第4話目覚めた主従Ⅱ
しまったな。
アレン王子の部屋を出た私は思った。
お母様が、永代に渡り無条件で受け入れるなんて確約を残すから、そんな方針とは真反対の考えの私はつい、意地悪が過ぎた。
たかだか血の繋がりくらいで、何時でもタダで助けてもらえるなんて思うなよ?
そう、言いたいだけだ。
なのに……なのに、なのに……!!
見てしまった…………。
いや。治療の為、一度服を剥いだんだから既に見ているっちゃ見ていたけど、それよりもあの時は傷の方が深刻だったし、二人とも瀕死だったもんね。
こんなことなら、
今現在、家の精獣達は森とその周辺の捜索に出ている。まだ、助けられる命が無いかどうか確認と、他所の魔獣を近付けないための哨戒だ。
「うううっ~~~!!とは言え、やっぱりやり過ぎちゃった~~~っ!!」
エイセルは真っ赤な顔を抱えて、そのまま狭い廊下にしゃがみこんでいた。
***
アレンとは打って変わって、こちらの金髪は依然として予断は許されない。状態は極めて深刻。
失った肉の再生はほぼ完了しているが、問題は増血剤の効き。あれは速効性に欠けるんだ。幾ら改良を重ねても、どうしても超えられない限界と言うものが存在する。
エリクサーにしても、それは神秘を司る。『神』の領分に関わる物で、この世界にまだ『神』は、存在しない。
『神』の存在が確立された後ならば、これらの薬剤の効力は今よりも格段に上がる筈なんだけど、今現在は難しいんだな。何せ、効果を後押しする『神』がいないんだもの。
前みたいに、錫杖と封印を解いたフル魔力でなら『回復』で、速効確実に治せるけど、肝心の錫杖はルシエラが管理しているし、そこに付ける宝玉はルシエラが封印している。
現在ルシエラは、ルシエラ自身の頭部の付け替え後の最終調整で、北の森の魔女に預けているから当面は不在だし……。
自力魔力と自作の薬剤で対応が求められるのよね。
さて、瞳を魔の
金髪青年の生と死とその狭間の境界線。
膝を抱えて、眠る青年の姿が。目覚めの呼び声を待っているのか、それとも救いの光を待ちわびているのか……。
暗く冷たい闇の中、俺はただ怯えるように膝を抱えて目を瞑り続けていた。
差し迫る狂気の牙と死の恐怖。
直前の、魔狼に噛まれた痛みと、喰い千切られた肉体の痛み……。崖から意図しての落下……とは言え、先に待ち受けていたのは、蔓の檻。落下の衝撃に、主であるアレン王子は意識を手放していた。
十七歳のまだ幼さの残る少年には仕方がない事。
落下の衝撃は、激突による激痛ではなく、中に溜まる溶解液の為だった。
傷口に滲みる、強烈な酸がジュウジュウと白い煙を立てて焼け付く痛みを容赦なく与える。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!」
意識と言うものは、痛みには極端に弱い。意識がそこに残ったのはほんの一瞬だったのかもしれない。
薄れいく意識の中、同じく隣の蔓の籠の中にゆっくりと沈むアレンの顔が横切った…………。
後はただ、無音と無明の世界が広がった。
『だから、そこでそうしているの?』
何れだけの時をここで過ごしたのかも分からない程、ここに座り込んでいたような気がする。
誰もいない世界。ただ、広がり続ける闇の中。その声は、優しくも
「誰だ…………?」
『誰でも良いでしょう?敵ではないことは保証してあげる。お目覚め、ボウヤ。早く起きないと、大切なものが失われてしまうよ?』
『大切なもの』そう言われて思い起こしたのは、共に崖から落ち沈み行くアレンの顔で……。
「だけど……」
弱気になった心は、心のままにその姿も幼くする。最初こそ、二十歳そこそこの姿だったレインの姿は、今や見る影もなく幼児のそれ。
「だけど、怖いんだ……」
『恐れるのは無理もない。それが、人と言うものだ。それが、心と言うモノなのだから……』
対して、現れたのは金色の髪を後ろ手に束ね、背中に靡かせた妙齢の女性の姿。
単純に、綺麗だ。その言葉だけでは片付けるには惜しい輝きを放つ。瞳の色形がまた不思議で、知らず見いっていた。
瞳孔が縦に細く伸び、緑の瞳の中に金の光が混ざる。不思議な色をしていた。
