第9話魔法技巧人形ルシエラ
エルダーズ商会主導の元、森の王都側から旧い道を繋ぐ格好で、木々の伐採及び新しく新設する道の整備が行われた。
凡そ、二ヶ月ほどかけて伐採が進み、正味三ヶ月の期間を要して、森の中に道が新設されたのだった。
これから暫く、馬車での往来が増えることから、石畳の道になっている。
後々、王女様も訪れるし、この森の魔女が、現国王の異母姉で、有ることも要因の一つだろう。
俺の名は、カルロ。王国騎士だ。
今日俺は、ランディー王子の護衛で、森へと向かっている。
例の、妹姫の呪いを解く交換条件を履行しに行くためだ。
不履行をすれば、王子の首に仕込まれた魔法の鎖が、現実となって襲いかかる……恐れがあるからだ。
魔女ってのは、存外用心深く、執念深い生き物でもあるのかもな。
確実に、相手が実行しないとならないような状況をわざわざ作り出すんだから…………。
凡そ、家のリフォームに必要そうな物は、事前に大工と瓦職人達が視察を行い、ピックアップ済みの為、今日は粗方の資材と職人とが魔女の家に向かっていた。
新しく整備された道は、実に快適だった。
前なら、道無き道を切り開いてとか、獣道を歩んでとか、大木を避けるために大きく迂回してとか……まぁ、散々な行程だったから。
そうこう感想を漏らしているうちに、あの家に到着だ。
正式に森から居住地への入り口となる所には、アーチ状に伝い這わせた薔薇が植えられていた。
赤とピンクと白の可憐な薔薇の花が、午前中の雨露を反射して光っていた。
アーチを潜ると、緑の芝が広く敷かれた広場のようになっていて、右手には家の雰囲気に似つかわしくない、黄土色のゴツゴツした岩が、置いてあった。
家の前、左手側には白いテーブルセットが、置かれていて、その椅子には、白いドレスを着た女が座っているようだった。
その女の足元に、ヴィショップは、しゃがみ込んで顔色を伺う様な格好をしていた。
「おはよう、ヴィショップ…。そちらは、お客様かな?」
ランディー王子がまず、声をかけた。
するとヴィショップは、立ち上がり振反って答えた。
「おはよう、ランディー王子。約束を果たしに来てくれたんだね?」
「うん、そうだよ。所でそちらは……?」
馬を降り、ヴィショップの元へ歩み寄りながら、その女性について尋ねようとしたところで、彼女が人でないことに気付いて言葉が消えた。
「これ?ルシエラだよ。魔法技巧人形のルシエラ。……でも、今は……ちょっと壊れていて、使えないんだ……」
言葉が進むにつれ、ヴィショップの顔は暗いものに替わって、うつ向いてしまった。
「そうか……」
こんな時、何と声をかけてやれば良いのか言葉が浮かばないランディーは、そこで止まってしまう。
『勝手に
その声は、壊れたと言われた当の人形から発せられた。
ギッギッギッ……
軋みをあげ、歪な動きでもって僅かに動き出した人形は、顔にヒビが入り亀裂は目元まで達していた。
腕も右片方が途中まで砕けたように破損し、同じく右が足が、グシャリと潰されたかのように壊れていた。
「え……と……?」
魔法技巧人形自体、初めてみるランディー王子達は、言葉が見つからない。
どう声をかければ良いのか……。
『大破はしていますが、
その辺りは、ルシエラ本人が補足を加えた。
「一回、本当に反応しなくなっちゃってね、壊れて駄目になったとばかりに思ったんだけど、昨日漸く目を覚ましてくれたんだ!」
………そして、こっぴどく叱られた。
目を覚まして、ヴィショップを呼んだ後、彼女の言葉はこの通りだった。
『……この部屋の空気は、何ですか?ちゃんと、お部屋の換気は、なされていたのかしら?』
静かに、ただ静かに問いかけるその声は、怒りが顕現する前の、準備段階だ。
火山が噴火する前の胎動を思わせる、恐ろしいものだった…………。
ルシエラの反応が途切れて以来、見るのも辛くなるから部屋にもロクに寄り付かなくなっていた。
当然、部屋は換気どころか、掃除もロクになされている訳が無かったんだ……。
