閑話騎士学生達の休日奉仕Ⅰ

 ~西の森の魔女の噂~


 西の森の魔女、ヴィショップの助力を請い、第三騎士団の救助から、一週間が経った。

 その間学校内では、かなりの質問責めに合っていた。

「西の森の魔女って、凄い年喰ったババアだって、マジかよ?」


 ――え?年喰ったババア?…まだ、小さな子供だぞ!?


「なぁ、西の森の魔女って、凄く馬鹿デカイ女だって本当か!?」


 ――は?馬鹿デカイ!?…いや、あれはチビだろ。


「西の森の魔女って、ゴツゴツした怪物だって噂だけど本当?」


 ――あ?ありゃどっちかと言えば、プニプニだろ…。おい、そのゴツゴツって、何処から出てきたんだ!?


「メチャクチャ性格が悪いって聞いたんだけど、やっぱりそうなの?」


 ――性格…可愛いと思うけど…。それ、どこ情報!?



 学校内で聞かれた魔女の噂を要約すると、背が大きく、ゴツゴツした体表で、性格の物凄く悪い年寄り……になる。


 えええ!?どっ、何処からそんな噂が出て来たんだ――――――っ!!!!???




 ~初の無料奉仕~(ダリル目線)



 学校での噂話の真相は兎も角、初の休日俺達は、早速森の魔女ヴィショップとの約束を果たすために森へと向かう。


 寄宿寮の裏庭で落ち合い、ネックレスの飾りを握りしめ、目を閉じて願う。


 ヴィショップの居る、あの森へ――と。


 ネックレスの飾りから光が溢れ、ダリル達の体が光に包まれ、その場から消えた。


 一瞬の、体の浮遊感と乗降感が体を襲い、それが収まった頃に、目を開くと、ヴィショップの小さな家の前だった。


 ダリル達は、この出来事に暫く呆然と立ち尽くしていた。


「ほ……本当に、来た…………」


 ダリルが、そう呟くと、レイヴァンも頷いた。


「ああ、来たな…………」


 噂話を鵜呑みにするわけではないが、もしかして、あの少年姿は偽りで、本当はとんでもない姿だったりして……何て思いも過っていた。

 ゴクリ、唾を飲み込み深呼吸をして、気持ちを整える。

 五人は顔を見合わせ頷き会うと、意を決してその扉を叩いた。



 コンコンッ。



 暫く後、キィィと扉が開き、顔に皹の入った魔法技工人形のルシエラが、姿を表した。


『あら皆さん、ごきげんよう。今日はどかうなさいましたか?』


「あ、お早うございます。えと、その……依頼の代償の履行に来ました。ヴィショップは、いますか?」


 そう答えると、ルシエラはおや?と、言うような表情をした。

『作用でございますか。ヴィショップは、裏庭に居ますので、ご案内しますね』


 ルシエラの案内で、直ぐに裏庭についた。


 …………が、裏庭など正確には見えず、ただ森が広がっているだけの様な場所だった。

 森の前には、何故だか鍵の掛けられた格子門が有り、益々謎めいてきた。


 ………………どこが裏庭なんだ!?


「どこに……ヴィショップが、いるんですか!?」


『はい居ますよこの中です。『解錠!』』


 そう言うと、ルシエラは格子門の扉をキィィ…と、開いてみせた。


 門の奥には、塀でぐるりと囲われ、沢山の草花が生えた広く拓けた土地が広がっていた。


「え……!そ、外と中で違うのか……?」


『ええ、そうですよ。この中では、魔女の秘薬に必要な貴重な薬草が育てられているので、外からは決して見えないようにしてあるのです』


「そ、そんな事、教えてしまって良いんですか?」


『良くは有りませんが、あれらの育て方は特殊で、使用方法も精製法も効果も貴殿方には、決して理解出来ないでしょうから、問題は有りませんね』


 しれっと、ルシエラは答え、中へと誘った。


『さあ、どうぞ。あまりこの門を永く開くのは、良くはないので早く閉めたいのです、早く入ってしまってください』


 そう言われ、中に入っていくと、背後で門が閉まる。


 バシャンッ!


