんなのに意味は無い。ただ言葉という記号でしかない。
ステージ脇は、程よい緊張感と暗さに苛まれていて、もう疲れても息も上がっていない筈なのにさっきの心拍数はそのまま保ってしまっていた。
「パチパチパチパチ」
ざっと全校720人分の拍手――――――とはいいがたいがまぁ大きい拍手が全体を取り巻いた。
俺はそんな拍手を聞き、プラスチックパックと共にピンっと伸びたクリアファイルから完成原稿を取り出す。そして手に取ってアナウンスを待った。
その間シーンと沈黙。そんな中になじむよう、俯きながら瞼を閉じれている少女が一人。茶がかった蜜柑色にすぐピントが合うようにじっと………。俺が知っている。そう………。
胸が突き上げられる。罪悪感で満たされる。俺は自己解決したようであったけどまだ何にも解決していない。水槽は修復できていない。
伊良湖は今でも悩んでるんだ。そして今日俺がこの場に来ることを信じてくれていた。だからきょろきょろとせずに、じっと。
だからその、俺が作った悩みの種を俺の手で一掃する。自分で人生を動かすって決めたから。「誰か」に人生を託すのは馬鹿馬鹿しいから。
「それではお願いします」
そのアナウンスと共、俺は一歩足を前に出す。コンっと鳴り響き拡散していくシューズの音はただ一人、彼女に届く。
振り返った彼女の瞳は揺れて舞って、どこかに散ってしまいそうだった。そんな彼女に向かって俺ははにかむ。
そしてすれ違いざま、俺は無機質な空気を響かせ、こう伝えた。
「俺の次、よろしくな」
すれ違いざまで見ることはできなかったが、こくりと頷いた気がした。空気で伝わってきた。
近づいてくる時。高鳴り重なってしまいそうな心拍。
そして純粋な光が差し込んできた。
それでも瞼を閉じず、俺は歩む。
「パチパチパチ」
あまり本腰は入れてはいなかったが、そのおかげで一様名は知されていたよう。それと紹介されていたのか、「こいつ誰だ?」っといういささか痛まれない空気にならずに済んだのでまずはよかった。よかった。マジでよかった。
演台に付きひらひらとたなびきながら踊る原稿を置いた。
全校生徒の視線が集まる。その視線は思ったよりももっと強力で、心臓を狙い撃ちされているような気がした。
「ふぅ」
そして75度、深く腰を曲げると口角を上げ、マイクを近づかせ、言葉を放つ。
「こんにちは。伊良湖みなみさんの推薦人の佐々木仁です。伊良湖さんはリーダーシップに溢れ、僕たちに答えを指し伸ばしてくれる。ようなそんな方です」
まず一小節。心拍の音であまり自分の声は聞き取れなかったが、周りの反応を察するに大丈夫そう。
「そして彼女の一番の長所である元気。そして周りを明るく盛り上げさせることができる、そんな力を備え持っており、この後、それも込みで伊良湖さんは演説をするのですが、その前に準備として」
ここも噛むことなくサラッと紡ぐことができた。そして………自分で考え抜いた、自分で出した意見、言葉を全校生徒に向かって放つ!
