第9話クロードの森
街道を抜け、平原をひたすら東へ向けて歩いていく。
バサッバサッと羽ばたく音が聞こえ空を見上げると、上空から、二匹の翼を持つ聖獣が、降りたってきた。
「来てやったぞ、ヴィショップ。一体何の用だ?」
金獅子ラファルが、上から目線で到着を告げる。
「我らは忙しい。些末事に関わっている場合では無いのだけどね」
銀獅子グリフィスも、至極迷惑を被ったとでも言いたげに続く。
保護したときからずっとこんな調子で、否友好的なのは、金獅子の聖獣ラファルと銀獅子の聖獣グリフィスだ。
「ごめんごめん、だけど君達の協力がどうしても必要なんだ。それに、君達にとっても悪い話じゃないから」
そして、事のあらましと、やって貰いたい事を話した。
『お願いだよ!俺の家族を……一族を救ってくれ!!』
黒ちゃんは、必死に上位種である聖獣翼獅子に懇願した。
「成る程な……例の武器を試す、いい機会でも有るわけだ」
「うん、本丸に攻め混む前の最終調整も兼ねて、実践で試してみるには、いい機会でも有るでしょ?」
「確かにそうだが……我らの習題に使われる黒狼は、少し気の毒だな……」
「それを言われると心苦しいけど……有りったけの加護とか付けるから、やってみない?」
『僕からもお願いします。そちらは習題かもしれないけど、貴方達が動くと言うことは、此方の利になるから……』
聖獣と呼ばれるクラスの種は、魔女よりも格が上であることが多い。
彼らが俺になつかないのも、その辺も由来する部分が大きい。
「分かった。あれらの効果の確認も兼ねて、やってやろうじゃないか」
本来、色付でもない黒狼(黒狼は、灰狼よりも格上)等の懇願など聞く必要はない。
今回は、たまたま此方の都合と合致したに過ぎないのだ。
だからこそ、請け負う言葉も上からになるし、物の言い方も上からのものになる。
「ふんっ、では力を貸してやるから案内しろ」
そう言うと、黒ちゃんを先頭に狼三頭と翼獅子二頭は、件の魔女の元に殴り込みを掛けに向かって行った。
「皆気を付けてね~!」
俺は付いて行かないのかって?
だって俺、まだ薬草の配達途中なんだよ?
今回は、全部、獣君たちにお任せだ!!
さっ、クロードの森はもう直ぐだ!先を急ごう!!
◇◇◇
クロードの森は、街道を抜けたら直ぐのところに森の影見え始めてくる。
後は森に向けてひたすら歩を進めればたどり着ける。
正味二時間、ひたすら森を目指して歩けば…ほらついた。
「西の森の賢者ヴィショップです。クロードの森の魔女クラウディアさんに薬草のお届けで参りました!」
なぜ直ぐに森に入らないのかって?
