佐々木仁は本当に「全て」を忘れた。6
あの後、逃げるように帰ったことは言うまでもないだろう。
帰り際、千歳先輩を見たが忙しそうだったっことと、あまり話す気になれなかったところを終え、また朝がやってきた。
カーテン越しからでもわかる曇り空は昨日の羊雲とは違い、部分的ではなく全体を隠すように広がっていて太陽を覆う。
はぁ、ほんと俺は何をやっているのかが分からない。どうしたらいいことなのか……。
「死………ぬ」
気づけば本当に風を体を壊してしまったみたい。いや壊したのは果たして体なんだろうか否か。
体温を測ってみたらモノクロの液晶に38・3度っと記されていた。別に高熱ってわけではないのだがすこぶる体調は悪く、ダルさんを一人おんぶしているぐらいの倦怠感と脂っこさを感じていた。
今日は火曜日、生徒会長選挙まであと3日。
今日含め生徒会(候補)の面々は選挙活動をしなくてはいけなくて大事な1日だった筈だが……。
見上げても景色は変らず自室。そのベットの上で一人、横たわっていた。
相変わらず毛布の肌触りはいいものの、気づけば毛並みはまとまって湿っている。涙なのか汗なのかは分からないけど。
「はぁ」
倦怠感とともに来る溜息一唱。何かに憑かれているのか否か、それは明確であった。
——————————仁は何に囚われてるの⁈そんな。今が大切じゃないの!………私との日々が大切じゃないの!ねぇ仁。
そんな伊良湖の声が反響し、かき乱され、再びこだまするたびに頭痛が襲い掛かる。収まったと思ったとしてもそれは錯覚でセミのように逃れることができない。そのたびにあの笑顔がちらつく。そして変化してゆく。
伊良湖のあんな声量、声色。きっと初めて聞いたであろうその声で、俺の脳内は渦巻いていた。
忘れたくても忘れれない記憶。抜けれない周回。ふとよみがえる悪夢。目を閉じるとあの、揺らぎかけた瞳が思い浮かばれた。
傷つけてしまったという事実。もう味わうことのないあの図書室の空気……。でも変えることができないもどかしさ。
ほんとどうすればいいんだよ……。わかんないよ。助けてよ。誰か………。
スマホを立ち上げたとしてもバックライトが目の底に響き渡り、光が弾け頭痛がする。時間をつぶすことすらできないなんて今日に限らず地獄でしかない。
「………………………」
あの日から出てくる息はすべで吐息であって生暖かい。でも、全てが乾性で水っけなんてはらんではいなかった。
「ほんと、どうしろっていうんだよ」
目を閉じるとあふれ出さぬと雫が吸い込まれていく。やがて伊良湖の瞳は揺らぎ、飽和状態になり、蓄えれず流れていった。
「どうすれば………」
戻ったって変わらない。知りえないのだから分からない。過去に戻ったって事実は変らない。
だから俺はタイムマシーンはいらない。あったところで戻る場所なんてない。一時的な、壊れると分かっている思い出はいらない。そんなものいらない。なのに……。
なのにあの空間が恋しい、愛おしい。もう一度………戻りたい。つかめないと分かってるのにもかかわらずだ。
「どうすれば………」
問いかけるごとに、虚しい響きをする。形としてもう成していないから。
問いかけをすればするほど虚しく響き渡り、やがて頭痛に流される。
そう永永しい、希薄な一日が始まっていったのであった。
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