外伝聖獣、翼獅子王の物語Ⅲ

 街道から逸れ、岩だらけとなり始めた広野をひた走る獣の群れがあった。


 黒毛の狼を先頭に、青銀色の狼と、栗毛色の狼、翼の有る金と銀の獅子がそれぞれ一頭ずつ走っていた。


「もうすぐです!」


 黒毛が先導する先にあったものは、大きな岩が組合わさって、内部に空間が有る場所を見つけた。


「…ああっ!!」


 内部は、悲惨な状況だった。

 引き裂かれた魔狼の無数の死骸と、内蔵や血液が岩肌の高い位置まで飛び散った光景が広がっていた。


「あ、あ…あ……ぁああああっ!!!!!」


 間に合わなかった!駆けつけたのに……。

 ―――――無駄だったのか!?

 魔女に…力有る魔女に救いを求めても……やはり、あの卑劣な魔女の方が上手だったのか!?


 黒毛の魔狼の叫びは、悲痛を極めた。

 ここに隠っていたのは、一族の大半だった。

 残りの殆どは、魔女の指示であのお姫様の襲撃に駆り出されていた。

 第一陣精鋭部隊は、最初の襲撃でサムスに襲いかかったもの。次の第二部隊は、オルヴィスの魔法に敗れた。この幼さを脱却したばかりの黒毛がいたのは第三部隊。

 もう、この魔狼の一族に戦闘力の有るものは残っていなかった。


 ここにいたのは、年寄りと負傷した魔狼、それに幼い魔狼だけだった。





「ゥウオオオオーォォン………」



「アオオォォォ………ン」






 黒毛の魔狼は、悲しげに遠吠えを繰り返していた。






「………………て………た……か…」


 遠吠えを繰り返し、悲しみに暮れる黒毛を他所に栗毛と青銀の魔狼、金と銀の翼獅子は、その空間の中を探索していた。




 ………生存者の存在をだ。




 そして、それは見つかった。



 息も絶え絶え、老齢に加えいつ事切れてもおかしくは無い程の裂傷と、出血だった。


「ラファル!!回復を頼む!!!」


 銀獅子グリフィスが、金獅子ラファルを呼ぶ。


 ふわりと翼をはためかせ、金獅子ラファル銀獅子グリフィスの元に舞い降りた。


「生存者か………。『命の灯火よ消え逝かんとする魂よ、その器よ…聖なる光の元、今一度その命に祝福を与えよ超回復ハイヒール』」


 ラファルが、ヴィショップに習った魔法の一つ、『超回復ハイヒール』。


 練習の時には、彼女が手を添えて魔力の流し方を調整してくれていた。

 今日は、自分一人でやる。

 ラファルは、何処までこの魔法が発動してくれるか不安でもあったが、目の前の傷付いた魔狼を放置できるほど冷血管でもなかった。


 詠唱と共に、金に光る粒子と白い粒子とが混ざり合い、何とも言えぬ美しい輝きが漂っていた。


超回復ハイヒール』そう唱えれば、その光は急速に傷付いた魔狼に吸い込まれ、魔狼の傷口が一瞬光りスローモーションを見るかのように、傷が治っていった。


 傷口は治った。しかし、ダメージが酷かったせいか、急には起き上がれないようだった。

 何か、微かに口が動き喋っているが、魔力が切れたのか念思も飛ばせぬ状況では、同族でもない限り聞き取れない。


「おい、黒いの!生存者が、いたぞ!!」


 その一言で、悲歎の泥沼から光を取り戻した黒毛の狼は、一直線に駆けつけてきた。


『ロブナ爺………!!!』


『やっと…来たか………。子狼は…お前の妹達は無事だ…今のところは…』


『何処にいるのは!?僕の妹達は!!?』



 黒毛の魔狼の問に、息も絶え絶えの弱々しい声で、倒れた老齢の魔狼は答えた。


『………あの魔女のもとだ…。人間の娘の代わりに…血を啜るとか抜かしておった…。だがあの子達は、まだ小さい。もう少し大きくしたら食すのだと……だから、まだ大丈夫だ………』


