第10話王女様の訪問

 ルシエラの大破した経緯を、ざっとランディー王子達に話した。


「……と、まぁ、こんな感じなんだ。だから俺は、ルシエラを直さなきゃならないんだ」


 あらましを話終えたところで、カルロが、号泣していた。


「お、おまっ……それは!……ぅうっ」


「そんなことが…………」


「ヴィショップ…………」


 皆、暗い表情になる。


 赤い月の元、狂った魔物達には、俺の血肉はにしか見えなくなるそうだ。


 狂って無い魔物は、いつも通り好感を持って接してくれるのに……。

 一度狂い出せば、俺は堪らなく旨そうな芳香を放つ、エサになる……らしい。




「資材の搬入が終わりました」


 大工の弟子の男が声をかけてきた。そのお陰で、場のしんみりと暗くなった空気を変えることが出来た。


 屋根の方は、既に古い瓦が外され、隙間や傷んだ板の補修が開始されていた。


 ヴィショップは、家の中に改装担当の大工達を案内すると、居間と台所、工房の棚を指し示した。


「これを、俺の成長に合わせて昇降可能な取り付けにしてほしいんだ」


 それから、床だ。俺が産まれた位からこの家に住んでいるから、正味五十年近くは、経っていると思う。

 だいぶ床に甘い所が出てきて、踏むとフニャフニャってなるんだ。

 いつ抜けるか分からなくて、ヒヤヒヤしてたから、本当に今回の件は、願ったり叶ったりの事なんだ!



 大工の弟子による下準備が進まないのに気を効かして、ライセルさんとカルロの二人も、木材の切断に協力してくれるようだった。


「なあ、これはここでいいのか?そして、切ればいいんだな?」

 カルロが鋸を片手に、訊ねるので寸法の印をふっていた弟子の一人が、頷いて答える。

「ああ、その位置で頼む」


 そして、凄まじいペースで、材木を切っていく!切って、切って、切りまくって……!!


「お、おい……兄ちゃん騎士様…だよな!?すごい勢いで切ってるなぁ!!」


 ポカーン…と、見習い大工達が、カルロに注目を集める。


 真っ直ぐに、只ひたすらに材木を切る彼の姿に注目が集まる。

 全てを切り終えた時、カルロに大工達からの喝采が送られた。


「なぁ、兄ちゃん、騎士様クビになったら、うちに来てくれ!!あんたなら即戦力、間違い無しだ!!」


「あんた凄いねぇ~!普通、あんなに切れる様になるの、三年は掛かるよ!?」


 騎士になって以来、こんなにも誉められることの無かったカルロは、戸惑っていた。


 騎士として誉められるならともかく、大工として誉められることに成るとは…………。


 ……良いのか!?


 ……俺、騎士だぞ!!


 騎士…………何だよな???



