第5話旅程~新たな出会いⅤ(サムスの回復)

 結界の外では、オルヴィスがその魔力を振るっていた。

 迫り来る灰狼の中に一際体格の大きな灰狼がいた。その一頭だけが首に鎖を巻かれ、そこには一つの飾りがつけられていた。

 その声は、そこから聞こえてきた。


『ちょっとあなた!邪魔しないでよぉっ!!私はあの娘が欲しいだけなのよ!』


 それは、少しだけ年配の張りの無い低めの女の声だった。


「あの娘……?さぁて、どの娘の事かしらぁ~?」


 オルヴィスの目は、剣呑な光が宿り、その女の目的を探るべく惚ける口調になっていた。


『貴方なら、解るでしょ?貴方は私と同じの存在なんだから!!私は……美しかったあの時を取り戻したいのよ!!……その為にもあの娘が必要なの!だから、あの娘を私に譲って頂戴!!』


 女の口にしている内容で、目的も含めてこの襲撃の趣旨を粗方理解した。その内容と目的は、随分と身勝手なものだった。


 恐らく、この灰狼を操っての襲撃の主は、セフィリア姫の体を使って若返りでも図るつもりなのだろう。

 聞いたことがある。衰えた魔力を補うために他者の肝を食すとか、内腑を食す事で若返るだとか…………。

 女って、そんなことをしてまで、若さや美貌に固執したいものかしら?

 理解できない趣旨に吐き気を覚えた。


 それにしても……確かにアタシもの存在に近いけどね、こんな女と同列なのは、我慢できないわ。


「フンッ、話に成らないわね。そんな事は、お断りよ!」


 そう言うと、その灰狼ごと、その場にいた全ての魔狼を処断した。


 辺りには、無数の魔狼の死骸が転がり生臭い血の臭いが立ち込めていた。



 赤毛の魔狼と、青銀の魔狼が現れたのは、その直後だった。


『うっわ?何これ!!?』


『これは、遣りすぎでしょ……』


 二匹は顔をしかめた。

 幾ら、血の繋がりがなくても、同種の同族であることには代わり無い。これだけ殺されているとなると、これを行った相手に恐怖を覚えずにいられなかった。


 目線の先には、主のいる結界を背にした乳緑色の背の高い女の格好の男がいた。


 二頭は、この異様な出で立ちの男に警戒の目を向けた。


「あら、まぁ……まだ居たのね…………」


 新手の出現かと…男の目に、鋭い殺気めいた物が宿っていた。




 ◇◇◇




 サムスの処置を終え、オルヴィスがまだ戻らないことに気付いた俺は、躊躇いつつも結界の外に出た。


 そこで目にしたのは、無数の灰狼の死骸だった。そして、オルヴィスと赤毛ラウド青銀シェリスが対峙していて、一色即発の呈をなしていた。


「オルヴィス、やめて!」


 オルヴィスに駆け寄ったヴィショップは、彼の腕を掴み魔力の解放を止めてくれるように懇願した。


「あれは俺の下僕だ!だから、お願い……攻撃は止めて…………」


 ヴィショップを見たオルヴィスは、その存在を認識したとたんに、目を見開きそして怒鳴った。


「お馬鹿!あれだけ結界から出ちゃダメって言ったでしょ!?どうしてあなたは、大人の言うことが聞けないのかしらぁ!?」


「……ごめん、でも、オルヴィスの帰りが遅いし……何かあったんじゃないかと……」


 ヴィショップは、心配と怒鳴られたことで瞳に涙を溜め、ウルウルした目でオルヴィスを見上げていた。


 怒鳴ったオルヴィスだったが、半分は言うことを聞かなかったヴィショップに対して、そして残りの半分は、結界の外に出たことで一際強くなったこの甘い香りの誘惑に耐える為での事だった。


 の影響を受けた或いは受け始めた者にとって、この月の下でのヴィショップの放つ香りは一際甘く漂い、一種の食欲めいた欲望を掻き立てる。


 理性と欲望……その責めぎ合いを密かに繰り返す者にとって、有る種今のこの状況は、拷問に等しい。


 なのに……出てきた理由がアタシを心配してだなんてっ!なんて、なんて可愛いことを可愛い顔して言うのかしら!?

 …………この子はっ!!