『な、何でそんなことが言い切れるの!?』


 なんの確証があって、幼い妹達がなのか、不安と不審で心が閉めていた。



『それに…当面の分は、確保出来たはずだからな………。なぁ……出来るものなら……皆の仇を……』


 そこまで口にしたところで、老齢の魔狼ロブナ爺は、息絶えた。


 魔力の高い魔狼の肝。

 辺りを見渡せば……体が引き裂かれ、内蔵が飛び散った死骸が多かったのは、魔力の高い魔狼から肝を取り出した為か……。


 ロブナ爺が、生かされたのは裏切り者への見せしめと誘き寄せのため。


 ともなれば、ここにも仕掛けが有るはず………。


「直ぐにここを出ろ!!崩れるぞ!!!」


 そう言うのと同時に、ピシッピシリッと、岩のひび割れる音が鳴り響き凄まじい勢いでの崩落がはしまった。


 頭の上を細かな破片が碎け落ち、大きなものも小さなものもバラバラ、ガラガラ落ちる度に地響きが大地を揺らした。


 全ての岩が碎け、先程まであった空間が砕石に埋まった。


 ギリギリの所で、五頭は脱出を果たし命を取りもめることが出来た。






「くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!!!」




 黒毛の魔狼よりやや年上の四頭は、ただこの魔狼の気持ちが落ち着くのを待ち続けていた。




 どれだけの時が経ったのか、黒毛は改めて決意を固めた。


「ごめん、俺の事に付き合ってもらっているのに………。俺は、妹達を助け出したい!その為なら何でもするから……だから助けてくれ!!」


「ああ勿論だ。その為に来たのだから」


 ラファルをはじめとして他の三人も、黒毛の妹をたすけることに改めて同意した。





「さぁ、行くぞ……!!」


 束の間の休息と、再装備を果たしは、卑劣な魔女との戦いに挑むのだった。




 ◇◇◇





 小さな村の外れ、山裾の森の端にその家はひっそりと建っていた。

 その家の中一人の女が、テーブルに生の肝肉を載せ、ナイフとフォークを握りしめ、その肉切れを口に運んでいた。


「うふふっ……人質にしておいて正解だったわ♪戦闘では、役に立たない魔狼でも魔力の足しには成るのね。こうして、私の血肉となれるのだから、感謝して欲しいものよね~」


 これで私は、後十年………いや五十年ぐらいの延命を図れるはずだわ!


 一枚、二枚と食べ進め……味と食感とお腹の限界が訪れた。


「うっぷ…流石に全部は無理だったわね……残りは、塩漬けにでもしておこうかしら?」



 カランッ…カランッ…。



 家の周囲に張り巡らせた鳴子の音が鳴り、侵入者を知ることが出来た。



「あらやぁね、人の邪魔をするだけじゃ飽き足らなかったのかしら?」


 そう呟くと、部屋の隅に置かれた木偶人形と傀儡人形に魔力を通し起動させた。


「さぁ、私の木偶達よ……楽しい楽しい遊戯の時間の始まりよ……」


 カタッ、カタッも音をたてながらその木偶人形達は動き出した。





 ◇◇◇




 木々の合間に張り巡らされた、か細いその糸に足を引っ掻けたのは黒毛の魔狼だった。


「ご、ごめんなさい~っ!!」


 すかさず黒毛の魔狼は謝ったが、じぃーっと、黒毛に集中する年長者四人の視線が痛い…。



「まぁ、バレてしまったものは、仕方が有りませんか」

 青銀の髪のシェリスに、栗毛の青年クルドが答えた。


「……だね。これがラウドだったら無計画の正面突破だからね。まぁ、今回とそうは変わらなかったんじゃない?」


『小細工なんざ、性に合わねーっ!!正攻法、正面突破有るのみだーっ!!』


 とか言って、駆け抜ける赤毛の青年の姿が目に浮かんだ四人だった。


「それを言ったら元も粉も無いような気もするが……」

 とは、グリフィスが。

「奴ならそうだろうな。ただの熱血バカだか

 ら……」

 ラファルはラウドをその様に評価した。





 何処かの街道で、赤毛の青年がくしゃみをしていたかもしれない。

「ふえっくしょい!!何だぁ?誰かの悪口か!?」






「隠れだてしても、今更ですからね、出るところに出ておきますか?」



 シュッ!!…………タンッ!!


 シェリスがそう言ったところに、眼前の木の幹に矢が突き刺さった。


「来たようだな……。気を付けろよ?」


 ラファルが注意を促し、四人は散開する。


 黒毛は銀髪の青年グリフィスと共に駆けていった。

「どんな手を使ってくるのか分かる?」


「さあな、私達も魔女との実戦は初めての事だからね。予測もつかないよ……」


 そう言いながら駆け抜ける合間にも、二人の回りには矢が突き刺さり、中々に相手も諦めてはくれないようだった。


「『物理攻撃無効果』!『防御結界』!!」


 二つ同時に魔法を発動させるなど、聖獣我々では、思い付かない事だった。


 大抵は、攻撃に特化した魔法を好んで使い、後は肉弾戦が主流になる。

 立ち上がり、組み合ったときの当たりの強さと、広げた口の大きさや咆哮の力強さ…そして決闘に入るのだ。


 しかしながら、今回戦う相手は魔女、同じ聖獣や魔獣ではない。


 結界と防御力を強化して振り返り、相手の出方を待った。



 カタカタカタカタ……ザンッ…!!


