第3話旅程~新たな出合いⅢ(姫の目覚め)
オルヴィスが、去った後のテントの中、具合を悪くしたお嬢さんの着替えをしていた。
「さっきのは、何だったんですか?」
フレイヤの質問に、俺は答えられない。
そんなこと聞かれたところで、俺にだってわからないから。
「さぁ?何だろうね?」
首を傾げるぐらいしか、出来なかった。
「うっ………ん………」
お嬢さんが呻き声と供に、うっすらと目を醒ました。
「ここ………は………?」
目を覚ましたら見知らぬテントの中で、見知らぬ女性と少年に服を着替えさせられている………そんな状況に戸惑ったのだろう。
「あ……気が付いたんだね?ここは、俺、ヴィショップ様の野営だよ。安心して、エディンなら外にいるから。着替えが済んだら呼ぶね」
『エディン』知っている名前に、ほっと安堵したのか、緊張に強張っていた表情が緩んだ。
「ありがとう………助けてくれたのですね?」
具合が悪いからか、随分とか細く頼りない声をしていた。
「
俺の問いにお嬢さんは、
「私は、セフィリアと申します……マルデリカ王国の、王女でした………」
うつむいて、肩を震わせてセフィリア姫は答えた。
無理もない。マルデリカ王国は、今日、敗戦が決定し国が崩壊したのだろう。
その混乱と敵国からの王家の殲滅から逃れるため、身を隠して逃亡したいたのだろう。
「どうする?着替えは済んだけど、エディンを呼ぼうか?」
俺の問いにセフィリア姫は頷き、俺は、エディンを呼びにテントの外へ出た。
「エディン、待たせたな。セフィリア姫様が、目を覚まされたよ」
姫の名を告げる俺の言葉に、エディンは驚いた表情を浮かべたが、テントの中に入るように促すと足早に中へと入っていった。
「姫!目覚められましたか……!?」
エディンは、駆け寄りセフィリア姫の顔色を伺った。
すこぶる悪そうだが、意識のほどは、しっかりとしていて、受け答えも十分に出来るほどだった。
「まだ……サムス隊長が戻られていません。ヴィショップの言うところによると、今夜は赤い月が現れるそうです………」
エディンの一言に、セフィリアは顔を青くし、熱で震える体に更なる恐怖の嵐が巻き起こった。
「そ、そんなっ…!サムスは……大丈夫かしら………!?」
自らを護る立場の、一番信頼の置ける男が危機的な状況の中、無防備に晒されている………。それなのに主たる私は、安全な場所に保護されている………。
何て、事なの………!!
◇◇
テントの外でオルヴィスも焚き火の側に座っていた。
「オルヴィス、具合はどう…?悪くない?あんた食事は済んだの?」
「うふふ、有り難う。大丈夫よ、もう落ち着いたから♪食事?まだよぉ~。正直お腹が空いていててね、背中がくっついてきそうなのよぉ~」
「そっか。落ち着いたならいいんだ。食事、パンとスープで良い?今用意するから待ってて」
スープは、フレイヤが鍋にかけていた物だ。彼女が遅れてテントに来たのは、これを火から下ろして、保温魔法をかけていたからだろう。
椀に、スープと皿には干し肉をスライスして軽く燻した物とパンと果物を添えて出した。
「随分と手慣れているのねぇ。有り難く頂くわね♪」
オルヴィスは、早速用意された品を口に運んだ。
手慣れてるのは、当然だ。この数年、森の中でずっと中期野営と帰還を繰り返していたからだ。年の半分近くが野営生活だったもんな………。
「あらっ!この干し肉、全然パサついてないのね。寧ろしっとりしていて、塩加減も良い塩梅させてるじゃなぁ~い♪」
これは、特殊加工。普通に干し肉にすると脂と水分が抜けすぎて、パサついたものになる。
干し肉として加工しつつ、食味を落とさないギリギリのラインでの加工技術。今は、まだ門外不出だ。
「気に入って貰えた?お代わり出せるから言ってね」
「ヴィショップ~♪あなた良い仕事するじゃなぁ~い☆ねぇぇ~?私の旅のパートナーにならなぁ~い?」
