第21話騎士学生の学園での処罰の行方は?

 騎士学校、寄宿寮を無断で抜け出して、早五日が経った頃、ダリル達五人は漸く学校へと戻ってきた。


 どの面下げて戻ればいいのか、そしてキツく叱られるであろう事、ライセルさんは、『退学は無いかも』と言っていたけど、そんな事は気休めでしかない筈だ。


 倫理と規律に反したのだから、間違いなく退学だろう。


 何度も、何度も、深く、深く深呼吸をする。


 そうして、震えて萎える気持ちを叱咤し、学校へと踏み込む一歩の勇気を奮い立たせる。


「………行けるか?」

 連れ立つ、四人の仲間に決意の程を確かめる。振り返れば、頷き同意を示した四人だった。

「行こう、グズグズしていたら、始まらない」


「謝るだけ謝って、退学ならそれでも仕方がないよ」


「父さんが、助かったんだから、それだけでも、もう十分だよっ………」


「ま、何つーかさ……。成るように成れって、やつだ!!」



 そうして、彼らは学校の門を潜ったのだった。



「騎士学校寄宿生、三年ダリル・ブレンダです。……無断外泊から戻りました……」


 心を決めて、帰ってきたと言うのに、言葉尻は萎んでしまった。


「同じく、シェロン・トレイバンです。無断で抜け出して申し訳有りませんでした」


「レイヴァンです。同じく、無断外泊から戻りました」


「カーズです。すみませんでした」


「ロイです。無断で抜け出してすみませんでしたっ!」


 銘々に謝罪の言葉と帰還を告げるが、ここは入り口、相手は守衛……。

 この先に進み担任、学年主任、学長、学園長の前で謝罪をせねばならないからな。

 そして、この騎士学校は、王家の直轄でも有るから、勝手な事をした今回の件は、反逆罪と取られても仕方が無かったりする。


 先に進むことを許され、重い足取りで歩みを進めると、校内の生徒から痛いほどの視線が向けられた。

 皆、ダリル達を認識すると顔を見合わせ、そこかしこでヒソヒソ何かを話していた。


 針のむしろとは、この事を言うんじゃないのか………?

 そんな心境でこの学校の校長室までの道程を歩き続けた。


「ダリル、シェロン、レイヴァン、ロイ、カーズ!無事帰ったか!お前達、とんでもない事を仕出かしてくれたな……!!」

 鬼の形相で、駆けてきた担任のバウマンが、出会い様に雷を落としてきたかと思った。

 しかし、雷にしては威力が弱い……と、言うか表情も怒りからと言うには少し不自然だった。


「何はともあれ、まずは校長室だ!!行くぞ、ついてこい!!」


 担任の先導で、校長室まで通されそして最後の審判を仰ぐ時が、訪れることになった。


 コンコンッ!


「バウマンです。例の五人を連れて参りました……」


 扉の中には、既に校長を始めとした、各学年の学長や、教科主任、見た事の無い騎士服の……多分お偉いさんが、ズラリと待ち構えていた。



 ゴクリッ……。



 想像していた光景と、若干の違いに違和感を感じながらも、先ずは事の次第の謝罪をした。


「か……勝手に寮を抜け出して、馬を盗み逃げ出す真似をして……騎士にあるまじき行いでした!!申し訳有りませんでした!!」


「「「「………申し訳有りませんでした!!」」」」


 全員で頭を下げて謝罪をした。




「何を言っているのだね?君達は……?そんな事より、凄いぞ君達!!」


 にこにこ学園長のトレヴァンは、ラウド達に歩みより肩をバンバン叩くと、上機嫌で話を続けてきた。


「近頃は、中々動いて下さらない、気難しい事で有名な西の森の魔女を動かしたんだ!騎士団だって、遠征前には森を訪れて頭を下げたのにだぞ!?………しかも今回の事は、国王直々の命だそうじゃ無いか!こんな事は、我が校始まって以来の異例も異例、超異例な事だぞ!!」


 学園長の機嫌が良すぎて興奮しているのか、声も大きく矢継ぎ早すぎて、言っている内容の整理が追い付かなかった。


「………え?」


「まだ学生でしか無い君達に、西の森の魔女の動員を依頼するとは……いや~ダリル、君がダレアス団長の息子だったから白羽の矢が立ったのだろうけど……。あの魔女を動かしたんだ!これは、名誉な事だぞ!!」


 学長まで、その様なことを言い出した。



 ………いつ、国王様から直令を受けたことに成ったんだ!?



