閑話騎士学生達の休日奉仕Ⅱ
季節は、移ろい騎士学校も夏期休暇の季節である。
休暇中、二週間程度の遠征授業が、各学年毎に予定されており、貴族でもあるシュロンとダリルは公式な晩餐会や夜会の招きでヴィショップの森へは中々訪れられない状況にあった。
ダリルは男爵家で、シュロンは侯爵家、爵位の差でダリルの方は来られなくも無かったが、騎士団長の子息とも合間って、そこそこの招待状が回ってきていたのだった。
そんな訳でこの日、西の森を訪れたのは、前回ヴィショップを完全に男の子と思い込んでいたニブちんトリオのレイヴァン、ロイ、カーズの平民三人組だった。
「オーイ、来たぞヴィショップ!」
「ヴィショップ~!久しぶりだけどちゃんと来たからね~」
「何処だー?約束通りに来たからなー!」
三人三様で声をかけ、返事を待った。
キィィ……。
音を立て扉が開くと前回同様に、魔法技巧人形のルシエラが、迎えてくれた。
『いらっしゃいませ。お久しぶりですね。さぁ、中へどうぞ』
なかに招くと言うことは、今日ヴィショップは、外に出ていないらしい。
中に入ると、何時もいる狼達の姿は無く、代わりに十二、三歳の子供が六人と十五、六歳の子供が二人居た。
「「「「こんにちわー!!」」」」
「こんにちは」
三人は戸惑った。
何故ここにヴィショップ以外の子供が居るのか、それも沢山……。
『少々お待ちくださいね、今ヴィショップを呼びますから』
そう言うとルシエラは、工房の方へ行ってしまい、残されたのはこの八人の子供と三人の騎士学生となった。
「えーと、君達は、何処からか遊びに来ているのかな?」
レイヴァンが訊ねると、子供達は顔を見合わせて、クスクス笑いだしていた。
―――え、え―――?何で笑うんだよ!?
「あの、近くの村の子供とか?」
「お父さんとお母さんとでも来たのかな?」
ロイとカーズがフォローとばかりにこう言えば、特に四人の子供達が、笑いこけ出してきた。
『あらあら、賑やかね。なにか面白いことでもあったのかしら?』
ルシエラが戻って来ると、途端に子供達はピシッと、静かになった。
ルシエラ……恐れられてないか!?
「こんにちは!良かった、来てくれたんだね。ふふっ驚いたでしょ?この子達……」
「ああ、随分といるな。近くの村の子供とかなのか?」
「違うよ。俺の
「何だそれ!?お前が死んだら死ぬって……こんなに沢山……!?」
「……その代わり、恩恵が受けられる。俺の魔力を喰って、他の子よりも強くなれるからね。改めて紹介するよ。順に……」
十五、六歳の少年。薄い金髪と翠の瞳のフュールと同じ顔をした色違いの銀髪碧眼のフィール。
十二、三の少年。金色の髪、緑の瞳のラファルと、銀髪、青い瞳のグリフィス。
同じく十二、三の少年少女。栗毛と同色の瞳のクルド、赤毛、金の瞳のラウド、青銀の髪と同色の瞳シェリス、薄桃色の髪の毛と赤い瞳のフレイヤの四人だ。
この中で、フレイヤが唯一の女の子になる。
「え……?なんか、聞いたことのある名前……だよな?」
そう、今紹介された名前には聞き覚えがあった。
特に、最後の四人はあの四匹の狼と同じ名前じゃ無いか!?
……もしかして……ま、まさか……だよな?