オルヴィスが、俺を抱き寄せ頬を擦り寄せ、じゃれつく動作をする。
「おっ、おいっ!?何だよっ!くっつくなーっ!!」
オルヴィスの見た目は、二十二、三才って、所かな?普通にしていれば、美男子なのに、女の格好をしていて、こんなだから男だと言う気は……正直あまりしていない。
余程、食事が気に入ったのだろう。オルヴィスは、食事をお代わりを要求した。
「さて、お姫様の方にもスープを持っていくか……」
漸く、オルヴィスのスリスリ攻撃から解放され、俺はお姫様の食事を運ぶ事にした。
後は、解熱剤だな。その場で調合を始め、薬をセフィリアの元に運んでいった。
「セフィリア様~。温かいスープと熱冷ましの薬をお持ちしましたよ」
テントの中へと入り、セフィリアの元へ行くと彼女が震える体で顔を覆い泣いていた。
「えーと…、夕食と薬何だけど……どうしたの?」
エディンを見ると顔を伏せ、こちらも涙を堪えているようだった。
「取り込み中だったかな?ここに食事を置いておくから、落ち着いたら食べてね?」
持ってきた盆を、セフィリアの脇に有る小さな台に載せ、去ろうとした。
「まって…!待ってください!!ヴィショップさん!!」
切羽詰まったセフィリアの声が、去ろうとする俺を呼び止めた。
「何?」
「貴女が、西の森の賢者と言うのは、事実ですか?」
「……一応ね。でも、急に何故かな?」
「助けて欲しいんです…臣下を…私の友をです…!どうか、お願いです、助けてくださいっ!!」
その切羽詰まった叫びは、悲痛に満ち俺の心を動かすに値する響きを持っていた。
「請け負ってあげても良いけど、今の貴女に代償は支払えるのかな?」
「 ……なっ!?こんなときに、代償を要求するのか!お前は!!」
エディンは、怒りに満ちた反応をするが、セフィリア姫の方は冷静だった。
恐らく、森持ちの魔女や賢者の制約を知っているのだろう。
「何を……お支払すれば宜しいですか?」
代償は、要求するのがお約束だけど、正直何にも考えていなかった。
だから、セフィリア姫の行き先から何を頂戴しようか考えることにした。
「セフィリア姫は、この後どちらへ向かう予定なのですか?」
俺の突然の問いに、セフィリアもエディンもキョトンとした顔になる。
「リスター皇国です。そこに叔母が嫁いでいますので、そちらを頼ろうかと……」
おお、この大陸最大の国じゃ無いか……。と、なると……ふ~む……んん~!?
「おしっ、決めた!代償は、落ち着いたらで良いから、特産品ね。出来れば種とか植物の苗が良い。それ、出来るかな?」
「そんな物で良いんですか?…いえ、それで良いならこちらも助かりますが……」
「それで良いんだよ。対したものは、お金の有る奴から頂くから、無いところは俺が気の向いた物なら何でも良いの!」
お金がない…確かに今のセフィリアは、そうだ。だから、戸惑いつつもヴィショップのその判断基準は、有りがたいものだった。
「……そうですか?あの、それではよろしくお願いします」
「へへっ、交渉成立だね!!」
そう言うと、俺とセフィリアの手首には、白い契約の鎖が巻かれるが、それは直ぐに皮膚の中に消えてしまった。
「これは……?」
「ヴィショップ!お前、姫様に何をしたんだ!?」
エディンは、怒鳴り声をあげる。
「契約の証だよ。不履行を働くと痛い目見るからね?…あっ!それは俺もだから、とっとこ手を打ちにいくよ!」
そう言い残し、セフィリア姫とエディン後に残しテントを後にした。
◇◇◇
ヴィショップが、セフィリアに食事を運んだ後、一人きりになったオルヴィスは、結界の外の空気の変化を敏感に感じていた。
「あらやだ、外は獣に溢れているって感じ?血がザワザワしちゃうわね……」
ぎゅっと、自らを抱き締め気持ちを落ち着けようと、深呼吸を繰り返していた。
サバッ……!!
