エスターナリア編

第1話エスターナリア王国からの使者


 お母様が、封印の眠りに就いて程なくして、魔法技巧人形ルシエラは、その機能を停止した。


 いよいよ、一人きりの生活になった俺は、森での一人暮らしを始めて直ぐに、色々な不便に直面した。


 まず、体が………小さい。


 そう、小さいんだ。


 何か食器を取ろうにも、高い場所だとイチイチ椅子を運んで、高さを調整しなければならない。

 そして絶対的に、肉体的なパワーが不足している。

 何かしようにも、力が足りない、絶対的に足りてないっ!!


 だって、5歳だよ?


 何てったって、5歳!!


 もうちょっと大きくないと、色々不便で仕方が無いんだけど………。


 一体、どうやったら………体は大きくなるのーっ!?お母様――――っ!!!



 その日から、魔法技巧の一つ『魔導人形』を作ることを決意した。

 魔導石と言う石を中核に備え付けて動かす仕組みだ。

 俺はこれを、頭脳あり、魔法行使も有りの万能型人形として造り上げるつもりだ。


 勿論、最初から上手く出来るわけがないので、その都度改良を重ねるつもりだ。


 まずは、素材集めからスタートだ!




 ◇◇




 ある日の昼下がり、森の中がにわかに騒がしくなった。


 ドドドドドッ………と、馬蹄の音が鳴り響き、大きな体の騎士と覚しき一団が、森を訪れていた。


「我はダリアス・ブレンダ。エスターナリア王国の騎士である。王命によりこの森へ参上した!森の賢者殿は、ご在宅か!?」


 馬を下りると地面に跪付き、一番偉そうな男が言上を述べる。


 焦げ茶色の縮れ毛に口髭が蓄えられた、恰幅の良い厳つい印象の大男だ。

 他の騎士もこの男の裏で同じように跪付き、頭を垂れていた。



『主』付の森の魔女は、『森の賢者』とも呼ばれる。安定した気質と魔力、森から受ける様々な恩恵を駆使して、様々な良薬を作ることから、そう呼ばれるのだ。



 その時の俺はと言うと、昼食も済ませた後で、午後の昼寝を楽しもうとしていた所だった。


 家の裏手の木陰に渡したハンモックに揺られ、心地の良い眠りへと落ちかけた所だった。


「誰よぉ~?こんな時に……煩いなぁ~」


 寝惚け眼を擦りながら、表の気配に気を配る。居留守でも使おうかと思ったけど、下手に居留守にすると家捜しでもしそうな連中にも見えた。


 渋々、本当に不本意だけど、仕方なぁ~く、出ていってやるか…………。




「賢者殿!賢者殿は、ご在宅か!?」


 痺れを切らしたのか、騎士達は立ち上がり家のドアを叩き出していた。


 鍵は掛かっていないから、そのうち本当に家探しでも、しそうな雰囲気だった。



「昼日中に煩くしているのは、あんた達か………?お陰で昼寝も出来やしないじゃ無いか……」


 文句を言いながら出て行ってやると、振り返って俺を見た騎士が、家人の在宅に取り合えず安堵の表情を浮かべた。


 今の俺の格好は、足元でぎゅっと裾を絞ってある動き易い白いズボンと、ラフでちょっとよれ感の出始めた青い長袖だった。

 男の子に見えるように、髪も肩口に切り揃えて、短く縛ってあるから、パッと見イタズラ小僧風になっている………つもりだ。


「この家の者かな?この家の賢者殿は、何処にいらっしゃるのかな?知っているか小僧?」


 騎士が尋ねてきたので、素直に答えてやった。別にその辺りを隠し立てする必要は無いからね。


「………俺だけど?」


「………は?」


 その言葉に、騎士達は、一瞬固まった。

 ………いや、本当に、目が点となって一瞬固まったんだ。


「だから、俺だけど?この森の賢者は、今は俺なのっ!」


 騎士の目が、『嘘だろ~』とでも言いたげな目付きになっていた。


「イヤイヤ、嘘はいかんよ


「嘘なんか付いてないしっ!」


「……おいこら、小僧…俺達が用があるのは、だ!だ!!だ!!お前みたいな糞チビじゃないっ!!」


 若い騎士がそう言い、俺の首根っこを掴み上げた。


「うわっ!何をする!?下ろせよ、こらっ!!」


 全身をバタ付かせて抗議をするが、そこは大人と子供の体格差、悲しいことに抵抗すら出来なかった。


「んで?森の魔女は、何処だ?」


「だーかーらー!!俺が、その魔女なんだってばっ!!」


 尚も主張するが、信用してないらしく、ジトーッとした目で睨まれてしまう。


「カルロ、相手はまだ子供ですよ。そろそろ下ろしてあげたらどうです?」

 物腰柔らかな、金髪碧眼の騎士が俺の首根っこを掴みあげるカルロを諭す。


「小僧……見え透いた嘘はいかんぞ。ロクな大人にならんからな。」


 そう言うと、その騎士カルロは俺の体を地面には下ろしてくれた。


「仲間が手荒ですみませんね。悪気は無いんで許してください」

 にっこり微笑む、物腰柔らかな若手騎士は、肩口で髪を結わえたイケメンだった。

「私は、ライセルと言います。君のお名前は、なんと言うのかな?」


 カァッコイィ――!!!


 ……はっ、いかんいかん!!私…俺は、今は、男だ!!


 何ときめいているんだか!!


 大人になるまでは、男の子のフリをしていろって、お母様が言ったんじゃないか!?


 危うく、年相応な女の子の反応になるところだった。

 危ない、危ない。


「お、俺の名前は『ヴィショップ』だ!」


 ドヤ顔で、自己紹介をしてみた。

 何をやっても、5歳児なら可愛く見えるでしょ?



 騎士達の中で、『森の賢者』不在説が決定的になり始めていた。


「事は、急ぐが……いないなら仕方が無いか……」


 諦める言葉を呟くが、嫌にその表情は暗く重いものだった。


 何か、重要な用件だっのだろうか???


 森の魔女である事を信じて貰えず、用件もわからないのでは、要望に答えようもない。



 騎士達の中に、諦めが漂い始めた頃、森の中に更なる馬蹄が響き、一人の人物が姿を現した。その人物の姿を見た騎士達は、慌ててその人物に跪付いた。


「ランディー王子!!」


 そう呼ばれた14歳頃の少年は、黒髪碧眼のキリリとした顔つきだった。

「御苦労だったね。それで、森の賢者には会えたのかい?」


「い、いえ……それが、今日は不在のようで………」


「不在?そこに居るみたいだけど?」


 ランディー王子の視線の先には、小さな小僧……ヴィショップの姿があった。



「「「えええっ――!!?」」」



 騎士達は、信じられないほど驚いた顔付きで、俺の方を見た。



 おっ、おうっ!俺がこの森の魔女のヴィショップ(エイセル)だぞっ!!


 ランディー王子の言葉に、俺は胸を張って騎士達と対峙した。

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