第20話 騎士見学生の依頼Ⅵ

 神秘的な光に包まれた後の部屋の中では、騎士達が、死の淵からの生還と、欠損や損傷からの回復を喜び合っていた。


 その光景に、ライセルはほっと胸を撫で下ろした。

 自分一人が、対した傷も負わず済んで、こうして無事に過ごしたこと、仲間をやむを得なかったとは言え、氷付けにする等と言う無謀をしたことを少なからず後悔していたからだ。


 しかし、喜んでばかりもいられない。

 今回の回復術を行使するに当たり、森の魔女ヴィショップとある約束をしたからだ。


「みんな、家族との再開を喜ぶ前に、この窮地を救ってくれた魔女の願いを聞いて欲しい。……今回助かった経緯、死の淵からの帰還の経緯を絶対に口外しないで欲しいんだ」


 ライセルの真摯な眼差しと、倒れて意識を失った少年姿の幼い魔女ヴィショップ。

 死の淵から救われた者にとって、騎士にとって、命の恩人の願いなら異存が有る筈など無かった。

「勿論、魔女殿がそう望むなら、我らに依存など有りません」


「何か、事情が有るのだな?口外などせんわ!ワシが目を光らせるぞ!!」


 団長のダリアスが、賛同をしてくれた。これで、ヴィショップとの約束は果たせた筈だ。


 重篤な騎士達が収容されていた扉が開かれ、外で待たされていた少年達は、中に入ることを許された。


 家族の無事を確認しに部屋へと飛び込み、その無事と再開を喜んだのだった。


「親父ぃぃぃ!!」


「おお?ラウドか!!?何でここにお前がいるんだ!?」


 起き上がっていた、ダリアスを見つけると、一目散にそのデップリと膨らんだ体に抱きつき、父の生還を涙して喜んでいた。


「カルロ兄貴ィィ!良かった、本当に良かった!!」


「レイヴァン!?……えっ?おまっ……、何でここにいるっ!?学校はどうした!学校はっ!?」

 ここにいる筈の無い、年の離れた直ぐ下の弟レイヴァンの姿に驚きつつも、父親代わりでもあったカルロは当然の心配を口にした。


「あ、兄貴…ごめん。兄貴が心配で、ここまで来てしまいました……」


 レイヴァンは泣きながら、カルロに謝った。

 レイヴァンがまだ幼い時、父親が魔物との戦いの最中に命を落とした。それから騎士となったカルロが父親代わりとして、一家を支えて来たのだ。

 父親を失ったときの悲しみは忘れていない。そしてまた、兄をも失う……それは、少年にとって恐怖でしかなかった。


 その気持ちも想像が付くだけに、カルロはそれ以上、学校の件について何も言うことは出来なかった。


「騎士以外の……道を探さなくちゃな……」


 ただ、それだけしか言えなかった……。


「はい……分かっています………」


 兄カルロの言葉の意味を、良く理解していたレイヴァンは、そう返事を返した。



「その辺りは大丈夫そうですよ?」


 救いの一言は、ライセルから発せられた。

 しかし、学校を無断で抜け出してここまで来たのだ、流石にお咎め無しとはいかないだろう。シェロンやダリルは貴族の子息だから何とかなったとしても、レイヴァンとロイとカーズは、平民の出で有る。流石に処罰は免れないだろう……。その辺の何が、『大丈夫』何だか……。