降り積もった埃と、淀んだ室内の空気、自身の体に僅かに立ち込め出したカビの臭いに、ルシエラはぶちギレた。
『ヴィショップ!!あなた今の今まで、何をしていたのですか!?このままでは、私の体がカビてしまいますっ!明日は、私を天日干しにしてください!!そして、貴女は部屋を隅々まで掃除するのですっ!!』
ルシエラは、保有情報の破損状況の確認とメモリーをバックアップから掘り起こし修復する為、一旦全ての機能を停止させたのだとか……。
そもそも、ルシエラのこの大破自体、俺のせいなんだ……。
俺が勇み足で、禁じられていた赤い月の夜に、外へと出てしまったから…………。
『なりません、ヴィショップ!!貴女は、まだ外に出ても、身を守れないのよ!?』
森を守る為、仲の良い魔獣達の為、外へ出て、お母様の様に皆を守りたかった。
「だけど、森がっ!獣たちだって、何が起こるかわからないんだぞ!?それでも、放っておけって言うのか!?」
『ならば、家の周りだけです。それ以上離れてはなりません』
駄々を捏ねた、俺の我が儘を聞き入れたルシエラは、家の回りなら……と、家の外に出ることを許してくれた。
……だけど、それが間違いだった。
お母様が散々『赤い月の夜に、外に出るな』、『自分の身が守れるようになるまでは、駄目』だと言った意味が何だったのか、知ったのは、このときだった。
『旨い……旨そうな匂いがする……』
『何て、甘い匂いなの……そこに流れる赤い甘露を早く啜りたい……』
『ジュルリ……喰らいたい、俺、全部、喰らい尽くしたい……』
家の結界を出た途端に、そこかしこから聞こえ始めるその声に、恐怖に竦くんで動けなくなった。
普段、彼等からそんなことを言われたことが無かったのに、その日の彼らは狂ったように俺をエサとして見なした目を向けてきた。
「な……んで…………?」
『ヴィショップ、
痺れを切らしたルシエラが、退避するよう促したのに動けなかった……。
そして俺に、赤い月に狂った魔獣が飛びかかってきた――!!
シュバァッ――!!
『ヴィショップ!!さぁ、早く!家に帰りなさいっ!!』
ルシエラが、攻撃魔法と結界で防いでいるうちに、俺はソロソロと逃げた。
背後で、ズシャアッ…バキバキッ……と、鳴る物が砕ける音を聞きながら、逃げたんだ…………。
庭に重い足取りで、ヨロヨロと辿り付き、地面に倒れ込んだ。
後悔と、悔しさと、恐怖と、ルシエラを犠牲にした贖罪の念とが、ゴチャゴチャに入り交じる中、嗚咽を漏らし、泣くことしか出来なかった…。
「ごっ、ごめんっ……ごめん、なさいっ……!
……………ルシエラ…………」
庭の敷地外では、まだ獣の咆哮が続いていて、時折魔法が放たれている音が聞こえていた。
魔法の音が聞こえる度、ルシエラの無事を感じつつ、……だけどあの時の背後での音は、彼女が無傷では無いことを物語っていた。
朝方近く、……ルシエラが、帰ってきた。
頬には、少し砕けた跡と目元まで亀裂が走っていた。
片腕は、大破したように、大部分が砕け散り、片足は、グシャリと潰されたように歪んでいた。
ヒョコヒョコと足を引きずりながら帰って来た。
「ルシエラ!ルシエラ、ルシエラ、ルシエラ………………うぅっ!!」
ただ、彼女にしがみついて、泣きじゃくっていた。
物心ついたときからの、ずっと側に居た姉のような存在で、母のようでもあり、魔法の師でもある。
そんな、彼女を俺の我が儘で傷付けた……。
失いたくない、大切な人なのに……。
本当は、家の横に隠されているお婆様の工房に入れば、彼女のスペアが有る筈なんだ。
だけど、お婆様の工房には入れない。
ルシエラでさえ、解くことの出来ない結界で封じられているから……。
だから、ルシエラはお母様の工房に安置したんだ。
それから毎日、彼女が機能を停止させるまで、毎日通ったよ。
ある日、話しかけても何も言わなくなったんだ。それから俺は、工房に足を向けなくなっていった……。
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