 元来、可愛いものをこよなく愛する質のオルヴィスにとって、ヴィショップのこの行為は萌え以外の何物でもない。


「し、仕方がないわね……。今日だけは許してあげるから、早く結界の中に戻りましょうっ!」


 急かすのには、訳がある。


 そろそろ、その……ウルウル攻撃に理性が持ちそうに無かったからだった。



 ああ、なんて……なんて辛いの!!

 染まった…或いは、堕ちかけた者にとって、なん足る拷問めいたこの状況………。


 アタシ、この先この子と一緒にいて、理性が持つのかしら?


 ――理性が、何処まで持つのか……不安でしか無いわね。


 …………はぁっ。辛いわ!!



 ◇◇◇



 一夜明け、目を覚ましたサムスは己の傷を確認して、驚愕した。

 灰色の魔狼に襲われたあの時、確かに俺の肉体は噛まれ、そして至る所が喰い千切られていたはずだ。


 なのに、それなのに傷らしき傷も、傷跡も何も無い。


「これは………」


 これだけの回復魔法を使える者など、そうは居ない。

 縦しんばいたとしても、その施術には、莫大な金子が必要な筈である。

 今の、逃亡中の我々にそんな予算は無い。


「あ、目が覚めたみたいだね。良かった~!失敗していたらどうしようかと思っていたんだ!」


 元気のよい子供の声に、そちらを見れば明らかに少女の様な容姿の少年が、こちらに来るのが見えた。

 手には、枯れ木を抱えている所を見ると焚き火用の木を集めてきたのだろう。


「ああ、お陰さまで命拾いをしたようだったな。俺を助けてくれたのは、君の師匠か何かかな?」


 生死を彷徨っていたサムスには、誰が死の淵から救ったのかなど、知る余地も無かった。


「あはははっ、そんな所かねぇ~?」


 それだけ言うと、抱えていた枝を持って、何処かに行ってしまった。


 そっと起き上がり、回りを見ると近くには、見知った顔のエディンと、乳緑色の髪の背の高い女が寝ていた。


 少し離れた位置に、赤髪と青銀、栗毛の青年が眠っていた。



 この状況を見ると……何処かの旅の一座か何かに拾われたと、言ったところか?


 だとしたら、俺を助けてくれたのはそこに眠る成りの大きなこの女性だろうか……?


 じいっとサムスは、その乳緑色の髪の女性に視線を向けていた。


 スッと、その瞳が開かれる。

 美しい、澄んだ色の緑の瞳で女性にしては少しゴツゴツした感も否めなかったが、美しい面立ちの女性だった。


「あら、目が覚めたのね……」


 その女性の声も、やや低いかとも思ったが、背が高い分、低くなったのだろうとしか思わなかった。


「ああ、おはよう、お陰で命拾いをしたようだ……。貴女のお陰で……良いのかな?」


 サムスは、消去法でこのオルヴィスが、自分を癒し助けてくれたのだと、この時思い込んでいた。


「……へっ?」


 目が覚めたら、昨夜重症でもって運び込まれたこの男が、アタシを救い主と勘違いしている……?


 ……しかも、何となく生暖かい視線のように感じるのは、アタシの気のせいかしら?


 え?何……?勘違いから始まる恋とか!?

 あら、イヤーン♪そうしたらどうしましょう~?


 ……じゃ、無いわね。


「アタシじゃ無いわよ。ほら、あそこにいるあの子、ヴィショップよ。貴方を助けたのは」


 オルヴィスが指し示す方向に居たのは、先程の少年ヴィショップだった。


 その言葉に耳を疑ったが、彼女が嘘を言っているようには見えなかった。


「そ、そうなのか?……てっきり俺は、その貴女が…助けてくれたものとばかり……」


 エライ勘違いをしてしまった様で、恥ずかしさもあり、サムスは顔を背けた。


「あはは、あの子まだ子供だからね。まぁ、勘違いなんて誰にでもあることなんじゃない?……あ、アタシは、オルヴィス。オルヴィーって、呼んでね☆」


 オルヴィスが、名乗るとサムスは、一瞬凍り付いた。


 なぜって?答えは簡単よ。『オルヴィス』という名前は、男の名前だもの!


「……そうか、俺はサムスだ」


 サムスの淡いトキメキは、何だかがっかりな形で早くとも崩れ去ったのでした。












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