 抱えていたヴィショップを空いているベットに降ろし、ライセルは懐の手紙をダリアスとカルロに見せた。

 一通り読み終えた二人は、ただ書かれている内容に驚くばかりであった。


「「………………なっ!?」」


「何を、無茶苦茶なこじつけ作らせたんだ!この娘は!?」


「……恐るべし……森の賢者…の策謀……」


 一途な少年達の未来の為に、一国の王すらコキ使う、有る意味最強の国王の異母姉振りを発揮させていたようだった。


 騎士団長や、兄の驚き様とその後のやり取りを見ていた少年達は、事の顛末を未だに理解できず、ただ呆然とその様子を見ていた。


「まぁ、結論から言うとね。今回は、ほぼお咎め無しで済みそうだって事だよ」


 ライセルは、少年達に王からの手紙は見せられないが、結果論だけは教えてあげることにした。


 その言葉が、半信半疑でしかない少年達は、後に学校へ登校したさい、改めて驚く事態に直面するのであった。



 ◇◇◇



 数日後、西の森の魔女、ヴィショップの神秘的な魔法によって、一命を取り止め欠損を回復した第三騎士団は、帰還の途に付いていた。

 勿論、西の森の魔女ヴィショップも一緒である。

 今は、ライセルの馬に騎乗していた。


「ははっ、やっぱりこっちの方が眺めが良いや!!」

 行きは、ダリルの背中にしがみついていた為、景色をあまり堪能出来なかったので、普段と違う景色が見れて今はご満悦である。


 青い麦穂が風に揺らめき、見渡す限りの青々とした麦畑。

 ここへたどり着いたのは、日が落ちかけ暗くなった頃だった。周りの景色など見る余裕もなく、本当に急いでいたから、今の時間が心安らぐものでもあった。


「楽しそうですね?」


 その声に上を見上げると、にこりと微笑むライセルの顔があった。

「ま~ね。普段見られない景色って、良いよね。何て言うのか、心が安らぐって言うのかな……?」


 ニッと、して答える。

 我ながら少年らしさも大分板に付いてきたと思えるようになってきたぞ?……と一人、得意気になったヴィショップだった。


 ………しかし、未だに誰も突っ込みを入れないのは何故なのか。


 ライセルは、ヴィショップのその態度に苦笑するしかなかった。


 魔女を名乗ってる時点で、女性だと言うことは隠せていないんですけどね~。

 後は、『魔女』として振る舞うときは、しっかり女性に戻ってますよ~。


 何てことを、心の中で突っ込みながらフフフッと、微笑ましげにするだけだった。


 誰も教えてあげないから、自分はちゃんと周りに少年だと思われていると、勘違いしているヴィショップだった。



 ライセルとカロル、騎士学生達は、ヴィショップを森へと送り届けてから、王都に戻ることにして、騎士団とは途中で別れた。




 ◇◇◇


 森へと続く石畳が見え始めた頃、森の中から狼の群れが出てきた。


 一瞬、魔物か!?と、身構えたライセル達だったが、ヴィショップの一言で危険は無いと判断された。


「ただ今~!!みんな迎えに来てくれたの!?」


 ライセルに馬から降ろしてもらい、大きくなり始めた四頭の子狼達とじゃれ合う。


 四頭が、一遍に駆け寄り地面に押し倒されてしまう。頬や口元やらをペロペロ舐め回されて、顔がよだれだらけになった。


「あはははっ、くすぐったいよぉ~!!」


 四頭の子狼達も久々の主人ヴィショップの帰りに大喜びだった。


 暫くじゃれあった後、四頭の子狼達も落ちつきを取り戻し、漸く離れてくれた。

 ヴィショップは、服も、髪も若干グチャグチャな感じになってしまい、皆が見ているのに気付いて、何だかちょっと恥ずかしい思いをしていた。


「えーっ。………こほんっ!お待たせいたしました」


 ペコリとお辞儀をすると、何故だろう……皆、微笑ましそうな顔で見ているんだよね~。

 そんなに俺、子供っぽかったか!?


「なぁ、あの子狼達、名前はもう付いているのかな?」


 ダリルが、聞いてきた。前の時は聞かなかったから、余程余裕は無かったのだろう。


「あるよ、栗毛クルド青灰色シェリス赤毛ラウド灰色フレイヤだよ。狼じゃないのも家にいるけどね」


 再び、ライセルさんの馬に騎乗して、ラテンの街から我が家へ帰還となった。


 ◇◇◇



 森の中の小さな家まで送って貰った所で、ダリル達にもう少し帰るのを待って貰うようにお願いした。


「帰る前にちょっといい?例のの件でなんだけど」


 ピタリ、ライセルの動きと表情が止まる。

 前回、ランディー王子の時は森の中に道を通せと、そこそこ莫大な額を使う要求をしていた。

 その後、特産品開発・販売に纏わる既得権をランディーに、譲位してくれたから、大分王太子の懐具合も回復はしたが………。


 今回は、一体何を要求したのだろうか?


「また、何を要求なさったんですか?」


 ああ、そう言えば、シェロン君は、ライセルさんの家の主家何だっけ?