 現れたのは木製の木偶人形数体だった。


 キリキリッと、矢をつがえ弓を絞る。

 狙いを定める前に、一人と一匹は動きだし間合いを詰める。

 一人と一匹の動きに木偶は、矢の狙いを定められず矢先が宙をさ迷っていた。



 その隙を逃さず、グリフィスの剣が木偶人形を切り伏せた。


 グリフィスに狙いを定めた木偶を黒毛の魔狼が噛み砕き、動きを止めた。









 広く開けた所で、件の黒髪の魔女と彼女の操る傀儡人形とが現れた。


「あらあら、賑やかなお客様と思ったら……いい男じゃない…♪♪」


 ペロリ……


 魔女の女は、濃い紫に塗られた唇を舐め、一人の金髪の青年を舐め回すように見た。


「良いわね、森持ちと言うだけで、こうまで使い魔に差が出るなんて……。でもね、私だって、伊達に生きてきた訳じゃないのよ?あんな小僧被れの小娘に負けるものですか!!」


 そう言うと、黒髪の魔女は傀儡人形を操り攻撃を仕掛けてきた。


 傀儡人形……人形とは言え、その出で立ちは艶かしい装いだった。

 両肩が露出し、片方にだけ斜めに生地が掛けられ、胸元を強調する菫色のドレスを纏っていた。

 金髪の緩やかな巻き毛に、翡翠の瞳。白い肌が透けるようで、決め細やかで美しい……まるで生きた人間の女性、その物だった。


 その佇まいはまるで、高貴な身分の淑女の様な…………。



「うふふふっ……。これ、何か分かっちゃったかしら?」


 黒髪の女は薄く笑う。


「……さあな。だが……ロクな事には使って無いようだな?」


「そうよ~。この子はね、力を求めるあまりこの私に命も身体も捧げたの。この子の肝を得たから、私はこんなにも若返ったのよ?そして……この子のお陰でかの皇国は私の言うことを聞いてくれて、あの国の姫君も手に入る筈だったのに……ねぇ?」



 黒髪の魔女と、金髪の傀儡人形。双方から異なる魔法が発動され、ラファルに襲いかかる。


 黒髪の女からは黒い霧が発生し、金髪の女からは炎の塊が幾つも生み出されラファルに向けて凄まじいスピードで飛んできた。


 その、炎の塊を避け剣で切り捨てた瞬間、ボウンッと、炎の塊が炸裂した。


「あはははははっ……!馬鹿ねぇ!こんな古典的な手法に乗っかるなんて!!主も若けりゃ使い魔も幼い…赤子同然ねぇ……」


 爆風で弾き飛ばされたラファルに黒髪の魔女は近寄り、拘束の魔法を発動した。

 大地から黒い滑る様な鎖が這い出てきて、ラファルの四肢に絡み付く。


 大地に縛り付けられたラファルに女は囁く。


「今なら…お前を快く迎え入れてあげるわよ?あんな幼子より私を選びなさい……お前のように美しいもの…私がたっぷり可愛がってあげるから……」


 そう言うと、女はラファルに触れようとした。


 だが、それは叶う筈もない。


 ラファルは、ただの魔獣とは違うのだから!!



 ラファルから金色に輝く炎が吹き出し、黒い鎖を焼き去ると、魔女の首を片手で鷲掴む。


 首を掴むラファルの腕から魔女に金色の炎の熱が加えられる。


「ヴワアァァァァァ…!!」


 魔女が叫び声を上げながら傀儡人形を操ろうとするが、大地から突き上げた黒く鋭い針の様な物に全身を刺し貫かれて流血をしていた。


 瞳の色は失われ、口から血が流れていた。

 その後は、急速な腐敗と白骨化が進みやがて砂のように消え去っていった。


「……ア……ア……」



 残された魔女は何を言おうとしているのか……。

 ラファルは、その手を離した。


「お…ま……達に……森の……魔女に…何ガ……カル!…………地を…這う……魔……の……」



 黒い魔女の遺した最後の言葉。

 ラファル達を送り込んだヴィショップへの怨嗟の言葉だった。


 それを聞き届けるとラファルは、黒髪の魔女の胸を躊躇うこと無く突き刺した。




 ◇◇





 黒髪の魔女の家の中。

 半地下となった檻の中に幼い魔狼達は閉じ込められていた。



「リーフィ!ルーナ!」

 黒毛の魔狼は、妹達を見つけ一瞬だけ喜んだが、周りを見れば妹を含め連れてこられた時に大分痛められたのか、命に別状は無さそうだが、重症の者が数頭いた。


 ヴィショップに持たされた薬だけでは足りそうになく、ラファルは共に暮らす仙鳥のフィールに念思を送ることにした。




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