「それでも……行かなきゃならないの?」
『貴方は、どうしたいの?体はもう、起き上がっても問題は少ないよ。だけど、恐れるなら……恐怖から逃れてこのまま眠り続ける?』
ポスン。落とされた柔な手に頭を撫でられ、次いで抱き締められた。
『確かにね。外には恐ろしいことも多いでしょう。況して、一度彼岸の岸に飛びかけたのだから……。それでも繋ぎ止めた私を恨みなさい。恨んで、憎んで、その思いを糧にして……。きっと次は、大丈夫。だから安心してお目覚め……。貴方には、まだやらなければならないことが残っているのでしょう?』
優しく、甘く、残酷に現実に還ることを強要する女は、その向ける瞳は何処までも優しい。
自分を恨め。死の淵から引き上げた私を怨め憎め。
そう言って、現実へと引き戻すのだ。
優しい声で、甘く囁く。
辛く酷しい現実に帰れと―――――。
「ぅっ……ぅぅぅっ…………」
狭い部屋の簡素な寝台の上。そこに寝むる男は小さな呻き声をあげる。
その顔は苦悶を浮かべ、目覚めを拒否しているかの様にも見える。
それが、暫く続いていた。
現実に戻ってこい!それで辛ければ、私を恨めばいい。
恨みや憎しみでも、人は生きていける。復讐と言う非生産を成し遂げるまで、その心を黒い主柱が支えてくれるから。
額には、起きようとする男とそれを拒む男の心とでせめぎ合っているのか、玉のような汗が浮かび始める。
固く絞った手拭いでそれを丁寧に拭っていく。
そうしているうちに男の瞼が僅かに開いた。
起き上がり、自分の手と体を確かめはしたけれど……。
虚ろな視点。苦悶を浮かべたままの歪んだ顔は、元の顔が優男なだけに何だか勿体ない気がしてなら無い。
「大丈夫?もう少し
出きる限り、優しげに慈愛を込めた声音でもって、男に声をかける。
「うっ……うああっ……!!」
現実と彼岸の淵とで混乱をしているのかな?
もう少し、心を宥めておくべきだったかな?
「落ち着いて、大丈夫…大丈夫だから。私がついているでしょ?今度はちゃんと守ってあげるから……怯えないで、恐れないで……」
起き上がり、頭を抱える男をそっと抱き締める。大人の体の男は、十四歳姿の少女でしかない私には抱えきれるものでは無いけれど。
「ううぁ……ううううっ……」
「大丈夫。落ち着いて……大丈夫だから……」
僅かに背中に回した手を幼子をあやすようにポンポンと叩く。
身動ぎする男の動きが止まった。呻き声も……。
正気に戻れたのだろうか?
それとも心が砕けた?
恐る恐る、男から手を離して顔を覗く。青い瞳と視線が交わった。
精神世界はその時の抱く感情や状態に左右される。
だから目の前のこの青年は、青年の姿から幼い子供へ。逆に私は本来有るべき年の頃へと変化した。
だからだろうか?目の合った男の表情には、戸惑いの色が浮かんで。
「…………え?」
顔は殆ど同じ。だけど精神世界では、今より幾分か大人びた顔付きと姿での邂逅だった。だけど、現実の私はまだ年端も無い少女の姿。
「驚いた?あそことここでは心の在り方と実体とで差が出るの。……うん。目もしっかりしているね。自分が誰だかはわかるかな?」
「……レイン。レイン・コーネル。カロンド王国王太子殿下付きの騎士だ」
レインは何処かまだ不安げな表情で、自らの名を名乗った。
「そう。私は当代の西の森の魔女エイセルだ。安心して、アレン王子は向かいの部屋で休んでいるから」
「王子は無事ですか!?……うっ……」
『アレン王子』の名を聞いた瞬間、身を乗り出しかけたけどそのままヨロリと布団に倒れ込んだ。
「まだ無理だよ。傷は塞がったけど受けた痛手まではまだ癒えた訳じゃないからね。油断は禁物さ。王子は無事。だけど貴方と差ほど変わり無い。傷が浅かった分あっちの方が回復は早いだろうけどね」
顔色は悪いけど、意識自体ははっきりしている。峠は越えた。後は、彼らの回復を待って送り出すだけだな。
「飲み物と、軽くお腹に入れられるものを用意するよ」
そう言って、魔女エイセルは騎士レインの元を後にした。
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