第6話呪いの正体Ⅱ

 今は使われていない、朽ちかけた倉庫に閉じ込められていた、骸の明かす哀しい事実。


 それを踏まえて、対処せねばならない。




「『我弟が、大層失礼を働いて申し訳無かったわね……』」


 その瞬間、黒い霧の怒りが、俺に向けられた。


『弟!?……あなたがあのヒトの姉ですって!?ふざけないで!!あなたは、まだ子供じゃない!!』


 ザアッっと、悪意に満ちた黒い霧が攻撃の刃を放ってきた。


 俺は、手にした錫杖を前に突きだし、その攻撃を解きほぐす。

 錫杖の先端が白く光り、黒い霧の刃は、行き場の失った煙のようにふわりと霧散していく。


『…………!!』


 驚き、攻撃の手を止めた彼女に対して、尚も言葉を積み重ねていく。


「『貴女の怒りや哀しみは、無理もないことだ。しかし、そこでシルビア姫を呪い殺すのは、筋が違う……』」


『煩いっ……煩いっ!煩いっ!煩いっ!お前に何がわかるの!?私の哀しみの何が分かるのよ!!』


 子供の姿の俺に、分かるわけは無い。だけど、向ける矛先が違うんじゃないのか?

 カルーア自身に向けるなら、自業自得だから、仕方がない。

 けれど、シルビア姫は関係無いだろう……。

 それでも彼女の目には、違って見えてしまったのか…………。


「『貴女の気持ちは、無理もないことだ。しかし、我々もシルビア姫を失うわけにはいかないんだ。貴女の喪った子も、シルビア姫も何の変わりもない。……同じ命だ。だから、誰かが奪って良いものじゃ無いんだよ』」


 諭すように、彼女を慈しむように言葉を重ねる。


 黒い霧の向けられる刃は、相変わらず放ち続けられている。

 それを、その都度払っていく。


「『貴女を手厚く弔う事を約束しよう……。だから、もう、安らかに眠らないか?』」


 哀しみから、喪失と死の呪縛から自身を解き放って、安寧の眠りに付かないか?


 そう、訊ねたのだ。



 黒い霧に覆われた彼女の目の奥底に、それに対する僅かな揺らぎが見え始めていた。




 ザシュリッ、ザシュッ、ザシュッ……!!


 黒い刃が、俺の肉を切り裂く。

 赤い鮮血が溢れだし、地面に滴り落ちていく…………。


『……なっ!?何を…………』


 彼女が驚くのも無理はない。ずっと、放ち続けていた刃の攻撃を、あっさりと打ち消し続けていたのに、突然それを止め、肉体への到達を許したのだ。


「『…………貴女のしようとしている事は……こう言うことだよ』」


 呪い殺そうとしているシルビア姫は、九歳。対して俺の肉体的な年齢は、五歳。


 ………彼女の目に、分かり易く示すには、手頃な手法だと判断しての事だ。


『……馬鹿っ!!死ぬわよ!?こんな事して!!』


 明らかな動揺を見せた彼女の霊は、余りの無謀な俺の策に飽きれ、怨念の炎を収束させ始めていた。


「『受け入れて……くれるか……?』」


 真摯に、彼女に視線を向ける。


『馬鹿っ、馬鹿ねあなたは……。こんな事して……冗談抜きに、このままじゃ死ぬじゃない…』


 人の心配をし始める辺り、根はとても優しい女性なのだろう。


『……分かったわよ。貴女を信じるわ。貴女を受け入れる』


 その言葉に、口許が綻ぶ。


 手にした錫杖を掲げ、地面に柄を打ち付ける。


 シャラ―――――ン!!


 錫杖の細かな輪が打ち付け合い、永く音が鳴り響いた。


 白く輝く光が溢れだし、薄暗い部屋中が白い光に包まれた。



「『どうか、安らかに眠って頂戴ね』」


 そう、想いを込めて魔力を行使した。


ソウル浄化プュリフィケーション


 部屋を埋め尽くした光が消えたとき、カルロが部屋に駆け込んできた。


「この馬鹿!何て無茶しているんだよっ!?」


 見れば、中々凄い形相になっていた。


「うわっ、恐いよ?カルロ…」


「恐いよじゃない!…怪我はっ!?早く手当てしないと……って、あれ!?…怪我が……無い……?」


 あのね、私これでも魔女なの。だから、さっきの光と同時に、回復魔法ぐらいかけてるって!


