第3話目覚めた主従Ⅰ

 窓とて無い薄暗い部屋の質素な寝台の上で俺は目覚めた。覚醒と同時に覚えたのは全身の痛みだった。


 ズキズキ、ジクジクと身体中の至るところに切られたと言うべきか、それもと焼かれたとも言うべきなのか、そう言った痛みが襲う。


 体が痛い。



 痛みのせいで、思考が中々回らなかった。



 ここは、何処だ……?


 何で、こんな痛みを…何故俺は、怪我をしているんだ?




 どれだけの時間が過ぎたのかもわから無い頃、部屋の木戸が『キィ…』と軋んだ音を立てて開き、小さな足音と共に何者かが近寄る。



 視線を感じる。見られているな。敵か?味方か!?


 ……もし、敵なら。襲われたとして、今の状態で抵抗できるだろうか?


 なけなしの力を振り絞って、ここから逃げ出して……そして…………。




「良かった。意識は、有るみたいだね」


 警戒していた俺は、聞こえてきたのが若い女の声に、思わず目を開いた。相手の姿を確かめようと、向けた視線の先に声の主を認める。


 金色の長い髪を首筋でキッチリ束ねて左肩に流した、細身の若い……少女だった。


 俺と、同じくらいか?いや、俺より少し若いかな?十四、五歳位の姿に見える。


 ハタリと目が合う。


 緑の瞳が綺麗なアーモンドの形で、ほんのりと桃色に色付いた唇がぷっくりと膨らんで、思いの外整った容姿の主で有ることに、痛みを忘れてドキリとした。一瞬だけど。


「あ……、えと…………あぐっ!!」


 本当に、痛みを忘れたのは一瞬で、直ぐに激痛が襲いかかる。


「あ~。無理はしない方が良いよ。まだ、瀕死を抜け出したところだからね。傷は半分も治っていない」


 傷……。と言うことは、彼女が俺を助けたのか?こんな細身の体で…………?



「もう少し強い薬を使うけど良い?治りは早くなるけど、高いよ?払ってくれるかな~?」


 カネを取る気か!?……いや、当然か。タダで怪我人連れ込んで直すなんてお人好しなんて、いるわけが無い。


「俺で……払える額なら……。いや、金は良い、使ってくれ!この痛みから解放されるなら!!」


 痛みを抱えてのたうち続ける趣味は無いんだ!!


「あははっ、そうだよね~。こんな所で、痛いのが趣味だったらどうしようって私も思うよ。これはね俗に言うエリクサー。額にしたら二十万ペールかな?」


 ペールは、カロンド王国の通貨単位になる。

 少女が手にしているのは、クリスタル調の小瓶で、金色に揺らめく液体が入っていた。


 良い値段だな、こら!!


 構わないから早くそれ使え!!


「ああ、頼む…………助けてくれ」


「うん。これはね、飲んでくれる方が効率が良いんだ。だから辛くても飲んでね?」


 少女は、寝台に腰かけると俺の首下に腕をそっと滑り込ませ、抱き起こした。

 触れた瞬間に、激痛が走る。ビクッ!!体が反射的に動くのは、自分の意思ではどうにもならなかった。


「痛いのも、もう少しだから堪えてね」

 クリスタル調の瓶の蓋を空けると俺の口にあてがい、中の液体を流し込んだ。



 流し込まれる最、今の痛みに加えて来るであろう苦味に一瞬、体が強ばる。



「辛くても飲んでね。飲めば楽になるよ」


 体を抱き止め支える少女には、その強ばりが分かったのだろう。そんな風に励ます。


 ゴクッ、口に入れられた液体を飲み込んだ。

 入ってきた液体は、予想に反して甘かった。


 普通、ポーションとか毒消しでも、

 飲用系の薬剤は、薬の中の薬らしく飲むのも一苦労なぐらい苦いものだ。


 なのに甘い。普通に旨かった。


 なんと言うか、蜂蜜でも溶いたかのようなほんのりとした甘味と、スッとした清涼感が鼻に抜けていった。



「嘘だろ……?」




 言って今度は、痛みが大分減っていることに再度驚く。




「痛みが……嘘だろ……?」


 思わず少女に顔を向けると、存外その距離が近かった。


「あっ…!」


 少女は、慌てた様子で俺から離れた。しかも、頬が赤く染まり明らかに俺から顔を背けた。


 その答えは……ほぼ全裸だ。俺が。



 正確には、程度の酷い傷口には包帯が巻かれていが、着衣は無かった。全部。


 そして、腰の辺りに薄布が被せて有ったが、痛みでのたうつ間にはだけて床に落ちかかっている……。



 何つーっ!!いや、彼女じゃ無くても…見られた俺も、今や顔は真っ赤だぞ!?