 ガチャッ!


 ご丁寧に、鍵まで閉められてしまった用だった。


 閉じ込められたのか!?


 一瞬、焦り振り返ると、先程まであった鉄の門がスウーッと、消えていた。


「あっ……!と、扉が!……消えた!?」


「……くそっ、閉じ込められたな!」


「や、やっぱり……噂通り、恐ろしい魔女だったのかな?」


 俺達は、若干、恐怖でパニックに陥りかけていた……。



「あれ~?お兄さん達、ちゃんと来てくれたんだぁ~!」


 聞き覚えの有る、ヴィショップの呑気な声が聞こえてきた。

 声の方を振り向くと、ヴィショップは、籠一杯の雑草を積んで、うんしょっ、うんしょっと、運んでいるところだった。


「あ……うん約束を果たしに来たんだけど、その、どうやらここに閉じ込められたっぽくて……」


 そう俺が言うと、ヴィショップは、こてんと首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


「あそこに、門があったんですが、ここに入った途端に閉められて、消えてしまったんです」


 シェロンの説明で、事の次第を理解したのかヴィショップは、得心のいった表情で説明をしてくれた。


「あはっ、それね。ここの空気って、ちょっと特殊で外に余り出さない方が良いんだ。だけど、特別な……再生力の高い薬なんかの材料は、この空気の中じゃないと育たないんだ。だから、ここは特別で秘密なの」


 言われてみれば、森の奥で家の裏だと言うのに、周りに木々の姿はなく、ここの空気は淀みもなく、そして異様なほど明るい。


「その特別で秘密の場所に、俺達を入れても良かったのか?」


 秘密を知られたからには……何て事は、無いよな?

「大丈夫だよ。秘密だけど、絶対にって訳でもないし、他にもここを知ってる人はいるから。それにしても……ふふふっ♪お兄さん達って、本当!良いタイミングに来てくれるんだね!早速、一回目の代償の履行……………草取りをして貰おうかっ!!」


 にこにこにっこり、満面の笑顔で俺達五人には、草取り実行宣言が下された。


 男爵家の子息でしかない俺までなら兎も角、シェロンは、侯爵家の子息だった。

 ……良いのか、シェロン?


 チラリと見ると、シェロンと目が合い、肩を竦めて苦笑を浮かべていた。


「約束だからね、仕方有りませんね」


 侯爵家、子息に草取り……本当に、良いのか!?

