第4話旅程~新しき出会いⅣ(サムスを救え!)
森の街道をひた走る、二頭の色違いの狼達。
その後を追いかける、無数の灰色の狼がいた。
魔狼の種―――灰狼だ。
一体、何処からそんなに湧いて出るのか……。
答えは単純だ。最初の襲撃は、暗殺目的に派遣された狼。残りは、この辺がテリトリーの魔狼達。
栗毛の狼が背に載せている人間から滴る血の匂いに誘われて、湧いて出てきているのだ。
『ちょおっと、不味いかな?』
栗毛の狼が、そう言う。
『うう~んどうかな?
しかし、ラウドが追い付くよりも早く、周りの魔狼が群がってくる方が早そうな雰囲気になっていた。
『仕方がないね、クルドは先に行って!』
青銀の毛並みの狼は、そう言うとその場に立ち止まり、魔力を湧かせ始めた。
『シェリス~!頼んだよぉ!』
栗毛の狼、クルドは一直線に目的地まで駆け抜けていった。
『さてと、やれやれこんなところで僕の魔法を発動するなんてね……。数が数だけに仕方がないかな?』
キラリと、毛色と同じ青銀の瞳が煌めく。
『グゥワア―――オオンッ!!』
威嚇の為の唸り声を上げるが、灰狼達は、勢いを止めることは無かった。
『仕方がないね。数に物を言わせたいのだろうけど……』
灰狼目掛け、無数の氷の鋭い塊が、勢いを付けて発射されていく。
『ギャンッ』『キャインッ』『ギャンッ』
鋭い氷の塊に肉体を貫かれた灰狼達は、血を流しながら突然の痛みに、足掻き鳴いた。
一瞬にして、その数を減らされたことに、生き残った灰狼達は、目の前の青銀の狼を見て恐怖に震えた。
自分達よりも一回り体の大きなこの種は、『色付き』或は『属性持ち』と呼ばれ、灰色の魔狼よりも遥かに格が上になる。
―――妖獣と呼ばれる種に呼び名が変わるのだ。
更に上に上がると精獣と呼ばれ、人形も取れるらしいが…………。
その様な存在は、魔狼達の中では伝説に過ぎない。
ただの魔女に遣える、それだけでも名誉な事だが、森の魔女に遣えるとなると敷居は格段に高くなるのだ。
その森の魔女の中でも、天上の聖女に最も近い段になって、始めて遣えた魔狼が人形となるのだと言う……。
今の今まで、そんな存在は現れたこと等無いけど……。
ユラリ、目の前の青銀の魔狼の姿が変化し出す。
流れる青銀の髪と、同色の瞳の柔和な面立ちだが、今のこの状況が、面白くは無いのだろう。
眼差しは氷のように冷たく、鋭い殺気に満ちていた。
まさか……!目の前の、属性を得た魔狼が人形に変わるとは……!!
―――精獣だ!天上の聖女に等しい、魔女に遣える…魔狼種にとっての、最上位種!!
これは、絶対の死の約束……遥かな格上の逆鱗に触れたかもしれない……恐怖の瞬間。
血の臭いと、赤い月の波動に惑わされて、触れてはいけない、踏み込んでは成らない領域に知らず知らずのうちに、足を踏み入れていた!!
灰狼達は、体を震わせ身を屈めて、その時を待った――。
◇◇◇
ヴィショップは、テントの前で、彼等が戻るのを待っていた。
遠目でも見える、栗毛が微かに光る魔狼の後を灰色の魔狼達が追いかけていた。
「あれは、ヴィショップの小飼の子かしら?」
隣に立つ、オルヴィスが訊ねるので、素直に答えた。
「そう、俺の
背中に人間を背負って、防御をしながら駆けている。
いつ捕まってもおかしくはない……。
助けにいかないと!
「ちょっと、出てくる!」
「ちょっと、待ちなさい!」
今にも駆け出しそうなヴィショップの首根っこをオルヴィスが、空かさずヒョッイっと掴んだ。
「何するんだよ!?早くしないとクルドが連れてる人間が危ないってのに!」
「駄目よ。ヴィショップ…あなた、そんなに甘い匂いを漂わせて……結界の外になんて出さないわよ……」
オルヴィスは、屈んでヴィショップと目を合わせ、説得する。
アタシにも分かる、赤い月の下で漂わせる甘い蜜の香り。そんな匂いの人間が、こんな月の夜に外へ出るなんて……自殺行為だわ。
絶対に、認められない……。
自ら死地に飛び込むだなんて……。
「外へは、アタシが行く。だからあなたはここで待っていなさい。良いわね?ヴィショップ。あなたは結界の外に絶対に出ちゃ駄目よ」
オルヴィスの真剣な眼差しに、否は言えるはずも無かった。
やっぱり、同じ魔女の血筋に有るから、俺の事が分かるのか……。
「わかった……でも、オルヴィスは、大丈夫なの?」
あらヤダ、こんなに泣きそうな顔しちゃって、アタシの心配してくれるの?……可愛いじゃない。
「大丈夫よぉ~♪こう見えて、アタシ強いんだから、任せて頂戴☆」
そう言って、オルヴィスは、結界の外へ出ていった。
◇◇◇
上から、飛びかかって来る灰狼の気配を感じた。
―――不味い、当たる!!
ヒュンッ、ジュバァッー!
ヒュンッ、ジュバァッー!