 そうなると、魔女に支払う『代償』が何かは気になっちゃうよね~。


「ライセル……それは………」


 シェロンが、答えようとして詰まる。

 その様子に、どんな難題を吹っ掛けられたのか、気が気ではない表情にライセルも変わった。


「対した問題じゃ無いよ。向こう一年間、休日返上で、我が家に無料奉仕して貰うだけだから♪♪♪」


 ヴィショップが、答えると、ライセルの目が点になった。


「向こう一年間の……無料奉仕、ですか?」


「うん、そうだよ。いや~助かっちゃうよ。色々やらなきゃいけないことが溜まっててね、一人でどうしようかな?って、思ったところに今回お兄さん達が来てくれたからね!ふふふっ♪♪」


 にこにこ笑顔で答えるヴィショップに、永くもない付き合いのライセルが思い当たった事。


 ――それは……よもや雑用でもさせる気では、ありませんか………?



 俺は、騎士学生の彼らに、休日安全に森へ来て貰う為、時間短縮の魔道具を作製することにした。

「何を作るんです?」

「時短用の魔道具ブレスレットかネックレスで作ろうかと思うんだ。ねえ……トップの飾りは、星形と十字形どっちがいい?」


「えっ?ネックレスかブレスレットですか?デザイン………選べるんですか?どんな風に作るんですか?」


「うん、選べるよ。作るとこ、見たいの?」


 騎士学生にとっては、剣技と個々の能力に有る魔法の攻撃や補助魔法は学んでも、魔道具作りは、馴染みがない。

 純粋に興味が湧いてきたのだ。


「「「見たい!!」」」


 皆の声が揃ったようで、ルシエラをチラリと見ると、何だか恐そうな表情の微笑みを浮かべていた。

 魔女の技術は、人に見せるべきでは無い……が、お婆様の方針だったからだ。


『どうぞ、ごゆっくり御観覧下さいな。正しなるべく音を立てず、離れて見ていてくださいね』


 ルシエラの一応の許可は得られたところで、工房に場を移して、作業の開始である。


 騎士だと、ブレスレットは装備の邪魔になるらしいから、ネックレスで作る事にした。


 使うのは、金と数種類の魔封石。それと俺の髪だ。


 金は、錬金術用に予め魔力感応を高めてある物を使う。


 魔力を高め、目の前の材料と創りたい形と出したい結果に意識を集中する。




 側で見ていて感じた。

 ヴィショップの凄まじいほどの魔力の高まりと空気の変化。


 閉ざされた瞼が開いたとき、そこに居るのは何時もの屈託の無い瞳の少年のフリをした少女ではなく、もっとずっと大人びた雰囲気を感じさせる表情だった。


 俺達は、その姿にただ、見入っていた。


「◯×*~♪♪※○*~♪♪※*#※※~♪♪※〇~♪」


(((……え?う、歌!?)))


 ヴィショップの口から紡ぎ出される言葉は、解らないけど美しい旋律、それと呼応して卓上の金塊が粒子となって宙に熔け出した。


 ヴィショップが、頭から髪を引き抜くと、それも霧のように溶けて空気中を金の光となって漂う。


 宙に、何種類かの魔方陣が描き出され、それらが金の粒子と混ざり合い溶け合った。


 そして、鎖と飾りへと成形されていき、最後に、飾りの上に魔封石が載せられ、空気中に待機していた魔方陣が、魔封石の中に宿り輝く。


 よし、五本の十字の飾りの付いたネックレスの完成だ!!


 魔封石の色は、彼らの髪の色に合わせてみた。

 その方が似合うと思ったからだ。


「どうだった!?」


 作り終わって皆の方を見ると何だか放心したように固まっていた。



 ………え?何かおかしかった!?



「これはね、ペンダントトップを握って、願えばここに一瞬で来られて、願えば元いた場所に戻れるからね!今度の休みにでも試してみて!!」


「一瞬でって、馬は要らないって事ですか!?」

 ダリル達は、その効果が本当なら、とんでもない代物何じゃないかと思った。

 年長者のライセルとカルロを見ると、彼等も何か思うものがあったようだった。


「そう言うことだね♪大分時短になるでしょ!?」


「………そ、そうだね」


 ネックレスを受けとると、ダリル達は、王都へと帰っていった。





『全く、貴女は己の要求が絡むと、破格の甘さを産みますね……』


 ルシエラが、呆れたように口を溢した。














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