第5話呪いの正体Ⅰ

 魔香炉から漂う、うっすらと漂う煙を追って、城内を移動する。


 今、俺の手には、金色の細長い錫杖がある。

 先端には、宝玉でも支えていたかのような爪と金色の細い輪が幾つも付いていて、揺れて擦れる度にシャラシャラと音が鳴っていた。


 俺の後ろをランディー王子が追ってくる。妹姫を苦しめる物の正体を確かめたい、一心からだろう。

 城の、今は使われていない中庭を通り抜け、裏手へと出る。人気も無く最近は、誰もここを訪れもしない……そんな淋しい空気の漂う場所だった。

 そんな淋しい裏庭の、朽ちかけた古い倉庫の中へと煙は吸い込まれて行った。


「ランディー王子は、ここで待機願いますか?」


「え!?何でだよ?」


「あのですね、ランディー王子。貴方はいずれこの国の王になられるのですよ?そんな貴方に、万が一何て事があれば、国が乱れます。危険と思われる事には、不用意に首を突っ込んではなりませんよ?」


 見た目、5歳児に諭される、14歳の王子。

 う~ん、シュールだわ……。


「ならば、私がお供致しましょうか?」


「あぁ?俺も行くぞっ!」


 そう名乗りを上げたのは、ライセルさんと、カルロだった。

 今の今まで忘れていたけど、彼らは王子付きの護衛騎士だったらしく、王子の後を追って来ていたようだ。外にも数名がゾロゾロ付いて来ていたようだった。


「え~!来るの?……はぁ、来るなら一人ね。それ以上は、面倒見切れないから……」


 魔力値2割、無駄に魔法は使いたくない。後ろで守らなきゃならないものが増えたら、それだけ使う魔力と神経は増える。


 なら、妥協して一人にしてくれ……と、俺は言いたい。


「なら、俺が行くわ」


 カルロがさらっと言い切ったので、直ぐに同行者は決定した。





 ギィィィィ…………。


 錆びた扉の軋む音が響く。

 ここは、長年放置でもされていたのだろう。中から漂う空気は、ジメジメとしていて、カビ臭かった。


 中に入り、少し歩くと地下へと続く階段があった。

「こりゃ……、一度戻って、蝋燭でも取ってこようか?」


 空気の重苦しさ……でも感じたのか、カルロは、灯りを取りに戻る事を提案してきた。


「いや、要らない。こういう時は、下手に火は、使わない方がいい。戻りたいなら戻ってもいいよ?」



 手をかざし、『照明ライティング』と唱えれば、頭上には、白く発光した球体が出現し、辺りを照らし出した。


「ま、魔法か…!?あ……いや、魔女なんだから……そっか、小さいのに……いや、小さくないんだっけ?」


「カールーロー?ビビってるなら下がりなよ。いても邪魔なだけだよ?」


 全く、言うにかこつけて人の年格好を出すなんて!!

 これでも結構気にしてるんだからっ!!異様に成長が遅いのは私だって理解してるのよ!?

 ……あ、いけないまた『私』になる。



「いや、行くよ。すまない、ちょっと…暗いのは苦手なだけなんだ……決してビビった訳じゃないからな!」


 最後はまるで自分自身に言い聞かせるかのような物言いになっていた。


 やっぱり……怖いんじゃないの?

 大丈夫かなー?



 ジメジメと、苔むした階段を下りていく。

 そんなに深くは、降りなかったから、昔の食糧庫か、備品庫と言ったところだろう。


 その奥に、再び木の扉があって、目に見えなくなった煙は、その中に吸い込まれて行った。


「カルロ、あんたは直ぐに逃げられるよう、ここにいて。あと、何があってもと、言うまで部屋に入って来ないでよ?」


 張り詰めた空気、重い緊張感、何時になく鋭さの増した私の声に、カルロは何かを感じたのだろう。


「ああ……分かった」



 木の扉に手をやり、そっと押して開く。


 ギィィィィ……。


 扉の奥には、黒く立ち込める霧のような物が居た。


 ユラユラと、立ち込める黒い霧の様なもの。その下には、青い魔導士の法衣を着た人影が横たわり、その裾からは白骨化した人の手が覗いていた。


 この黒い霧は、死して尚も、怨みや哀しみを抱いた魂……。

 それが生み出す怨念……と、言ったところかな?


 良く良く話を聴いてみなければ、判断はつけられないけれど……。



 意を決して、俺も部屋の中に入っていった。




「『この場に囚われし、悲しき魂よ……。何をそんなに悲しんでいる?』」


 ユラリ……。黒い霧は、意思を持つかのように、こちらを振り向く。


『悲しい…?悲しい……悲しいわよ……』


「『何をそんなに悲しむ?何がそんなにも貴女を苦しませたの?』」


 黒い霧は、尚も、言葉を続けた。


 一つの光景と共に………………。




 この、倒れて白骨化した女性は、年若い宮廷魔導士だった。

 中途採用であったけれど、王宮へと入りそして……一人の王子に見初められた。


「ルシーナです。本日より宮廷魔導士として、お仕えすることに成りました……」


 長く黒い艶やかな髪、同じく黒い瞳の何処か幼さの残る美しい顔の女性だった。


 その、可憐とも見える容姿にカルーアは、心を奪われた。



「君の流れる黒髪は、何よりも美しいよ……」


 囁かれる甘い言葉に、無垢な女性は何の疑いもなく、その身を委ねてしまった……。

 そして、程なくして子を授かったのだ。

 だが……それは受け入れられなかった。



「殿下……実は、私に子が宿りましたの」


 甘い愛を囁く王子ならばきっと、私に子が宿ったことを喜んで下さるはず!

 ルシーナは、何の躊躇いも迷いもなく、王子にそう告げたのだ。


 けれど、王子から返された言葉は期待していたものでは無かった。

 それどころか…………。


「それは、困る。困るな…その、お腹の子は居て貰っては困る。………だから今後もう、お前とは会えなくなるだろう」

 それからは、王子との逢瀬は無くなり、彼女は悲嘆に暮れた。


「どうして!?お慕いしていたのに!信じて……おりましたのに…………」


 その悲しみの最中……お腹の胎児が流れてしまった……。


 そしてその後、彼女は、事態を知っていた宮廷魔導士達によってここへ閉じ込められてしまった。


「お願い!ここから出してっ!!王子様に……カルーア様に会わせて……!!」


 堕胎した直後の弱った体のまま、ここで生き絶えたのだった。



「私の子は……駄目だったのに、何故……王子妃あちらの御子は、産まれてくるの……?」


 我が子を喪った悲しみと、捨てられた悲しみは……憎しみとなって、一つの呪いを遺したのだった。


 私の子は産まれて来られ無かったのだから、王子妃あちらの子だって、生きる権利は、無いわ!!


 ルシーナが死に至るまで抱き続けた、子と愛を喪った哀しみと憎しみ。我が子は祝福されなかったのに、王子妃の子は、望まれて産み落とされる事実への怒りと羨望。


 それが、シルビア姫に向けられた呪いの正体だった。




 朽ちた遺体の明かす事実が、あまりにもの内容だけに言葉を失う。

 我弟ながら、何とも罪作りで責任の無い事を仕出かしたのだか……。


 あまつさえ、彼女は、ここに閉じ込められて以来、皆から忘れ去られて今の今まで、この場に閉じ込められたままだったと言うことになる。


 何とも、酷い話だった。



 さて、その上で俺は、この事態をどう治めるべきか…………。




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