ヒュンッ、ジュバァッー!
耳の上を掠めた風切り音が、上からこちらを狙う灰狼達を切り裂き倒した。
『え?……誰、あれ?』
見知らぬ、気配の人物にクルドは戸惑う。
「ヴィショップに飼われている子ね、彼なら結界の中よ、ここはアタシが防ぐから、先に行きなさい!!」
どうやら、ヴィショップと知り合いの様で、安心した。
『ありがとう!ここはお願いね!!』
クルドは、安心してオルヴィスの横をすり抜けていった。
その様子に、オルヴィスは『ふっ……』と、鼻で笑う。
「主か主なら……下僕も下僕よねぇ……」
警戒心が足りなさすぎじゃ無いのかしら?
「フフッ……」
アタシがあの子に手を出しちゃうのも……以外と早かったりしてね………。
何はともあれ、今は目の前の灰狼ね。
オルヴィスは、再び魔力を蓄え魔法を発動した―――!!
◇◇◇
結界の中に、勢い良く駆け込む栗毛色の狼が、運んできた傷だらけの人間……。
無数の擦過傷と喰い千切られ、
これで、果たして生きているのか……怪しい物だった。
「フレイヤ、お湯を沸かして!エディンは、運ぶのを手伝って!!」
エディンが来るのを待つ間、持っていた有りったけの回復薬を傷口に振りかけた。
擦過傷ならこれで治せるが、喰い千切られた欠損となると、再生効果を持たせた再生薬でなくては治せない。
況してや、この出血量ともなると、それだけでは足りず、高濃度の造血剤も必要になるだろう。
今の持ち合わせでそれらを作り出さねば成らないが、先ずは止血をして出血死を避けなくては成らない。
クルドには、
「ヴィショップ何だ……サ、サムス隊長!!?」
エディンは、慌てて駆け寄り、クルドと共にサムスを火の側に運んでくれた。
「あの、君は誰だ……?」
エディンの疑問は、この時直ぐには答えを得られなかった。
テントから道具を取って戻ったヴィショップに、色々雑用を申し付けられたからだ。
「エディンは、これを裂いて、クルドは一旦全部の傷口を土魔法で覆っちゃって!」
そして火の側へと運び、より細かい手当てをするための、魔法行使と処置とを施していく。
フライやの沸かしてくれたお湯で、欠損を再生させるための再生薬と回復薬と造血剤を混ぜ合わせた高度精製を行った。
以前の、第三騎士団に行った様な回復魔法を使えば早いのだけど、あれはあの虹色の宝玉があっての話で、今は持ち合わせていないから出来ない。
だから、補助措置的に薬を用いて、最後に回復魔法をかけていく。
「おしっ!出来た!」
今回、薬は一から作っているわけではない。既存の持ち合わせと、幾つかの薬草を用いてランク上げを行うパターンでの高濃度精製だ。
一から作るとなると、とてもじゃないけど短時間でなんて出来るわけがない。
「クルド、魔法解いて」
一旦、傷口を水魔法『流水』で洗い流し、高濃度の混合薬を掛けていく。
口からも薬を含ませていく。
「ほら、しっかりしろ!!少しでも飲んでくれ!!」
サムスとやらの、頭を膝の上に乗せ、少しでも薬を流しやすくする。
「…………ゴク」
少しだが、流し入れた薬を飲んだ様だった。
量は、関係ない。ほんの少しだけでも良いんだ。
体の中に入ってさえくれれば、後は『回復魔法』を補助効果付きで掛けていく。
ヴィショップの体から、白い魔力の光が溢れだし、手の先へと凝縮されていく。
「
サムスの体全体が白い光に包まれ、その体から金と虹色の細かな粒子が湧きたっていた。
みるみるうちに、傷付いたサムスの体が欠損事、再生され癒えていくのがわかった。
「…………!!」
エディンは、初めて見る『森の賢者』の魔法に驚嘆した。
宮廷魔導士が使う回復魔法とも、神殿の神官達の使う回復魔法とも、その魔力の色も質が余りにも違いすぎるからだ。
驚いた……宮廷魔導士が、使う魔法よりも魔力の純度が高く、溢れだした魔力が神官の放つ魔力より神聖に見えたのだから……。
こんなに高い魔力は、初めて見る。
これが……森の賢者の力なのか…………。
光が止んだ後、サムスが僅かに目を開け意識を取り戻した。
「ここ……は……?」
目に涙を浮かべたエディンが、空かさず声をかける。
「サムス隊長!無事で…無事良かった!本当に……」
「心配かけた……。姫は……姫は無事か!?」
当然の事ながら、今にも泣きそうな顔のエディンより、主たるセフィリアの安否を心配したのだ。
「は…はい、無事です…この、ヴィショップに助けられて、彼の野営の厄介になっています…」
「そうか……ありがとう、ヴィショップ殿」
エディンの言葉を受け、ヴィショップを見ると、とてもそんな大それた事が出来るようには見えぬ、華奢な少女とも見える容姿の少年だった。
しかし、直轄の部下が言うのだから、俺を救ったのはこの少年なのだろうと、サムスは理解した。
「ああ、大したことだけど、気にするな。それより今は、血の造血作用が落ち着くまでは、寝ていなよ」
少年の言う通り、今は体内の血液が不足し、異様な怠さと目眩に襲われていた。
その言葉に甘え、サムスは暫し眠りに堕ちていった。
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