三人の騎士学生は、名前から感じた違和感に困惑して顔を見合わせる。
「あれ?もしかして分かっちゃった?そう、この子達みんな俺の所の精獣とかなんだよね。恩恵の一つが、比較的早い段階から
そこで、三人は漸く理解した。
わざわざあの狼達が人間の姿を取った意味を……。
「一緒に行動して、主を護れるように強くならなきゃいけないからね!」
とは、二羽の鳥とと四頭の狼の意見。
「早く大きくなって、一族の長の座を取り戻さないといけないからね」
とは、二頭の翼の生えたライオン擬きの意見。
騙され、奪われた一族の長の地位と、父親達の復讐を果たすため、二頭のライオン擬きは、力が必要だった。
彼らは血の契約をしっかり己の目的の為に利用しているのだ。
だから、鳥や狼達とは、そこに掛ける意気込みと趣旨が全く異なっていた。
それからの日々は、剣と槍と弓の訓練の日々になったいった。
「良いか?先ずは基本の型からだ……」
レイヴァンもロイもカーズも他人に教えると言うのは、初めての事である。
なので、彼らは張り切った。相手が人外で有ろうとも、その経験は彼らにとっても非情に良い経験となっていた。
「おっ、やっているな!」
そんな日々の中の昼も近付いた頃、ライセルとカルロの二人が訪ねた来た。
他にも騎士は伴っていたが……。
ここ最近、ヴィショップは剣の稽古に参加していなかった。
ずっと工房に籠ったまま、休憩にも食事にも姿を現さず、五人の騎士学生は、人形となった精獣の子供達と剣の稽古に明け暮れていた。
「なぁ、最近ヴィショップ見てないよな」
「そうだね。食事にも顔を出さないし……」
あんまりにも見かけない日々が続いた為、ルシエラに聞いてしまう程だった。
「ヴィショップ、最近見ないけど、どうかしたの?」
「食事にも顔を見せないけど、ちゃんと食べているのか?」
そして、工房のドアの隙間から、ヴィショップがずっと薬や道具作りに打ち込んでいる姿を目にしたのだった。
久しぶりに、ヴィショップの姿を見た。
少し、顔色が悪く、精彩を欠いたような表情だった。
「ああ、来たね。準備は出来ているよ」
騎士達は、馬を降りヴィショップの前に跪いた。
「西の魔女殿に置かれましては、日頃より我がエスターナリア王国の為に尽力してくださり、誠に有り難く存じます……」
兄も含め、ライセル達、騎士団が幼いヴィショップに跪ずく姿が、何とも異様にも思えたが騎士の仕事の一端を見れたことに、五人の騎士学生は、興奮を隠しきれないでいた。
「うん、言上有難うね、カルロ。さて、挨拶も済んだし、荷物を受け取って、取って返すのもきついでしょ?ちょっと休憩していかない?」
ヴィショップのその一言でお茶休憩が始まった。
お茶の準備の間下級騎士は、ヴィショップの案内で、依頼した荷物の積み込みと荷造りを済ませていた。
「なぁ、注文て、どんなものを作るんだ?」
ダリル達五人は、魔女の仕事について興味を抱いた。
「主に回複薬、魔力回複薬、毒消し、麻痺直し、魔除けと灯籠、魔除けの鈴、魔除けの札、魔封石の作成って所かな」
「結構有るんだね。それ一人で作るの?」
「うんそう。根詰めるときは二、三日ぐらい寝ないで作ってる」
カチャンッ……。
「えっ……あれ、もしかして徹夜していたのか?」
カルロは、動揺した。先週末、今回の作成依頼をしに来たときのヴィショップの様子を思い出したからだ。
◇◇
王家から、東の洞窟に湧いた魔物討伐の敕令を受け、森の魔女の薬を求めて依頼に森を訪れた。
折しもそれは騎士学生達の遠征授業に卸す物品と往々にして重なるものだった。
何時ものように居間のソファーに案内され、持たされたリストをヴィショップに見せると、目を通し始めた途端に眉間にシワを寄せていた。
「はぁーっ?これ、本気で注文する気?この量って本当に必要なの?」
物凄く、嫌そうな声で訊ねてきた。
「その様に指示を受けている。頼めるか?」
「まぁ……。やって、作れなくはないけどね……。ッチ、多すぎなんだよ……」
最後は小声で言ったつもりらしいが、舌打ちも含めて全部聞こえた。
「頼んだよ」
物凄く渋々、嫌々な感じだったが、依頼自体は受けてくれた。
「後で請求の上乗せするって、言っといてね!」
少しだけ、永くなり始めた付き合いで、魔女について分かったことがある。
基本、薬や道具類の製作依頼に対しての報酬は、金は殆ど要求しないが、食料や素材であることが多い。
極稀に稀少な素材を要求することもあるが、殆どは、入手可能な物で有ることが多い。
魔女の魔法その物を行使するときには、代償の要求が、されるようだった。
それ以外は、等価交換、物々交換であることが多いようだった。
◇◇
「そうだよ。朝方までかかっちゃったよ、お陰で眠くて眠くて……ふあぁぁ~」
今にも眠ってしまいそうな程、眠そうな顔だった。
『荷渡しも済みましたし、お休みになさいますか?』