森に入る前に、害意がないことと、訪問の目的を伝えないと森の主の守護機構が、発動するからだ。
契約している、護らねばならない魔女を抱えている森は、他の魔女を侵入者として位置付ける。
だから、森へ入る前にちゃんと目的を伝えなくてはならない。
ちゃんと伝えておけば、迷うこと無くその森の魔女の元まで案内もしてくれる。
こんな風にね………。
カサカサ、カサカサ、ガサッガサッ、ガサッガサッ………。
木々が、幹を揺らし、森が僅かに割れていく。梢も、枝もそこからはズレて離れて僅かな開けた空間を作っていく。
そうやって、最短ルートでの道をつくってくれるのだ。
そんな道をひたすら歩いていく訳だ。
でも、流石にここまで歩き通しだとちょっとしんどい。
いやいや、これも修行の一貫である。
森を分け入って更に歩くこと小一時間。流石にもう足もパンパンだった。
そして漸く、クラウディアさんの家に到着である。
クラウディアさんの家は、割りとお洒落だ。
白塗りの壁、焦げ茶の甓屋根は、三角に尖り、焦げ茶の材木が剥き出た装いで薔薇がよく栄える様な外装をしている。
家って、その人の趣向がよく現れるよな~。
家はどちらかと言えば、ご隠居さんの隠れ家風ってのが強く出ているからね。
こっちは、町中で見かける洋館風でもある。
「御苦労様、やっと来たわね。疲れたでしょう?さ、中に入って休んで頂戴」
中にはいると、これまたお洒落な花瓶にカスミソウと薔薇が飾られていた。
壁には何処かの風景画、エントランスも広く取られている。
貴族の物とまではいかないけれど、正しく洋館だな。
居間へと案内された俺は、椅子に座り早速長テーブルの上に納品の薬草を取り出した。
「あら、もう出したの?どれ………」
クラウディアさんは、薬草を手に取り真剣な眼差しを向けていた。
「うん、いい仕事をしているわね。合格よヴィショップ。アニマ!この薬草を工房まで運んでちょうだい」
そう言うと、奥から黒い髪で耳と尻尾の生え、獣の口ヒゲも生えたた赤茶げたワンピース姿の女の子が出てきた。
「紹介するわね。私の契約獣、有翼猫のアニマよ。アニマ、西の森の魔女ヴィショップにご挨拶なさい」
『始めましてダニャ!アニマだニャ!良く来たんだニャ♪』
「始めまして。ヴィショップだよ。宜しくねアニマさん」
『さん付けは、テレるニャ~♪アニマでいいんだニャ!』
成る程、人化はしたけれどまだ中途の感じだった。………いや、まだ中途か。
何処と無く、声の質も人間とは少し違う。何となく、喋る声にエコーがかかったような感じなのだ。
アニマが、薬草を器用に魔法でプカプカ浮かせて持って行ったところで、クラウディアさんのお茶休憩を兼ねて歓談の時間となった。
「ヴィショップ、ここまで来るのに随分とかかっていた様だけど、あなた飛行挺は使わないで来たのね?」
「飛行挺は、家にあるけど乗り方を習ってないからね。お母様教えてくれなかったし………」
縦しんば教えてくれたとして、あの人の教え方で果たして理解できるかどうか………。
「あー、エリエスか……。あれね、擬音だけの説明で何を理解しろと言うのかってヤツね。……でも、ルシエラがいたじゃない。彼女は教えてくれなかったの?」
ルシエラは、全てに於いての俺の師でもある。
「ルシエラは飛行挺を起動できないんだ。魔女じゃなく、魔法技巧人形だから」
「まあっ!そうだったわね。それは、盲点てやつだったわ……。成る程、技巧人形じゃ使えないのか………」
クラウディアさんの最後の方は、俺に向けての言葉じゃない。何かを思い出して、精査するみたいな表情になっていた。
そして次の瞬間、はっとした表情になった。
「あなたまさかとは思うけど、一人だ来たの?」
「………いや、途中はではうちの魔狼達も一緒だったんだ。ちょっと色々あって、今は方々に使いに出している」
「そう?一人でなかったならいいんだけど……。使いに出したって、帰りは?まさか帰りは一人になるなんてこと無いわよね?」
「え~と……。場合によっては、一人かな?」
そう言うとクラウディアさんの顔面が蒼白になっていった。
―――え…何?何か不味かったの!?
「と、取り合えず…森を出てからの出来事を話してちょうだい!!」
***
「………と言うわけで、炎狼二頭はリスター皇国に行ってて、地狼と水狼と翼獅子二頭は、黒狼の群れの解放に行ってるんだよね」
粗方を話終える頃には、クラウディアさんの額から汗が滲み出していた。
「…いい?ヴィショップ、あなた直ぐ西の森に使いを出しなさい。残る使い魔は鳥ね…?迎えに来てもらいなさい!!直ぐよ?それまでは、うちに泊まってて頂戴!!」
クラウディアさんの慌てっぷりは、常に無い感じだった。
―――う~ん?何でそんなに焦っているんだろう??