 ……あ、また私になっちゃう。


 やっぱり男の子になりきるのって難しいわ……。


「もう治してるよ?痛みを覚えて楽しむ嗜好じゃないし、治すに決まってるでしょ?……それより、上に行って人を連れてきてくれる?あの人の遺体も弔ってあげないとならないし」


「分かった。お前は、行かないのか?もう、問題ないなら、後は俺たちがやるぞ?」


 カルロの言葉に首を横に振る。


「いやいい。俺はもう少し、彼女の側に居るよ」


「そうか?じゃぁ、行ってくるわ」


 カルロは、階段を上り人を呼びに行った。




「さて、残りも片付けるか……」


 部屋の隅、僅かに残る黒い残滓達。

 これらに向け、もう一度錫杖を振る。


 シャン、シャン、シャンッ…………


 シャリ――――ン!!


 先程とは、違う色の光に溢れる。

 錫杖から白と虹色と金色の細かい光の粒子が溢れだし、部屋中に行き渡る。



「お前達は、ここには必要ない。消えておしまい……『ホーリーなるライトアローズ』」



 光が消えたとき、そこに蔓延り増殖し始めたおぞましい気は、消え去っていた。



 ……ただ、魔力値二割の身に、これはキツく立っていられない程だつた。


 うっ……わっ、目が回るよ……目の前、白い?暗い?


 バサッ……!!



 昏倒と言うやっだろうか?魔力の減りも有るけど、それより流血の影響の方が強いな、これ。

 回復は、あくまで怪我だけ直す。失われた血までは、直ぐに戻らないんだよね。

 そうなると、貧血の方が強いのかな?



 ライセルを伴い戻ってきたカルロは、慌ててヴィショップに駆け寄り、抱き抱えた。


「やっぱり、駄目じゃん!おい、大丈夫か?しっかりしろ、おいっ!」


 ぺしぺしと、人の頬を叩いて、起こそうとする。


 いや、今は放っておいてくれ。しんどいから起きたくない。


 そんな事情を知らないカルロは、ヴィショップまで、シルビア姫の様に呪われて眠り込んだと思い込んで、必死に起こそうとしていた。


「おーいっ!ヴィショップ!しっかりしろ!!おいっ!」


 いや……止めて、起こさないで……もう寝ていたいのに……。


「……あのね、貧血で倒れただけだから、放っておいて……」


 うっすらと目を開け、それだけ伝えると、いよいよ瞼が重く閉ざされた。



 ◇◇




 目を覚ますと、カルロの腕の中に抱えられていたままだった。

 それほど時間は経って居なかったようだ。


「ん……カルロ…。下に降ろして」


 流石に、お姫様抱っこの状態は気恥ずかしい物がある。


 何、ガキの癖にマセテいるかって?

 その辺りは、外身と中身の年齢差故だってばっ!!


 見た目はチビでも、中身は…………ね?



「目覚めましたか?」


 ランディー王子が心配気な顔で覗き込んできた。


「ええ、ご心配お掛けしました……。あの…、地下の骸の件ですが、悲しい想いを遺して亡くなった方なので、手厚く弔って欲しいのですが……」



 果たしてこの王子は、カルロから詳細を聞いているのだろうか?


「その……骸と、シルビアの呪いは関係があったのですか?」


 ランディー王子の言葉に、カルロを見上げる。


「……事情が事情だ。俺から迂闊に言えないだろ?」


 成る程、口外は避けていてくれたのか……。


 最初の首根っこ掴み上げの件以来、若干、軽視していたが、今更ながら、カルロと言う男を見直してしまった。


 中々どうして、融通の利く男じゃないか…。


 人知れず低評価から、評価値の引き上げに成功したカルロだった。
















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