 まだ、異性とに及んだ経験は無いんだから!!


「…み、見たのか!?……それで、そんなに慌てているのか!!?」


「し、仕方が無いでしょ!?脱がせなきゃ治療出来ないんだし、服が有ったら処置出来ないもの!!」


 後ろ向きに大声を上げる少女は、剥き出しの耳まで真っ赤に染まっていた。


 そりゃそうだろうけど……。全部見たって事かよ……。……マジか。



 ん?待てよ?


 …………!!



 アレンの記憶は、ここで漸く呼び起こり繋がりだしたのだ。


 俺は、王家の森で襲われて……西の森の魔女が立ち入りを禁じた漆黒の森に落ちた……。

 なら、ここは西の森か?

 だとしたら目の前の少女は、西の森の……。


「君は、西の森の魔女だね?」


 そう言うと、少女は振り返り答えた。


「そうだ。私は当代の魔女、エイセルだ」


 偉そうな口調だけど、顔は真っ赤だぞ。ちぐはぐな感じがして……なんか、可愛いな。


「俺は、カロンド王国第一王子アレンだ。助けてくれて本当に有り難う」


「れ、礼には及ばない。代償はキッチリ頂くし、必ず支払ってもらうから!」


 顔は赤い。だけど目は計算して狙い澄ましている目だな。そして口調は上からか……。


「勿論だ。タダで助けてもらおうとは思っていないさ。……いくら欲しい?」

「いくらなら支払う?それによっては、の処遇は変える」


 隣の部屋の男……?

 まさか……俺と一緒に崖から落ちたのはレインだ!


「生きて…いるのか?レインが……。レインを助けてくれて!!大事な臣下なんだ!!」


「……で?いくらでその男の命を買う?」


 アレンの必死の懇願に対して、エイセルは冷静に問い返す。幾らで人一人の命を救うつもりなのかと。


 それに対して、アレンは返答に詰まる。救命に対して、金を取る。王家と血の繋がりがあり、無条件に助けてくれる……そう思っていた相手から俗世的な交渉を持ち出された驚きと、今現在自分にはエイセルに提示できる物が何もないと言う事実に愕然としたからだ。




「……すまん。今直ぐには……何も約束は出来ない……だが、助けて欲しいんだ……」



 こちらの要求に対して何も提示できないアレンは、俯いた。俯いて、弱々しい言葉尻でそれでも付きの騎士の助命を乞う。



 意地悪が、少しばかり過ぎただろうか?


 見た目、私より少し年上の王子が、力なく弱々しくなる様に、ちょっとばかりやり過ぎたと胸が痛んだ。


「……悪い。意地悪が過ぎた。安心しろ、ちゃんと助けてはやるから」


「……おまっ……!!(冗談なのかよ!?それにしては質が悪いだろう!!)」



 ガタッ!



 頭に血が登り立ち上がって、気持ちだけはエイセルに掴みか掛かろうとする。



 グラリッ……。



 なんだ……?この眩暈は………!!



 立ち上がった直後、猛烈な眩暈に襲われ再びベットに腰をおろした。



「無理だよ。幾ら増血剤を打っても、あれは速効性に欠けるからね。暫くはベッドで休んで。落ち着いたら、そこの籠の服を着てくれる?お古で悪いけど…」


 立ち上がった物だから、再び股間を隠すものが床に落ちてしまった。


「…………ああ」


 なんて、なんて、バツが悪いんだ!?怒りたいのに、今のこの格好で掴みかかったら変態じゃないか!!?


 眩暈に今は感謝か……?一国の、次期国王がほぼ全裸で、年端も行かない少女に掴みかかる。端から見たら情けないことに醜聞以外の何物でもない。



「じゃあ、私は隣の男の治療の続きをしてるから。安心して休んでて」


 視線すら、こちらには向けないでそう言ったエイセルは、パタンと扉を閉めて出ていった。





 ―――あれが、森の魔女か。思っていたより若いな。そして、意地悪だ。



 アレンは、未だ眩暈の続く頭を落ち着けるため、再び寝台に横になって目を瞑っていた。

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