「それからね、ヴィショップ…。オルヴィスには、あまり関わったら駄目よ?会っても、決して二人きりになっては、駄目ですからね!?あなたの体の安全が護れないから!!」
え?体の安全て何事………?
関わっちゃ駄目って、オルヴィスがオカマだから?
オルヴィス………男の人が好きなんだよな。
俺が女だということは、まだ知らないんだっけ?
まさか………男なら年齢問わずの嗜好の主なのか?
子供でも範囲内………?マジかっ!?
―――そうか!!だからやたとベタベタしてきたりしたのか!!?
「………わ、わかった。二人きりは極力ならないように気を付けるよ」
オカマの毒牙は、俺としても遠慮したいところだ。
その日は、お風呂と食事を用意してもらい、割りと早い時間に眠りに落ちた。
翌日、クラウディアさんの仕事の合間に一つの相談をした。
「あのですね、クラウディアさん、魔法技巧人形の…ルシエラの顔を作り直したいんですけど、そちらの方面て得意だったりします?」
「人形の顔?あ~私はパス。そう言うのは北のが得意分野ね。………ただ問題は………」
北の魔女は、極度の人見知りと引きこもりでもある。
森自体が標高が高く雪深い大雪山に有って、飛行挺では高度を上げられないから、途中から登山になる。
雪山登山だ………。
「え~と、連絡鳥を飛ばして…例えば鏡かなんかを使って転移なんて可能ですかね?」
昔、鏡の魔道具が異界に繋がったとか言う話を思い出したのだ。
異界から様々な知識を持ち込んだ魔女がいて、飛行挺もその一つだったりする。
「鏡界移動か!?そうか、その手があったな!!ふふっ、あやつ…北の白いのが嬉々として作ってくれそうね!!」
北の魔女は、人見知りでは有るけど、決して人嫌いな訳じゃない。
ただ、契約した森が、余りにも人里と離れ過ぎてしまったため、夏の僅かな期間しか交流が出来ないのだ。
その辺りの提案と、相談はクラウディアさんが連絡鳥を飛ばしてくれると言うことになった。
なので、あちらからの返事を待つ間、クラウディアさんの仕事の間に飛行挺の操作方法を習うことになったのだ。
◇◇◇
魔女たちの使う飛行挺。昔、何処かの魔女が鏡を異世界に繋げた事で持ち込まれた道具の一つ。
金属を精製し、作り上げた人が立って乗るタイプの形で、両サイドにアーチ状の持ち手がついている。
他にも、中央部を円で囲ったような形のものもあったりする。
起動には、浮游石と爆風石が使われている。
これらに魔力を流して、浮游と推進を行うのだが…割りと加減が難しい。
「その調子!その調子ぃぃ!!なかなか上達したのだニャ!!」
最初の三日程はクラウディアさんも見ていてくれたが、後半はアニマ一人が見守ってくれていた。
一週間ほど待って、北の魔女から手紙が届いた。
白い髪を片口に切り揃えローズクオーツのような赤い瞳が特徴の、十四歳ぐらいの可愛い少女だった。
『はじめまして、北の森の魔女リュネスなの。いいアイデアを、ありがとう。夏ごろには鏡界移動魔道具、完成するの。届けるの。楽しみにしててなの』
なんか、可愛い見た目と反して、割りと無表情と言うか、感情の読めない表情の人だった。
笑えば可愛いのになぁー。
なんか、勿体ないな。
「俺は、西の森の賢者ヴィショップだ。こちらこそ宜しくお願いします…」
『うふふ。鏡界移動魔道具が完成したら、私の森に招待してあげるなの。楽しみにしててなの…うふふ………』
そう、笑いながら通信は途絶えた。
う~ん。なんか、この人も特徴的な人だなぁー。
通信終了と同時に、フュールとフィールの二羽が森の外へ到着した知らせが届いた。
これで漸く、家に帰れるってものだな。
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