「だーいすきなのは~」
「はいせーの!」
「ひーまわりのたね」
「俺も!」
俺のスピーカー越しの誘導に、ヤリチンは合いの手を広い体育館に響き渡るように言葉を叫ぶ。
周りはよどんで無音とは縁を切る羽目となったが、スピーカーを持っている俺には関係ない。
ヤリチン……本当にありがとう。ありがとう。また今度味噌カツパン2個おごるよ。
俺の受け答えにヤリチンが答える。まさにあのLINEの姿そのままであったがそれは身内だからよい話であって今はそうではない。全校生徒の「ウケ」っという名の共感を取りにいかなければならないのだ。
「もう一回行きますよ~」
あくまで歌のお兄さんみたいに、悠々として周りに響かせる。
「だーいすきなのは」
「はいせーの」
「ひーまわりのたねー」
「俺も!」
手をたたきながらリズムを取りやすいように。自分で出した答えだから……俺は続ける。
「だーいすきなのは」
『………はいせーの』
「ひーまわりのたねー」
『俺も!』
手拍子は重なりはその空気はよどみさえ飲み込む。
俺はこの前陰キャ男子とまとめただろう。でも実際陰キャは、趣味が陰キャなだけでそうまとめられるのであって実際は声優のライブも行くし何なら肉フェスだっていく。だから本能的にこのセリフを聞いたら記憶が呼び覚まされて叫んでしまうのだけど欠点が………。
それは「周り」の環境が必要だって事。一人じゃできない。だからヤリチンを誘導役に使って言葉を出しやすくした。
一度出してしまったらこっち物もだ。
本当にありがとう。
「だーいずきなのは」
『はいせーの!』
「ひーまわりのたねー」
『俺も!』
その次に陽キャである男子が周りを見て乗る。それも計算通り。
陽キャらというのは周りに合わせるのがうまい。だからどんなに愛想笑いしたって結果としては声に出してしまうのだ。
「だーい好きなのはー」
『はいせーの!』
「ひーまわりのたねー」
『俺も!』
ただここまではあの24時間で思いついたのだが肝心の女子という枠がどうにもならないことに今更出会ったが気が付かない。
「だーい好きなのはー」
『はいせーの!』
「ひーまわりのたねー」
『俺も!』
繋げながらもきゃろきょろと焦る俺。次第に勢いも収まりつつある………。
「だーい好きなのはー」
『はいせーの!』
「ひーまわりのたねー」
『俺も!』
だめだこれじゃ。女子が居なければ勝てない…………。
女子たちはざわめき、顔を見合わせて
……………………。
「だーい好きなのはー」
『はいせーの!』
「ひーまわりのたねー」
『俺も!』
「私も!」
何処からかはっきりとした――――――――――少し高い。男ではないその声。ふと下手から蜜柑の香りがした。
「だーい好きなのはー」
『はいせーの』
ふふと微笑む。そしてざわめいていた女子もパラパラと一体化していく。
「ひーまわりのたねー」
『俺(わたし)も!』
ありがとう。本当にありがとう。
「だーい好きなのはー」
『はいせーの!』
「ひーまわりのたねー」
『俺(わたし)も!』
「ありがとうございました」
全員で一体化する体育館。下手でも笑顔ではしゃいでいる彼女がいた。
ありがとうのアナウンスと共に割れんばかりの大拍手。
「ありがとうございます!準備はここまでです。伊良湖さんは僕たち全校に答えを示しだしてくれる。そんな方です!引き続き伊良湖さんに代わりますが僕の方から、是非とも伊良湖みなみさんに清き一票をよろしくお願いします」
どんなに恥をかいたっていい。ただ、俺が考えたことを俺の手で成し、掴むだけだから。
コールで注目を集め、最後の言葉を脳内にダウンロードさせる。最適じゃないか?
俺は75度、丁寧に礼をするとこの場を彼女へと引き継ぐ。
いつの間にか心拍は引き締めから解放されており好きなだけ鼓動を刻んでくる。
短いと思っていた数分の間もとても長く―――――――でも終わってみると短い。
それはこの演説に意味があったからだ。
「俺の次、よろしくな」
彼女の横に付きそう空気を乗せてゆく。彼女は膨られながらつぶやく。
「バカ…………でも………」
っと思ったのもつかの間、さっき下手で見た笑顔を存分に出すと、演台に歩み始めらがら言うのであった。
「ありがとう。頑張ってくるよ。バカな仁と一緒に造ってきたこの空間のために」
その後ろ姿は何処か頼りなくて……否、素晴らしい生徒会長のように見えた。
俺はターンし裾から演台を見つめる。
「変わりました。生徒会長候補の伊良湖みなみです」
「パチパチパチパチパチ」
後は頑張れよ………伊良湖。
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