ルシエラが訊ねると、
「うん……後は、任せた……」
そう言い残して、ソファーに沈み込んで眠ってしまった。
その様子に、カルロもライセルも、小さい体の子供に悪いことをしてしまったなと感じていた。
ダリル達もその様子に、感じ入った物があったのか、それ以上の口は挟まなかった。
夕刻、ダリル達が帰る時間になってもヴィショップが目覚めることは無かった。
翌々日、ヴィショップの姿を久しぶりに見たが、今日は何時もと違い、少年の姿ではなく、ラフな白いワンピースを着ていた。
髪も束ねてはおらず自然に流したままの、女の子の姿だった。
「め、珍しいね……ヴィショップのそう言う格好」
何時もは、動き易い少年の格好で、髪も束ねているのに、姿が違う……それだけなのにまるで別人の様に見えた。
ちゃんと、可愛い女の子で……いや、何時も可愛いけど、そうじゃなくて……。
五人とも、食い入るように見ていたが、特に反応が顕著なのは、やはりと言うかダリルだった。
頬をうっすら赤く染めて、少女姿のヴィショップを見つめていた。
ダリルの父と母とは二十歳近い年の差のせいか、ダリルはヴィショップとの年の差を余り気にしていなかった。
なので、可愛いヴィショップを素直に可愛い存在として見つめ、淡い好意位には、この時には至っていたのかもしれない。
「ああ、今日は『森の主』の所に行くからね。そう言う時は、正装になるんだ」
聞き慣れない、『森の主』。
だけど、言い伝えでは知っている。
森は『護り』に通じ、『主』を得た森は繁栄の象徴ともなる。
魔女を迎え入れた『森の主』と、迎え入れられた『森の魔女』とは、お互いに魔力の相互循環をし続けることで、その力をより一層高め、純化したものに変えていくとか……。
何れ―――神とも成りうるとか……。そう言う、伝承だったっけ?
それで、今日は女の子なのか……。
―――やっぱり、何処からどう見ても可愛いよな……。
この後、ダリルの達は遠征授業に出席する為、暫くヴィショップと会うことは無かった。
◇◇◇
秋の連休、約束通りに『代償の履行』に森を訪れていたダリアス達五人は、前回同様八人の子供と剣と弓を中心とした訓練を行い続けていた。
「暫く来ない間に、大部腕を上げたな!?」
最初こそ素人じみた動きで、粗や隙も見受けられていたのに、動きは俊敏かつ、隙も無くなった様に見てとれた。
自分達の来ない間に、随分と訓練を積んだのだろう。
師となり、教えた子供達の成長ぶりに感慨深い喜びをこの時始めて感じた五人だった。
そんな日々もあっという間に過ぎ去り、季節は早々と移ろっていく。
「もう秋も終わりだね」
「騎士団への入隊が決まったよ!」
ダリルは先日の騎士団入団試験の結果をヴィショップに報告した。
「そう。それはおめでとう」
ヴィショップは、笑顔を見せ、祝いの言葉を送った。
もうすぐ、深い雪が降る冬の訪れになる。
春が来れば、ダリルは騎士団に入隊となる。
「また、休みの時にはここへ来るから……その時は……」
冬休み、そして春休みは少しだけ厳しいだろうけど、少しでもヴィショップに会いに来よう。そうダリルは思っていた。
しかしヴィショップの考えは違ったようだった。
「代償の支払いは終わりだ……もう、ここへは来なくて良いよ」
ヴィショップが、そう告げるとダリルの首飾りは、少し輝きを失った色合いになった。
ただもう一度、代償の履行抜きでの付き合いをしたい、そう願ったのだ。
「必ず来る。そして、俺が立派な騎士になったら、もう一度ヴィショップ、君に会いに来るから!だからその時は……」
タリルが、最後まで言いきる前に、ヴィショップによって寄宿寮に送り返されていた。
「ヴィショップ……?」
突然の帰還、それは明確な拒絶だとはか理解した。
だけど、何故?そんな要因今まで感じられなかったのに……。
最後まで、言葉を聞いては貰えなかったダリルだったが、決して諦めたわけではない。
その後も何度と無く、ネックレスに願ったが、森へは転移され無かった。
騎士となった後も、折り有る毎に森を訪れたが、永い間その道は、開かれることは無かった。
『宜しかったのですか?』
「……………………」
ルシエラの問にヴィショップは、何も答えない。
我々は、余り深く人間と関わるべきではない……。
寿命も、流れる時間の在り方も存在そのものが、違うのだから。
特に、この森は三国に股がる。公平を期すためにも、過度に一国に片寄るわけにもいかないでしょう……?
森は護り。そこに触れる国を護る責務を少なからず負う。
それが、三つ……。一つに片寄れば、バランスが崩れる。
バランスを保ち続ける為にも、一度森を閉ざす必要がある。
それから十年近く、森の扉は開かれることは無かった。
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