 何ともモヤモヤの残る代償の内容だった。



 ◇◇◇



 半分近くの草取りが終了した頃に、チリーンと何処からか鈴の音が鳴り、今日の作業は、終了となった。



『お疲れさまでした。大分汗もかかれたことでしょう、お食事とお風呂の用意がありますのでサッパリしてきて下さいね。ヴィショップ、案内してあげてね』


 ヴィショップの案内で、風呂場へと連れてこられた。ヴィショップは、案内すると直ぐに脱衣所を後にしようとしたが、カーズに捕まった。

「おいおい、お前もかなり汚れているぞ?洗ってやるから、一緒に入ろう!」

「あれ?ヴィショップは、一緒に入らないの?」

 カーズとロイの一言に、ヴィショップの顔は、一気に青ざめさせた。

「あ、あ、いや……俺は、後で入るからいい。お兄さん達で、先に入ってきてくれ!」


「何言ってるんだよ、俺達の仲じゃないか、遠慮するなって!」

 カーズは、ヴィショップの服を脱がそうとするが、ヴィショップは、手足をバタ付かせて、必死に抵抗していた。


 その様子を見ていたシェロンは、笑いを堪えるのに必死になっていた。


「フフフッ……まさか……ククッあれだけ一緒に居て……気付かなかったのか……?」


 レイヴァンは、何が起きているのか分からずにポカンとなっていた。


「あのな、カーズ、ロイ……」


 俺が説明してやろうと口を開いた瞬間、ヴィショップが叫んだ。



「お、俺は、俺は、女だぁぁ―――っ!!」



 その言葉に、驚いたのは、カーズとロイとレイヴァンの三人だった。


 シェロンは、いよいよ爆笑している。

 身を捩りながら、三人の様子を見て話すのも途切れ途切れになっていた。


「あはははっ!ま、まさかっ……本当に分からなかったの?君達……ククククッ」


 ヴィショップは、緩まったカーズの手からすり抜けて、脱衣所から駆け出していった。


「「「ええ、え――――っ!!!?」」」


 ニブチン三人の驚きの声が、脱衣所にこだました。




 湯船にて、ニブチン三人はこれまでのヴィショップを振り返っていた。



 そう言えば、最初から『西の森の魔女』として訪ねたんだったけ?

 しかしずっと、ヴィショップの一人称は『俺』だったし、その名前も女性の物ではなく男の名前だった。

 身に纏う衣服も女性の物ではなく男の衣服だけだった。


 確かに、表情はクルクル良く変わり、年相応の可愛い年少者の様だったが……。


 三人は、いつの間にか、すっかりヴィショップを少年だと思い込んでいた!!


「あああっ~!!俺、将来女性をちゃんと見られる自信ないわ!!」

 とは、レイヴァンの叫び。


「そうだった……最初から魔女を訪ねたんだった……」

 とは、ロイ。


「うわー。女の子を見間違えるなんて、一生の不覚だっ!!俺の信条がぁ――!!」


 ダリルとシェロンの二人は、三人の様子を見て笑いを堪えるのに必死で、顔を背けていた。


「「「笑うなーっ!!」」」


 三人の抗議の声が風呂の外まで谺していた。



 ◇◇◇


 

庭をズンズン歩いていたヴィショップは、入り口からやって来る二機の馬影に気が付いた。

 第三騎士団のライセルとカルロだった。


「あれ?今日はどうしたの?」


「よう、ヴィショップ、元気にしてたか!?」

 カルロは、相変わらず無精な挨拶だった。

「こんにちわヴィショップ、お元気ですか?今日ここに、シェロン様達がいらしているでしょう?」


 あっ、なーる!主家のお坊っちゃん達がどんな雑用……もとい、奉仕をさせられているのか見に来たって訳だね。


「それで、何でそんなに怒ってるんだ?」


 普段カルロは、無作法、無精な割りに、意外と人の感情の機微には敏感だったりするんだよね。

 父親を早くに亡くして、年の離れた二人の弟妹と母親を支えていたんだっけ?

 そのお陰なのかな?


「別に、怒ってないし!ただちょっと、お風呂に案内しただけだもんっ!!」


 その言葉で、大人二人の男性は、凡その事情を理解した用だった。


「……散々、魔女だって名のっているんですけどね~」


「あれで分からない鈍いヤツも居たんだな……」


 苦笑してますけど、カルロ、その一人は貴方の弟ですからね!!


『あら、賑やかだと思ったら、お二人も見えたんですね。そちらにお茶でもお出ししましょう』


 ダリル達が風呂から上がるまで、暫しライセルとカルロの三人で歓談をしていた。


「それで、シェロン様達に草取りの他に何をさせるつもりですか?」


 ライセルの心配は、最もだね。主家の跡取り。一族の長となる人物に関することだから、当然だ。


「それね~。後は、そんなにやってもらうことも無いんだけど、ちょっと剣とか武器の使い方を習いたいなって、思っているんだ」


「剣ですか?それなら町に出れば……」


 ライセルがそこまで言い掛けると、お茶を運んできたルシエラが、物凄い形相で睨み付けていた。


『ヴィショップは、暫く森の外へは出られません』


 その形相に何故出られないのか、聞けるような雰囲気は、持ち合わせていなかった。



 取り合えず、危険なことをさせる訳でもなさそうなので、一先ず安心したライセルだった。












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