テントの中から勢いよく飛び出してきたヴィショップの姿に、心臓が飛び出るかと思った。
「ど、どうしたの…?急に飛び出してきて……」
「こんな夜に、緊急のご依頼を受けたからね。お仕事するの!」
――緊急の依頼?こんな血の月の夜に?
あらやだ、マジなのっ!?
お嬢ちゃん、あなた自分が一体何者か分かっていて、言っているのかしら!?
オルヴィスは、驚いた顔になった。
「何を、するつもりなのかしら?」
「人助け、緊急の……ね」
ヴィショップは、胸元から小さな笛を取り出し吹き始めた
『ピ~ルル、ピ~ピ~ピ~ルル………♪♪』
人間の耳には聞こえない周波数の、笛の音が何処までも遠くまで、鳴り響いていた……。
◇◇◇
ヴィショップ達が出会う前、彼は森の中の街道で馬を走らせ続けていた。
「くそっ!……何でこう、次から次へと追っ手が掛かり続けるんだか!」
賞金目的の追っ手から逃れる為、セフィリア達を一旦森の中に隠した。静かになったら先へ進むよう指示を出し、自らは、セフィリアを載せているように見せ掛けて、来た道を騎乗で逆走をしていたのだった。
上手く巻けた。そう思った矢先に今度は、狼の群れである。
数にして二十頭、大長1,5メートルほどの灰色の魔狼の群れだった。
一体今夜は何なのか、手にした剣を握り直して、その群れと戦うのであった。
飛び掛かる灰色の魔狼――灰狼は、最初こそランダムで、統一性が見られ無かったものの、次第に統率がとれ始め、その頃には手傷を負うようになっていた。
「……っぐわっ!!」
斬り伏せようとするサムスの手首に、狙い澄ましたかのように飛び掛かり噛みついてきたのだ。
その後も、間髪入れぬ勢いで、灰狼は飛び掛かりサムスはついに落馬をしてしまう。
後は、血祭り肉祭りだ。
腕が、足が至るところを喰い千切られ、多大な出血に見舞われた。
全身を駆け巡る、激痛と言う激痛に次第に意識が、途切れていったのだった。
『グルッ、グワアアアッ……!!!!』
灰狼の群れに、横槍を入れた狼が数頭現れた。
燃えるような赤毛と、美しく輝く青銀色の毛、同じく薄っらと輝く茶色の毛を持つ、灰狼達より体格が大きな狼たちだった。
その狼達に、弾き飛ばされ灰狼達は『キャインッ!!?』と、悲鳴を上げた。
銅色の毛の狼が、すかさず意識のないサムスの体を背中に載せて森の中を猛烈な速さで駆けていった。
青銀色の毛の狼も、その後に続いて駆け抜けて行った。
慌てて追いかけようとするが、残った赤毛の狼が、先を譲らない。
『後から出てきて、邪魔立ては止めて貰おうか!?』
猛烈に抗議をするが、相手にされない。
『上位種相手に、良くそんな口を効かせたな?』
そう言うと赤毛の狼は、体に炎を纏わせた。
灰狼の上位種。属性に特化し操ることの出来る妖獣と呼ばれる種だ。
無造作に、勢い良く吐き出された炎は、真っ直ぐに灰狼を呑み込んで行った。
『ギャン、ギャン、ギャン……』
炎に呑まれ、瞬く間に焼け焦げになった魔狼は、ただの消し炭の様になり、息絶えてしまった。
血族が違えれば、同種で有ろうとも彼等の中に情は薄くなる。
精々、違う血族の同種と混ざるのは繁殖期位なもので、それが過ぎれば縄張りや主の害に成るものは、ただの敵でしかない。
ただ、一度伴侶とすれば、消滅までの永い寿命の中、伴に行動し続ける存在となるのたが…………。
それ故主持ちは、フリーの伴侶を求める必要が有るのだが……まぁ、今は良いだろう。
今ので、ここにいる灰狼は、粗方片付いたが、この魔狼達にも主がいるとなると、今のが全てでは無いだろう……。
赤毛の炎狼は、残った狼を掃討しつつ、仲間の後を追うことにした。
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