「クスクス……良かったですね~。良い転職先が見つかって」

 澄ました顔して言うライセルのやつに、腹が立つ。


「俺は騎士だ!転職はしねぇよっ!!」


 ひとつ下のこいつが、魔法でも何でも、何時も俺より抜きん出て腹が立つ。

 自慢したり、ひけらかしたりする訳じゃないが、取り澄ました涼しい顔で何でもソツ無くこなしやがるんだ。

 血を吐く思いで、毎日の鍛練に勤しむ俺にしたら、癪に障るったらない相手だった。



 カルロの意外な才能も見れ、リフォーム期間は、半月も掛からなかった。

 意外と早く仕上がり、正直拍子抜けだった。



 ◇◇◇




 家のリフォームが終わり、晴天の続いたある日の昼下がり、俺はルシエラの修復作業に勤しんでいた。


 ルシエラの基本的な構造だけど、ベースは木製なんだ。

 その上に、魔力を込めた特殊な素材を塗り込んで、加工しているんだ。


 だから、家のリフォームで優秀な大工が居る、この間に、ルシエラの修理に必要そうな道具の使い方を大工のおっちゃん達に習ったんだ。


 木を切り出し、鑿で削り、カンナで粗をとる。鑢掛けをしたり、細部の修復の基礎をざっとだけど習った。


 粗い出来だけど第一段階は、出来上がった。


 次は、ルシエラに教えてもらって、材料の調達になるんだけど……。


『材料は、森の中にも有りますが、今日は、そちらには取りかかれそうに有りませんよ?』


 ルシエラがそう言うと、家の外に馬車の止まる音が聞こえてきた。


「そう言えば、お姫様がここに来たいって言って居たんだっけ?」


 家の外にお姫様を迎えに出ると、何故だかカルーア国王様まで、いらっしゃっていた。


「え?あれ?何でお越しに……?」


 不思議がって、挨拶をするのを忘れてしまった。

 ……いや、身分の高い人との対面とかって、そうそう有ることじゃないし、身に馴染んでいないんだよ……。


 カルーア国王様の執事だろうか?俺の無作法ぶりに顔をしかめていた。


「ああ、気にするな。そもそも貴女にその辺りの期待はしていないからね…」


 苦笑し、無作法は流してくれた。まぁ、お母様からして、若干飛んでる所のある人だからね。俺の今の無作法位は、どうってこと無いんだろうな。


「本日は、急にお邪魔して申し訳ございませんでしたわ」


 着ていた薄黄色のフワフワとしたフリルの付いたのドレスの裾を軽くつまみ上げ可愛らしい笑顔を浮かべお辞儀をする。


 九歳の王女様は、ちゃんと高貴な身分の者らしく急な来訪の非を詫びた挨拶をなさった。


「気にしないでください。ようこそ、このような森の奥深いところまでお越しくださいました。対したおもてなしも出来ませんが、お寛ぎ下さいませ」


 こちらも負けてはいられない。努めて挨拶を返す。


「………………。」


 何故だか、カルーア国王様が、物言いたげな表情をしているが、その辺りは気に止めないようにしておこう。


「では、狭いところでは有りますが、我が家をざっとご案内致しますね?」


 そうして、まず家の中央部に玄関となる部分が有り、入って右手に居間と台所が有る。

 居間には、八人掛けの大きなテーブルが有り、奥へ進むとソファーや暖炉等の寛ぎのスペースがある。

 長いテーブルと向かい合う格好の台所が有り、この三ヶ所は、ロの字の構造になっている。


 玄関から向かって左手の部屋は、お母様の工房だ。

 だけど殆どお母様は、ここを使うことは無かったから、今では俺の工房だな。


 工房では、様々な薬剤を作る。

 魔女の森によっては、採れない薬草や素材も有る為、他の森の魔女が買いに来たり、物々交換したりに来る事が有る為、ある程度は常に保管してある。


 後は、魔道工や魔物避けと言った道具類も作っていたりする。


 森の中には、魔物が忌避する木も自生しているので、そう言った材を使って加工するんだ。


 家の中をざっと案内して回り、現在庭のテラスに腰を落ち着けている。

 本来ならルシエラが動ければ、彼女がお茶の一つでも用意してくれるだろう。

 しかしながら、今この家で動けるのが俺一人だけだ。

 その事を事前に知っていたのであろう、カルーア達王族は、当然ながら給仕も連れてきていた。


 給仕の彼らの用意してくれたお茶で、一息付いているところだった。


「ヴィショップは、何処で魔法を習われたのですか?」


「え…と、さっき案内した工房にいた魔法技巧人間ルシエラに習いました」


「あら、あの人形が魔法の先生なの?」


「成りはそうですけど、ああ見えて優秀なんですよ?」


 だって、ルシエラの知識は、お婆様エリシアその物だもの。その辺りは、まるっきりお婆様の複製と言っても良い。


 物心付いたときから眠っているお婆様と比較して、人格は……どうかは分からないけど……。



「え、じゃあもしかして、は、お持ちでして?」


 シルビア王女から、聞いたことの無い言葉が飛び出した。


「……へ?ライセンス……?……何それ?」


「は?ライセンスも知らないのか!?」

 これまで沈黙で、愛娘であるシルビア姫と俺のやり取りを聞いていたカルーアが、口を挟んできた。


「えっと……。だって俺、殆どこの森から出ないし、人間の社会の情報なんかろくに知らないよ?」


 出るって言っても、王城に呼ばれた時と、服や布と言った材が欲しい時に、近くの町へ赴くぐらいなもので、あとは森の中だもんな。



「それも……そう、だったな。しかし、一度ぐらいは登録しておくと便利だぞ?」


「何がどう便利なの?」


「魔法協会で、ライセンス登録すれば、ランクに応じて仕事が貰える。あとは、出先で直に依頼を受けることも出来るし、咄嗟の時の信用にも繋がる。旅券の代用にもなったりするぞ」


「旅券……って、何?」


「国を跨ぐ時に必要な証明書だ。領を跨ぐときなら通行証が必要になる。こっちは、その都度、取る必要が有るが、ライセンスは、一生ものだからな。断然便利なんだ」


 そんなことも知らなかったのか……と、カルーアは、頭を抱えかけたが、娘の手前至って平静を装いつつ、努めて丁寧に異母姉に対して説明してあげた。


「それは、とった方が良さそうだね」


 この言葉を受け、カルーアは、一つ魔法協会に書状を送ったのだった。


『後日、ヴィショップと言う名の少女が、ライセンス登録に来るが、多少言動に不備が有っても気に止めないで見てやって欲しい……』



 この流れで後日、近くのの魔法協会でライセンス登録をする運びになったのだ。

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