 大人達の、次々起こる賛辞を整理していくとこうなる。


 ここ数年、気難しさを増し、あまり依頼を受けなくなった西の魔女。住まいの有る森への道も閉ざされがちで、たどり着くことすら困難に成り始めた矢先のこの遠征。遠征前、西の森の魔女にも同行を求めたが、断られた。


 その魔女を内密に、同行を依頼し見事にそれを成功させた。

 そのお陰で、第三騎士団及び各地の騎士団も壊滅的な被害を免れた………と。


 ヴィショップを連れて、第三騎士団の元へ赴いている際、森の工房からかなり高品質の回復薬等を譲り受け、他の騎士団に回したらしい。

 お陰で、即死を免れた騎士の大部分が、欠損も含めて回復し、失職を免れることが出来たとか………。



 な、何か………知らぬ間に凄いことになって居ないか!?


 ダリル達は、頭が真っ白になっていた。

 知らぬ間に、『騎士学校の英雄』とまで言われるようになっていたのだから………。


「君達が、西の魔女を動かしてくれたお陰で、我が第四騎士団並びに他の騎士団も、深刻な被害が残らずに済んだよ。有り難う、感謝するよ」


 騎士服の男は、第四騎士団の団長だったらしく、目上の相手に頭を下げて礼をされるのだ、五人はあたふたして畏まった。



 ***



 学園長室を出た後も、他の生徒からチラチラ見られ続け、人目の付かない裏庭で漸く腰を落ち着けた五人は、先程までの出来事から事態を整理することにした。


「な、なぁ……一体、どうなっているんだ?」


「知るかよ!俺の方が聞きたいよ………」


「何か………とんでもない事になってるよな、これ……」


「いつの間に、国王直々の命、何て事になってるし……。いや、お陰で退学は無くなったけど………」


 今になって、ライセルさんの『退学は無いかも』の意味は理解出来た。


 それどころか、騎士学校始まって以来の快挙だとか、栄誉な事だとか、祭り上げられる事態になっていた。


「考えられるのは……ヴィショップだよな」


 西の森の魔女、ヴィショップの差し金……。これは、理解出来た。


 そうとしか考えられなかったが、僅か七歳の少女にその様な奇蹟が可能なのか!?



 真相の全容を理解できない、この五人の胸中は………察してやってください。




 ***



 今日も、エスターナリア国王、カルーアの元に白く輝く魔法の鳥は飛んできた。

 その姿が融けると靄となり一人の少女の姿を映し出す。


「姉上、有り難う御座いました。お陰で他の騎士団も深刻な被害が残らずに済みましたよ」


『それは良かった。あの子達の件も、上手く取り計らってくれた?』


「それはもう、ロベルトが知恵を回してくれましたからね……ククッ」

 かなりの無茶振りをした自覚は、有ったけど、ロベルトさんの冷静沈着な性格からするに、上手い事取り計られている筈だった。


 しかし、聞かされた内容に、ヴィショップは、ダリル達のが、少し気の毒にも思えた。


『……何か、仕掛けたわね。あの子達、何にも知らないからさぞや驚く事態になったでしょうね』


「貴女が最初から動いて下されば、こんな事態でも無かったと思うんですけどね?」


 カルーアの言いたいことも分からなくもない。最初から魔女が願いを聞き入れて動いていれば、この様な事態を防げていたかもしれない。

 しかし、自分の森の安全が最優先だし、他の事情も有るのだ。


『仕方がないじゃない。魔女が人間の助けを聞き入れる条件は、様々なんだから……』


 そう言い、ヴィショップは口先を僅かに尖らせた。


でしたっけ?貴女の条件は……」


『そう、心に響かなければ、私は基本的には自由だけど、色々と縛りが有るのよ、これでも』


「その一つが、肉体の成長の遅延ですか?」


『ふふふっ……背負わされた、持って産まれた宿とやらのね。生き残れる確率を上げる為の、力の封印なんですって。お婆様や、お母様達が、何を考えて何をしようとしているのかは、まだ解らないけどね。それじゃまた、何かの時には連絡するわね』


 そう言い残し、幼い姿のままのヴィショップの姿は消え去った。



 持って産まれた宿命……内容は聞かされてはいないけど、わざわざ姉の存在を隠すように森の中に押し込め続けているのは、何か事情があったのだろう。


 いつか、父から聞いたことがあった。

 姉の妊娠を知ったときに、エリエスを王室に迎え入れる話が持ち上がった事。

 最初は、ヴィショップの母エリエスも飛び上がって喜んでいたのに、お腹が目立ち始める頃には、その姿を眩ました。


 新しく国境沿いに森が発生し、調査に赴いた王が、森の奥に建てられた小さな家で、エリエスとその胸に抱かれた赤子を見つけたのだ。


 城に連れ帰ろうとした王に対して、エリエスは、森からは出られないと言った。

 産まれた子供の、背負わされた宿命から身を守るためには、今は、まだ森の中に隠匿し続けるしか無いのだと。


 それ故、ヴィショップは、森から出ることは許されず、初めて森の外に出たのは、父である先王の危篤の際だったか………。



 一体、背負わされた宿命とは、何なのか………当のヴィショップ自身も知らぬ事を自分には、分かる筈も無かった。


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